ハルトおじさんは底なし…?!
ホットプレートを片付ける前に父さんが帰ってきた。午後の仕事は明日の早朝に回すらしい。
ホットケーキは全て食べつくしていたので、ありあわせの食材で何か美味しいものを作ろう。
ラーメンの麵だけは父さんの夜食用にストックを用意してある。出汁は鶏や豚、茸と素材ごとに顆粒にしてあるので楽ちんなのだ。でもせっかくホットプレートが出ているのだから、やっぱり鉄板を使いたい。
小麦粉を出汁で伸ばして薄い種を鉄板に伸ばすと刻んだキャベツをたっぷりのせた。
「なんだ、焼きそばじゃないのか?」
ゆでめんを見ていた父さんのお口は焼きそばを食べる気満々だったようだ。鉄板のよこで焼きそばも焼き始めると安心した顔になる。ベーコンをこんがり焼いた上に卵を落として目玉焼きにするかと思いきや、菜箸で卵黄を崩した。
「「「ああああ」」」
ブーイングの声は気にせず、焼きそばをキャベツの上にのせたら、二本の大きなへらで生地ごとひっくり返して崩した目玉焼きの上にのせた。
「「「おおおおぉ」」」
綺麗にひっくりかえせてよかった。ここで失敗したら目も当てられない。
ハルトおじさんとイシマールさんも食い入るように僕の手つきと焼きあがっていくものを見つめている。
「食べたいんですね。もう一枚焼くのでみんなで分けてくださいね」
仕方がないのでもう一枚焼き始めた。
焼けた方のお好み焼きにソースとマヨネーズをかける。鉄板の上でじゅぅぅ…と音を立てながら焦げていくソースの香りが広がると、とうさんが生唾を飲んだ。
残念ながら鰹節と青のりはないが、紅生姜もどきは作ってある。生姜を食紅に似た作用のある食用の染料と一緒に酢漬けにした。お婆は妙なものができた、なんて首を傾げていたけど、いざ盛り付けを見ると感心したようにため息をついていた。
満足の一枚とは言い難いが、現状はこれが精いっぱいだ。十分及第点じゃないかな。
母さんがナイフとフォークを用意している。なんか違うけど、説明するのが面倒だから放置でよし。
大きなへらで四分割すると、男子四人並んで座って待っている。ケインの分は小さくしておこう。各自に取り分けるとぼくは言った。
「さあ、召し上がれ」
「「いただきます」」
「「「「………」」」」
お好み焼きが別腹なんて聞いたことはないが、イシマールさんとハルトおじさんの胃袋に限界はないのだろうか。まあ、美味しく食べてくれるのなら作り甲斐がある。二枚目をせっせと焼いていたら、感想が聞こえてきた。
「焼きそばもいいけど、こうするとまた一段と美味いな」
「これはお好み焼きだよ。焼きそばを入れないで作るパターンもあるよ」
「さっきのホットケーキとはまた別の食べ物だが、どっちも美味いがこっちは酒にもあいそうだ」
「このソースとマヨネーズだよ。同じ酸味やらコクのようで全く違う酸味、コクをお互いが持っていて相性が抜群にいい。卵サラダもよかったが、これも素晴らしい。ああ、焼きそばだけでも食べてみたい。各々の食材が美味しいのにそれが合わさるとは至福の極みだ」
「お好み焼きとは、個人の好きな具を好きなように入れていいので、チーズや牛すじを入れても美味しいですよ」
牛すじはみぃちゃんみゃぁちゃんの離乳食用に大量に煮込んで冷蔵庫にストックしてある。夕食に牛蒡とあわせて煮込みとして出す我が家の定番だ。話を聞きながら、ハルトおじさんは鼻息を立てて興奮したように前のめりだ。
「なになに?牛すじって?美味しいの?」
「さすがにもう食べられないでしょう。今度の機会があった時に作りますよ」
お婆と母さんは一口大しか食べられなかった。お好み焼きはまた作りたい。
「「ぜったい呼んでね」」
こうして本日二度目の昼食が終わったのであった。
ようやく父さんと現状確認ができる。
「だれも魔力枯渇を起こさずに魔力探査をしたんだな」
「だれも魔力はほとんど使っていないよ」
だれがどうやって魔力探査をしたのか騎士団には伝えられず、『結界の魔力に偏りがあるかもしれない』という報告になっていたようだ。
「もう教会の鐘が鳴っていないから、同じことはできないよ」
「兄ちゃん、こないだ、けはいのさぐりかた、おしえてくれるって言ってたよ」
今ここで思い出さなくていいよ、ケイン。だって、ハルトおじさんの目が輝いてしまったじゃないか!
