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浄化の魔術具

 たっぷり睡眠をとってから実家の素材保管庫に帰ると、父さんがいた。

「ジョシュアじゃなくカイルが直接素材を取りに帰ってくるなんて、どうしてそうなったんだ?」

 死霊系魔獣が滞在先の村を襲ったけれど、結界の強化も済んで、侵入の心配はないが、一晩に四体の死霊系魔獣が襲ってくるとシロが警告した、と簡単に説明した。

 危ないことはしていない、と何度も言ったのに信じてくれず、結局、最初の襲撃時に結界の強化が間に合わずに瘴気が村に入ってきたことを話す羽目になった。

「村に入ったらまず先に結界を一時的にでも強化した方がいいな」

 父さんは馬車が安全でも滞在先の村が襲われたら、みんな黙って見過ごせないだろうから、勝手に滞在中だけでも結界を強化することを勧めた。

 ベンさんや商会の代表者に相談してみよう。

「そうだね。それでね、ジョシュアが退治できるから今晩は問題ないけれど、ぼくたちが去ってから村人だけで何とかできないかなって考えて魔術具をつくることにしたんだ」

 父さんは呆れた顔でぼくを見た。

「死霊系魔獣を撃退できる魔術具はガンガイル王国でも国宝級だぞ」

 ぼくは廃鉱で辺境伯領主が背負った掃除機のような魔術具を思い出した。

「あんな凄い魔術具じゃなく、雑魚っぽい死霊系魔獣用の撃退用だよ」

 死霊系魔獣を抑え込む手榴弾型の魔術具と、初期型の洗濯機のような魔術具に処理した死霊系魔獣を入れて元の魔獣の頃の大きさに分解してしまえば、弱い聖魔法でも処分できるのではないかと説明した。

「……面白そうだな」

 ぼくと父さんは顔を見合わせて、やるか、と目で会話すると、魔獣たちをつれて亜空間に戻った。


 父さんが加わったことで、より安全性を考慮した魔術具になった。

 網鉄砲で捕獲後、蜘蛛が獲物を糸でぐるぐる巻きにするように包み込んだ後空気を抜くように圧縮し、浄化装置に放り込めば翌朝までに浄化される魔術具が出来上がった。

 閉じ込めた死霊系魔獣を圧縮したまま分離することで、ぼくが想像していたより小さい浄化の魔術具ができあがった。

 父さんは満足げな顔をすると、シロを呼んだ。

「俺もその村に連れて行ってくれないかい?」

 そう言うと思ってた。

 妖精型で出現したシロも父さんの発言を予測していたようで、母さんの了解をとることと、村人やベンさんが様子を見に来たら強制送還させることを約束させた。

 こうして父さんは一時帰宅した。


 母さんから魔術具の詳細を追及されたようで、亜空間を経由して兄貴のところに戻ると、かなりの時間が経過していた。

「ちょうどいい頃合いだよ」

 兄貴は魔術具を抱えた父さんを連れて来たことに驚きもせず、結界が震えたことを指摘した。

 結界の変化を感じ取れず、キョトンとする父さんの手を握って言った。

「父さんの魔力を借りるよ」

 父さんの掌から漏れ出た魔力を微細にして、村の結界の魔力の流れに沿って広げた。

「ああ、村の結界の全貌がわかる。禍々しい気配が死霊系魔獣だな。瘴気が村の結界の隙間を探して入り込もうとしている。だが、隙のない綺麗な結界だ。……これが護りの結界なのか」

