光る苔
お土産のお好み焼きを焼くところまで付き合っていられないのでぼくとケインはみぃちゃん、みゃぁちゃんと一緒にお昼寝をするため子供部屋に戻った。
ケインはみぃちゃんみゃぁちゃんとベッドにもぐりこむとすぐ寝落ちした。本当に寝つきのいい子だ。
それでもぼくは声を出すのは憚られたので、黒板に質問を書いた。
『さっきぐるぐると回転していたのは、なんで?』
すかさずぼくの手を使って返事を書いてくれた。
『精霊たちが、知らせろってうるさかった』
『精霊がいるの?どこに?』
『ちいさくて霧みたいな精霊がたくさん野原からついてきた』
『今ここにもいるのかい?』
『いる』
うわあぁ…。魔力探査ができるっていい気になっていたのに、ずっとそばに居た精霊たちがわからなかったなんて恥ずかしい。光っていないとわからないよ。
精霊たちは本当はそこら中に居るのかもしれない。
『どうして精霊たちは魔力の偏りを知らせなくてはいけなかったの?』
ちょっと返信に時間がかかる。精霊たちに聞いているのかな。
『良くないものが良くない場所にある。それは良くないことを、起こさない。だが、このままにしておくのは気持ち悪い。と言っている』
『精霊たちは気持ち悪いから騎士団に排除してもらいたかったんだね』
『そうみたい』
伝言の筆談は時間がかかる。
『洗礼式の魔力の波紋で遊んでいたら、変なところがあって気持ち悪くなった。せっかくきれいな魔力の波だったのに邪魔された。と文句を言っている』
街に危機が迫っているとか、そんな大事ではなかったのに、騎士団を派遣したなんて…空騒ぎをさせてしまった。
『ぼくも精霊と話せるようになりたいな』
『精霊たちも話したいって言っているよ。でもね、話せたらうるさいよ』
今日の騒動からしても、精霊は文句ばっかり言ってそうだ。
精霊の気配は全く分からない。目に見えないけれど、そこに居て、居るのが当たり前だったなら、気がつくのは難しい。遊ぶことが好きそうだから何か楽しいことでもすれば姿を現してくれるだろうが、また白い布を被ってススキを振り回すのはもうやりたくない。
『精霊たちはなぜぼくたちについてきたの?』
『面白そうだからって言ってる』
面白そうって…ぼくたちは珍獣か何かなのか?やっぱり楽しいことをするのを期待されているのだろう。
『ぼくたちについてきて面白かったことって何?』
『精霊神様の祠で遊べた。スライム可愛い。スライムに魔力取られた。蜂蜜美味しい。鶏に凶暴なやつがいる。三輪車にもっといっぱいつなげて。三輪車の速度制限を撤廃せよ。ハルトおじさんの前髪吹き飛ばしたい。もっといろいろ言ってる。うるさいよ』
これは……直接聞いたら、さぞうるさいだろう。精霊は見えなくてもいいかな。誰にも見えないみたいだし。
『人差し指を立てろって言ってるよ』
ぼくは言われるがまま左手の人差し指を立てた。
指先にほんのりと緑色の光が集まった。魔法の灯のようでとても奇麗だ。
いろいろ助けてもらったんだよな。精霊たちのおかげで生きて帰ってこれたんだ。
わかったよ。降参だ。
ぼくは黒板に書きこんだ。
『ぼくと友達にならないかい?』
『なってやってもいい、って言ってる。というか、ぼくだって友達になりたい』
あれ、黒いのは友達なのか?だって明らかにぼくよりも先にこの家にいたんじゃないのか。
『もしかしてだけど、お前は家族なのかい?』
『家族。じゃあ、ぼくは兄ちゃんだ』
兄ちゃんって、黒いのに性別あるのか?
