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かぼちゃプリン

 ソファーに座らせたジェイ叔父さんに、婆が若返った件を圧縮した精霊言語で送ると、膝の間に頭を挟み込み、湧き上がる感情を押し殺していた。

「……カイル……ありがとう」

 ジェイ叔父さんは顔を上げずに全身を震わせながら言った。

「……カイルは復讐を望むことだってできたのに……母さんの病気が治ることを選択してくれたんだ……」

 感動のあまり声を震わせるジェイ叔父さんに、お婆が若返ったことを知っていても詳細を知らなかった三つ子たちが、叔父さんどうしたの?と狼狽えた。

「お前たちはカイルが両親を亡くした年より大きくなっているけれど、カイルの悲劇を詳細に語り聞かせられる年じゃないから、曖昧にしていたんだよ」

 父さんは三つ子たちを眼前に並べて、上級精霊から望みを一つ叶えると提示されたのにもかかわらず、ぼくが保留にしたことで、ぼくが大切に思う人たちの苦痛が取り除かれた逸話を語った。

 なんで復讐の道を選ばなかったの?と三つ子たちがぼくに振り返った。

「詳しくは言えないことなんだけど、あの盗賊はとても特殊だったんだ。死んでしまった両親を生き返らせることはできないし、何より特別な訓練を受けた人じゃなくてはできない所業だった。……そういう人は己の善悪の基準ではなく、依頼されたから(こな)す仕事でしかないじゃないか。一人の殺し屋を処罰しても、また違う殺し屋が雇われるだけだよ。雇い主まで辿ったところで、その人にはその人が信じる正義がある。幼いぼくが処罰を決めてしまっていいことじゃないんだよ」

 帝国が関与していることまでは三つ子たちに話せないので、ぼくの言葉に三つ子たちは不服そうに頬を膨らませたが、お婆が三つ子たちに優しく語り掛けた。

「人殺しは悪いことだけど、復讐で殺すのは良いことなのかい?何が正解かわからなかった幼いカイルは、その判断をあえてしなかったんだ。私が病気を打ち明けなかったのも、当時は治療法もなかったから、どうしようもなかったでしょう?それならみんなに心配な顔をさせるより、笑顔でいてほしかったのよ。まあ、ジュエルに気付かれて、少しでも痛みが和らぐようにと、いい水の土地に引っ越すことになったんだけどね」

 ジェイ叔父さんは顔を上げて、なにもできなくてごめんなさい、と謝った。

「いいのよ、知らせなかったのはジェイにはジェイの人生があるから、帝国で頑張ってくれたらいいと思っていたのよ。私の人生だって、ただ我慢していた人生じゃないんだよ。少女の時は、あなたたちのように妖精はいなかったけれど、薬師の両親が私にとっても魔法使いだったわ。年頃になるとこの容姿のせいで煩わしいこともあったけど、爺さんと……フフ、オーレンハイム卿も……なんだかんだあったけど庇護してくださったわ」

 オーレンハイム卿の話になるとジェイ叔父さんは苦笑した。

 あのヘンタイ紳士のことはジェイ叔父さんも気になっていたのだろう。

 アリサがお婆を気遣ってお婆のスカートにしがみついた。

「大丈夫だったのよ、アリサ。この家に引っ越してきてから……いまなら地脈がよかったから魔力たっぷりな土地で精霊たちがたくさんいて痛みが和らいだんだってわかるけど、当時は引っ越してきただけで体が軽くなって、ずいぶん気が休まったのよ」

 悲しいこともあったけれど、と言ってお婆が兄貴に目を遣ると、父さんと母さんの目が潤んだ。

「それでも一番体が楽になったのはカイルとケインが持って帰ってきた光る苔の研究を始めてからだね」

「ヒカリゴケなんて、で、伝説の素材じゃないか!」

 ジェイ叔父さんが驚きのあまり仰け反った。

 家族みんながハハハハハと笑った。

 光る苔は増殖して、今では専用の建物で栽培するほど増えている。

 後でヒカリゴケの洞窟に案内するのもいいな。

「カイルが精霊のいたずらで両親の死の直前を追体験させられた代償を求めなかった褒賞として、二人の老婆が若返ったのよ」

 マナさんがカカシなのはそう言った経緯があったのか、と三つ子たちは納得した。

 緑の一族のことをほとんど知らなかったジェイ叔父さんに精霊言語で緑の一族の役割を伝えると、一日で理解するには情報量が多すぎる、と額の汗を手で拭った。

「積もる話もあるだろうから、泊まって行けばいいじゃないか」

「ジャニス叔母さんも店が閉まる時間になったら連れてくるよ」

 兄貴とぼくがそう言うと、家族は即座に賛成してくれたが、ジェイ叔父さんが落ち着かな気に揉み手をした。

「いきなりたくさんの人に会うのは家族でも精神的にキツイかな?」

「……いや、ジャニスなら大丈夫だ。……ただ、旦那さんや子どもたちには……。ああ、三つ子たちは大丈夫だから……いや、でも……」

 十年の引き籠り生活で対人恐怖症のようになってしまっている。

 キョトンとする家族たちにジェイ叔父さんが引き籠りになった経緯を、精霊言語でまとめて説明した。

「……それは……苦労したね。人間不信になるのもわかるよ」

 お婆がそう言うと、ジェイ叔父さんが涙ぐんだ。

「ジェイ君は小さい頃からモテモテだったけれど、自称婚約者がでてくるなんて最悪ね」

「さすがにその女性も他の人と結婚して落ち着いているだろう」

 父さんが犬のシロを見て言うと、シロは頷いた。

「ジャニスの旦那はお前も知っているパン職人だし、子どもたちは女の子だけど、初級魔法学校のおチビちゃんだから、うちの三つ子たちと遊んでいるだけだろう。無理そうなら、シロに頼めば帝都の研究室にいつでも帰れるんだ。試してみないかい?」

