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里山を豊かに

「文句があるなら食堂に入らず、ぼくたちと別行動をしてください。本日の食堂では、ぼくたちが持ち込んだ食材を使ったメニューの提供になっています」

 膝をついた男と顔の高さをあわせて貴公子然とした微笑をたたえてウィルが言った。

「め、飯は食う!ただ、飯の前までわざわざ洗浄魔法をかけなけりゃぁならん理由がわからん。魔力の無駄遣いだろ!!」

 食堂から強烈に漂う美味しそうな香りに、文句を言いつつも拒否するなんて出来ないようだ。。

 “……失神しかけたくせに口の減らない男だねぇ”

 “……一日に数回体を綺麗にすることにケチケチしてるんじゃぁ、モテる要素がどこにもないねぇ”

 ぼくのスライムとみぃちゃんが、ガタイが良くても男としてみみっちい、小さい男だ、と言いたい放題だ。

「清潔でいることは、ぼくたちが依頼する仕事では必須です。畜産業に関わるのですから、動物たちを病気から守るために関係者は常に清潔でいてもらわなければなりません。常日頃から次の作業に移る前に清掃魔法をかけるくらいあたりまえになっていてもらわなくてはいけません」

 ケニーがきっぱりと言うと、男は小声でわかったよ、と言った。

 祠巡りの後、清掃魔法をかけていなかった四人は大人しく自分たちで掛けた。


「この匂いの正体がこれなのか!大陸中央部の料理に似ているが、辛いばかりじゃなく旨味が多い。大陸北部でこんなスパイスの利いた料理にありつけるなんてありがたい。いやー、昨日も思ったが米が旨いな」

 イケメンは朝食のカレーライスを大絶賛した。

「昼食はカレーうどんの予定だから残しておいてね」

「ああ。別鍋に取っておいてあるぞ」

「やったぁ。これ全部食べていいの?」

 喜ぶ留学生たちがつく食卓では、スライムたちがそれぞれの主人たちから一匙掬ってもらって味見をしている。

 冒険者たちはカレーやサラダにふんだんに使用されている肉や、たくさんのスライムたちのいる食卓に驚いていた。

 キュアは冒険者たちをまだ信用していないので鞄の中に隠れている。

 みぃちゃんは食堂の隅でカレーの匂いを避けながら牛筋フレークを食べている。

 シロは大人しくぼくの横で伏せている。

「お前たちが望む世界はこうなんだな」

 テーブルの上のスライムたちがイケメンの言葉に反応したように動きを止めた。

「三度の食事は旨くて当たり前で、魔獣たちとさえ食事を分けあう。言葉は悪いが、スライムは残飯処理で十分だろ。それなのに、スライムが人間と同じものを食う、いや、人間でさえめったにありつけないような旨いもんを当たり前のように分け合っているじゃないか」

 残飯処理、という言葉にスライムたちが、ドン、とテーブルを叩いて抗議したが、イケメンの言わんとしていることを理解して頷いた。

「そうなんだよ。お前たちのスライムは、余裕のないときには主人の飯を食わないだろう?十分な食料で食事を楽しめる状況だから一緒に食うんだろ?なんでスライムと理解しあえるんだかなぁ」

「そうかぁ。俺はスライムが人間の飯を食うなんて、なんて贅沢に育ててやがる、としか思わないぞ」

 カレーライスを飲むように掻っ込んで空になった皿を見ながら冒険者の一人が言った。

「犬は働くし、猫も、まあ鼠を捕まえる程度には働くから可愛がるのわかるんだが、こいつらはなんなんだ?そりゃあ、清潔にしていて良いもの食わしていれば綺麗だろ。でも、それだけしか価値がないじゃないか」

 発言した冒険者をスライムたちが目がないにもかかわらず睨みつけている気配に、冒険者たちは顎を引いた。

「その発言は撤回して謝罪すべきだよ。今朝、あなたが祠巡りで魔力奉納したすべての魔力量より、ぼくのスライムが一つの祠で魔力奉納した魔力量の方が絶対多い。今、あなたが食べたカレーライスもここにいるスライムたちが調理を手伝っていた」

