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大人の仕事

 真っ白い亜空間に着くなりスライムたちが慣れた手つきで?お茶の支度を始めた。

「オジサンばかりの茶会か。ああ、妻の茶会にジェイを連れて行ったら私は人気者になれそうだな」

 ハルトおじさんが茶化して言った言葉に、辺りをキョロキョロ見回していたジェイ叔父さんの顔が青ざめた。

「ああ、すまない。実際に連れ出したりしないよ。私も茶会は苦手なんだ」

「ジェイは対人恐怖気味のうえ、女性嫌いでお茶会の招待状を受け取っただけで失神しかねない」

 父さんがハルトおじさんにジェイ叔父さんの帝国での留学生活の女難をかいつまんで説明した。

「ああ、ハロルドが言っていた超絶美形の秀才とはジェイのことだったのか」

「お、おお、王太子…候補殿下の側近たちに同じ授業を選択するなと圧力をかけられたので一日で履修できるように頑張っただけです」

「ハハハハハ。それは済まなかった。叔父として謝ろう。イケメンのジェイがいたら王太子候補が霞んで見えるからな。ハロルドの側近はロクなのがおらんかった。今はすっかり入れ替えたぞ」

 王太子の側近が首になったと聞いたジェイ叔父さんが、今度は驚愕で顔を引きつらせた。

「あ、あ、あの、三大公爵家の力関係が崩れたということでしょうか?」

 三大公爵家の派閥を瓦解させるきっかけになった初級魔法学校での素材採取事件やハロハロの失態を精霊言語でまとめて、ジェイ叔父さんと父さんとハルトおじさんにも送った。

「ハッハッハッハッハ。すべて真実だがこうも上手く編集されると笑うしかないな」

 ハルトおじさんがお腹を抱えて爆笑する中、ジェイ叔父さんは、で、っでででで、殿下、ハロハロ、でででで、で殿下、ハロハロ、と謎の呪文を小声で唱えた。

「うーん。これは情報伝達術としては物凄く優れた魔法だけど、頭に負担がかかり過ぎる」

 父さんが発言通り、両手で頭を抱えて唸った。

「確かにこれは短時間に大量の情報を複数の人間と共有できる画期的な魔法だが、その情報量の多さゆえに受け取る側が全てを理解するのは至難の業だ。どうしても自分が面白いと思ったことが頭に残り他の情報にまで頭が回らない」

 ハルトおじさんは腕組をして眉をひそめた。

「でっ……で殿下!自分はこの情報を本日だけで何度も受け取り、正直頭が混乱していて……収拾がつかない状態です」

「いや、これはそこそこきついけど、十年以上も研究室に籠りきりなら、外に出た衝撃も無視できない。とはいえ、ジェイがひきこもっていてくれたおかげで命が繋がっていたのだから、ガンガイル王国の王家の端くれとして、その行動に感謝するよ。帝国内のガンガイル王家が所有する土地と建築物には国民を守るべき結界があるのだが、それが機能していなかったんだ。ジェイの行動は正しい。命の危機を感じたらその場の最善の行動をとるべきなんだ」

 王族からの思いがけない感謝と引き籠りを肯定されたことに、ジェイ叔父さんは困惑した顔で助けを求めるように父さんを見た。

「世界が衰退していく中で、ガンガイル王国も例にもれず衰退していただけだ。事態が悪化していたのが、あまりにも少しずつで、『例年と同じ』と言える範囲内だったから気付くのが遅れてしまった」

「ああ、王族の世代交代に伴い派閥の影響力が変わる。その際に前任より悪くなっているとは誰も公表しない。しわ寄せは市民にいくのに、市民から笑顔が消えても貴族は気付かない。かく言う私も、王国に漂う倦怠感に気付きつつも、具体的な行動に移せたのは、カイルがジュエルの養子になってからなんだ」

