ぼくの異世界生活のはじまり
ぼくの元々いた村は林業と村で食べる分くらいの畑しかない、あまり余裕のない村だった。さらに言えば、ぼくの両親のわずかばかりの遺産は欲しがるくせにぼくのことは育てられないという親族しかいなかった。
遺産と養育費を比べたら、明らかに養育費の方が高いから育てられないのは理解できる。それはそれとしても、十中八九、遺産はぼくのものだと思う。
ジュエルは町の神殿で養育放棄の登録をしたら遺産は渡すと話を決めてしまった。いろいろな面倒ごとを引き受けたくないのだろう、それも賢明な判断だと理解はする。納得はいかないけど。
孤児院に行きたくなければジュエルの子になる選択肢しかない。
親族代表一人を連れて大きな町の神殿へ向かうことになったが、馬車では遅いとまた馬で移動したため、ぼくのお尻はすっかりボロボロだ。
街の規模や神殿の豪華さに感動する間もなく、ミニ会議室みたいな部屋で、司祭っぽい人、親族代表、ジュエルとで話がどんどん進んでいく。
最終的に親族は遺産を貰ってぼくと縁を切ることを書面に残し、ぼくは7才になったらジュエルの養子になることになった。7才の洗礼式前の子どもは個人で市民カードが持てず仮登録の家族カードは5才で発行される。3才のぼくは特別にジュエルを後見人とした 仮市民カードが発行されて、洗礼式後の本カードで養子縁組することになった。
面倒でもそういうシステムみたいだ。現状できる最も合理的な手段なのだろう。
神殿まで乗り付けた馬は騎士団の早馬をジュエルが強引に借りただけらしくここからは徒歩だと道中ずっと付き添ってくれた騎士みたいな人が説明してくれた。
「ジュエルさんのことだ。ちょっと抜けてるとこあるし、どうせご家族に相談してませんよ。ちょっとした騒ぎになるかもしれないけど…ま、ご家族みんないい人たちだからなんとかなるよ」
「だ~れが、抜けてるんだ?」
「ジュッ…ジュエルさん…、聞いてたんですね…」
「なぁに、うちの家族は問題ないさ。今日からカイルも俺の家族だし」
家族になったからといって、ほかの家族に受け入れられるかどうかは別だと思う。
「ジュエルさん、馬車呼びましょうか?」
「いや、歩くよ。街の様子も見せてやりたいし」
ぼくはもうがに股でしか歩けないんだが。馬車を借りるぐらい家遠いのかな。
ジュエルは僕を抱き寄せると、そのまま肩車をしてくれた。
「神殿から真っ直ぐ大きな通りの先に広場があるのが見えるだろ。あそこに闇の神と光の女神の祠が並んで建ってる。カイルの両親のご冥福とお前が生きのこったお礼を申し上げよう」
かみさま。本当にいるのだろうか。いるならどうしてぼくからとうさんとかあさんを奪ったのだろう、どうして…。
………かみさまはとうさんとかあさんをみすてた…
「髪の毛はそっと扱ってくれ」
いつのまにかぼくはジュエルの髪の毛を引っ張るように握っていた。
「…っ、…ごめんなさい」
「まだふさふさだけど用心しないとな」
大股のジュエルはすぐ祠につき、まじめな顔で言った。
「いいか、カイル。神様はそんなに都合よく人間を助けてはくれない。確かにお前の父ちゃんや母ちゃんは何も神に罰せられるようなことはしてないし、悪いのは強盗だけどすぐに罰をくだしてもくださらないだろう。だけどな、お前の父ちゃんと母ちゃんの冥福を祈ることや、たった一人生きのこったお前に祝福をもらえるように願うことは必要なことなんだ。これからカイルが幸せになるために」
光と闇、そう呼ばれるどちらの祠にも大きな水晶のような物が祀られていて、ジュエルが両手で包み込むように触れると優しい光がともり、そのまま徐々に強く光り輝いた。
「こうやって魔力を奉納しながらお祈りをするんだが、カイルは小さいから5才になるまで魔力は奉納してはいけないからお祈りだけで十分だ」
パンパン両手を叩き合わせて一礼して、父さんと母さんが死後の悲しみが無いように祈る。
「頭を下げる、目を閉じて祈るのは上手だけど、手は叩かなくていいんだぞ」
「えっ、そうなの?」
「お前の村ではそうしていたのか?」
「よくわかんないけど…」
「そうか、まぁ、子どもだしな。さ、帰ろう」
ジュエルにおんぶされて帰路に就くことになった。