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スタント!

 サッサと出発してしまえばよかった。

 六日間も長居してしまったため領主から城の晩餐会への招待状が届いてしまった。

 ぼくたちの領内の活動制限をかけず、自由にさせてくれる代わりに不干渉を貫くかのように沈黙を保っていた領主から10日後の晩餐会の招待状が届いても迷惑なだけだ。

 ぼくたちを足止めして他領の土壌改良を阻止しようとしているのかもしれない、というのが商会の人たちの見解だ。

 そうやって足を引っ張り合っているから帝国全体が荒廃していくんだ。

「私が何とかしておくから出発しなさい」

 留学生一行は研究素材の採取のために移動する必要がある、と司祭が説明してくれることになった。

 いつもなら孤児院の子どもたちと涙のお別れとなるのだが、子どもたちは、お兄さんたちが居なくなっても祈りを忘れず畑を守るよ、と涙をにじませても溢すことなく決意を語ってくれた。

 ぼくたちは慌ただしく街を出ることになった。


 城壁を出るとポニーたちを専用座席に乗せて、スピード重視で爆走した。

 冒険者たちの情報から薄暮の時間帯から死霊系魔獣が出没する地域があり、危険地帯を一気に抜ける作戦なのだ。

 今回は領主や王族を乗せて先ぶれを出して街道を開けさせるようなことはしていない。

 当然遅い馬車がたくさんいる。

 ぼくと兄貴が二台の馬車の御者台の助手席に座り、御者台にシロがいるぼくたち留学生一行が先行し、商会の馬車は兄貴と緊急事態の魔力供給源としてキュアが乗車している。

 “……ご主人様。先方に二台の馬車が……”

 シロの報告が終わる前に、二台の馬車を追いこすためのジャンプ台を土魔法で作り出した。

「何があっても速度をここのまま維持してください」

 目の前に出現した巨大スロープに青ざめながらも御者は頷いた。

 ぼくの脳内のイメージではこのまま馬車はジャンプ台を駆け上がって飛び出し、一気に二台の馬車を跳び越す算段だ。

 御者が恐れて速度を落としたら追い越しをかける馬車の上に落ちてしまう。

 躊躇いを捨てることができたものだけが栄光のスタントマンになれるのだ。

 “……スタントマンって、死んでも良い人なの?”

 バイクスタントのイメージ画像を読み取ったみぃちゃんが、魔力アシスト三輪車で幼いケインがジャンプする姿を想像した画像を送ってきたので、ぼくは堪らず噴き出した。

 みぃちゃんだって幼いケインが失敗するイメージはないように、死にたい人がやることではない。

 本来はキチンと物理学的に計算してジャンプ台を設計するが、今回の旅は行き当たりばったりだ。

 “……ご主人様。この速度は成功の道筋通りです!”

「走行位置正常!加速度問題なし!!このまま真っすぐ駆け抜けてください」

 御者に声掛けすると、額に汗を滲ませながら御者が無言で頷いた。

 ジャンプ台を二台の馬車が駆け抜けると、緩やかな放物線を描くように飛び立った。

 イメージ通り放物線の頂点で遅い馬車を飛び越えると馬車の上部で待機していたぼくとみぃちゃんのスライムがパラグライダーに変形し風を受けて飛行距離をさらに伸ばした。

 大成功だ!

 後部座席から拍手が沸き起った。

 滑らかな飛行は飛竜に運ばれた時よりずっと快適に、街道に沿って進んでいる。

「カイル君。全く操縦していないのに馬車はずっと飛んでいるんだけど、いったいどうなっているんだい?」

「ぼくのスライムが風を受けてバランスをとりながら飛行しています。高度が下がるたびにウィルが風魔法で高度を上げているので急に地面に叩きつけられる心配はありません」

 御者が両手で頭を抱えたので、ハンドルを握って魔力を供給してぼくのスライムの援護をするように言った。

「スライムは馬車の魔力を使っているのか!」

 スライムたちは変形と舵取り以外に魔力を使っていないが、連帯感を高めるためには、みんなの魔力で飛んでいることにした方がいい。

 余剰魔力を備蓄しておけば着陸後の動力として使える。

 シロがウィルの風魔法をさり気なく援護して安定した姿勢を保っている。

 ただでさえ魔力が少ない土地でシロが精霊魔法を使えばさらに魔力が少なくなるのではないか?

 “……ご主人様。ご主人様が結界を強化された地域で使う魔力は、ご主人様が提供した魔力です”

