知らぬが……。
通常は高値で買取される植物の採取地を明かす冒険者たちはいない。
だが、終末の植物が発芽すると土地の魔力を吸いつくしてしまうので、不毛の地となってしまう。
明かしたところで何も採取できないということもあって、冒険者たちの口が軽かった。
話を総合してみると、領都の周辺の八つの村が喪失し、村跡に終末の植物が繁殖していたようだ。
残りの冒険者たちも消えた村の周辺で発芽した終末の植物を採取していた。
「この植物は村が消える前から村の周辺で採取できたということは、すでに周辺の魔力がかなり少なくなっていた、ということだよね?」
確認の意味を込めて基礎的な話からした。
「ああ。俺はこの村周辺が立ち入り禁止になる前日に、この辺りで採取した。村には入らなかったけれど畑仕事をしている村人をここの丘から見た」
ぼくが出したメモパッドに書き込んだ簡略化した地図に、冒険者たちは各々が採取した場所と情報を書き込んでいった。
「ああ、俺はお前がそいつを採取しに行った方角から推測して、この辺りをめがけて翌日に行ったんだ」
大量に終末の植物を持ち込んだ冒険者は、村が消滅した当日に現場に向かったらしい。
「道中、この辺りで軍に止められた。日の出とともに町を出たのに、もう軍が村を包囲していたんだ」
この二つの証言から考察すると死霊系魔獣が村を襲った翌朝にはもう軍が出動していたことになる。
ぼくたちが遭遇した死霊系魔獣が襲撃した村の周辺では、帝国軍の存在は噂でしかなかった。
翌朝には軍が出動していたなんて、あの時も村を軍が取り囲んでいたのだろうか?
そんな気配はなかった。
“……ご主人様はあの日の明け方はぐっすりお休みになっていました。ですが、軍人らしき気配はしませんでした”
“……帝国軍は死霊系魔獣の出現場所を自分たちが予測した地点で待機しているから、あの日のように死霊系魔獣が異常行動をすると把握できておらんのだろう。軍事通信には記録もないぞ”
シロと魔本が、帝国軍はいなかった、と断言した。
「ここらあたり一帯で演習をしているから立ち入ったら命の保証がない、と言われて村の方角を見ると煙が上がっていた。それで、その日の採取地を変えて、こっちの方角を探したんだが、何もなくってな。演習地を避けて南に下ると、この辺りでいくつか採取できた」
この冒険者が何もなかったと言った方角は五つの村に近く、結界の補強と村の周辺の利用する魔法陣の影響をうけているので終末の植物が見つからなかったのだろう。
「南下したら見つかったということはこの辺りから魔力が薄くなっているのか」
ウィルは地図で五つの村の影響が薄れている場所を指さすと、話をしていた冒険者が頷いた。
「ああそうだ。この辺りでそこそこ取れた。だが、まだお前が採取した量にとどかなかったから、翌日、演習場になった村に向かったんだ。もう軍人はいなかったし、村があった場所は焼け野原になっていた。焼け焦げた土地に発芽していたんだ」
「俺が採取した場所も一面の焼け野原に、こいつがちょろちょろと生えていた」
冒険者たちの話はどれも似通っていた。
「どの地域も土地の魔力が衰えている兆候を示すかのように、村跡の周辺ですでにアレが発芽しているのか。悪いものをおびき寄せる道が出来ているのかな?」
ウィルがそう言うと、ロブが首を傾げた。
「そうかなぁ。悪いものは強い魔力に惹かれて、襲撃するものでしょう?」
「ああ、お前たち。防音の結界を張っているから気遣いは無用だ。俺は帝国民だが、冒険者ギルドの職員だ。冒険者たちが正当に身の安全のための情報交換をしていることを、帝国に反意ありとして告発することはない。消えた村が死霊系魔獣に襲われて、汚染除去として村ごと焼かれていることは公然の秘密だ。悪いものってのは、死霊系魔獣や瘴気のことだろう?今ならハッキリ言って構わない」
