朝飯前!
夜明けとともに起床したぼくたちはいつもと違う班分けをした。
朝食の支度をする班と、清掃を担当する班だ。
昨晩、煙を上げたお詫びとして、この宿を丸ごと一棟を清掃魔法で綺麗にするのだ。
あの後、戻ってきたベンさんや商会の人たちと相談して、あの冒険者たちを働かせよう、そのためにはまずは清潔にしなければいけない、ということになったのだ。
宿屋の親父とは打ち合わせ済みなので、冒険者たちもまるごと清掃魔法で綺麗にしてしまうのだ。
どことなくすえた匂いが漂っていたのは冒険者たちが部屋の清掃を嫌い、部屋の掃除ができなかったからのようだった。
おまけに入浴する十分な水がないことから、体を拭くように促していたが、洗濯している様子さえなかったのでとても体をふいているようには見えなかったらしい。
宿屋の一家も匂いに我慢していたとのことだった。
朝食調理担当班と合流した宿屋の奥さんは、朝からいい笑顔だ。
お互いに材料を出し合って、ベンさんと奥さんがメニューを決めている。
ぼくとウィルと兄貴は清掃魔法班になり、宿の入り口で魔法の杖を持ったぼくを真ん中に三人並んで立った。
「3,2,1、やっちゃえ!」
三人まとめて同じ魔法を使っているようにみえるが、魔力を使っているのはぼくとウィルだけだ。
兄貴はぼくとウィルの魔力を混ぜ合わせて共同魔法をより円滑にする実験をしている。
朝食の支度をしている厨房以外をまとめて丸洗いした。
「こっちは異変なし!大成功だ!!」
興奮したケニーが大声で知らせてくれた。
宿の中に入ると匂いは全く無くなって、朝日が白い壁に反射する明るい宿になっていた。
「ど、ど、どうなっているんだ!」
八人の大男たちが部屋から飛び出してきた。
「実に見事な魔法じゃないか、俺の服まですっかり綺麗になっている」
渋い良い声の男は、屈まなければドアに頭をぶつけるほど背が高く予想通りのイケメンだった。
“……上級精霊様には及ばないけれどなかなか男前だねぇ”
“……あたしはもうすこし目がハッキリ開いている方が好みだわ”
“……強そうな男だねぇ”
魔獣たちの感想はそれぞれだが、しっかりと紺色に染まった高価そうな生地の服を着こなし、冒険者というより私服の騎士団員に見える。
「水がないなら井戸を掘ればいいじゃないですか。汚いより綺麗な方がみんな笑顔になりますよ」
ウィルが真顔で臭いとモテませんよ、と余計な一言を添えた。
「いや、女にモテなくても別に構わな……」
「「「「「「「構うわ、ボケ!」」」」」」」
七人の大男たちが即答した。
「モテたいのにあんなに汚かったのか!」
兄貴が身も蓋もない言い方をした。
酷い言い方だけど、魔獣たちの反応は、女の子に会う時だけ小綺麗にしようとしても普段があんなに汚かったら誰も女の子を紹介しないよ、ともっと容赦なかった。
ぼくたちと魔獣たちの冷たい視線を見た唯一のイケメンが爆笑した。
「あんな大人になるなっていう見本みたいな連中だけど、お前さんたちはそんなことはとうに学習済みだっていう顔をしてやがる。昨晩は騒がせて悪かったな」
イケメンな上に性格もまともそうだ。
どうしてこんな連中とパーティーを組むことになったんだろう?
「ハハハハハ。お前は可愛いな。冒険者ギルドの討伐依頼が少ないから、単体で行動するより便乗した方が依頼を熟せるから、偶々組んだだけだ。それも昨日までの話だ」
「次の仕事の見込みはあるんですか?」
兄貴が聞くとイケメンは首を横に振った。
「じゃあしばらくぼくたちの依頼を受けてみますか?」
「お前さんたちの?」
「はい。お肉がたくさん食べられるようになる計画を立てたんです」
綺麗になった宿や自分たちを見てわいわい言っていた七人の冒険者たちは、ぼくの言葉に振り返ると、肉が食えるのか!と食いついた。
「冒険者への依頼、という訳ではなく、ぼくたちの実証実験に付き合うという条件で今日の朝食から御馳走しますよ」
朝から肉!と男たちは色めきだったが、イケメンだけは冷静だった。
「お前たちの肉を提供してまで、俺たちに何をさせたいんだい?」
「「「畜産業の支援です」」」
イケメンは爆笑した。
「肉がないなら育てればいい、ということか!」
「もうそこまで話を進めていましたか。詳しくは朝食の席で、と考えていましたが、ご一緒にどうですか?」
廊下で話し込んでいたぼくたちに商会の代表者が声をかけた。
「もう、農業ギルドと話しをつけてきたのですか?」
「ええ。先方も昨日到着したことを門番から聞いていたそうで、祠巡りだけでギルドに寄らなかったことを残念がって、早朝でもかまわないから早急に連絡がほしい、と昨晩のうちに宿のご主人にわざわざ伝言を託していました」
「おいおい、お前さんたちが来たのは昨日の夕方だろう。焼肉どんぶりの販売の前に七大神の祠巡りをしたってのも、本当の話だったのか!」
「それで、良さそうなところを紹介してくれましたか?」
昨日の話さえを話半分にしか聞いていなかったであろうイケメンが騒いでいるが、ぼくたちは商会の代表者との話に夢中になったいた。
「私たちのすべての条件を飲んでくれる場所を見つけてくださいました。土壌改良の魔術具の話に乗ってくれる五つの村で家畜の飼育実験ができます。ああ、鳩の魔術具で先方とも直接手紙のやり取りができました。あの門番がいい仕事をしてくれましたよ」