 そう言えばそうかもしれない。

 ぼくが結界を強化した地域は世界の理を通じてぼくたちが提供した魔力がいきわたっている。

 ちょっとくらい自分たちが使っても問題ないか。

 二台の馬車は土壌改良の魔術具を販売予定地域の端まで滑空し、着陸地点を探した。

 街道わきの枯れた藪を土魔法で整地すると、後部座席に向って大声で言った。

「着陸姿勢に入るよ。衝撃に備えて!」

 了解!とみんなが返答すると、馬車はゆっくりと降下し始めた。

 枯れ木の枝に馬車やスライムが引っ掛からないように、広範囲に枝を刈り取り堆積して、着陸地点の目隠しにした。

 円柱型に積み上げた枯れ枝は巨大な鳥の巣のようだ。

「カイル君!着陸地点がこの形だったら上から真っすぐに落ちることになるのかい?」

 鳥の着地のように斜めの角度で着陸することを予測していた御者は、整地された着陸地点に積み上げられた枯れ枝に垂直に二台の馬車が直陸することを想像して狼狽えた。

「安心してください!魔法で何とかするためにこの席にぼくが座っています」

 馬車が巨大な枯れ枝の筒に近づくと、侵入口を開けるように枯れ枝が左右に分かれた。

 高度を下げながら着陸地点まで到達すると、ぼくのスライムはパラグライダーから衝撃軽減エアバッグに変形した。

 ぼくのスライムは気がせいたのか、前回より早めに変形したため、風の抵抗から開放される衝撃の後に着陸の衝撃がきた。

 “……ごめんね。前よりへたくそだったわ”

 商会の馬車が滑らかな着地を決めると、ぼくのスライムが悔しそうに伝えてきた。

 みぃちゃんのスライムの仕事ぶりに、ぼくの膝の上のみぃちゃんが満足そうにうなずいた。

 このくらいの衝撃ならなんてことない。

 移動距離を稼げてたし、今回は軍隊に取り囲まれることもなかったんだから問題ない。

 ぼくたちが馬車から降りると、スライムたちが、褒めて褒めて、とぼくの腕に飛び込んできた。

 よくやった、とご褒美魔力をたっぷりあげている間に、商会の人たちがポニーたちを放していた。

 枯れた藪の中には好みの植物はなかったようで枯れ草をあげても首を横に振った。

 いつもいろいろと無茶をさせている自覚があるので、人参を上げてポニーたちのご機嫌を取った。

 “……ユニコーンでもないのに空を飛ぶ馬なんて私たちぐらいだから、楽しんでいるわ”

 アリスがそう伝えてきた。

 握るだけでポキポキと折れる小枝を手にしたウィルが、この地の渇水を心配した。

「雷が落ちるだけで火災になりそうだね」

「少し水を撒いておこうか」

「焼け石に水じゃないか」

「ないよりましだし、ぼくたちが立ち去った後、火でもついたら冤罪を擦り付けられそうだ」

 留学生一行が心配になるほど、カラカラに乾いた木を積み上げた状態を目撃されたら、巨大()()()()でも作っているように見えかねない。

 街道まで移動した後、着陸地点の原状回復すると、魔法の杖を一振りして、藪全体を覆うように黒っぽい雲を出現させた。

 風が雨の匂いを運んできた。

 ポニーたちが濡れたら可愛そうなので、ぼくたちは雨が降り始める前に出発した。

「あんなに簡単に大量の雨雲をだせるなんてすごいよ!」

 ケニーが興奮して目を輝かせた。

「試しにやってみたら出来ただけよ。空気中に雨の元になる水分が少ないから大した量は降らないよ。神様だって失敗するのに人間が雨を制御することは出来ないだろうね」

 人工降雨は強烈な上昇気流が起こっても制御できないだろうから、手を出さない方がいい、と念を押してケニーに言った。

「そっか。蝗害の発生源かもしれない地域は豪雨の被害から立ち直った地域だったね」

「神々の領域は手を出さないに越したことはないよね」

 そう言いながらもケニーは残念そうに遠ざかっていく雨に包まれた藪を見ていた。


 ぼくたちは滞在地を小さな農村にすることにした。

 商会の人たちが村長に蜂蜜の小瓶を手渡すと、村の大地の神の祠の前で野営をしても良いと許可してくれた。

 小さな農村を選んだ理由は晩餐会を断った領主に嫌がらせをされる恐れがあるので、出来るだけ先方が思いもよらないような小さく、貧しそうな農村を移動しながら帝都を目指すことにしたのだ。


 村人たちの悩みは井戸水の渇水で、森の小川も枯れそうになっているから、水は少量しか分けられない、と申し訳なさそうに村長が言った。

 ぼくたちは滞在させてもらうお礼にと新しい井戸を掘った。

 村人たちが集まってきて大喜びするので、その喜びを七大神の祠に魔力奉納をするように伝えた。

 ぼくたちはすっかり聖人扱いになったが、こういう小さな村の方がお風呂を作ってゆったりする我儘がききそうだ、という下心ありありだ。

 なけなしの食材を持ち出してぼくたちをもてなそうとするので、一緒に料理を作りましょう、ということになった。

 地質調査班、風呂づくり班、調理担当班に分かれてぼくたちがテキパキと作業をこなし、村人たちを感動させた。

 一日で発酵するお酒なんてないのだから、これはまだお酒じゃありません、という謎の理論で商会の人たちはビールまで作り出した。

 その日に作ってその日に消費してしまえば証拠は全部お腹の中。

 脱法の気配はするが、脱税なんてしていないのだ。

 ハムとチーズをたっぷり載せた蕎麦粉のガレットに豆のスープとビールもどきを料理の神と発酵の神の魔法陣を描いたテーブルクロスに祀った。

 もちろん大地の神の祠にも祭壇を作って同じものを祀った。

 村人たちは涙を浮かべながら今日はお祭りです、と口々に言った。


 ぼくたちが滞在するだけでお祭り騒ぎではなく、お祭りをすることになってしまった。

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