『年上なのは間違いなさそうだし、兄貴だね』
町中を魔力探査して、精霊たちと友達になって、黒いのと兄弟になった。なんだか不思議な一日だ。
緑の光が上昇すると二段ベッドの上の段まで行った。もう寝ろ、ということかな。
ぼくは黒板の後片付けをしてから素直にお昼寝をした。
起きた時にはハルトおじさんもイシマールさんもいなかった。仕事に戻ったのだろう。
父さんは、今日はもう仕事に戻らないので、スライムの検証を続けていた。
父さんのスライムは魔獣使役契約をしているので、命令は順守する。魔獣カードのデッキをスライムに選ばせてケインと対戦させて、終わると反省会をしている。スライムの思考力の限界はどこだろう。文字カードを使ったら会話もできるかもしれない。
みぃちゃんとみゃぁちゃんは魔獣カードのエフェクトを怖がって遠巻きに背中を丸めて威嚇していたのに、競技台にのっていないカードには強気で猫パンチをくらわせて、メンコみたいに飛ばして遊んでいる。スライムにはすっかり慣れて、攻撃はしない。
ぼくはお婆の手伝いをすべく、作業部屋に行った。
傷用軟膏は大人気だが、他の薬師に配慮して生産調整している。本音は原材料が無駄に高騰すると、本当に必要としている怪我人が割を食ってしまうのを避けるためだ。美容目的は新商品として在庫のめどがたってから発売する予定だ。最初の調合こそ錬金術でしたが、大量生産へ向けて遠心分離機などの魔術具で対応すべく制作中なので、ぼくの手伝えることはあまりない。
今お婆の作業部屋での楽しみは、洞窟から持ち帰った毬藻みたいな光る苔だ。
洞窟の環境を模した箱というか、筒のようなものを錬金術で作ってもらったのだ。石をつなぎ合わせて傾斜も作り、水を流しいれる箇所も作ったので、毎日手入れが必要だ。手入れには手間はかかるが、午前中に光が入るようにしておくと、真っ暗にしたら、ちゃんと光るから可愛がりがいがあるのだ。
いつものように仕分けやら片付けやらを終わらせてから、光る苔の洞窟もどきの蓋を開けてみた。
「お婆、見て。光る苔が赤ちゃんを産んだよ」
おバカな子どもみたいなセリフになってしまったが、状況はこう言うのが適切に思えるようなことが起こっているのだ。
洞窟から持ち帰った光る苔は、赤ちゃんの拳くらいの大きさのものが三つだったのに、ビー玉くらいの大きさの光る苔が一つ増えている。
「あらまあ、ホントに赤ちゃんみたいだね。ヒカリゴケの生態には詳しくないのだけど、こんな風に増えるものなのかい。薬効にしか興味がなかったから、知らなかったわ」
「もともと丸くなって生えていたわけじゃなくて、精霊が取り分けてくれた時に丸まったんだよ。増えるとしても大きく育つとかかと思っていた。赤ちゃんみたいのが増えるなんて、可愛いすぎだよ」
ぼくは赤ちゃん光る苔をツンツン触ってみた。ふわふわで手触りがいい。
「水槽を大きくしてみたら大きく育つかもしれないね」
「お婆も忙しいから、現状のままでいいよ」
「大きいのを作るのはちょっと大変だけど同じものを三つ作ってそれぞれ離してみたらどうなるか試してみたいじゃないか」
うちの家族は全員検証好きだ。こうなってしまったら、明日には三つ出来上がっているだろう。
そうだ!興味の対象をずらそう。
「お婆。ヒカリゴケの薬効ってなあに?」
「錬金術では上級の回復薬に使うわ。私では免許も魔力も足りないわ。薬師としてなら、他の生薬成分を高品質にあげる効果と、強力な痛み止めにも使えるの。依存性が少ないから処方しやすいいい素材なはずだよ。市場に流通することはまずもってない貴重なものだよ。誘拐の件がからんでいるから製品にする予定はないけど、このまま増えるんだったら、家族の薬に出来そうだね」
「製品に出来ないんだったら急いで増やす必要はないんだね」
「生態がわからないからこそ早めに水槽を増やさなきゃならない。繁殖期が100年単位だったら、悔やんでも悔やみきれないからね」
「ああ、お婆。無理しないでね」
「だてに年は取っていない、自分の限界は心得ているよ。一日で三つも作るわけじゃないからちょっとやってみましょう。水槽が増えるとカイルの仕事が増えるからそこまで急がないよ」
「ぼくは光る苔のお世話は好きな仕事だから大丈夫だよ。でも光る苔がヒカリゴケなのかわからないけど、ヒカリゴケの薬効がそんなに凄いのなら、水槽の水にも何か影響があるかな?」
「そうだね。捨てちゃうなんてもったいないね。この瓶に入れて頂戴」
「ぼくもちょっともらっていいかな。スライムにあげてみたい」
「カイルのスライムを見せてごらん。うん、この大きさなら匙一つ分なら多いかもしれない。ほんの一滴で様子を見よう」
ぼくはスライムに一滴与えてみた。ゼリーをバイブした携帯にのせたようにブルブル震えている。大丈夫か?
「ヒカリゴケの薬効は素晴らしいんだけど、恐ろしく苦いそうだよ」
スライムは光る苔の水が入っている瓶から離れてぼくの指先にスリスリしてくる。頑張ったご褒美に撫でろという事なのか?
あまりの苦さに悶えているように見えたから、かわいそうになってよしよしと撫でてあげた。ついでとばかりに魔力も吸っていく。ちょこっとだけだぞ。
光る苔の薬のお世話になるのは嫌だな。恐ろしくまずそうだ。健康に気をつけよう。
今日のところは光る苔の水槽を掃除するだけで、それ以上の検証はしなかった。