 ぼくは発言した冒険者がこれ以上恥をかかずに済むように、ぼくのスライムが一つの祠で魔力奉納したことで得たポイントを耳元で囁いた。

「前言撤回をいたします!申し訳ありませんでした!!」

 速攻で訂正して謝罪したことで、スライムたちの視線が、わかればいいんだ、とでもいうように優しくなった。

「ハハハハハ。俺はクラインだ。この仕事受けるよ。スライムたちでさえこんないい暮らしができるんだ。この仕事を引き受けたらさぞいい暮らしができるかと思うだろ?だが、俺がスライム以上に働けるのか?そんな疑問が湧くなんて、そんな、面白いことがオレの人生に起こったんだよ。信じられないな」

 朗らかに笑ってぼくに握手を求めたイケメンことクラインは、思考までイケメンだった。

「引き受けてくださってありがとうございます。でも、仕事の内容は把握していてくださいね」

 商会の代表者がクラインに握手の手を差し出しながら言った。

「具体的に仕事の内容は個人の能力によって変わります。魔法が使えない方は腕力に頼った仕事になります。魔法が使える場合は仕事の内容がこの先もっと増える可能性があります」

 具体的な仕事の内容の説明に入ると他の冒険者たちも聞き入った。

「この町を中心に五つの村で留学生一行が土壌改良の実証実験を行います。皆さんにはその村の周辺で荒廃を招く原因となる終末の種の駆除、牧草の繁殖を行なってもらいます。各村では食料の作付けが最優先になっているので牧草が足りません。農地が足りないなら増やせばいいのでしょうが、安易に結界を広げることは出来ません。ですから、結界の外側を利用するのです」

「なるほど、結界の外の作業になるから俺たち冒険者が相応しいのか」

「まだ、実証実験を始める前の段階ですから予測でしかないのですが、村の結界の周辺の環境が整えば土竜や兎などの魔獣たちが寄ってくることが予測できます。そうなると肉食の魔獣もそれなりに寄ってくるようになるでしょう。五つの村に始めは全員で回りますが、牧草が安定して生えるようになったら、村に滞在してもらうことになるかもしれません。取り敢えず一年契約して仕事の内容が気に入らなければ契約を解消するということでどうでしょう」

 一年かぁ、とクラインは顎を擦った。

「お前さんたちが一緒の間は楽しそうだが、要は、お前さんたちがいなくなった後の各村の雑用件用心棒と言ったところだろう?」

「平たく言えばそうでしょうが、ご飯は多分一年中美味しくなりますよ。昨年滞在した地域でも食の生活水準が上がれば下げたくないので、皆さん必死で努力して美味しいものを作り続けているようです。今回は畜産業の実証実験ですから、穀物以外に肉も手に入りやすくなるでしょうね」

