光る苔の雫
「カイルのスライムなんだか大きくなっていないか?」
残り物のお好み焼きで簡単に夕食を済ませた後、ぼくとケインでスライムに選ばせた魔獣カードで遊んでいたら父さんに指摘された。気がつかなかったが、言われてみたらちょっと大きい。太った?
「魔力をあげすぎていないか?」
「そんなことはないと思う。ケインのスライムと飼育の仕方は餌の内容の差ぐらいしかな……、んっ?……あああぁ!」
「ど、どうした!」
「午後に光る苔の水を一滴あげたんだ。多分それだ」
「いいか、光る苔の話はよその人に話すんじゃないよ。幻の素材で伝説級の逸話がいくつかあるくらいだ。騎士団でもヒカリゴケだったらいいのになって誤魔化してもらっている。知っているのは領の上層部のごく一部だけだ」
お婆も頭を抱えている。これはとんでもないことをしちゃったんじゃないか…?
「ああ、それなんだけどね、ジュエル。驚かないでほしいんだけど、赤ちゃんができたの…」
「え゛え゛ぇッ??!」
「人の話に変な声被せないで!ちゃんと最後まで話を聞きなさい!!光る苔に赤ちゃんが生まれたの」
紛らわしい言い方をしたのはお婆のほうだ。
「こんなに小さくてね、本当に赤ちゃんみたいだよ」
ぼくは指で大きさを示して説明した。
「だから、水槽を増やして繁殖させようと思うの」
コケなんだから繫殖じゃなく増殖だよね。
「伝説級の素材を増殖させたんだな。そんでもって、まだ増える可能性があるということか…。ああ、ラインハルト様に報告したくない」
しなければいいのに、ってそんなわけにはいかないんだろうな。
「報告しなければいいじゃない。どうせ市場に流通させられるものじゃないし、増殖させてたくさん増えたら、三つほど枯らして献上してしまえば煩わされることはないでしょう?」
母さんは大胆にダミーを渡して黙らせる作戦をたていてる。…あっ、ダミーじゃなくて本物だから問題ないのか。問題ないのか…?それ。
「そうだね。このまま様子を見て増えるようだったらそれもありかな。素材としては乾燥させたものを使用するそうだから。そもそも幻過ぎて文献が少ないし、文献自体に信憑性がないのよね」
どう処置しても正解かどうかわからないのか。
「ああ、とりあえず俺は何も聞いていない、ということにしておこう。水槽は手狭だから増やした事にしたらいいんじゃないかな。それにしても、スライムはどうなっているんだ?大きくなっただけか?」
ぼくのスライムは会話がわかるかのように競技台の上に這って行くと、体を光らせて魔獣カードのエフェクトを出した。
「「「「「ハァ?」」」」」
なんなんだ!スライムって魔法を使えるのか?家族全員スライムに釘付けだ。
「「「ありえない!!!」」」
ぼくのスライムは意気揚々と褒めてもらいに寄ってくる。頭がどこにあるかわからないけど、よしよしと撫でてあげると、またちょっぴり魔力を吸われた。
「今魔力あげただろ」
「魔獣カードを使うくらいだよ」
「うーん。スライムは野生でもただのごみ処理屋の印象しかない魔獣だぞ。ジーンの魔方陣を解読したのか?ありえない」
「光る苔の水の効能かしら?私のスライムにも試してみようかしら」
お婆が光る苔の水の瓶をわざわざ取りに行った。あれ物凄くまずそうだったけど、大丈夫かな。
「俺のスライムでもできるかな?それ、やってみろ!」
父さんの使役するスライムも競技台にあがって体を光らせようと頑張っているができない。
「命令はきいているようだから、能力に差があるのか、魔力量の差なのか?」
光る苔の雫は奇跡の一滴という事なのだろうか?そういえば、精霊たちもスライムに興味を持っていたような…まさか、干渉したのか?
