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迷路と麺

 ぼくたちはなんだか辺りが光っていることはわかっていたが、牧草ロールまで一気に仕上げるイメージを保ち続けなくてはならないので、冒険者たちや村人たちの歓声は気にしなかった。

 ぼくとウィルが、刈り取り、乾燥、牧草ロールの成形、発酵までの全体の作業を担当し、辺境伯領出身者のスライムとケニーとロブの代わりのみぃちゃんとみぃちゃんのスライムは作業を分担して魔力を提供した。

 ケニーとロブは笑顔で立っているだけだ。

 全ての作業が終了するとぼくたち三人と一匹は魔法陣の中央から端に寄った。

 魔法の杖を一振りして牧草ロールを一つだけドンと魔法陣の中央に出現させた。

 亜空間を経由したので突如としてどこからともなく現れた、精霊たちまでついて来たのでキラキラと光る牧草ロールに、歓声が沸き起こった。

「これは見事な干し草だ!」

「村の外側に出来上がった牧草ロールが散在しています。収穫前のデントコーンが迷路のように生えていますから迷わないように楽しみながら回収してください」

 ウィルの言葉に村人たちが、迷路?とざわついた。

 “……村の南の入り口から入ると最初の牧草ロールがある所に精霊たちが集まっているわ。ああ、東西南北、どこから始めても最初の牧草ロールがある所で精霊たちが待っているわ”

 キュアが楽しそうに迷路の状況を精霊言語で説明した。

「大掛かりな魔法を行使したことで精霊たちが喜んだようです。迷路の所々でみなさんを祝福するために潜んでいるようですよ。みなさん!楽しんで散策してみてください」

 ぼくがそう言うと精霊たちが光りながら村人たちを迷路の入り口に導くかのように、東西南北に分かれて迷路の入り口に誘導した。

「……あの光が精霊なのですか?」

「ええ。どこにでもいるのに、なかなかお目に掛かれないと言われていますが、ガンガイル王国では頻繁に見かけるので、ぼくたちは精霊が居ない世界を想像できません。多くの魔力を使用する時に、祝福するかのように現れる精霊たちのお蔭で、ぼくたちは冒険の旅を続けていられる、いや、精霊たちに導かれたから冒険のような旅になったのかもしれません」

 集団で魔力奉納をするたびに精霊たちが現れ、注目を浴びたぼくたちが、通りすがりの飛竜たちに運ばれて予定外のルートで帝国に入国し、縁あってこの村に来て、ふたたび精霊たちの祝福を得た、とウィルが村長に説明した。

 理解できない、けれど、奇跡のような事が目の前で起こった、と言って、村長は両手で頭を掻きむしった。

「昨日、ぼくたちが村を離れた後、村のみなさんはぼくたちと同じように一日で七大神の祠と土地神様の祠に魔力奉納をされましたよね?」

 兄貴は、村人たちもこの奇跡に参加したのだ、と村長に理解させるよう誘導するような質問をした。

 村長は頷いた。

「土壌改良の魔術具が成功するかどうかは、村人たちの魔力奉納にかかっていることをみんなに自覚してもらうために、日没ギリギリまで何度も祠に魔力奉納をしました」

 多少の同調圧力があったようだが、村人たちが努力したから精霊たちも応えたのだろう。

「素晴らしいことですね。そうした村人たちの努力があってこういうことになったのですが、少々ご相談いたしたいことがあります。村の外の牧草に紛れて生えた迷路の壁になっている植物ですが、少々お高い値の新種の種苗なのです……」

 兄貴とシロがぼくに相談しないで撒いたデントコーンは、緑の一族のハナさんが種苗管理をしている新種だ。

 正規の値段で取引したら高価な新種の種苗使用料は、土壌改良の魔術具をローンで購入したり、畜産業の投資をしたりしたばかりのこの村には、負担が大きいだろう。

 商会の人たちはぼくたちが掘った井戸や農業指導にもお金を取っている。

 村の借金ばかり増えているような気がしてぼくの気分が沈んだ。

 “……きっと大丈夫だよ。シロだけの判断なら心配だけど、ジョシュアがデントコーンの種を撒いたんだったら、比較的早めに収入増の見込みがあるんじゃないかな?だから、精霊たちの要望に応えたんだと思うよ”