迷子になった留学生一行のようにぼくたちを扱った門番は、遠い国の留学生一行が迷い迷ってこんな田舎町にたどり着いたんだ、と帰りに立ち寄った酒場で、ぽろっとこぼしたらしい。
夕刻に町中を集団で走り回って魔力奉納をしたぼくたちは多くの人に目撃されており、着いて早々七大神の祠巡りをする真面目な留学生たち、と温かい目で見られていたらしい。
冒険者ギルドと商業ギルドと農業ギルドの関係者は、昨年ガンガイル王国の留学生一行が通過した地域の発展の噂を知っていた。
そして、今年はもっと凄いらしい、ということも各ギルドは知っている。
そんな奇行をする留学生一行はガンガイル王国の留学生たちだろう、と推測した各ギルドの関係者は、門番にその留学生たちがどの宿に宿泊したのかを聞き出し、そのまま各ギルド長の自宅に押し掛け、どのギルドが一番先にぼくたちと連絡を取るか、という競争が昨晩のうちに行われていたらしい。
焼肉丼販売の騒動の裏側で宿屋の主人と連絡を取ろうと各ギルド長が直々にあの騒動の時に宿まで来ていたらしい。
美味しそうな焼肉の匂いに、ぼくたちがガンガイル王国の留学生一行に間違いないと確信したそうだ。
騒動の後、ぼくたちは厩舎の前のキャンプ地で内緒話の結界を張り、養豚場を作りたい、と密談をしていたから、誰も入って来られなくなってしまい、宿屋の親父に伝言を託したということだった。
商会の人たちを交えて養豚場の話を詰めると、一時的に滞在しているだけのぼくたちが事業を興すより、地元の畜産業を支援する計画を事業化した方が良いということになり、仕事にあぶれた肉を食べたい冒険者たちを働かせよう、ということになったのだ。
「門番の顔が広かったお蔭でトントン拍子に話が進んだんですね」
「小さい町だ。門番だったら町の住人どころか、毎年訪れる徴税官が入れ代わったってすぐ気がつくだろうさ」
イケメンはそう言うと、ぼくたちの話が面白そうだから仕事の具体的な内容次第で協力してもいい、と前向きに検討してくれた。
残りの七人は朝食を食べてから検討してやってもいい、と言った。
「じゃあ、朝食前の魔力奉納に行きましょう。これは依頼の仕事ではなく、ぼくたちと行動を共にするのでしたら、この日課がこなせないようでは話になりません」
貴公子然としたウィルの笑顔に冒険者たちは、行ってやるさ、と軽く返事をした。
「ぼくたちより足が長いんだから、遅れるなんておかしいよ」
「ちんたら走らないで、背中を伸ばしてサッサと走る!」
二つ目の祠の魔力奉納の後から、冒険者たちの足取りが重たくなっていった。
「まだあと四つ回りますよ!」
「「「「「「「……」」」」」」」
朝食の調理班と合流したぼくたちは元気に走っているが、冒険者たちから返事とも言えないようなうめき声がした。
イケメン冒険者だけが涼しい顔でぼくたちと並走している。
魔力体力共に充実している人なのだろう。
「確かに、朝飯前に体を動かして魔力を使うのは気分が良いな」
「そうでしょう。国に居た時のぼくたちは、子どもだから王都を早朝から走り回るのは無理でしたが、寮の祠に魔力奉納をするのは寮生全員の日課でした」
「今だって、まだ子どもなのにこんな早朝から町中を走り回っていて良いのか!」
イケメンは吹き出しながらも、走る速度は変わらなかった。
笑いながら走れるなんて基礎体力が高い。
速度を維持して会話ができるなんて、集団行動の訓練の経験があるに違いない。
「行動の自由度は国を出てからの方が格段にあるけれど、安全確保を自分でしなければいけない緊張感も上がりました。守られて生活していた居心地の良さを懐かしく思うこともあります」
ケニーの言葉に留学生全員が頷いた。
「最後尾の冒険者!足に意識して魔力を込めなよ。遅れずについてこれるようになるよ」
ロブが声をかけると、七人の冒険者たちが呻いた。
「町中の走り込みだけに身体強化をかけるのか!」
「あえて身体強化をかけずに走り込みの訓練をする日もあるけれど、集団から遅れるくらいなら身体強化を使うべきでしょう?」
「お前たちは生活そのものを訓練として過ごしているのか……」
こんな子どもたちは見たことがない、とイケメンが呟いた。
祠巡りを終えて宿に戻ると、ぼくたちは汗を洗い流すために各々で洗浄魔法を使った。
イケメンもぼくたちと同時に魔法を使ったので、この男は冒険者たちの中で浮かないように小汚くしていただけだったようだ。
「自分で洗浄魔法をできない人は申し出てね」
「臭いままだと食堂に入れないよ」
腕力だけで冒険者になった三人の男が素直に手を上げた。
ぼくが魔法の杖を一振りして三人を洗いあげた。
「ありがとうございますってちゃんと言うんだよ」
三人の男にウィルがそう言うと、強面の三人の男は素直に、ありがとうございます、と言った。
「てめえら……黙ってりゃいい気になりやがって……っ!!」
ぼくに突っかかってこようとした冒険者の一人にウィルが軽く威圧をかけた。
鞄から顔だけ出したキュアとみぃちゃんも威圧を放ったので、男は泡を吹いて真後ろに倒れそうになった。
あぶない!
魔法の杖を一振りして即座に回復させた。
男は膝をつくだけで倒れることはなかった。
「うわぁ。威圧と回復を交互に使いこなしたら、新手の拷問になりそうだな」
大柄なイケメンは目を見開き両手を頬にあてて大きく口を開け、子どものように驚いた。




