商売の流儀
ぼくたちは歓迎されて村に入ることができた。
村長夫人はぼくたちから詳しい話を聞くことなく言い値で土壌改良の魔術具を購入する、と即断即決した。
値段交渉も無く決めてしまったことに村長は渋い顔をしたが村長夫人はこれが割引価格で、破格値であることを村長に説明した。
木札に書かれていたのは短い内容だったのに、土壌改良の魔術具がセット販売の価格で一個でも販売してくれること、ぼくたちが村を訪れてくれたら即座に購入して使用すること、悩み事があったら相談することが書かれていたらしい。
暗号なのか、魔法なのかわからないが、村長には妹への挨拶とぼくたちに親切にするように、としか読めないようだ。
襲撃された村の村長の一族に受け継がれている独自の教育があるのだろうか?
村長は商会の人たちから詳しい説明を受けて納得した。
「この村の購入価格は隣村の村長の計らいで格安で購入できるのですね。私たちが親元になって周辺の村にこの魔術具を販売すれば差額を村の収入に出来るうえ、周辺地域が安定し、死霊系魔獣に襲われにくい地域になるのですね」
村長は即断即決で土壌改良の魔術具の親元になることにした。
七大神と大地の神の祠に魔力奉納をした後、さっそくウズラの卵型の魔術具を埋めて結界を強化した。
他の留学生たちはいつものように世間話から農業相談になり、作付面積の割に収穫高が少なく、全部税に持っていかれる、と嘆いた。
隣の村と状況は同じだった。
土壌改良の魔術具の結果は村人たちの魔力奉納が大切だが他の問題もあるはずだ、と留学生たちが畑を調べると、土地の魔力が薄くなると繁殖する終末の植物の種が畑の畔から出てきた。
この植物の種を集めてくれたら即買い取ること、ぼくたちが旅立った後は冒険者ギルドに卸してほしい、と依頼した。
今後収穫量が増えたら輪作に相性の良い作物を提案した。
この村では井戸が枯れており、生活用水は遠く離れた川まで汲みに行っていようだ。
……川沿いを死霊系魔獣が移動しているのだろうか?
日中は川底の泥の中に潜み、日没後に活動をすることが考えられる。
兄貴とシロはぼくを見て頷いた。
水場は魔獣たちが集まる。
薄暮の時間に魔獣たちを襲って大きく成長した死霊系魔獣だったのか。
ぼくたちが新しい井戸を掘って水が湧き上がると村人たちから歓声が起こった。
「水の神の祠に魔力奉納をするのはもちろんですが、地脈の奥の水源を利用させていただくのです。大地の神や他の神々にも感謝の魔力奉納を絶やさないようにしてください」
ウィルは結界を強化して死霊系魔獣から村を守る話をおくびにも出さずに、魔力奉納の重要性を語った。
昨日水を汲みに行った青年の話は村中の人たちが口にはしなかったが知っていたようで、危険な水汲みに行かなくて済むことに安堵しているようだった。
ベンさんは村長に村人が魔力奉納をすることは危険な魔獣の侵入を防ぐためには有効だ、と力説した。
昼食をご馳走したい、と村長夫人に声をかけられたが、乏しい食料事情を配慮し、一緒に作りましょうと誘った。
隣村と同様主食は蕎麦粉と芋だった。
ミートソースのニョッキに椀子蕎麦という奇妙な組み合わせになったが、馴染みのある食べ方と新しい食べ物という組み合わせは評判が良かった。
多くの食材をぼくたちが提供したことで村人たちにも振舞うことができた。
村長の自宅に七大神と料理の神の祭壇を作って料理を奉納したから、やっぱり祭りのようになってしまった。
奉納試合としてウィルとケニーが椀子蕎麦で対決をすると大いに盛り上がった。
小さな器で何杯も食べると特別な満足感が出る、と大食い大会というよりはひもじさを凌ぐ工夫のように受け取られたので村人たちにも椀子蕎麦は受け入れられた。
スープの出汁が海藻と加工した魚ということを後で知った村人たちは高級食材では、と驚愕した。
「結界を強化したこの村は確実に収穫量が増えるでしょう。豊かになった暁には、是非うちの商会から時折でいいので、こういった海産物をご購入ください」
商会の人たちは未来への投資です、と村人たちに説明した。
こうして村人たちと交流したぼくたちは、隣村の村長から預かった手紙の幾つかをこの村の人たちが預かってくれることになった。
「水汲みの作業がなくなったのです。出来ることをお手伝いさせてください」
村長は『流行り病』が出たので行ってはいけない村をいくつか教えてくれた。
ベンさんと商会の人たちは、川沿いに吹いていた悪い風は聖なる魔獣に怯んで消滅した、と村長に伝えた。
まあ、キュアを頼っていたところもあるから、あながち嘘でもない。
「ガンガイル王国は豊かな国だと聞いております。聖獣である飛竜を騎士団に迎え、雪と氷に閉ざされながらも、楽園のように緑豊かなオアシスがあるそうですね」
いったいなんなんだ!その情報は。
ぼくたちは冬が長いだけで春が来たら雪が解ける、と永久凍土ではないことを説明した。
これだけどこに行っても、永久凍土扱いされるということは、かつて本当に雪と氷に閉ざされていたのだろうか?
“……初代ガンガイル王が建国する前は雪と氷の世界だった、という記述はあるぞ”
やっぱりそうか。
初代王が熊の頭蓋骨を被っていたとかあるのかな?
