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黒い塊

 村の巡回にウィルも同行したがったが、今回ばかりは危険すぎるとケニーとベンさんが強く反対した。

「本当はカイルもここにのこっていてほしいけど、キュアが頼りになるから来ても良いよ」

 普段控えめな兄貴の発言に、死霊系魔獣には自分の方が適役だ、という意志が感じられた。

 実際その通りだ。

 万が一ぼくが襲われたら目も当てられない大騒ぎになるだろう。

 死霊系魔獣の危険性を考えたら、二重の結界になっている村長の自宅にのこるのが正解だろう。

 村の夜間巡回をしたなんて家族が聞いたら激怒するに違いない。

 だがしかし、さっき強化した結界はぼくたちがたっぷり魔力供給をしたので、死霊系魔獣が群れを成して襲って来ない限り問題ないはずだ。

 そうなれば夜の肝試しではないが、一目本物の死霊系魔獣を見たくなる。

 自分は安全な結界の中に居ながら、兄貴が死霊系魔獣を退治するのを見学するなんて、人生にそうあることではないはずだ。

 “……ご主人様。夜明けまでにあと三体現れますが、すぐ片付きますよ。眠たくなったら亜空間でお休みなさってください”

 わかったよ。

 夜更かしすると兄貴が家族に言いつけてしまう。

 母さんとお婆は、子どもはキチンと寝ないと大きくなれない、と頑なに信じている。

「護りの結界が強まっているからもう大丈夫なはずだが、何か異変があったらすぐに知らせてくれ。」

 死霊系魔獣撃退の魔術具の実用化ができれば、今後の旅路の安全を考えたら優先事項になる。

 ベンさんは条件付きでも認めてくれた。

 ぼくはヘッドセットの無線を携帯させられ、不用意に結界の端に近づかないことを約束させられた。

 ベンさんは護りの結界を強化する前に村に瘴気が入り込んだことで、留学生たちを危険にさらしてしまったことに相当焦っていたようだ。

「カイルやキュアの浄化の魔法を信用していないわけではないけれど、実戦ではない夜間訓練で同僚を亡くしたこともある。気をつけておくれ」

 ぼくと兄貴は、絶対に無茶はしません、と宣言して村の巡回に出た。


「死霊系魔獣をここにおびき寄せることになってしまったのは、ぼくたちのせいなのかな」

 村長の家からもれる明かりとスライムの光しかない、真っ暗になった村を巡回しながら、結界を揺らす侵入者の気配を探した。

 “……ご主人様。気にする必要はありませんよ。結界の補強は神々からの依頼なのです。周辺地域が補強されて侵入できなくなったから、護りの甘い方に死霊系魔獣が寄ってくるのは当然です”

 スライムたちが飛びながらサーチライトのように光をずらしながら周囲を照らした。

 瘴気が侵入した気配は全くしなかったが、キュアも警戒を解かず、足手まといにならないようにみぃちゃんはポーチから顔を出している。

「二つの大きな魔力の塊が高速移動したから、ついてきたわけじゃないんだね」

「でも、カテリーナ妃は馬車の気配を感知したから、わざわざ山まで確認しに来たんだよ」

 スライムたちは馬車を飛ばしたから死霊系魔獣を呼び寄せたのではないかと議論を交わしたが、シロが即座に否定した。

 “……今回は風魔法で包み込むことで馬車の魔力がわからなくなるように工夫しましたので、ほかの魔獣たちも集まって来ていません。死霊系魔獣は帝国全土に増えているからこんな事態になったのです”