ギルドの職員がそう言うと、冒険者たちが頷いた。
「ああ、俺たちは死霊系魔獣に出会わないためのおまじないとして、あいつらをソレとか、アレとしか言わない習慣だ。だが、こうも人里近くに出没するようでは、ソレやアレ、では死霊系魔獣なのか瘴気なのかどうにもはっきりしない。軍の演習なんて言っているわりに、駐屯地の情報さえ漏れてこない。教会関係者に頼らず村ごと焼き払うなんて、ちょっと瘴気が出たなんてレベルじゃないってことぐらいしか、俺たちにはわからない」
冒険者たちも死霊系魔獣が出ているらしいという噂以上のことはわからず、消失した村々を目の当たりにして、あらためて黄昏時には撤収しろ、と周知徹底しているそうだ。
終末の植物採取の高額報酬と身の安全を天秤にかけて、薄暮の時間の前に町に戻っている、と口々に言った。
「うーん。ぼくたちの経験からすると、瘴気なら上級魔術師と上級魔導師のペアで何とかできるけれど、瘴気に冒されると即ペアを組んでいた相手に殺される印象があるからね。瘴気が人里に発生した時の犠牲者の人数を考えると、軍が出てくるのは大げさではないと思うんだよね。瘴気はそれだけ恐ろしいものだよ」
ぼくの言葉に、経験があるのか!とギルド職員と冒険者たちが驚きのあまり仰け反った。
「魔法学校の実習で魔獣暴走を起こした廃鉱に行った時に、ちょっとした事故に遭遇しただけだよ。即日、王族が乗り込んできて事態を収拾した場面を見たことがあったんだ」
ウィルがのほほんと、王族は凄いよ、言った。
マジかよ、瘴気で王族レベルなのか!お前ら何者だよ!と冒険者たちが頭を抱えた。
「ぼくは現場に居なかったから知らないよ」
ロブは首を横に振った。
「うん、まあ、魔法学校の生徒が現場に見学に行くことはままある話だ。鉱山での事故だってそう珍しいことじゃない。ガンガイル王国の王族に前線に出るのが好きなお方がおられるのなら、あり得ないことではない。そうか……でもなぁ……その年で現場を知っているんだな……」
ギルド職員がそう言うと深いため息をついた。
「お身内に瘴気で亡くなられた方がいるのですね」
「ああ。……相棒を封じたことがある」
ウィルの質問に答えたギルド職員に、冒険者たちが敬礼した。
「この家業に足を踏み入れた時から決意していることがある。金になる仕事ほど危険が伴うが、人の道に反することはしねえ、と両親に誓った。そうなると、鉱山探査といった、ヤバい仕事を受ける時がある。そん時は、組んだ相方に、俺が瘴気に冒された時はどんなに無様に命乞いをしたって、そのまま頭をかち割って欲しいって頼んだよ。それで、どんな恨み言を吐いて死んでいこうが、気に病むなって言ったんだ。でもまあ、俺がここに居るってことは、相方がそうなったってことだ。俺はその行為を恥じちゃいない。そいつの両親のところにも挨拶に行った」
「そんな現場に、こんなちびっ子たちが遭遇したのか。王族が直接事態を治めるなんて、燃やしちまうような強引な解決策じゃあないだろうなぁ」
ギルド職員は苦笑すると、王族かぁ、と右手で額を抑えた。
ぼくとウィルは顔を見合わせ、今は温泉リゾート地になりつつある廃鉱の現状を思い出して、笑顔になった。
「ああっ?円満解決なのか!」
「王家の秘伝の魔術具が活躍したんだよ。今は鉱山としてではなく保養所として再開発が進んでいるはずだね」
「惨劇の現場が保養所か……。何か想像できないな」
鉱山の現場に携わったことのある冒険者が首を捻った。
