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帝都は目の前

 ぼくたちは拠点になる町に数日滞在して周辺の村に魔術具を販売して結界を強化し、領主が気付く前に拠点を変える事を繰り返しながら、帝都に近づいていった。

 赤毛の少年の姿のアネモネさんは土壌改良の魔術具が世界の理まで結界を結ぶ仕掛けに仰天した。

 “……土壌改良というより結界を強化して魔力の流れを良くする魔術具じゃない”

 “……あたいの分身が地中にいるのよ。凄いでしょ”

 ぼくのスライムがぼくの肩の上でプルンと体を揺らしながらアネモネさんに精霊言語で自慢した。

「魔法学校に通ったら、こんな魔術具が作れるようになるの?」

 アネモネさんの言葉に、留学生たちは一様に首を横に振った。

「アネモネさんが保護した子どもたちも誰も出来なかったでしょう?」

 ケニーがそう言うと、まあ、そうね、とアネモネさんがはしゃいだ自分を恥じるように顔を赤らめた。

 アネモネさんは魔法学校に通うことに期待しすぎている。

「初級魔法学校でアネモネさんが学ぶのは基礎魔法の使い方くらいだから、魔法陣さえ正確に描けるようになったら学ぶことなんてもうないんじゃないかな?」

 ウィルがボソッと言うと、留学生一行も頷いた。

「そうかな?正確な円を描くのって、結構大変だよ」

 兄貴がそう言うと、アネモネさんの顔色が青くなった。

 今は姿を消している妖精が、魔法学校で苦戦するアネモネさんの姿を見せたようだ。

「……練習するわ」

 滞在している町の教会の中庭でアネモネさんは小枝を拾って地面に円を描きだすと、留学生一同が、ここが歪んでいる、と採点し始めた。

「キャー!何よ!!ただの円を描くのってこんなに難しいのね」

 ぼくたちがワイワイ言いながら地面に円を描いていると、孤児院の子どもたちが木陰や建物の蔭からじっとこっちの様子を窺っていた。

「描いてみるかい?」

 ぼくが声をかけると、留学生たちは手招きをして子どもたちを呼んだ。

「上達のコツはね、みんなでやって競い合ったり、相手の癖を見つけて我が身を振り返ったりすることにあるんだよ」

 恐る恐る近づいて来た子どもたちに、留学生たちは拾った小枝を手渡して一緒に円を描くように勧めた。

 初回から上手に描く子、いびつな形で満足する子、それぞれがただ円を描くことを楽しんでいる様子を見て、アネモネさんはフフフと笑った。

「それぞれに癖があるのに、その子が円だと思ったらそれが円になるのね」

「さすが!アネモネさん。良いところに気が付いたね!」

 目の付け所が違う!と留学生たちが囃し立てた。

「魔力量が多ければ多少歪んでいても魔法陣として成立させることができるんだ」

 ウィルはそう言うと、歪んだ形の円を一つ選び、隠匿の魔法陣を施した水魔法の魔法陣をサッと描いて魔力を流した。

 地面から水鉄砲のような水が飛び出すと子どもたちが手を叩いて喜んだ。

 拍手を受けたウィルが優雅にお辞儀すると歪な魔法陣を足で消して、完璧な魔法陣をその場に描いた。

 美しい魔法陣に子どもたちからも歓声があがった。

 ウィルが魔法陣に魔力を流すと噴水のように水が吹きあがった。

 飛び散った水飛沫を浴びながら子どもたちは、キャアキャアと逃げ回り、噴き出す水を見上げると綺麗な虹がかかっていた。

「地中の水分を吹き上げただけのたいしたことない魔法なのに、綺麗でワクワクするのはなぜかしら?」

 アネモネさんは笑顔ではしゃぐ子どもたちを見ながら呟いた。

「これが美しいのは、美しくなる条件が揃ったからだよ」

「ぼくたちはこうやって、大人がチラ見させてくれる魔法に夢中になった」

「前日に雨が降った地面が水を含んでいるのは当たり前だよね」

「晴れた日に地面から噴き出した水が日の光を浴びて虹を作るのも当たり前だよね」

「たとえいびつな魔法陣でも魔力次第で何とかなるのもそれなりに想像がつくじゃないか」

「でも、完璧な魔法陣が見せる威力はやっぱりすごいし、カッコいいでしょう」

「日常の中の非日常をみんなで過ごすから、この綺麗な魔法の時間を作り出すんだよ」

 留学生たちが畳みかけるように言うと、アネモネさんは頷いた。

「この時間は魔法の時間なのね」

 これほど綺麗な魔法の時間じゃなかったけれど、かつて、ハルトおじさんが前髪を整えるのに使った魔法は幼かったぼくとケインをワクワクさせた。

 早く魔法を学びたくて、魔法学校に行くのが楽しみで仕方なかった。

「あたしになかったのは、こういうささやかな喜びだったのね」

 物心がつく前に大規模魔法が使えるようになってしまったアネモネさんは、ささやかな魔法に目を輝かせた子ども時代がなかった。

 水しぶきと共に虹が消えると、子どもたちがはりきって地面に丸を描き出した。

 今度はみんな綺麗な円を目指している。

「あたしも負けないもん」

 孤児院の職員が口をあんぐり開けて、泥んこになって遊ぶ子どもたちを見ていた。

 ぼくは職員に最後に清掃魔法をかけるから、と声をかけ安心させた。

 ぼくたちが立ち去った後も、子どもたちはきっと地面に円を描くブームが続くだろうから、洗濯機でも寄贈しよう。

「ご配慮ありがとうございます」

「この子たちの中から上級魔術師や上級魔導士が輩出されるかもしれません。楽しみにしていますよ」

 職員はハハハと笑い、みなさんのように育ってくれたらいいですね、と言った。

 遊びの延長のまま子どもたちを並ばせたウィルがせっかく洗浄魔法をかけたのに、午後からケニーが張り切って畑づくりに子どもたちを参加させたので、再び土まみれになってしまった。

