なかったことにしていいのか?
「悪いものを寄せ付けない薬草ですか。聞いたことがありません」
村長の息子たちは知る者がいなかった。
「儂らの子どもの頃にはあったが、森が枯れてきてからは、もう探しに行くものさえおらんようになった」
もんじゃの村の村長はそう言って首を横に振った。
「知識がこうやって途絶えていくんですね」
ケニーが悔しそうに言った。
「五つの村の間の土地が改善すれば、森を一つ蘇らせることができるから、そこで見つかればいいでですね」
兄貴がそう言うと、もんじゃの村の村長が目を潤ませて頷いた。
希望の種がまかれたんだ。
後は冒険者たちと協力して成功する道筋を作るだけだ。
ぼくたちはもんじゃの村からそのまま町に戻ることにした。
四つの村から来ていた村長の息子たちを冒険者たちが二人付き添って送っていくことになった。
冒険者たちは初級魔法学校しか通わなかった村長の息子たちに、足だけを身体強化をする方法を伝授して並走して送り届けることにしたようで、細かく指導し始めた。
「成人前の魔力量で魔法の使い方が限定されるなんて、もったいないだろう」
冒険者たちは村長の息子たちにそう言って、できない、という言葉を封じた。
やってみなけりゃわからない、できることだけやればいい、と矛盾した激励の言葉をかけた。
「五つの村で一年間冒険者たちが定期的に訪問すれば村人たちの魔力と体力が上がりそうな気がする」
ロブがそう言うとベンさんも頷いた。
ぼくたちが町に戻って教会の畑の様子を見に行くと教会関係者に豆腐料理のお礼を言われた。
朝から一日中走り回って料理をし続けたベンさんに頭を下げてなければいけないのは、無茶ぶりをしたぼくたちの方だ。
あんなに食べ歩いたのに魔力と体力を使ってまたお腹を空かせたぼくたちは、ベンさんを喜ばせるべく、宿に戻って塩ちゃんこをつくることにした。
「まだ食べるのか!」
「育ち盛りだからね」
「今日はたくさん体を動かしたからなぁ」
いつも通りの食欲のぼくたち留学生たちと冒険者たちに、ベンさんがあきれた声を出した。
「留学生たちはかなり魔力を使ったからわかるが、冒険者たちはそこまででもないだろう?」
「俺たちは使いなれない魔術具の練習をしたし、まあよく走ったんだ」
あっさり鶏塩のちゃんこの〆はラーメンを用意すると、ウィルに拍手された。
五つの村で儀式をして五回も昼食を食べても、〆のラーメンは美味しいのだ。
「なるほどねぇ。こりゃぁたまげた。動物たちの寝床に動物たちから滲み出ている魔力を吸収する魔法陣を描いて、動物たちが自分の魔力で瘴気の侵入を防ぐという訳か」
「瘴気に特化した分、普通の魔獣の対策はしていません。ですから猫や犬を飼って鼠やキツネの侵入を阻止してください」
昨晩、塩ちゃんこ鍋を食べながら商会の人たちと、村の借金を増やさずに畜舎の仕掛けを増やすには、どうした方がいいか相談していた。
あれもこれもと盛り込むのではなく、畜舎の温度を一定に保つ、魔獣の侵入を防ぐ、瘴気の侵入を防ぐ、といった仕掛けの中から各村に選択してもらうことにしたのだ。
実証実験としてはそれぞれ別の項目を選んでほしかったのに、五つの村すべてが瘴気対策を選択した。
誰も口に出さないが死霊系魔獣の襲来が恐ろしいのだろう。
ぼくたちが死霊系魔獣と格闘した村で預かった手紙は、全ての村に届いたという知らせを受け、いずれの村でも土壌改良の魔術具が売れたので、すぐさま結界の補強をしていた。
だけど、ぼくたちが拠点にしている町に来る前に手紙だけ置いてきた村から、その後の連絡がなく魔術具の販売もない。
五つの村の近隣の村で死霊系魔獣が出て、帝国軍が派遣されたような気配を感じるのだが、誰も何も言わない。
まるでそんな村などなかったかのように、あの村以外の村で時間が過ぎていくことに、心がざわついた。
結果を知っている兄貴やシロが黙り込んでいるのが、あの村の消滅を肯定してしまっているようだ。
死霊系魔獣が人里付近での発生したことに対して、各村を保護するのではなく、瘴気に冒され手に負えなくなったら村ごと死霊系魔獣が活動しない日中に焼き払ってしまう。
そんな村なんかなかったことにしてしまう方針は、ぼくが生まれ育った村で起こった口減らしのような、洗礼式前の子なんていなかった、として消されてしまうのに似ている気がして、鬱々とした気分になってきた。
ぼくのスライムたちやみぃちゃんやキュアも気分が落ち込んでいるように黙り込んで、ポケットや鞄に引っ込んでしまっている。
できないことは、できないんだ。
割り切って、今できることを考えるんだ。
しっかりしろ。
「いい感じの畜舎が建ったのになんだか浮かない顔だね」
ウィルより先にクラインに声をかけられた。
「あんまり口に出したくない感情が心に溢れてきて、そんなことを考える自分に幻滅した瞬間に声をかけられた顔だよ」