“……そんな記述はない。北の砦の一族への蔑視だな。帝国が中央大陸で台頭してきたころからの噂だ”
やっぱり帝国がらみなのか。
ベンさんや商会の人たちは村長たちと話し合った結果、一旦この領の領都付近まで行ってみた方がいい、という結論に達したようだ。
死霊系魔獣は魔力が多い土地に移動しているとしたなら、向かう先は領都のはずだ。
ぼくたちは街道沿いまで出ることにしてこの村を離れた。
薄暮の時間が迫った頃合いに訪れた村でも入り口で門前払いを食らった。
死霊系魔獣の襲撃があった村から手紙を預かっている、というベンさんの言葉さえ無視したのでぼくたちは手紙だけ村の入り口において先を急ぐことにした。
請われもしないのに余計なことをする義理もない。
少し先を行けば領都へ続く街道に出る。
そうすれば次の町まで日没前に移動するのは、ぼくたちの馬車なら不可能ではない。
人通りのない田舎道でポニーたちを馬車に乗せて爆走した。
日没前に宿場町にたどり着くことができた。
閉門ギリギリでポニーの引く大型馬車が門にたどり着いたので、門番たちはポニーたちに小さいのによくやった、と褒める気さくな人たちだった。
気付けば、徴税の時期でもないのにこの町を東北部から訪れる人は少なく、ぼくたち留学生一行が道に迷って遠回りをする羽目になり、日没前に大急ぎでこの町にたどり着いたと勘違いしていた。
国境警備の報告がこの町の門番まで知らされていない。
隣の領の領主はガンガイル王国からの留学生一行が通常のルートで旅をしていないことを、近隣の領に知らせていなかったようだ。
「派閥が違えばたとえ隣の領でも情報を流すことはしないね」
ウィルは貴族社会では普通のことで、住民たちも領主の意向を慮って、交流も少なくなるものらしい。
辺境伯領出身者たちは辺境伯領がガンガイル王国内で派閥を作っておらず、地理的にも北の外れに位置していたため、派閥による社交、という概念がなく、ぼくと同じようにそんなもんなのか?と首を傾げた。
教会や冒険者ギルドに立ち寄るにも時間が遅かったので、門で紹介された宿屋に行った。
埃っぽい宿は中に入ると何とも言えないすえた匂いがした。
この旅行始まって以来最悪な宿なのは間違い様がないけれど、遅い時間に来たぼくたちにたくさんの部屋が空いているように見えるのにもかかわらず、留学生一行と商会の人たちを合わせて二部屋しか貸せない、ベッドが足りないなら雑魚寝するようにと言った。
ずいぶん足元を見られていたが商会の代表者は厩舎の前を借りれるのならそれでいい、と交渉をした。
当然ぼくたちは、もちろん二部屋分ちゃんとお代を払ったけれど、厩舎の前で馬車をキャンプ仕様に変身させて野宿することを選んだ。
ぼくたちは料理班と高速祠巡りの班に分かれて途中交代しながら、夜の帳が降りる前に食事の支度と魔力奉納を終わらせた。
その結果、この町の護りの結界は世界の理に繋がっておらず、危険な町であることが判明した。
宿屋の人たちは感じが悪かったが、門番たちは気さくな人たちだった。
たった数人に会っただけで、この町の住民を判断してはいけないが、そこまで熱心に親切にしてあげようという気になれず、取り敢えず今晩だけ安心していられるように、地下にも潜っているぼくのスライムの分身に頼んで、蜘蛛の糸のように細く結界を仮止めした。
ぼくたちは厩舎の前で二台の馬車の間で焼肉を楽しんだ。
村々の素朴な粗食に付き合っていたので、ガツンとお肉が食べたくなったのだ。
宿屋の親父が水を入れたバケツを持ってぼくたちの方に走ってきて、七輪めがけてバケツの水をぶちまかそうとしたが、みんなのお守りが反応し、宿屋の親父の全身に掛かった。
「どうされたのですか、水浴びでしたらこんなところでしなくても宜しいのではありませんか?」
商会の代表者が真顔で言った。
「こ、ここで火を使う許可は出していない!」
「炊事の許可は頂いていますが、もしかしてこの町では食材に火を通さずに食べるのが一般的なのでしょうか?」
「ぼくたち外国人には、生で肉を食べるのは無理なので、火を通してからいただきますね」
商会の代表者に続いてウィルも嫌味の応戦をした。
「明日、教会に肉と卵を献上しようと思っていたので、お知らせしてくださいましてありがとうございます。教会関係者の方に卵は新鮮で衛生的なので生でも食べられますが、お肉は必ず火を通さなければ危ないものなので、生で食べないようにお伝えしておきます」
ありがとうございますお蔭で恥をかかずに済みます、と留学生一行は柔和な笑顔で口々に礼を言った。
「……そんなわけあるか、炊事をするなら別料金だ。追加で払えば許してやるよ」
「この国の宿屋は宿泊手続きが終わった後で追加料金を請求するのですね。これはギルドに報告する懸案です。追加料金はお支払いしますが、領収書に詳細を明記してください」
商会の代表者がそう言うと、外国人がなにを言っても通じるもんか、と言いながら領収書を書いた。
「まあ、外国人だからこういう扱いを受けるのですね。わかりました。帝都で決着をつけましょう」
商会の代表者は微笑んでいたが、目が笑っていなかった。
「私の商売の流儀では納得いかない取引では徹底的に戦います」