 ぼくのスライムは時間経過の感覚という点で、シロより兄貴に信頼を置いているようだ。

 “……豚足をみんなにご馳走したかっただけかもしれないよ”

 みぃちゃんは茶化すようにぼくたちが食べたがっていた豚足、と表現したが帝国の食糧事情が改善しなければ、留学生活の食事が乏しいものになってしまうのは、切羽詰まった問題なのだ。

 商会の人たちは今回、デントコーンが紛れ込んでいたのはぼくたちのうっかりミスなので追加料金を徴収しないが、この次の作付けする際に使用料が発生することを村長に説明した。

 “……ご主人様。万が一収穫漏れがあって自生したり、村人たちが来季に種として実を利用しようとしたりしても、条件が整わなくては発芽しません。今後、トウモロコシ迷路をお祭りとして行う際にはこの地に合ったトウモロコシの種苗を緑の一族から購入することになります”

 お祭り?

 牧草の刈り入れではなく、トウモロコシ迷路の方がお祭りになるのか。

 “……こんな大規模の魔法を使う刈り入れは冒険者たちも村人たちも出来ませんよ。トウモロコシ迷路はトウモロコシさえ栽培できれば再現できます。緑の一族にもなじみがあることなので、この地に合う品種改良にも協力してくれます。神々に感謝する楽しいお祭りになるでしょうね”

 今回のデントコーンの料金はぼくたちが立て替えたってかまわない。

 それにしたって兄貴はトウモロコシを撒くことをぼくに相談してくれていいじゃないか。

 “……相談したって、お金の問題や新種の種苗管理を考えるとカイルは慎重になるだろう?”

 豊作になっても借金返済で暮らしが楽にならないのは可哀相じゃないか。

 “……商売のことは商会の人たちに任せておけば大丈夫だよ。それより、この五つの村の成功は帝国が変わる転機になるよ”

 帝国の転機?

 ぼくが兄貴の顔をまじまじと見たら、ウィルがどうしたの?と訊いた。

 ぼくも理解していないんだ。まだウィルに相談できる状況じゃない。

「……あと四つの村を回るんだ。急ごうか」

「待って、迷路を攻略してからでいいかな?」

 留学生たちは自分たちの仕事の結果を見ながら、少し楽しみたいようだ。

 そうだ、ベンさんが後から追ってくるんだ。

 どうせ今後これがお祭りになるんだから、楽しんだって良いじゃないか。

「迷路のあちこちに昼食の材料を置いてベンさんに後で何か作ってもらおうよ!」

「「「「「「「「「いいね!」」」」」」」」」

 シロに行動を誘導された気がしないでもないが、牧草ロールが一気に仕上がったのは精霊たちも一役噛んでいる。

「ラーメン食べたい!」

「時間がかかるやつは無理だよ」

 ウィルの呟きにケニーが突っ込んだ。

「商会の人たちに相談しよう」


「天ぷらそばですね。出汁にする鰹節や昆布は村の人たちには調理できないからベンさんが活躍できます。その辺にある野草を用意して天ぷらにしてもらいましょう!」

 ぼくたちは迷路を爆走し、鰹節や昆布や干し茸と蕎麦実を置いて回ると、光る牧草ロールと戯れていた冒険者たちと村人たちに訝しがられた。

「後から来る料理人が美味しいものを作ってくれます。みなさんは山菜を採取してください」

 美味しいもの、という言葉に冒険者たちと村人たちの目が輝いた。

「なんで食べ物を迷路に隠すように置くんだい?」

 クラインの質問にウィルが答えた。

「瘴気を吸収する魔術具の側で食べ物を見つけた村人が興奮して神に祈ったら、いつもより魔力が滲み出て魔術具の魔力供給ができるかもしれないでしょう?」

 一緒に村の外周に向けて魔法行使したウィルは、魔法陣を強化した魔術具がどこに埋まっているかがわかるようで、留学生たちに食材を置く場所をさり気なく指示を出していたようだ。