「俺はやりたい」

 清掃魔法が使えなかった冒険者の一人が声を上げた。

「希望者のみで今日は我々と一緒に村を回ってもらいます。予定では走り込みで行くそうですからたくさん食べてくださいね」

 商会の代表者が希望者の二人におかわりを勧めると、様子見していた冒険者たち全員が手を上げた。

 スライムたちが、たくさん食べてたくさん働け、と囃し立てるようにテーブルをトントンと叩き始めた。

「お前らっ!ちゃんと働けってスライムたちに煽られているぞ!!」

 スライムの気持ちを汲み取ったクラインに留学生たちの見る目が変わった。


 出発前に教会に立ち寄り、大きなベーコンの塊を寄進すると、冒険者たちが生唾を飲み込んだ。

「こんな大きなベーコンをみんなで遠慮なく食べられるように、この事業が成功することを祈願して魔力奉納をしてください」

 ウィルが小声で冒険者たちに言うと、みんな真剣に魔力奉納をした。


「走れ!走れ!一番体力のないやつは誰だ!ビリの昼飯のヒレカツを一番先頭にくれてやるぞ!!」

 ベンさんが声を張り上げると留学生たちが、やったー!と声を上げた。

 みんな自分たちがビリになると思っておらず、一番を目指し足を速めた。

 肉体派の冒険者を目指していない兄貴とケニーはぼくたちの後方を走る馬車の中だ。

 ぼくとウィルは道中の魔力を肌で感じたかったから、一緒に走っている。

 冒険者たちは意地でも遅れまいと必死に走っているのに、留学生一行が楽しそうに速度を上げて走り出したので顔が引きつっている。

 クラインは涼しい顔で走りながら髪を風になびかせている。

 イケメンは走ってもイケメンだ。

 最後尾の冒険者にシロが、ワン、と吠えた。


 村まで一番に走り切ったのは、ラストスパートをかけたロブだった。

 逃げ切りのいいロブに留学生一行は拍手喝采を送った。

「うわぁ。いいな。こんな子ども時代を送りたかったよ」

 汗をかいてもイケメンなクラインは笑顔でそう言ったが、冒険者たちは息が上がって肩を上下させながらもみんな頷いた。

「……子どもの……頃からの……鍛え方が……違うのか……」

 留学生一行はすぐさま清掃魔法をかけてさっぱりしているので、冒険者たちも頑張って涼しい顔を装って清掃魔法をかけた。

 ぼくは魔法の杖を一振りして清掃魔法を使えない冒険者に清掃魔法をかけつつ、走り込みをした全員に癒しの魔法を重ねがけした。

 冒険者たちが唖然とした顔でぼくを見たが、これから働いてもらわなくてはいけない人たちが疲労困憊では話にならないではないか。


 村に入ると祠巡りをすることに、冒険者たちはもう何も言わなかった。

 商会の人たちが村長たちと商談をしている間に、留学生一行は井戸を掘る班と農業指導の班と村の外で活動する班に分かれて作業に取り掛かった。

 冒険者たちはまだ契約前なので、それぞれが興味のある方を見に行けばよい、ということになり井戸班と村外作業班に人気が二分した。

 村外作業班はぼくと兄貴とロブ。

 見学者はクラインを合わせた四人の冒険者。

 ぼくたちは土魔法と風魔法を駆使し、終末の植物の種を地中から浮かせて回収した。

「この植物の魔力の質を覚えて、魔法でサッサと回収してしまえば簡単です。魔法が苦手なら地を這ってこの魔力を探して掘り起こしてください」

「村人たちにケニーが指導をしているはずだから、村の中は村人たちに任せてください」

「終末の植物の種は冒険者ギルドで換金できるし、今後、村の土地の魔力が改善すれば採取できなくなるものだから、いざこざの原因になりかねません」

 換金率のいい終末の植物の種で村人と冒険者が揉めてしまっては、この事業は上手くいかなくなってしまう。

 小銭のために村人と揉めるな、と注意しておくことは必須だ。

「この村では牛とヤギを飼っていますから、牧草を中心に種をまきます」

 ウィルが冒険者たちに説明している間に、村の外周に死霊系魔獣を寄せ付けない聖魔法の魔法陣を描くべく魔法陣を考えていた。

「肉としての出荷の早さは豚のほうが断然いいので、芋も少し交ぜましょう」

 ロブがケニーに感化されたのか、何でも植えたがった。

「やせた土地でも育つ芋はあるが、こんなとこで栽培したら、魔獣たちの餌になってしまうだけだろ」

 クラインはまともな意見を出した。

 冒険者側からも意見が出ることはいいことだ。

 自分たちが考えたことの方がより真面目に仕事を熟してくれる。

「だから良いんじゃないかな?兎でも捕まえられるようになれば、肉は少なくても毛皮は売れる。畑や畜産業が軌道に乗るまで、何でもいいから食料を増やすべきだよ」

 兄貴はぼくが密かに企んでいる『里山を豊かにしよう計画』を口にせず、生態系が豊かになると得られる利点を上げた。

 議論は続いたがぼくは自分の考えに没入した。

 魔法陣を維持するのが冒険者の魔力なら、クライン以外はあてにならない。

 魔法陣と魔術具を併用した方がいいだろう。

 失敗しても村の結界が強化されていれば村には被害はない。

 そもそも、今までないものを作り出して試す場所を提供してもらうだけだから、失敗の配慮はいらないだろう。

 ぼくはその場で座り込んで錬金術を駆使し、終末の植物を加工し始めた。

「何を作っているんだい?」

 ぼくが作業の手を止めてから、ウィルが尋ねた。

「終末の植物が土地の魔力を吸収して急成長するなら、瘴気を吸収する魔術具に加工できないかなって考えたんだ」

「瘴気を吸収する魔術具なんて世紀の大発明だろ!!」

 クラインが頭を抱え込んで、俺は幻聴を聞いたのか、と言った。

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