「廃鉱の管理に人員が必要で、経費ばかりかかる負の遺産にしておくより、鉱山の歴史から採掘量を調整しなければ起こる悲劇を学べる場にして、温泉に入り山の幸を味わう保養所として観光客にお金を落としてもらう方がいいでしょう」
廃鉱跡で一般人が金を落とすのか?と冒険者たちはますます混乱している。
「ああ、その違和感、ぼくも理解できるな。ぼくはこの留学生一行のなかで、とりたてて成績が良かったわけじゃなく、いや、成績は悪くなかったんだけど、この二人が飛び抜けて良かっただけなの!学校内でも飛び級し過ぎていて活動が重なることがなかったんだ。ぼくが成績が良かったから選ばれた留学生選抜合宿にも、この二人は成績が良すぎて参加しなかったの!旅の初日に紹介されてから、もう破天荒過ぎて常識がぶっ飛ぶんだよ。滞在先で風呂に入りたいという理由で、井戸を掘って水脈を当てて、池かと思うような大きな風呂を作るんだよ!湯上りのご飯は、自分が今まで食べてきたものは豚の餌と思えるほど、信じられないほど美味しいんだ。山奥の風光明媚な温泉は腰痛、関節痛、その他古傷の痛みを和らげ美肌の効果があり、食事が最高に美味しいんだ。可愛い魔獣たちが遊びに来る魔獣風呂もあるんだよ。話に聞くだけで、ぼくも行ってみたいもん!」
メモパットを食い入るように見つめるぼくとみぃちゃんとウィルのスライムを指さして、こんなのが風呂にぷかぷか浮いているなんて反則級に可愛いんだよ!とロブは熱弁をふるった。
ああ、それは俺たちも行ってみたい、と全員が納得した。
「わかってくれたならいいんだ。それよりこの地図から死霊系魔獣が出やすい場所が浮かび上がってくるんだけど、これって偶々?それとも誘導されているのかな?」
ロブは温泉の魅力を語るより、密偵らしく冒険者たちから情報収集をする方に意識を戻したようだ。
「ああ、それは気になっていた。ぼくたちは道中に知り合った川沿いの熊を追っていた冒険者たちの情報から、そいつはすでに死霊系魔獣に乗っ取られたのではないか、と考えてこの川を利用している村から五芒星になるように土壌改良と魔獣除けの魔術具を販売したんだ」
「ちょっと待て、川沿いの熊が死霊系魔獣ってどうしてそういう判断になったんだ!」
ぼくの話に、ギルド職員はそんな噂は聞いていない、と反論した。
「黄昏時の死霊系魔獣に野生動物たちがやられている、という噂と、村の周辺に家畜の餌になる草がないから、日の高いうちに水辺の僅かな草を家畜に食べさせる農村の状況からだよ。熊は日中に襲えばいいのに、襲われるのは帰り際なんて、腹を減らした熊の行動としては不自然でしょう?」
冒険者たちが頷いた。
「川底の死霊系魔獣に取り込まれて、泥の中に身をひそめる死霊系魔獣になったと考えれば辻褄が合うでしょう?」
「……その発想は持ち合わせていなかった」
ギルド職員が額を叩いた。
「幼いころに人さらいから逃げ出して迷子になったことがあるんだ。その時友人が、何でも地中に引きずり込む動く魔獣沼がでてくるかも、と怯えたことがあったから得た発想なんだ。沼が魔獣であるより泥鰌のように泥の中に住む魔獣じゃないか、と考えた方が自然でしょう。それにしても家畜や人をまる飲みするなんて、普通の魔獣とは考えられないから、死霊系魔獣になった泥鰌の仕業かな?と推測したんだ」
「ああ、泥の中にいるから、夕暮れの薄闇から活動できる死霊系魔獣……。厄介だな」
「そんなのがいるのなら、軍が警戒するわけか」
冒険者たちはロブが示した死霊系魔獣の出没を予見できる場所を食い入るように見た。
「俺たち、かなりヤバいところで採取していたのか……」
冒険者たちが活動していた動線は死霊系魔獣が出やすいと予測された地域ばかりだった。
知らないからできることってあるよね、とロブが笑った。