「村人たちがこの迷路で喜べば、俺たちの魔力負担が減るのか!」

 ぼくはそこまで考えていなかったけれど、ウィルは考えていたようだ。

「早く次の村に回ろうぜ!俺たちが食材を置いて回るだけじゃあ、全部終わらせて戻って来なければ、天ぷらそばとやらが食えないじゃないか!」

 冒険者の一人がそう言うと、ぼくたちは急いで村に戻り村長に挨拶して次の村に向かった。


「次の村は腹持ちの良いものが食べたいな!」

「子豚たちはまだ小さいから焼肉は無理だぞ!」

 冒険者たちはぼくたちの速度で走りながらも、神々のご加護を得たせいか、軽口が聞ける体力があった。

「次はタコ焼きがいい!」

「お好み焼きが食べたい!」

 留学生たちもすっかり冒険者たちと打ち解けている。

 キュアはぼくたちの真上を飛んでいるけれど、みぃちゃんはポーチの中だ。

 シロは露払いをするかのように先頭を走っている。

 走りながら頬に受ける風が爽やかだ。

 この五つの村で村と村の周辺の魔力が回復すると、その間に挟まれている土地も世界の理の影響下に入り、安定した魔力の地盤が出来上がる。

 そういう村を選んで実証実験を始めたんだ。

 それでも帝国の本土の大きさから見たら、茶碗の中のご飯一粒程度だ。

 村の周囲の枯れた森の中にうっすらと緑が見える。

 面積としては小さいけれど、この効果を求めて魔術具を購入する地域が今後、飛躍的に増えるだろう。

 “……帝国西部はユゴーさんの地域、北部はこの地がきっかけになり、南部はマリアのキリシア公国周辺地域の蝗害を防いだ地域から蝗害の被害地にかけて、南西部へと広く結界の強化が始まっている”

 兄貴が土壌改良の魔術具を販売した地域を精霊言語で地図に印をつけて、ぼくに知らせた。

 兄貴が予想する魔術具の販売の予定地域は帝国東部だけCの字のように全く印がなくぽっかり空いている。

 “……東部のきっかけがまだ掴めないけど、ドルジさんかクライン辺りが怪しいんだ”

 この旅路で出会った人々の出身地で結界の強化が進んでいくとするなら、東部の強化をする人たちにも出会っているか、出会うはずなのだろう。

 そう考えるとドルジさんが一番怪しいが、帝国軍軍人に土壌改良の魔術具は託せない。

 クラインは育ちが良さそうな気配はするが、出身が東部かどうかわからない。

 “……クラインは偽名だぞ。冒険者登録の時に初めて公文書に名前が記載されている。祠巡りでポイントを貯められるんだから、どこかの市民カードを持っているはずだ。洗礼式で登録した本名があるはずだ”

 クラインが東部の名家の出身で、東部での土壌改良の魔術具の使用に協力してくれるのだったら、帝国留学の旅路だけで、帝国をぐるっと囲むように結界を強化することができてしまう。

 そんなの、出来過ぎだろう……。

 そもそも結界の強化は神々の依頼なのだ。

 神々のお導きなのだろう。

 ……クラインの話をもっと聞いてみよう。

「焼きそばも良いけど、村人たちは五つの村全部の迷路飯を食べるわけじゃないから、一杯の満足感があるものがいいよね。やっぱり汁ものの麺類がいいよね」

 ラーメンが食べたいウィルが会話を誘導しているような気がする。

「ラーメンっていうのがなんだかわからないが、温かいスープに麵が入っているんだったら、俺は子どものころ食べた米の麵が好きだったな」

「何それ美味しそう!何から出汁をとっているの?」

「子どもの頃の話だから何が入っていたのか覚えていないな」

 クラインの話にウィルが食いついた。

 米麺!

 この世界でも東南部の主食が米だってメイ伯母さんが言っていた。

 やっぱりクラインは東南部の出身者なのか!

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