 父さんが古代魔法の名残のある結界に感銘を受けている。

 この村の魔法陣は古代魔法陣の使えない記号を封じたまま上書きされているだけで、古代魔法陣は消滅していなかった。

 父さんが魔法陣を熱心に読み解いている間に、ぼくは兄貴に出来立てほやほやの魔術具の使用方法を説明した。

 村の南の端まで来ると、さっきのよりやや小柄な熊二頭ほどの大きさの死霊系魔獣が、結界に向って突進していた。

「こいつら馬鹿なの?」

「同族で意思疎通が出来ていないのかな?」

 スライムたちが、さっきの死霊系魔獣と同じ行動をする黒い塊は同族で精霊言語を使いこなせていないのではないか、と疑った。

「シロが犬型に戻っているんだから、死霊系魔獣は精霊言語を使えるんじゃないのかな」

「ああ、なんとなくわかるな。精霊言語をまだ使えなくても取得可能の域まで来て入ってるんじゃないのかな」

 みぃちゃんとキュアの言葉に父さんが唸った。

「あああああああ!だから村を襲うのか!!」

「……人間の知能と魔力が欲しいから村を襲うってことかな」

 父さんの言葉を兄貴が補足した。

「死霊系魔獣がより高度な知識を求めて人間を襲う?」

「いや、考えすぎか。結界の中に魔力がたくさんあるから、本能で襲っているだけか……」

 結界にただぶつかってくるだけの単調な行動に、父さんも死霊系魔獣が知性を求めているようには見えなくなったようだ。

「このあとも一体出る予定だから、サッサと魔術具を試してみようよ」

 兄貴は死霊系魔獣を観察するより魔術具の検証を勧めた。

 死霊系魔獣が結界に体当たりした時を狙ってぼくが網鉄砲を打ち込むと、網は黒い塊をすっぽりと包み込んだ。

 もう一度引き金を引くと、細い糸がグルグルと死霊系魔獣を包み込み、絡んだ糸が収縮して見る見るうちに小さくなり、サッカーボールほどの大きさになった。

「もういいころかな?」

「ああ、そうだな。キュア。配置についてくれ」

 ぼくが頃合を見計らうと、父さんはキュアを浄化の魔術具の隣で控えているように呼んだ。

 結界の端まで飛んでグルグル巻きになる死霊系魔獣を観察していたキュアが、大きな炊飯器のような魔術具の横に戻ってきた。

「邪気も封じ込められているから、もう結界の中に入れても大丈夫だよ」

「それじゃあ、巻き取るよ」

 主鉄砲の引き金のそばのボタンを押すと、死霊系魔獣を巻き付けた糸が銃身に収納され、魔力が封じられた糸のついた死霊系魔獣は結界の中に抵抗なく引き寄せられた。

 父さんは浄化の魔術具の蓋を開けて待ち構えている。

 釣り上げた魚を網に入れるように父さんが持っている魔術具の中に死霊系魔獣を放り込んだ。

 父さんが蓋を閉める瞬間にもう一度引き金を引き、糸を外した。

 パチンと父さんが魔術具の蓋を閉めると、そのまま父さんは実家に強制送還されてしまったようで、浄化の魔術具だけ残して消えてしまった。

 誰かが様子を見に来たようだ。


 瘴気に襲われたあと眠らせていた男性の一人が目覚めて、半鐘の警告音で村長の家を飛び出したところから目覚めるまでの記憶が無いだけで、体調も精神面も問題ないことが確認された、とベンさんから無線が入った。

 ぼくは二体目の死霊系魔獣が出たのに無線連絡を入れなかったことを、こっぴどく怒られて、ベンさんがぼくたちと交代すべくやって来てしまった。

 村長の家に戻って寝ろ、と言われたが、結界の揺れを感じて飛び起きるくらいなら、スライムのテントで寝ながら警戒していた方が楽だ、と反論した。

 グダグダ言い合うより一緒に警戒しよう、と兄貴が話の方向を誘導した。

「襲撃場所が東、西、南だったから今度は北から襲ってくる気がします」

 兄貴はそう言うと、村の北の端に移動し始めた。

 文句を言いながらもベンさんはついて来た。


 ぼくのスライムのテントの中でぼくたちは横になりながらも、死霊系魔獣を退治する魔術具の話に花が咲いた。

「死霊系魔獣の瘴気も防げる結界の中から安全に捕獲して、浄化の魔術具に放り込めばいいのか。騎士団で使うとしたらキュアのレベルとまではいかなくても、浄化の出来る上級魔術師を控えさせて、瘴気が漏れる事故を防止する必要があるのか」

「そうですね。なにぶん本物の瘴気で実験したのは今日が初めての魔術具だから、強度と耐久性は保証できない代物ですね」

 兄貴はまだ売れるものではない、と念を押した。

「この村のような小さな村でも使用できるような魔術具を作りたかったけれど、まだ無理か」

 ぼくががっかりしていると、ベンさんが笑った。

「そんなに簡単に実用化できないから、古来より人類が苦労しているんだ。この村は結界が補強されたから当面は大丈夫だろう」

 ぼくたちがそんな話をしていると、結界の揺れを感じて飛び起きた。

「来たのか!」

 ベンさんも父さん同様、結界の揺れを感じることができなかったが、疑うことなく飛び起きた。

 今度の死霊系魔獣は前より小ぶりで熊一頭ほどの大きさだった。

「報告より小さいということは、だんだん小さくなっているのか」

 ベンさんは死霊系魔獣と直接対峙したことがあるようで、それでも大きい魔獣だ、と言った。

 この大きさなら上級魔術師三人と聖魔法の使い手の数人が編制されている部隊が必要になるらしい。

 仕留め損ねて瘴気に冒されたら即座に処分する人員を用意する必要があるだそうだ。

 今度は兄貴が網鉄砲を構え、一発で死霊系魔獣を捕獲した。

「浄化の魔術具の中にまださっきの死霊系魔獣が入っているのに、どうするんだ」

「もう分解が済んでいるので下の層に移っています。だから蓋を開けて放り込んでも大丈夫です」

 念のためにキュアが控えていたが、兄貴が捕まえた死霊系魔獣も問題なく回収できた。

「こんなに簡単に退治できるんだったら、ウィルが参加したがるじゃないか」

 ベンさんは重要警護対象者が危険な死霊系魔獣退治に参加したがることを嘆いた。

「だから、ぼくたち以外は扱えないことにしておきましょう」

 兄貴は笑顔でそう言った。

 危険なことには違いないから嘘じゃない。

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