 唐突にぼくの名が出ると、ジェイ叔父さんは笑顔になった。

「ええ、そうですね。カイルが帝都の寮に着くなりすべてが変わりました。……いえ、予兆はありました。食事が美味しくなっていったのです」

「それはそのはずだ。料理人を送り込んだのは昨年からだが、そのまえから、食糧難の帝国で寮生たちが不自由しないように商会を送り込んで、ガンガイル王国の食材を持ち込んでいたんだ。まあ、ぶっちゃけて言うと、その商会が密偵だったから帝都の情報を広く集められたんだ」

 国家機密をいきなり暴露されてジェイ叔父さんの顔が引きつった。

「ハハハハハ、君の家族たちがすでに存在自体が国家機密みたいなもんだよ。そして個性的な家族の例にもれず、君も帝国軍に魔術具が採用されている点で国家機密じゃないか。君の新作は全て緊急魔法特許を研究室の一室から発行している。まあ、仮登録だからこそ死んだら特許を奪えると目論んでいるのだろうが、あの通りジェニエさんが若返ったんだ。君に何があってもすべての権利はジェニエさんに移行する。それなのに若返ったジェニエさんを知る者は少なく、ジェニエさんに主治医からの情報が洩れてもう死んでいてもおかしくないというデマが帝国に伝わっている。あの帝都内で君は生きのこっただけで、帝国との特許戦争に勝ったんだ」

 ぼくにはいくつか疑問点があるが、ジェイ叔父さんは晴れ晴れとした表情になった。

「魔法特許の権利って親にしか引き継げないの?」

「そういうわけではないが、ジェイが独身だから面倒なことになっているだけだ。通常は伴侶か子どもが引き継ぐが、いない場合は両親になる。独身だと兄弟ではなく、国家が接収する。本来ならガンガイル王国所属のジェイの権利は相続者がいない場合は、ガンガイル王国のものになるが、ジェイはまだ帝国魔法学校に所属したままになっているから、帝国が権利を主張できる。だから、卒業前に殺害しようと躍起になった。それが、無理なら妻を娶らせて強引に帝国に帰化させる腹積もりだったのだろう。しかし当の本人が寮の研究所に引きこもってしまった。カイルに退学届けを託せばジェイは帝国から籍を抜けることができる。そうなれば自由だ」

 ハルトおじさんの最後の言葉にジェイ叔父さんが眉をひそめた。

「そう簡単に受理してくれないでしょうね」

「ああ、しばらくはごねるだろうが、ガンガイル王国と敵対するのは得策じゃない状態になれば話は別だろう?」

 父さんがぼくと兄貴を見ながら言った。

「興味の対象が移るのか!それじゃあ、カイルたちが大変だろう!」

「カイルもジョシュアも国王陛下の裏書のある親善大使の書状を持たせてある。帝国留学目的はあくまで学術交流であり、所属はガンガイル王国魔法学校生だよ」

「なんてこった!二人は上位貴族と同じ扱いなんですね」

「ああ、近年の留学生たちは全員この制度を使っている。君が帰国できない状況なのだから、こういった策に出るのは当然だろう」

「せめて研究室から出て寮内が変わったのを見ていたら、もう少し早く状況を把握できただろう。だが、寮の結界が弱体化していたのだから、カイルが行くまで引き籠っていたのは大正解だよ」

 父さんがそう言うと引き籠り期間が長すぎたことの自覚のあるジェイ叔父さんが苦笑いをした。

「帝国はもうガンガイル王国を軽視できない。ガンガイル王国王太子が直々に帝国の蝗害被害の被災地に大々的に食糧支援を行ったのだ。帝国内部の派閥を無視して、王太子自らが冒険者たちを引き連れて食糧支援を行なったら、大衆の心はガンガイル王国が最良の友好国だと擦りこみレベルで妄信することになった」

 ハロハロが直接現地に乗り込んだのか!

