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実演販売

 4人部屋での就寝なので、兄貴は全員が就寝したのを確認してから、手土産に今日作った植物の状況に合わせて光る鉢を持って実家に帰り、みんなの起床前に帰ってきた。

 これに連日付きあっている父さんの睡眠時間が足りているかが心配になる。

 恒例の早朝祠巡りを済ませると、朝食はサツマイモの豚汁とおにぎりだった。

 クラインは含み笑いをした後、豚汁の蒟蒻を、これは何だ、とても言いたげな怪訝な顔で食べていた。

 米麺が出てくるまで楽しみにしているのがみんなに伝わって来て、ぼくたちも密かにクラインの反応を楽しんでいる。

 今日は商会の人たちとぼくたちは、この領の領都に行く班と5つの村での作業を続ける班に分かれて活動することになっている。

 領都に行く班は各種ギルドへ訪問して調整をしてくる、面倒な仕事が待ち受けている。

 交渉事に向いているのは、身分的にウィルとケニーだが、ウィルとぼくとロブになった。

 兄貴と日中はなれるのはこの旅で初めてだが、呼べば転移して来るので心配はしていない。

 ベンさんはぼくたちと冒険者ギルドに行くので、村に行く班の昼食は留学生一行が担当することになった。

 昼食に米麺が出ることはないことが決定した。


「お手紙で伺っていた土壌改良の魔術具とまた違うものですか」

 商業ギルドの前に農業ギルドで一通りの説明をした後訪れた商業ギルドでは、入るなりギルド長室に通された。

 商会の代表者が説明する前に、農業ギルド長が事の顛末を口角から泡を吹きながら説明してくれた。

「ええ、そうです。土壌改良の魔術具はどうしても高額になりますから、土地の魔力と魔術具の効果を実感していただき、土壌改良の魔術具を理解したうえで、ご購入していただけるものになればと開発した、全く別の商品です」

 商業ギルド長はテーブルの上に置かれた小さな魔術具の小鉢を手に取って矯めつ眇めつ眺めたが、魔法陣を仕込んだ茶色い素焼きの小鉢の魔術具は、何の変哲もない小さな植木鉢にしか見えず、深い吐息を吐いた。

「こちらでよろしいでしょうか」

 受付の若い女性が、裏庭から採取したらしい魔力も養分も低い土を麻袋に入れて持ってきた。

 ぼくとロブとウィルは麻袋に代わる代わる手を入れて顔を見合わせた。

「この土でも育つには育ちますが実が小さいですよ。どうせ食べるなら甘くて大きい方がいいでしょう?ぼくたちが作った腐葉土を交ぜさせてください」

 ウィルがそう言うと商会の代表者がもう一つ小鉢を鞄から出した。

「どうせならこの土で育てたものと比較してみましょう」

 腐葉土も私共の商品です、と笑顔で販売価格を話し始めると、農業ギルド長が生唾を飲んだ。

 ぼくたちは商業ギルド長のテーブルの上で二つの小鉢に二種類の土を入れた。

「苺の種はガンガイル王国の種苗特許登録がされていますから、溢した種一つでも無断で栽培したら国家レベルの対立になりますよ」

 もんじゃの村では出さなかった、とっておきの美味しい苺の種を商会代表者は持ち出した。

 種を植えると、商会の代表者が鞄から水筒を出した。

「待て待て、水を持ってこい!」

 商業ギルド長は水が特殊なのじゃないかと疑って、止めに入った。

 受付の女性がバタバタと慌ただしく取りに行くと、濁った水を持ってきた。

 ぼくたちは顔をしかめた。

「この水を遣るのですか?」

 ウィルは水差しに顔を近づけて鼻を曲げた。

 臭いのか!

