神々のお導き
二日目の朝は宿の奥さんの作ったキルトカバーのかかったベッドで目覚めた。
留学生たちは四人部屋二つとふたり部屋一つだったがぼくと兄貴で二人部屋になった。
残り5日の滞在予定なので部屋割りは毎日変えることになっていた。
兄貴が実家から帰って来ると瘴気を閉じ込める魔術具がさらに小型化していた。
父さんは寝ないで魔術具の改良をしていたのかな?
「ぼくも亜空間が作れるようになれたらいいんだよね」
「いや、亜空間の中に居ても滞在者の時間は過ぎているから、父さんの寿命を縮めかねないよ。長生きしてほしいから出来なくていいよ」
「カイルも気をつけないと早死にするよ」
「ぼくはケインより大きくなっていない限り大丈夫だと思っていた」
それはそうか、と兄貴も納得した。
「カイルは大きくなると思うよ。あれ、魔力量と体の大きさは……」
ぼくのベッドに転がっていたキュアが口を噤んだ。
小さいふりをしているけれどキュアの実体はちょっとした山一つ分の大きさがある。
兄貴と魔獣たちがまじまじとぼくを見た。
「普通に成長するのが一番いいよ」
ぼくは小人族の国に行ったカリバー旅行記のように、自分が巨人になるイメージをしないように耐えた。
孤児院を破壊したキュアのように大きくなりたくない。
身支度を済ませて外に出ると、ぼくたちが初日にキャンプした厩舎の前で、早朝からケニーと留学生たちが畑を作っていた。
夕食のミネストローネを気に入った宿の奥さんにトマトを植えるようにしきりと勧めていたから、朝飯前に苗まで育てる気になっているようだ。
ケニーたちに祠巡りに行こう、と声をかけると魔法の使えない三人の冒険者が返事をした。
彼らも日の出とともに起きて、ケニーの手伝いをしていたようだ。
「俺たちは魔法学校を出ていないから魔法はてんでわからないが、力だけはあるから農作業なら何でもできるよ」
「いやいや、結構魔力も使ってもらったよ。この鉢が魔術具で土づくりのために魔力を提供してもらったんだ」
みんなでやれば一人分の魔力の負担が減るから冒険者たちは気が付かなかったようだ。
魔法の使えない冒険者の三人が照れ笑いをしている。
「昨日、この町の祠と合わせると六つの町や村で祠巡りをして、俺たちにもそれなりに魔力があるんだって気が付いたんだ」
「ああ、あれは、ぼくが回復魔法を毎回使っていたから、全部回れたんだ。自分たちだけで六つの地域の七大神の祠で魔力奉納をしたら、たぶん倒れるよ」
わかっている、やらないよ、できないよ、と笑いながら冒険者たちが言った。
「無理はしないけど、思いっきり魔力や体力を使ってから目覚めると力がみなぎっているんだ。どれだけ自分が適当に生きてきたのかと考えさせられたよ」
土地神様の祠や、教会での礼拝を入れると、昨日は50回も魔力奉納をしたのだ。
彼らもそれなりに神々のご加護が得られたのかもしれない。
「うわぁ。なにこれ。起こしてくれたって良いじゃないか。ぼくも畑を作りたかった。あっ。まだこの町の教会の中庭に作ってなかったよね。まだ出番があるのか」
四人部屋なのに取り残されていたらしいウィルが、畝までできあがっている小さな畑を見て悔しがった。
ぼくも今起きてきたばかりだ、と言うと、昨日はさすがにきつかったよね、とウィルがこぼした。
「神々に手加減されていた、というかぼくたちの行動を先読みされていたのか、と勘繰りたくなるほど一つ目の祠から魔力奉納の量が少なくて、ああ、これは楽勝かな、って甘く見ていたんだ。だけど、五十の祠の魔力奉納はさすがにきつくて、最後は神々に試されている気分になったよ」
ああ、留学生一行でもあの祠巡りは辛かったんだ、と安堵の表情をした冒険者たちに、神様は魔力奉納の量を個人別に加減されている、と留学生たちは囁いた。
やっぱり留学生一行は俺たちのとは魔力奉納の量が違うのか、と冒険者たちは項垂れた。