「なに、あいつはあいつなりに最後の課題を(こな)したのさ。今回の食糧支援の費用は国庫からではなく、魔獣カード大会の収益とボンクラ王太子妃の慈善パーティーから費用を捻出させた。魔獣カード大会は経済効果が抜群だったから、大会収益を慈善活動に使うのは国内でも反発は出なかった。むしろカイルたちの飛蝗駆除の魔術具の功績を広く知らしめるためにも、帝国内で耳目を集める派手な演出が必要だったんだ。ハロルドなら適役だろう?」

 あのハロルド殿下が……とジェイ叔父さんが首を傾げた。

「あいつもカイルに鍛えられたんだよ」

 ハロハロの人生観を変えたのはイシマールさんの生きざまがきっかけだったよ。

「ハロハロが誠実に生きる市井の人々と真摯に向き合うことができたからだと思うよ」

「うん、自分がおかしかったんだと気付くことができたから、変わることができた。東の魔女も手加減していたようだし、この国が混乱したのは東の魔女の干渉以上に腐った派閥主義にあったんだ。王妃の実家は政治の要職から外れるべきだね。それでも影響力を残すだろうが監査機関を作ったんだ。当面は上手くいくだろう。将来的には監査機関が派閥の玩具になるだろうが、その時は廃止すればいい」

 まあそれは大人の事情だ、とハルトおじさんが笑った。

「それより、当初の予定以上に結界を強化できた成果は素晴らしいぞ!カイルもジョシュアも魔獣たちもよくやった」

 ハルトおじさんに褒められて魔獣たちは誇らしげな顔をした。

「死霊系魔獣の出没地域も絞れた。出没する地域に類似性も確認された。だが、留学生一行が滞在した村で襲ってきたのは最初のでかいやつ以外は変則的で正直、あれは二台の馬車が強力な魔力の塊として死霊系魔獣を引き寄せたのではないか、と考えている」

 死霊系魔獣という言葉にジェイ叔父さんが顔をしかめた。

 兄貴がジェイ叔父さんに精霊言語で説明すると、ほとんど一人で撃退した兄貴を尊敬の眼差しでみた。

「詳細な情報を得られたのは、ジェイの通信の魔術具が公開特許申請されていたからジュエルが制作して帝国軍の情報を傍受できたんだ」

「あれは兄さんが使った使用料だったのか!誰にもまねできない魔法陣を公開しても作れる人間がいないと踏んで公開していたのに使用料が市民カードに入っていたから、ガンガイル王国の誰かだといいな、と考えていたんだ」

「ああ、通信の魔術具の情報は軍が押さえているだろうから、魔法陣の一部のみを使用して全く同じものにはしなかった。特許庁から帝国側に魔法陣使用の情報が流れても通信の魔術具を製作されたとは考えていないはずだ」

 父さんはそんなことまでしていたのか。

 ホントに仕事しすぎだよ。

「でもあれは中継の魔術具がなければ傍受できないはずだ」

「それがな、うちには魔術具の小型化の名人がいるんだ。カイルたちの浄水も魔術具の交換用のろ過装置につけたら帝国全土を網羅できる勢いで売れているぞ」

 母さんも負けない勢いで働いていたんだ。

「各地の魔力が安定して、誰もがきれいな水が入手できるようになったら売れなくなる魔術具だ。死霊系魔獣もその頃には落ち着くだろうから、諜報活動は必要なくなる。こういう利用法ならば問題あるまい?」

 ハルトおじさんは魔術具の使用を死霊系魔獣の情報収集に限定することで、ジェイ叔父さんを納得させた。

「あとは上手く冒険者ギルドから噂が流れたら、死霊系魔獣の被害を減らせるはずだ」

 ハルトおじさんは冒険者ギルドに死霊系魔獣が出やすい条件を包み隠さず流すことで、帝国軍が表立って死霊系魔獣対策をしなければいけない状況に追い込む作戦を立てていることを話してくれた。

 帝国内の世論が南方戦線の拡大より死霊系魔獣対策を急ぐべきだという気運になれば、南の砦の一族を間接的に助けることができる。

「さすがですね。ハルトおじさん!」

「ああ、大人の仕事は大人がするもんだ。任せとけ!」

 腕を曲げて力こぶを作るポーズを見せたハルトおじさんは、とても頼もしく見えた。

 幼いころ、ハルトおじさんは遊んでばかりでいつ仕事をしているんだろう、なんてことを考えていたんだよな。

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