 父さんの提案にジェイ叔父さんは小さく頷いた。

「合言葉を決めておこうよ。かぼちゃプリン、みたいに簡単な単語にしておけば、心が無理だと思ったら、口に出してくれたらすぐに研究室に連れて帰るよ」

 ジェイ叔父さんは合言葉ですぐに帰れることに納得してくれたが、かぼちゃプリンって何だ、と呟いた。

「「「かぼちゃプリン食べたいな!」」」

 三つ子たちが声をそろえて言うと、母さんが笑いながら、一緒に作ろうね、と三つ子たちを台所に連れて行った。

「合言葉はかぼちゃプリンじゃなくてもいいから、何か口にしやすい言葉がいいね」

 兄貴がそう早口で言うと、玄関チャイムが鳴った。

「ジェイ叔父さん早く決めて!」

 兄貴がジェイ叔父さんをせかすと、鍵のかけていなかった玄関から人が入ってくる気配がした。

「ジュエル!お邪魔しているよ!」

「か、か、か、かぼちゃプリン!」

 ハルトおじさんが勢いよく居間に入ってくると、ジェイ叔父さんが噛みながら叫んだ。

「君がジュエルの弟のジェイだね」

 ジェイ叔父さんが切ない目でぼくとシロを見たが、父さんは首を横に振った。

「ジェイ。こちらのお方は現国王陛下の弟殿下のご長男、ラインハルト殿下だ」

 ジェイ叔父さんは口をパクパクさせながら、おう、おう、おうぞくぅ、と言いながら、慌てて姿勢を正した。

「いや、そんな気は使わなくて良い。この家ではハルトおじさんと呼ばれていて、誰も敬礼などしないよ」

「で、ででで、でで殿下をそんな風にお呼びするのは……」

「でで殿下は、そう呼ばれるのが好きなんだよ。今日はかぼちゃプリンがデザートなのかい?」

 額から玉のような汗が噴き出したジェイ叔父さんに、からかうようにハルトおじさんが言った。

「ハルトおじさん!ジェイ叔父さんは十年も研究室に引きこもっていたので、王族との面会に緊張しているんじゃなくて、家族以外の人間に会うだけで動揺しているんです!」

「かぼちゃプリンは研究室に避難するための合言葉のつもりだったんですよ!」

 ぼくと兄貴がハルトおじさんとジェイ叔父さんの間に割って入った。

「なんだ。今日のデザートはかぼちゃプリンじゃないのか。うん?他人に会うのが怖いなら何で研究室に緊急避難していないんだ?」

「いいえ、今、母さんと三つ子たちがかぼちゃプリンを作っているよ。それはともかく、ハルトおじさんに紹介してから研究室に戻った方がいいかなって思ったんだ。どうせ後から、研究室に連れていけって言うもん」

「私だって気遣いくらいはできる……。いや、国益を考えたらジェイに会いたいと言い出すな」

「で、でで、殿下。お気遣いありがとうございます」

 ジェイ叔父さんはまだ言葉こそ噛んでいたが、目元が少し楽しそうに輝いていた。

「公の場じゃない時には殿下はつけなくていい。君がここに来ているだろうと踏んで押し掛けてきた礼儀知らずなのは、私の方だよ。私のスライムから、カイルたちが帝国の寮に到着して君の研究室に入った、と報告があったから、ついお邪魔したくなったんだ」

 ハルトおじさんのスライムの分身がボリスのお守りの中に潜んでいるからお見通しだったのか。

 あれ?

「ハルトおじさんのスライムもお喋りできるようになったの?」

 ぼくが素朴な疑問を口にすると、ハルトおじさんのスライムがおじさんのポケットから小さな板を持って飛び出してた。

 ハルトおじさんのスライムがテーブルの上に小さなメモパットを載せると文字が書かれていた。

『報告書を書いているの』

「あーあ、魔術具を使って楽にできる方を選ぶようじゃぁ、お喋りするなんてとても無理ね」

 みぃちゃんがハルトおじさんのスライムに辛辣に言うと、ぼくのスライムたちはテーブルに乗り、諦めないで頑張れ!と励ました。

「……カイル。研究室に戻らなくても大丈夫そうだよ。この奇妙な状況に人に会う緊張感が吹き飛んだ」

 ジェイ叔父さんがそう言うと、お婆が泣いて喜んだ。

「ああ、今日はいい日だわ。十五年、いえ……それ以上ね。家族みんなで顔を合わすことができるなんて夢のようよ!」

 両手を口の前で握りしめて幸せをかみしめているお婆に、ハルトおじさんが申し訳なさそうに声をかけた。

「ジェニエさん。済まないが難しい話をする時間を少しもらってもいいかな」

「ハルトおじさん。亜空間に行きますか?」

「ああ、そうしてくれると助かる。家族水入らずの時間を邪魔して悪いね」

「いえ。亜空間でしたらお邪魔も何もありませんよ」

 お婆が笑顔で答えると、ジェイ叔父さんが、亜空間?と首を傾げた。

 精霊言語で伝えた情報の中にあったけれど、体験するまで理解できないのは仕方ないだろう。

「移動するメンバーは、ハルトおじさんと父さんとジェイ叔父さんとジョシュア兄さんとぼくの魔獣たちでいいかな」

「それでい……」

 ハルトおじさんの返答を待たずに、シロはぼくたちを亜空間に送り込んだ。

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