ぼくが心のうちを素直に口にすると、クラインが、意外だ、とでもいうように目を見開いた。
村一つなかったことにしてしまうのは、口に出したら何らかの報復があるからだろう。
ここは似たような話題でお茶を濁すくらいにしておこう。
「ぼくが生まれた村はね、村人たちが生きていくのにギリギリの状態だったから、父は嫁をもらうのではなく村を出ていく順番だったのに、薬草の研究をしにきた娘と結婚して村に残ったから、村人たちのぼくたち家族への扱いがきつくなったんだって、今なら理解できるんだ」
ぼくの言葉にもんじゃの村人たちが息をのむのがわかった。
この話題でも心当たりがあったのか。
心身ともに限界ギリギリで耐えてきた村人たちの前で、これ以上きつい話を口にしてはいけない。
「ああ、そうだね。集団の利益と個人の幸福を比較する時に多数決をしたら、どんな恋物語も背徳の恋愛になる。絶対的な正義は多数決では判断できないこともあるが、集団で生きのこるために起きる犠牲は致し方ない」
クラインが気にすることなくそう言うと、村人たちが下を向いた。
「うん。それを理解できる年齢になったよ。実際、ぼくの出身村には米栽培の実証実験に協力してもらったし、もうわだかまりはないよ。ただ、こういうやりきれない事態に陥っても、地元にいた時は両親や後見人のような大人がいつも調整してくれていたから、難しいことを考えずに済んでいたんだなって」
辺境伯領出身者たちにはハルトおじさんの顔が浮かんだのだろう、みんな破顔一笑して頷いた。
「クラインは臭くて汚くて食事が苦い孤児院で育ったのに、よくこんなに大きく育ったね」
村人たちを凍り付かせたクラインに、きつかったであろう孤児院時代の話題を振った。
「ああ、あそこではこんなに大きく育たなかっただろうな。死にそうに弱った子どもたちだったが、それでも反乱を起こしたんだ。倒れるふりをして監督者の足を掴んで引き倒し、みんなで寄って集って頭を蹴って、大騒ぎになった隙に何人かが逃げ出したんだ。その時に俺も逃げ出した」
ぼくたちも冒険者たちも、その状態で生きのびるなんて信じられない!と仰天した。
「孤児とはいっても七歳は過ぎていたはずなんだが、洗礼式を迎えたかどうか記憶が曖昧なんだけど、市民カードがなくなったことを気にかけていたから、七歳より大きかったはずだ。お前たちだって十歳だろう。たいして変わらん」
ぼくたちは首を横に振った。
「きちんとした教育を受けて、大人の庇護下の元、行動しているんだ。一人では生きていけないよ」
ぼくがそう言うとクラインも頷いた。
「そうだよなあ。結局、保護されたよ。……なんだかもう少し詳しく思い出せそうだ」
クラインがこめかみを拳で叩きながら、昔のことを頭の奥から絞り出すように言った。
「孤児院から逃げ出した俺は、人通りのない方に移動するうちに川にたどり着いて、川沿いに歩くうちに町を出ていたんだ。そのうち日が傾いてあたりが薄暗くなるころ、川沿いの土手に窪んだところがあったから取り敢えずそこで休んでいたんだ」
子どもが夕暮れに町の結界の外に出る逸話は身に覚えがある。
ぼくとケインとボリスは精霊たちに助けられた。
「そしたら、そんな町の外に出ていたら危ない時間帯に、一人の若い女が川の中に突如出現し、川の中から罠を引き上げ、当時の俺よりでかい魚を素手で捕まえ、棒で魚の頭を殴って殺したんだ」
突然の怪力女の登場に、ぼくたち全員の目が点になった。
「驚くよな!そうなんだよ。俺も思わず声が出て、若い女が振り返って俺を見たんだ」
みんな身を乗り出してクラインの話に聞き入った。
「片手に死んだ大魚、片手に棍棒を持った若い女が、俺を見つけてニヤッと笑ったんだ」
保護された話のはずなのに、ぼくの頭の中には口裂け女のようなイメージ画像を想像したので、精霊言語で共有したポケットの中のぼくのスライムたちや鞄の中のキュアがぶるっと震えた。
「そのまま俺に近づいて来た女は、『そこの汚くてみすぼらしい子ども。この魚が食べたいなら、この棒を掴め』と俺に言ったんだ。腹が減っていることを思い出した俺が迷わずその棒を掴んだら、全く違う場所に居たんだ」
「転移の魔法か!」
冒険者の一人が、とても高度な魔法だ、と唸った。
「さあね。どうなっているんだか今の俺にもわからない。ただ、その若い女が黒髪で綺麗な緑の瞳の若い女で、こうして冒険者として独り立ちしてからは、彼女は緑の一族だったのでは?と考えるようになっただけだ」
精霊使いになった緑の一族なら行ったことがある所には転移できる。
ただ、そんなカカシの後継者になりそうな人を、緑の一族の族長が把握していないはずがない。
そして知っていたのなら、ぼくたちから後継者を探そうとしないはずだ。
……なんだか胡散臭いぞ。