「ぼくたちも幼いころはそれほど多かったわけじゃないよ。正直、ぼくの両親は、初級魔法学校は領地で、中級魔法学校から王都に進学できればいいと、考えていたらしいよ。ぼくも当時の自分は出来損ないじゃないかと思っていたんだ。うちの領の子どもたちはレベルが高かったからね。洗礼式前から、ほぼ毎日みんなで魔力奉納をするようになって、徐々に一日の魔力奉納の量が多くなっていったんだ。洗礼式の日に鐘を鳴らして両親を驚かせて、慌てて王都に行く支度をしたよ。王都でも魔力奉納を欠かさなかったら、留学生に推薦されたんだ」
「真面目だな。ぼくは新しい魔獣カードが欲しい一心で魔力奉納をしてポイントを貯めていたよ」
辺境伯領出身者の思い出話に、ケニーが考え込んだ
「日々の魔力奉納でポイントを稼ぐ方が、冒険者ギルドの斡旋する依頼を熟すより確実に稼げそうですね」
川沿いの熊の討伐にかけた日数分だけ毎日魔力奉納をすると得られるポイントを計算したケニーが冒険者たちの耳元で囁いた。
土地の魔力に活用して自分が関わった畑を豊作にしたいという下心が透けて見えたが、下手な依頼を熟すより怪我をするリスクのなく安全に稼げる方法なのは間違いない。
ぼくたちに同行すれば癒しの魔法もかけてもらえる、と言うかのような、期待の籠もった熱い眼差しを冒険者たちがぼくに向けた。
「早朝の魔力奉納の快感は格別なんだよね。寮の庭の祠に朝日が差し込むころ、自分が一番のりだと信じて魔力奉納に行くときの冷たい空気が好きなんだ」
「お前が、一番だったことなんてないじゃないか」
「ああ、そうだよ。でも朝起きた時は今日こそ自分が一番だって信じているんだ。そうして中庭に出たら、一番じゃないし、カイルの研究室には明かりがついているし、カイルはいったい何時に起きたのか、そもそも寝ていないのかって、よくみんなで話していたよ」
「騎士コースの朝の訓練が終わって風呂に行ったら、徹夜のカイルに遭遇したこともあったなぁ」
辺境伯領出身者の思い出話に、ケニーとロブが初級魔法学校生の生活じゃない、と呟き、七歳児のする事じゃない、と冒険者たちが青ざめた。
「ぼくだって毎日無茶をしていたわけではないよ。入学当初は魔法が使えるのが楽しくて仕方なかったし、作りたい魔術具がいっぱいあったんだ」
「今も変わらないじゃないか」
ウィルに突っ込まれた。
「次はこの魔術具を作ろうかな、と思うと新しい素材に出会ったり、新しい魔術具を必要としている人たちに出会ったりするんだ。思いついたら作ってみたくなるのは仕方ないよ」
「天才って、本当にいるんだな」
冒険者たちがぼくを見て言った。
「天才はぼくじゃないよ。育った環境が良かったんだ。ぼくが思いついたことをすぐ新しい魔術具として作ってくれる両親や、祠巡りを一緒にしてくれる友人がいて、だんだん魔力が増えていったんだ。小さいうちは魔力を使うなって、怒られてばかりいたのに、祠巡りの魔力奉納は許されていたからみんなで火の神様の祠に参拝するのが流行ったんだよね」
流行ったね、と辺境伯領出身者たちが頷いた。
「神様はね、魔力奉納でその日一日過ごしても余程のヘマをしない限り倒れない限界の量の魔力を引き出すんだよね」
「ああ。わかる。だから、前日より多く魔力奉納が出来ると自分の魔力が増えたような気になって嬉しいし、少ないと、今日は何か魔力を多く使うことが起こるかもしれないって気を引き締められるんだ」
「わかる!あったよ、そんな事!朝一の魔力奉納でいつもより魔力奉納で持っていかれる魔力が少ないと思ったら、騎士コースで抜き打ちの試験があったりするんだよね」
留学生一行は自分たちが経験した、毎日魔力奉納をするからこそ、気が付く些細な変化を語り合った。
風邪をひく数日前から魔力奉納のポイントが減ったり、騎士コースの試験前で魔力を出し惜しみしている時にガッツリ魔力を持っていかれたりする逸話のどれもが共感できるもので話が弾んだ。
「魔力奉納で病気の予兆や、急場の魔力増量に効果を表すなんて……もっと若いうちに知りたかったな」
ボソッと言った冒険者の一言に、ロブは首を横に振った。