 “……あたしは全部妖精にやってもらっていたから、こんなに土まみれになったことはなかったわ”

 アネモネさんの妖精は働き者だね。

 褒められた妖精が照れたように喜ぶ気配がした。

 “……東の魔女の張った結界の中で妖精と共に引きこもっていたあたしは、世界がこんなに荒んでいたことに気が付かなかったわ。神に祈る神聖な場の教会の中庭でさえ、こんなに魔力が少なかったのね”

 もう何年もこの状態だから少なくなっている感覚が住民たちから薄れしまい、より魔力が減っているような気がするんだ。

 “……人間が限界を下げてしまい、努力をしなくなったからかしら?”

 畑の魔法陣に留学生たちが魔力を流すと次々と発芽する様子に、子どもたちのみならず教会関係者たちが歓声を上げた。

 “……昔は緊急食糧支援と言えば現地で上級魔導士たちが儀式を執り行ったものよ”

 “……そんな話は神話になっちゃっているわ”

 アネモネさんの嘆きにみぃちゃんが突っ込んだ。

「他人事じゃないのよね。あたし…ううん、ぼくも本気を出して頑張るわ。まずは同行する東方連合国の留学生たちを鍛えてやるのよ」

 アネモネさんが小声で呟くと、ウィルが苦笑した。

「お手柔らかにしてあげてね」

「嫌よ。ガンガイル王国の留学生に負けるな!って発破かけてやるんだから、帝都では覚悟しておいてね」

 アネモネさんはそう言うと、ぼくたちにウインクして消えてしまった。


「今日はありがとうございます。……あれ?もう一人いたよねぇ」

 畑を作ったお礼を子どもたちが言うと、アネモネさんがいないことに気付いた子がいた。

「気のせいでしょう?留学生の方々は十人ですよ。ほら、一二三……十人いるでしょう」

 孤児院の職員が一緒に人数を数えると、その子は一応納得したけれど、アネモネさんが最後に立っていた木の下をじっと見ていた。

 “……ご主人様。妖精の暗示の効力が今一つのようですね。だからアネモネさんは飴で暗示を強化していたのでしょう。あの子の記憶を操作しましょうか?”

 “……そのままでいいんじゃないかな。どうせ夕食の席にはいるはずだもん”

 シロの提案をぼくのスライムが即座に否定した。

 そのうち、ご飯の時間になると一人増える人間に擬態する魔獣の怪談でもできそうだ。

 日常の不思議の正体を探れば、魔法の気配を察知できるようになるかもしれない。

 “……子供の成長のきっかけを奪わない方がいいよね”

 兄貴がそう精霊言語で言うとぼくは頷いた。

「また二人だけで目で語り合っているよ」

 ウィルがぼくと兄貴の間に割って入り、何を企んでいるの?と訊いた。

「アネモネさんは何回夕食を食べるのかなって」

 ウィルは真顔で四回は食べているんじゃないかな、と言った。

 商会の代表者がボソッと、五回は食べているでしょうね、と言った。


 商会の代表者が正解だった。


 アネモネさんは毎日、東の砦の城、東方連合国留学生一行、東方に魔術具を売りに行った冒険者たちのパーティー、ガンガイル王国留学生一行、クラインの滞在している宿で夕食を共にしていた。

 アネモネさんはそれぞれに食費を納めているので苦情が出ることもなく、情報交換や魔術具の在庫を運んでくれることもあり、予想以上に順調に結界の強化が進んだ。

 ぼくたちが帝都に着くころには、ドーナッツの穴のように帝都の周囲だけ残して結界を補強することができた。


「何とか形になったかな?」

「帝都には大きな魔力が集まっているのにその周辺だけ結界が強化されていないのは安定しているとは言い難いよ」

 ぼくが上出来だ、と自己満足に浸ろうとすると、兄貴に即座に突っ込まれた。

「だって、帝都周辺は帝国の上位貴族の領地ばかりじゃないか。迂闊に近づいて難癖をつけられても本国からの支援が得られにくいもん」

 ハルトおじさんの支援が難しいところで無理をしたくない。

「今年はこれで十分ですよ。後はみなさんが魔法学校で活躍されれば、こちらも優位に商売をさせていただけます」

 商会の代表者が競技会で結果を出せ、と期待の籠もった眼でぼくたちを見た。

 ポニーたちの休憩を済ませたぼくたちは街道に戻ると、人通りの多い街道の先に(そび)え立つ帝都の城壁が見えた。

「アレが世界一高い城壁、オリハルコンの壁とも称される難攻不落の城壁だ」

 ベンさんがそう言うと、留学生たちが胡散臭そうな目をした。

「ただの土壁に見えるよ」

「難攻不落って、あの城壁を建造してから帝都が攻め込まれたことがないからでしょう」

 ベンさんはハハハと笑いながら、物の例えに突っ込むな、と言った。

「さあ、帝都のガンガイル王国の寮に着くまでは油断大敵ですよ」

 商会の代表者に釘を刺され、ぼくたちは気を引き締めた。


 これからが留学生活の本番だ!

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