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家に帰ろう!

「ジェイ叔父さんが死んだら得をするのが軍だというのですか?」

 兄貴が尋ねるとジェイ叔父さんが頷いた。

「上級魔法学校で所属した研究所は軍が出資していたので、通信の魔術具が軍事使用されることは完成前からわかっていたから、いくつか仕掛けをしたんだ。俺が考えたみたいに自慢することじゃないんだよ。兄さん、ジュエル兄さんが得意としていた手法なんだ」

 いたずらっ子のようにニヤッと笑ったジェイ叔父さんは眩しいほどのイケメンだった。

 寮の食堂でこの表情をしたら、女の子たちの食事の手が止まるのは間違いない。

「隠匿の魔法陣は個人のサインのようにそれぞれ工夫を凝らして解読されないようにするものだが、どうしても魔法学校での知識を基にするので、教わった先生の癖が残るだろう」

 聖女コートニー先生に飛竜の里で準備中の魔法学校で単位をもらい、地方の魔法学校で卒業試験を受けただけで、魔法学校に通っていない兄貴が頷いた。

 ぼくやケインの授業についてきていたから、本人は通ったつもりなのだろう。

「帝都の魔法学校では学閥に属さないと評価の対象になりにくい。ガンガイル王国の魔法学校は現代の主流派ではないよ。ハハハ、でもね、ジュエル兄は流行りの魔法陣にも何らかの利点があるだろう、と帝国の主流に則った新しい隠匿の魔法陣を作ったんだ。だけど、そこにガンガイル王国で主流の魔法陣を黒子のように紛れ込ませたんだ。解読できるのはガンガイル王国出身者の精密な魔法陣を極めたものだけだ」

「ぼくはそれを父さんのサインだと考えていました」

 ぼくがそう言うと、ジェイ叔父さんが手を叩いて喜んだ。

「さすがジュエル兄の長男!そうなんだよ、魔法陣の中に超微細な自分の痕跡を残すのは、恥ずかしがり屋のジーンちゃんが魔法陣の練習で小さく小さく描いていたのを、ジュエル兄が拡大して歪みを直していた時に思いついたことなんだよ。ジーンちゃんはジュエル兄に教わるだけで嬉しそうにしてたっけな」

 帝国軍に命を狙われている話から、学園ドラマのような父さんと母さんの恋バナの予兆を感じる話の展開に魔獣たちがワクワクしている。

 父さんのベタ惚れで結婚したのかと思っていたが、母さんの方が先に惚れていたような話に、スライムたちがキャーキャー喜んだ。 

 ぼくは初めて会った叔父さんに、ジュエルの長男と認められたことが嬉しくて胸が熱くなっていた。

「発案者の意図を越える利用方法を考えつくのも一つの才能ですね」

 兄貴が淡々と言うと、ジェイ叔父さんはそうなんだ、と深く頷いた。

「ジーンちゃんのような細工は簡単には真似できない。予測のつかない効果を出す魔法陣を駆使して競技会用の魔術具を作ったことで学閥を超えて活躍したジュエル兄は、上級魔法学校の途中でガンガイル王国の魔獣暴走の一報を受け帰国してしまった。入れ替わるように留学した俺は競技会用の魔術具をジュエル兄に代わって制作を依頼されることになり、いつの間にか名を挙げてしまった」

 マリアの叔母さんのカテリーナ妃も、競技会用の魔術具の制作者としてジェイ叔父さんの名前をあげた。

「ジュエル兄はガンガイル王国に帰国して建築系で才能を開花させた。俺と方向性が違ったので、俺の知識は兄貴の影響より帝国留学で身につけたものだから、帝国に還元せよと指導教官に迫られ、軍が出資する研究所に所属しなくては卒業単位が取れないように画策されてしまっていたんだ。」

「選択必修単位が学閥で振り分けられて、先着順がすでに埋まってしまっていたんですね」

「ああ。他は選べないようにされていた。……競技会は皇帝即位記念遠征を儀式化した模擬戦争なんだ。俺が競技会用に制作した魔術具は応用すれば大量破壊兵器になる危ないものだから、一つ一つは大規模な魔法にならないように設計してある。それでも規模が小さすぎたら競技会でも役に立たないから、特殊な魔術具を連結させなければ、魔術具を繋げて大きな魔法に出来ないように枷をかけたんだ。特殊な魔術具は学校を通さずに個人名義で魔法特許を申請した。勝手に軍事転用されないためにその場の思い付きでやってしまったんだが、俺が死ねば権利が宙ぶらりんになり、すぐにでも帝国が接収してしまうだろう」

「その特殊な魔術具はジェイ叔父さんから購入しなくては中古品以外手に入らないんだったら、殺害してしまったら供給されなくなってしまうじゃないか」

「権利さえ奪ってしまえば、人海戦術で魔法陣を読み解けると踏んでの行動だろうな」

 そんな馬鹿げた発想でジェイ叔父さんを殺害してしまえば、魔法陣を誰にも再現できなければ、新製品どころか現存する魔術具が壊れても修理することさえできなくなってしまうだろう。

「帝国軍は阿呆なのかなぁ」

 キュアがテーブルの上に乗ってため息交じりに言った。

「ハハハハハ。ガンガイル王国なんて北の果ての辺境国扱いだ。そんな国出身の後ろ盾のない平民が考えた魔法陣を帝国の精鋭たちが読み解けないはずがない、という驕りがあるんだよ」