 その通りなのだろう。

 死霊系魔獣の増加の情報は冒険者ギルドでも噂になっていた。

 廃鉱での魔術具を改良して携帯していたのは、このような事態を事前に警戒していたからだ。

「結界を強化したから侵入されることはないだろうけど、こんなのが毎晩襲ってくるんじゃ大変だよね」

 兄貴は結界が揺れるような魔力の波動を察知してうんざりしたように言った。


 結界が揺れた村の西はずれまで歩いていくと、結界に体当たりしては弾き飛ばされている大きな熊三頭ほどあるような黒い魔獣たちの団子のような塊の死霊系魔獣が見えた。

「今晩中に、これがあと二体も襲ってくるのか」

 ぼくもうんざりしたように言うと、兄貴はここから出るなよ、と念を押してから結界の外に瞬間移動した。

 突然目の前に出現した獲物(兄貴)に、大きさの違ういくつもの目が付いているグロテスクな死霊系魔獣は黒い霧のような瘴気の塊を飛ばした。

 兄貴は飛んできた黒い霧の塊を、自分に当たる直前で聖魔法を駆使して銀色の霧に変えると死霊系魔獣に跳ね返した。

 銀色の霧をまともに食らった死霊系魔獣は悶えながら三つの暗い塊に分裂した。

 分裂してもまだ元になる魔獣が何だったのかわからないほど複数の顔が付いている。

 “……ご主人様。あれは雑多な低級中級魔獣たちが瘴気にやられて吸収され、成長した死霊系魔獣で、本体の中に強い魔獣がいないので黒い塊に見えています。まだ人間が吸収されていないからマシな外見です”

 人間が吸収された死霊系魔獣は、VRでの訓練でも子どもに見せるものじゃない、と言われて見たことがない。

 魔本でさえ資料を見せてくれない。

 あれに人間の顔が付いているなんて、ぼくだって想像したくない。

 兄貴は三体の魔獣が放つ黒い霧を銀色の霧に変え、三体の死霊系魔獣にぶつけるのだが、なんだか銀の霧の方が黒い霧より大きく見える。

 “……ご主人様。ご明察です。ジョシュアは光と闇の神のご加護を受けているので魔法の効果に上乗せがあります”

 銀色の方が膨脹色だから大きく見えるのかと思ったが、神々のお蔭だったのか。

 三つの黒い塊はそれぞれが十数個の黒い塊に細かく分れ、兄貴を半円形に包み込んだが、銀色の霧が半円の中心から拡散すると吹き飛ばされた。

 黒い粒はさらに細かく米粒のようになり、兄貴を取り巻く黒い半円がさらに大きくなった。

 大きくなった分薄くなったので兄貴が透けて見える。

「あいつら、馬鹿なのかな?」

「馬鹿なんだろうねぇ」

 顔だけ出しているみぃちゃんがぼくのスライムと、攻撃が単調でつまらない戦いだ、と話している。

 兄貴の攻撃の方が効果を出しており、圧倒的に強そうに見えるのに、どうして死霊系魔獣は退散を選ばないのだろう?

 “……ご主人様。ジョシュアの見せかけの魔力のせいで襲うのに手ごろな獲物にしか見えておらず、何故に攻撃が当たらないのか、としか考えていません”