ケインのそばにいる黒い兄貴には変化はない。みぃちゃんとみゃぁちゃんがぼくのスライムに興味を持って、小さな手でツンツンしている。スライムの方も別に逃げようともせず、されるがままになっている。なんだかスライムの方に余裕があるように見えるぞ。
「ぼくのスライムもできないよ」
ケインも検証に加わって、魔獣カードを持たせてエフェクトを出してみたりしているが、カードがないとエフェクトは出せない。
そうこうしていると、お婆が瓶を持って戻ってきた。
全員が自分のスライムを手に持って瓶を取り囲む。父さんが水の匂いを嗅ぐが、無臭だ。なめてみる勇気はない。
ぼくのスライムが頂戴というように瓶の方に這って行く。
「ねえ、お婆。ヒカリゴケには依存性はないって言っていなかった?」
「文献の信憑性が低くてね、わからないね」
「とりあえず、本人も欲しがっているみたいだからもう一滴あげてみようよ。あのときの様子はとても喜んでいるようには見えなかったんだけど」
お婆も頷いてくれたので匙ですくって一滴たらしてみた。
前回同様にぶるぶる震えるのは喜んでいるというよりは、やっぱり耐え忍んでいるように見える。
「恐ろしくまずそうだな」
「それでも欲しがるほどの力を得ることができるのかしら」
「ぼくのスライムも飲むかな?」
ケインのスライムはケインの腕にしがみつくかのように引っ付いて、全力で拒否しているように見える。お婆と母さんのスライムも嫌がるかのように掌の上で完ぺきな球体になっている。それはそれでスーパーボウルみたいで奇麗だ。
「じゃあ俺のスライムにやらせてみよう。頑張れ。男を見せろ」
スライムに性別があるのかは知らないけど、父さんのスライムは一滴もらう前から小刻みに震えている。使役獣なので逆らうことはできず、一滴たらされる雫の周りをへこませ、明らかに拒否したい気配をさせつつも、あきらめたかのように吸収させた。すると、苦しみに震えながらのたうち回り始めた。
ぼくたちも他のスライムもあまりの苦しみ様にドン引きだ。
ぼくのスライムはもう回復したようで、また競技台の上に移動した。そして、五枚でようやく技が出せる灰色狼のエフェクト出して得意げに手を振るように角を出してみせた。
「凄いじゃないか!これをやりたくてもう一滴飲んだのかい?」
ぼくはスライムを持ち上げてたくさんナデナデしてあげた。ご褒美の魔力を吸われたが、やっぱり問題になるほど多くはない。
スライムは小さな角を出して“そうだ”と言うように角を振る。
苦しみから回復して一回り程大きくなった父さんのスライムも、負けじと競技台に上がり火鼬の技を決めて見せた。
やっぱり、あのまずそうな光る苔の雫でなんらかの力を得ている。
こうなるとビビっていたスライムたちも瓶の水に興味を示し、掌から瓶の方に這いだし始めた。
「ヒカリゴケの水に効果があるのは間違いなさそうね。あんなに嫌がっていたのにすり寄っていくなんて、スライムは強くなりたい欲求があるのかしら」
「遊んでみたいだけかもしれない」
「とにかく、あげてみましょう」
お婆のスライムが覚悟を決めたようで自ら匙の方にむかっていく。お婆が一滴たらすと、震えながら縮みこんだ。悶え方にも個性がある。ケインと母さんのスライムは飲む前から震えている。共感性もあるのかな?
「がんばってね」
ケインは雫をもらうスライムを励まして送り出した。
「そんなにひどい味なのか?」
父さんが一滴指先につけて匂いをかぐが、やはり舐める勇気はない。
ケインと母さんのスライムも試練を克服し、競技台に向かっていく。
なんだかスライムたちが勇ましい。
ケインのスライムはすぐに技を出せたが、お婆と母さんのスライムたちは魔獣カードを選ぶところから始めている。魔獣カードで遊んだ経験がないと技が出せないようだ。この能力は学習して獲得するのか。
ぼくたちは明らかに進化していくスライムばかりに注目してたから、みぃちゃんが父さんに近づいていたことに気がついていなかった。
みぃちゃんはあふれる好奇心を抑えることができずに、父さんの指先をなめてしまっていたのだ!
「…ギャオゥ…」
父さんの膝の上から断末魔のような、聞いたこともない苦しげな鳴き声が聞こえてきて、ようやくみぃちゃんの存在に家族全員が気付いたのだが、そのまま倒れこんで悶え始めたみぃちゃんを見て初めてぼくは事態を理解した。