「あなた方が若いころ……幼いころから魔力奉納の効果に気が付いていたら、多分ぼくたちとは出会わない別の人生を歩んでいたでしょう。それはそれで成功した人生だったのでしょうが、ぼくは貴方たちに会えて嬉しいです。臭くて汚くて、理不尽な要求をしている大人が、話してみるとすごくまともな人なんだって思う瞬間が、とても楽しいんです。国を出て旅をしなければ、ぼくが出会うことのなかった傲慢に見える人たちは、傲慢になるような人生を強いられていた。どの人の人生もきつく、辛く、理不尽なものでした」
ぼくたちは脳裏にハンスに呪いをかけた領主や、出会った頃のユゴーさんを思い起こした。
国を出て出会った大人、と対象を広くすることでぼかして、あなたたちも辛かったんでしょうね、とロブは言っている。
「人生は自分で決められない枠にはまって生まれてくるんだ、と思ってぼくは諦めていた。上位貴族の家に生まれながらそう考えていたんだよ。嫌な奴だよね。自分が変われたのはカイルに会ったからだよ。だからね、あなたたちがぼくたちと出会って人生が変わっていくと、年齢も育った環境も違うのに、なんだか仲間のような気がするんだ」
ウィルがそう言うと冒険者たちの目が少し潤んだ。
「魔力奉納に行くなら俺たちもいくよ。お前さんたちと一緒に回った方が、格段にご利益がありそうだ」
遅く起きた冒険者たちも合流した。
遅いと言っても昨日より早起きの冒険者が、凄いな立派な畑だ、と先に起きて作業をしていた冒険者たちを褒めて洗浄魔法をかけた。
普通に仲が良く見える。
「俺たちは同じ町の出身で、俺が魔法学校を卒業する前にあいつらが一般初級学校を卒業したらすぐ十歳で冒険者見習いになっていたんだ。あいつらは俺が初級魔術師になればいい仕事があるって希望を持っていたが、現実は厳しくってな。俺は働きながら学校に通っていたから、ギリギリの成績で卒業したんだ。コネもなかったし、ひたすら魔力供給をするようなきつい仕事にしか就けなかった。給料も少ないんで、副業で始めた冒険者の方が稼げたんで転職したんだ。だが、そんなにいい依頼なんか続かなくて、国中を旅するうちに、あいつらと再会してつるむようになったんだ。他の四人の冒険者たちは熊の討伐依頼の受注で偶々組んだだけだから、よく知らない」
「俺もお前たちが熊の依頼を先に受けていなかったら、声をかけることはなかったな」
クラインがそう言うと、残りの三人の冒険者たちも、俺もだ、と言った。
依頼の少ない冒険者ギルドでは一つの依頼に複数人が相乗りして、討伐の成果に合わせて報酬を分け合うことが頻繁に行われているらしい。
「お前さんたちの話が聞こえてきたら、俺も昔のことを思い出した。魔法学校を卒業して冒険者になるやつらは、何らかの社会不適格者だ。俺の今までを振り返れば後悔ばかりの人生だ。だが、頭のおかしな奴らが多い冒険者が多い中で、一見ろくでなしのような冒険者どもが、根がまともな小市民たちだったなんてこと自体が稀だってのに、どうしてこうも簡単に八人も集まるんだ?」
クラインの言葉に冒険者たちも首を捻った。
「神々のお導きだろ」
小ねぎを取りに来たベンさんが口を挟んだ。
「この町に来て門番に勧められるまま怪しい宿屋に決めたのは、ポニーたちも魔獣たちも抗議しなかったからだ。動物たちは本能で危険を回避する。まあ、臭い宿だったが事情があるんだろうなってくらいにしか思わなかった。お前たちが肉を食わせろと悪態をつかなければ俺たちは畜産業に介入しようなんてしなかっただろう。俺はこれから帝都で飯屋を出店する予定なんだ。肉の仕入れが安定する事業は将来への投資だ。お前たちにはお前たちの人生があるように、俺には俺の人生がある。だがそこにほんの少しばかり神々のいたずらが働いたからこんな奇妙な事態になったんだろうな。さあ、もうすぐ朝飯だ。魔力奉納に行くんだったらさっさと済ませろよ」
ベンさんは小葱の鉢を抱えると、こういうのは厨房の側で育てるもんだと言って持っていった。
神々のお導きで出会った、と言った方がカッコいいから、ぼくたちは冒険者との出会いを語る時はそう言うことになった。