 バン、とベンさんがテーブルを叩いた音が響いた。

「お前たちはこれが飲めるのか?飲めないよなぁ。ろ過して煮沸ぐらいはするだろう?この小さな鉢で育つ苺は、広い大地にろ過されることなくこの水を直接吸収する。今育てて、今食べようということは、お前たちはこの水を飲むということに等しいんだ!」

 語気を荒げたベンさんに農業ギルド長が頷いた。

「そういう時は、これですね」

 商会の代表者が鞄から小型の浄水の魔術具を取り出した。

 “……収納魔法の鞄じゃないのに、何でもでてくるねぇ”

 “……収納上手だから小さい鞄から次々取り出せるんだねぇ”

 スライムたちがポケットの中で楽しそうに精霊言語で会話している。

「旅先で今すぐ水が必要なのに、水たまり程度の水しかない時に活躍する魔術具です」

 水筒と同じ大きさの魔術具の上蓋を外して汚い水を注ぐと、水が滴る音がろ過されている過程を見物人に想像させた。

 音が止まると商会に代表者は魔術具の真ん中から二つに切り離し、下魔術具の蓋を開けると綺麗に浄化された水が入っていた。

 おおおおお、と歓声があがる。

「このまま飲めるほど安全な水です。これを二つの鉢に遣りましょう」

 ウィルがそう言うと農業ギルド長が激しく頷いた。

「人間が飲む水が最優先なのは俺たちだって理解している。だけど、作物や家畜たちに与える水だって結局は巡り巡って人間が口にするものになるんだ。水の分配を町ばかりに優先しては、町の人が口にするものが結局汚染されることになるんだよ!」

 水質悪化はこの町でも問題になっているようだ。

「本日は持参していませんが、大型の浄水器も販売しています。現在は受注生産になっておりますから素材があれば、ここに居る留学生たちが制作してくれます」

 商会の代表者の言葉に農業ギルド長が椅子から落ちそうになるほど腰を引いた。

「その話はあとにして、小鉢に魔力を注ぐ人を選定しましょうよ。ぼくたち留学生や商会の方々では信憑性に欠けるでしょうから、それほど魔力が多くなさそうな人を二名推薦してください」

 ウィルがそう言うと受付の女性が細身の弱そうな男性を連れて来た。

「この数字の順に指で鉢を触れた後、包み込むように鉢を持って七大神と大地の神と豊穣の神に祈ってください」

 この検証では小鉢の土が違うから結果が個人の魔力量の差を表すものではないし、そもそも個人の魔力はその日一日にすでに魔力奉納等で使用している場合はそれが影響すること、この結果で個人の魔力量を判断しないでほしい、と口を酸っぱくしてウィルは忠告した。