 そうか、と魔獣たちもため息をついた。

「ぼくたちは今日帝都に入りました。地方を旅していると、外国人とはいえ貴族階級の旅人として丁寧に扱われることが多く、侮られることはなかったです。帝都では気を引き締めます」

「そんないい身なりをして、金を落としていく旅人には丁寧に接するさ」

「お金は払うより貰う方が多い旅だったよ」

 みぃちゃんが圧縮した精霊言語で旅の様子をジェイ叔父さんに送った。

 ジェイ叔父さんは両手で髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら、なんなんだ!なんてこった!と呟いた。

「何から突っ込んでいいのかわからないが、お前たちのことはひとまず置いておこう。帝国があまりに荒廃しすぎている!戦争ばかりしているせいで国土が疲弊しているわけじゃなく、土地の護りの結界を領主一族が維持できなくなって、土地の魔力が薄くなっているのか!!」

 兄貴が十年も引き籠っているから知らなかったんだよ、と小声で突っ込んだ。

「まあ、帝都周辺は何とかなるめどがついたよ」

「フフフフフ……神々の依頼を見事にこなし、帝国の派閥関係を無視して魔術具を販売したのか」

 ジェイ叔父さんは頭を掻くのを止め、笑いながら膝を叩いた。

「最初は派閥の違う地域には死霊系魔獣の情報さえ伝わっていなかったんですけど、帝国全体の食糧事情がよくない状態だったから、どこもよそを助けられる状態じゃなかっただけだったんです。地方の村は領の境界を越えて婚姻関係や交流があったから、地元の人たちが協力してくれました」

 ああ、そうか、とジェイ叔父さんは納得したように顔を上げた。

「領地に住んで領民との距離の近い領主一族がいるところは護りの結界が弱くなっていない。逆を言えば領主が税収以外の領政に関心がない地域では近くの村々で助け合うのか」

 状態のいい土地には立ち寄らなかったから、見てもいないので必ずしもそうだとは言い切れない。

「ぼくたちも帝国北西部をちょろちょろ旅しただけなので、わかりかねることもあります。ジェイ叔父さんもこの部屋を出て寮生たちが研究している城壁外の農場を見に行きましょうよ」

 ぼくがそう声をかけるとジェイ叔父さんは肩をびくつかせた。

「さっきこの寮の護りの結界に魔力奉納をたっぷりして強化したから、寮の敷地なら安全だから、まずは寮内の畑から見に行きましょう」

 兄貴がそう言うと、ジェイ叔父さんの顔が引きつった。

 この部屋を出ることに恐怖心があるのかな?

 ジェイ叔父さんに暗殺される危険性があっても、十年も引き籠っていたのなら、寮内に暗殺者が潜んでいることも、もうないだろう。

 そんなわかりきったことを警戒しているのではないとしたら、もしかして、女難が続いたせいで、女性に会いたくないのかな?

 魔獣たちは女の子気質でも接して大丈夫なようだし、いっそ自宅に帰ってお婆や母さんで慣らしてみるのはどうだろう?

「ジェイ叔父さん。家に帰ろうよ。辺境伯寮のお婆のところでも王都のジャニス叔母のところでもいいからここを出て家族で寛ごうよ!」

 ぼくの提案にジェイ叔父さんは安堵したような笑顔になった。

「この大型犬が転移の魔法が使える精霊なんだよな」

 シロは自己紹介をしていなかったが、兄貴の自己紹介の中で、ぼくが引き取られた後の一連の騒動をダイジェストの中にシロの件があったけど、妖精型の姿はなかった。

 ああ、シロも入室前に妖精型から犬になっていた。

 兄貴もシロも最初から、女性が苦手なジェイ叔父さんを気遣っていたんだ。

「王都のジャニスも気になるけれど、病気がよくなった母さんに会いたいな。……母さんも病気が治るまで病気だったなんて知らせないんだもん……」

 知っていてもここから出なかったんだろうな、と自嘲気味に言った。

「結果オーライですよ。安全が確保されない状態でここを出てジェイ叔父さんが暗殺されてしまったなら、お婆に会えなかったでしょう」

「今日は自宅に来客がいないから今すぐ帰っても大丈夫だよ」

 ぼくのスライムが自宅のスライムたちに確認したようだ。

「じゃあ、みんなで家に帰ろう!」

 ぼくがそう言うとシロが全員を自宅に転移させた。


 スライムたちから連絡を受けていた家族は居間に集まっていた。

 ジェイ叔父さんが居間に現れると家族から歓声があがった。

「会いたかったよ、ジェイ。すっかり青年らしく成長したね」

 涙目のお婆が駆け寄ってジェイ叔父さんを抱きしめると、ジェイ叔父さんは、キョェーッと奇声を上げた。

「か、かかかか、母さん!なんでこんなに若返っているんだよ!」

 兄貴の精霊言語での自己紹介にお婆が若返る瞬間もあったはずなのに、ジェイ叔父さんは驚きから腰が抜けたように若返ったお婆の腕の中でよろめいて床に膝をつけた。

「なんだ、ジョシュアが伝えていたんじゃなかったのか?」

 父さんがジェイ叔父さんを後ろから抱え上げながら呆れたように言った。

「……一度にたくさんの情報量を送り込まれると、全部を正確に認識するのは無理だよ」

 常識じゃぁ、とても理解できないことだらけなんだぞ、とジェイ叔父さんは力なく言った。

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