 兄貴には本来、魔力がほとんどないので、少年の姿を保つ魔力を闇の神から与えられた。その分の魔力しか死霊系魔獣には見えないから、引き際がわからないのか。

 そうこうしていると次の攻撃で死霊系魔獣はあっけなく消滅してしまった。

『ベンさん。死霊系魔獣が一体現れましたが結界の外で消滅しました。どうぞ』

『結界の外に出たのか!どうぞ』

 無線で状況報告をすると、ベンさんの声が怒っている。

 説明を省力し過ぎたようだ。

 戻ってきた兄貴も説明が下手過ぎだ、というように首を横に振った。

『魔術具を投げつけただけで退治できました。ぼくたちは村の結界に護られた安全なところから眺めていただけです。どうぞ』

 やっぱりできるだけ嘘はつきたくないじゃないか。

『報告は素早く、出現した時、場所、大きさ、大体でいいので形状、対処法を随時報告してくれ!どうぞ』

 ベンさんの口調はぼくたちが結界から出ていないという報告で幾分和らいだが、まだ怒っているようだ。

 死霊系魔獣の場所や大きさと形状、攻撃回数を報告し、霧散させたことを伝えた。

『瘴気が結界の中に侵入せず、安全に駆除できたようで良かった。どうぞ』

『もう少し合理的に撃退できないか研究します。あっ!次に出没した時は、出た時から報告します。どうぞ』

『くれぐれも気をつけて行動するように。どうぞ』

『了解です。どうぞ』

 こういう時は余計なことを言わない方がいい。

 そのくらいの分別はある。

「この程度の死霊系魔獣があと二体も来るの?」

「結界の中にいて護られているから叩ける大口なんだけど、この戦いをあと二回見るのはあまり面白くなさそうだね」

「あたしはジョシュアが心配だから全部見たいなぁ」

「学ぶことはあるよ。あの瘴気を聖魔法に変えるやつ、やってみたいなぁ」

 面白くなさそうにしていたみぃちゃんとみぃちゃんのスライムに、ぼくのスライムとキュアが最後まで見る意義があると主張した。

 確かにあれは研究してみたい。

『スライムのテントでしばらく休息します。なにかあったら必ず連絡を入れます。どうぞ』

『休息は大切だ。ジョシュアと交代で警戒に当たれよ。こっちも交代で警戒に当たる。どうぞ』

 休む、という言葉にベンさん口調が穏やかになった。

『了解です。どうぞ』

 ぼくの魔獣たちは休むという言葉を本気にしていないようで、目を輝かせている。

「危なくなったら逃げるからこっちはぼくに任せておいてよ」

 兄貴もそう言っている。

 “……ご主人様。亜空間で研究なさるのでしたら休息も入れてください”

 わかっている。

 でも、瘴気の魔力を聖魔法にするなんて出来るのなら、結界に死霊系魔獣がぶつかった力を土地の魔力に利用できるかもしれない。

 考え出したらワクワクが止まらない。

「疲れたらあたいがベッドに放り込むよ」

 ぼくのスライムが兄貴に胸を張って言った。

 シロと兄貴がこの研究に何も言わないのが気に掛かったが、取り敢えず思いついたことを試してみたいので、亜空間に移動した。


 結論は今のぼくには無理だった。


 魔法陣を駆使して自分の魔力を魔法に変えているのは、神様にお願いして魔法を行使しているだけなのだ。

 だから、みぃちゃんが出した水魔法を微細に分解してもみぃちゃんの魔力に戻るだけだった。

 幼いころから魔獣カードで遊んでいたぼくの魔獣たちが使う魔法は、魔法陣を脳裏に思い描いて発動するかなり高度な上級魔術だった。

 魔法陣を使わず、普通に魔獣のように魔力とイメージだけで水を出しても、分解したらぼくたちの魔力に戻るだけだった。

 それならこの研究は無駄だったのか、と言えばそうでもない。

 調子に乗って色々な条件で試したら、ぼくの魔力をもらって成長したぼくの魔獣たちは同じ魔法陣を思い描けば同じ魔法の効果を上乗せすることができた。

 さらに魔獣たちが協力して出した魔法を、遠心分離の要領でグルグル回転し分解すると、それぞれの魔力に分けて魔法の規模を小さくすることができた。

 つまり、死霊系魔獣を遠心分離機の魔術具に入れてバラバラにしてしまえば、大きな聖魔法を使わなくても魔術具を操作できる魔力があれば、誰でも簡単に退治できるのではないか?という仮説が立てられた。

「カイル。一旦寝てから試作品を作ろうよ」

 素材を集めに自宅に帰ろうかと考えていたら、キュアに止められた。

 ぼくのスライムはベッドに変身しておいでよ、と言っている。

「今すぐベッドに入らないと魔法で眠らせるよ」

 キュアは脅迫している。

「その顔色で自宅に帰れば、怒られるよ」

 みぃちゃんに言われて我に返った。

 亜空間では時間が経過しないのだから取り敢えず寝てから考えよう。


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