 二つの小鉢は両方とも苺が芽を出す早さは変わらなかったが、受付の女性が持つ小鉢の方が明らかに一枚一枚の葉が大きく蔓の伸びも早かった。

「ああこれはこの辺りで切らなくては……」

 農業ギルド長が余分な蔓を切り落として手入れをしていると、両方の鉢の苺に花が咲き始めた。

 ぼくはみぃちゃんの抜け毛で作った筆で受粉させようと、蜜蜂の代わりに花をコチョコチョした。

 農業ギルド長がわかっているねぇ、という顔でぼくに笑いかけた。

 細身の男性が持っている鉢も花を咲かせるタイミングは、ほぼ同時で、花の数も変わらなかった。

 同じように受粉させると、二つの鉢は同じように実をつけたが、色づくころには大きさの差が歴然としていた。

 ぼくたち以外の商業ギルド長室にいた全員が、二つの小鉢の苺の成長を息をのんで見守っていたが、大きく膨らんだ苺が赤く色付くと深い吐息を吐いた。

「ああ、この魔術具は間違いなく本物です。そして作物の成長に魔力と土地の栄養素が必要なのが一目でわかります」

 商業ギルド長は、画期的な魔術具だ、と大絶賛した。

「食べ比べてみましょうか」

 商業ギルド長、副ギルド長、農業ギルド長、協力した二人の商業ギルドの職員に優先して二種類の苺を手渡した。

「甘い……!苺ってこんなに甘いのですね!」

 受付の女性は自分が魔力を注いだ大きな苺を頬張って笑顔で言った。

「特別に甘い品種だからですよ」

 商会の代表者もいい笑顔で言った。

「大きいのが素晴らしい味なのはもちろんだが、この小粒の苺も、大きいのより味が薄いが、甘酸っぱさのバランスがよく美味しい苺だ」

 農業ギルド長は、香り、酸味、甘み、といった品種としての苺の美味しさを語りだした。

「この鉢では、あと十九回くらいこの急成長ができます。ハッキリ断言できないのは魔力を注ぐ人の魔力量や、土の栄養素、そして植える種が持っている力に左右されることをご理解していただきたいです」

 ウィルの言葉に、条件の違いで同じ品種の苺の成長の差を目の当たりにした一同は黙って頷いた。

「水質については、すでに農業ギルド長の指摘があるように、鉢植えですから水を浄化しましたが、実際の畑では広い農地がなんとか浄化の役目をはたしているのでしょう。長期的に見ると良くない傾向ですね」

 商会の代表者の言葉に、ロブは小鉢を持ち上げて、この鉢には下も横もないことも身振り手振りで示した。

「水はどこからやって来るか考えたことがありますか?」

 雨、地下、川、と思いつくままの答えが返ってきた。

「そうですね。雨は空からの恵み、地下水は大地の恵み、川はどこから流れてきますか?」

 商会の代表者は子どもに語り掛けるようにやさしく問いかけた。

「ああ、山から流れてくる」

「そうですね。この辺りの水源は山から流れて来る川です。私たちは魔獣の干渉で偶然旅路の変更があり山側からこの地にやってきました。どの地域でも土壌改良の魔術具をご購入されていますから、山側の環境は改善されていくでしょう。そのことで、いずれこの地にも恩恵があるでしょう。ですがこの地の周辺で水が汚染されたら、ここから下流域の状況はあまり改善されないでしょうね」

 商会の代表者がにっこりと微笑むと、商業ギルド長は顎を引いた。

「我々がここで浄化できなければ現状はあまり変わらない、ということか」

「ですから、この辺り一帯でこの魔術具を広く多く販売しなくてはいけないのでは、と思われます」

「農業ギルドは全面的に協力する。土壌改良はもちろん、水の問題は切実なんだ。浄水の魔術具を譲ってくれないだろうか?」

 農業ギルド長の言葉に、小型のでいいから私も欲しい、と商業ギルド長も欲しがった。

 この展開は前もあった。

「冒険者ギルドに行きましょう。依頼していた素材が届いているとたくさん作れます」

「魔術具にはアレが必要で、土地が改善されるとアレがいなくなる、って考えると面白い植物だよな」

 ベンさんがそう言うと、農業ギルド長も頷いた。

「うちの管轄地でもあの植物の種が見つかりました。すべて冒険者ギルドに卸しましたが、買い取っていたのがあなたたちだったのですか」

「買取価格を抑えたら魔術具の価格も抑えられるのですが、アレを撲滅させることを優先したら、高額買取にして、みなさんに根こそぎに採取してもらう方が効果的ですからね」

 終末の植物と呼ぶことは皇帝の治世に問題があるかのようにとらえられかねないので、ぼくたちはあえて名前を呼ばずに絵姿と特徴だけで採取依頼を出している。

 浄水の魔術具の受注を受けるためには素材の量を確認せねば、ということで冒険者ギルドに農業ギルド長と商業ギルド長がついて来ることになった。

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― 新着の感想 ―
苺は種から植えると収穫出来るようになるまで三年かかります。 酸っぱい小さい苺で美味しくないです。 通常、種で園芸店で売っていません。 一度も園芸店、園芸コーナーで見たことありません。 種苗会社通信カタ…
[気になる点] 冒頭に   <交渉事に向いているのは、身分的にウィルとケニーだが、ウィルとぼくとロブになった。    兄貴と日中はなれるのはこの旅で初めてだが、呼べば転移して来るので心配はしていない。…
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