「ぼくはそもそも魔力探査の方法を知りません」
「自分の魔力を使って周囲の魔力について調べるのが魔力探査だから、カイルがやっているのは魔力探査だよ。洗礼式前の子どもに魔力操作は二つしか許されていない。それも通常は5才以降だ」
「祠の魔力奉納とあと一つは?」
「魔力操作の練習ということで、生活魔術具に魔力を使うことが許されている。ここらの子どもたちもお小遣い稼ぎに肉屋の冷蔵庫とかに魔力を使ってるぞ。少量でも切らすとまずいところでは喜ばれる」
「いくらぐらい貰えるの?」
「銅貨1枚分にもならないから5才の登録で貰える仮の市民カードにポイントをつけてもらう場合がほとんどだな。カイルおまえは特別に持っているけど5才まではダメだよ」
「わかっているよ。でも勝手に魔力を使っちゃっているんだよね」
「だからみんなが心配しているんだよ」
「ぼくはつかっていないよ」
「「「「「ケインも使っている!」」」」」
「ケインは器用に部分的に、足だけとか、肩から先、手首から先、みたいに細かく使っているんだ。走ったら心拍数が自然と上がるように、意識せずにやっている。魔力の使えない部屋にでも閉じ込めない限り、使い続けるだろう」
「そうなの?ぼく、わからないや」
イシマールさんが淡々と説明を続ける。
「体を動かすと眠くなるだろ?魔力が枯渇する前に寝ることで回復しようとしているんだ」
「よく寝る子だとは思っていたけど、身体強化をしていたのは、指摘されるまで気がつかなかったわ」
「明らかに幼児らしからぬ動きをしますよ、ケインは」
「カイルが来てから負けないように張り切っているのかと思っていたわ」
「そういえば、カイルが来る前は、ケインは階段を降りるときはお尻をついていたわね」
「2才はあかちゃんだもん」
「子どもっていきなりいろいろできるようになるからな。そんなもんだと俺も思っていたぞ」
のんきだな、うちの家族。ぼくも黒いのがわからなかったら、ケインって凄いねって思うだけだったんだろう。
なんだか黒いのがケインの影の上で胸を張っているような気配がする。
「カイルも時々使っているぞ。さっきのお好み焼きをひっくり返すときとか、三輪車に荷台を連結させるときとか」
「あれ?そうなの?自覚していないよ」
黒いののアシストなしでできるようになっているのか。ぼくって凄い?
「原野で、木に登って旗を取り付けようとしたときに、ぼくだけ登れなかったんだ。紐の結び方を教えていなかったし、登らないと魔獣が来るかもしれないし、危ないから必死になっていたら、お尻が上がるくらいに蹴り上げることができたんだ。どうやったかはわからないんだけどね」
黒いのが手伝ってくれたなんて言えないよ。
「生きのこるために必死になって身に着けたものは説明しにくいな。実戦でもこういうのがいると戦況が変わるんだ。稀にある」
「カイルは魔力探査もここに来た時にはもう出来ていたよ。薬草畑で一番いいのを一目見るなりわかっていたよ」
「うん。そうなんだ。みんなわかるものだと思っていた」
「初等魔法学校で教わるものだよ」
「じゃあみんなできるんだ」
「ぼくはできないよ!」
ケインがプンプンしている。そういえば教えてあげる約束だった。
…どうしよう。興味のあるものの方が真剣になってくれるかな。
「母さん。魔獣カードで試してみたいんだけど。いいかな」
「あれなら、たいして魔力を使わないからいいわよ」
「んっ、なになに?魔獣カードってなに?」
ハルトおじさんがまた食いついてきた。アンタは何才児なんだよ。食欲だけじゃなくて好奇心まで旺盛なおじさんだ…、いちいち説明するのが心底めんどくさい。




