変わりゆく町
ここの教会の食事事情はお世辞にも美味しいとは言えず、生きていくうえで必要最小限の栄養が摂取出来ればいい、というような雑穀粥が主な食事だったようだ。
みんなラーメンスープ一滴残すことなく完食した。
自給自足とまではいかなくても畑があれば少しは改善できるだろう。
ぼくたちは中庭に畑を作り、錬金術で肥料をササッと作り、土壌改良を半日で終わらせた。
夏野菜を発芽させ、苗まで成長させると教会関係者は驚き、子どもたちは喜んだ。
毎日神々に祈って、草抜きや水やりの手伝いをするように頼むと、子どもたちは元気よく返事をした。
お昼におにぎりと味噌汁を振る舞い、すっかり食に目覚めた教会関係者たちに、鶏を飼えないか、と持ち掛けると本気で検討してくれた。
孤児院の横に小さな鶏舎を作り、七大神の祠巡りを兼ねて商会の代表者たちと農業ギルドに赴いた。
ギルド長室に案内されると、挨拶もそこそこに、ぼくたちは領都に入る前に行った農業指導に回った三日間の行動を感謝された。
「領内で発生が確認され問題になっていた、終末の植物の種を発見したことは偉業です!それを無償で教えてくださるなんて、農業ギルド長としてなんと感謝したらよいか……」
詰め寄ってくるギルド長に、商会の代表者は土壌改良の魔術具を紹介し、広範囲にまとめ使用すると効果が上がるし、まとめ買い価格でお得です、と熱心に商売を始めた。
数年で効果の切れることを納得し、神々の祠に魔力奉納を熱心にしなければ土地の魔力が回復しない注意事項を守れる地域に販売することを誓約させて農業ギルド長に販売した。
しめしめ、これでぼくたちがこの領地を回らなくても結界の強化が進む。
「この後、商業ギルドにも立ち寄る予定ですが、教会を通じて販売する予定の魔術具は浄水器の魔術具です。土壌改良の魔術具を購入された地域に是非お勧めしてください」
「それは凄い!うちで今すぐほしいくらいだ!!」
興奮するギルド長に、現在制作中で教会に預けていく予定だ、と説明するとギルド長は肩を落とした。
「それでは販売する数量は少ないのですね」
「移動中にも制作できるし、滞在先の教会に預けていくので、この町から帝都に向かうまで作り続けますよ」
ぼくが笑顔でそう言うと、材料はどうするのだ?と間髪を入れずにギルド長が突っ込んだ。
「この土地の素材から作ります。主原料は終末の植物の種です」
ギルド長は体を震わせて膝から崩れ落ちた。
「き、君たちは神々が遣わした天使なのか!?終末の植物を駆除しながら浄水器の魔術具を作り続けるというのか!!」
土下座してぼくたちを見上げたギルド長に、長期間かけて対価を受け取るのですから天使じゃありませんよ、とウィルが声をかけた。
「旅の途中に農地、植物、魔術具の研究をしているだけです。本物の天使なら、この地をあっという間に緑豊かな大地に出来るのでしょうね」
伝説の天使に例えられたぼくたちは、教会関係者と共同研究になるので、天使という言葉を使わないでほしいとお願いした。
神の僕たる天使に例えられるのは、感謝の気持ちを表しているのだろうけどマズいだろう。
……神々の僕で人間に似た姿をしている、という存在に心当たりがある。
“……ご主人様。ご明察です。上級精霊様は天使として活躍される方もいます”
ぼくたちは恐縮するギルド長に魔術具を製作する時間が必要ですから、と言って教会に雌鶏を寄進してもらう手はずをつけて退出した。
埃っぽい町の住人は薄汚れていて痩せていた。
瞳に輝きはなく、神に祈っても報われない悲壮感が漂っていた。
七大神の祠では魔力をがっつり持っていかれたのに、この町の護りの結界は世界の理まで繋がっていなかった。
ぼく以外の留学生たちも、いつもより多く魔力奉納をすることになったようで、中央広場で座り込んで回復薬を欲しがった。
商業ギルドに到着すると、先回りしていた農業ギルド長が、フラフラになりながらも魔力奉納を強行したぼくたちに涙をにじませて、ありがとうと言った。
泣くぐらいなら自分が毎日参拝しろ、と思ったに違いないのに、ウィルは微笑んでこの地にお世話になるのですから当然です、と模範解答を言った。
「聞きしに勝る志の高さです。お見逸れいたしておりました」
商業ギルド長が深々と頭を下げた。
ここで紹介する魔術具は浄水の魔術具だ。
商会の代表者が使用方法を説明する傍らで、お茶を出してくれた綺麗なお姉さんとぼくたちは魔獣カードで遊んでいた。
蛇の道は蛇に任せておけばいい。
冒険者ギルドへも立ち寄って、帝国への道中に受注できそうな依頼を探す傍ら、情報収集をしていると終末の植物が駆除依頼対象になっていた。
発芽した草にも使い道があるのかも知れないので、少し高めに買い取り依頼を出した。
こんなどうしようもない植物にこの値段をつけるのか、と冒険者ギルドの事務員が驚いたので、一刻も早く駆逐すべき植物には懸賞金のように買取価格を上げる方が効果的でしょう、とウィルが微笑みながら言った。
事務員のお姉さんが頬を赤らめながら無言で頷いた。
これぞ美少年の力、とポケットの中からのぞき見していたスライムたちが囃し立てている。
精霊言語を取得していないウィルでも、スライムたちのからかっている気配はわかるのか、左眉をグッと上げただけでいつもの冷笑を保った。
この鉄面皮がぼくにあったなら……。
「私たちがこの町に滞在している期間に納品されれば、輸送経費が掛からないので当然買取金額を上げることができます。ましてや急ぎの受注があるので少々高額でも買い取らせていただきます」
商会の代表所がそう言うと、聞き耳を立てていた冒険者たちがそわそわしだした。
これで、素材をぼくたちが搔き集める必要がなくなったうえ、冒険者たちの仕事を増やす地域貢献ができる一石二鳥の、いや終末の植物の駆除を考慮したら三鳥以上の効果がある。
ここでも教会の代表者が発注書を記載している間に魔獣カードで遊んでいると、冒険者たちが覗き込んできて一勝負することになった。
雑談でこの先の道中で遭遇しそうな魔獣の話を聞くことができた。
魔獣カードを実演販売のように披露したお蔭で販売予約が取れた、と商会の代表者が喜んだ。
魔獣カードの販売促進に貢献したのなら何よりだ。
教会に戻ると中庭の畑を発展させる班と、浄水器の魔術具の検証をする班に分かれた。
耐久性の検証を兄貴と他の留学生たちに任せて、ぼくとウィルはひたすら魔術具を量産した。
この町に三日滞在すると、教会の中庭のトマトは青い実がつき、蜜蜂が受粉しに来たことを確認したケニーは養蜂の箱を作り始めた。
ぼくたちはこの埃っぽい町の空気を換えるべく、七大神の祠巡りに加え、美味しいご飯を三食教会の祭壇に祀って魔力奉納をした。
オムライスを祀った翌日から鶏舎の雌鶏が一日に何度も卵を産むようになると、教会関係者のだれもが空いた時間が、あればひたすら祭壇の前で魔力奉納をするようになった。
回復薬は高価すぎるので、光る苔の雫を物凄く希釈したものを、苦みの調味料としてベンさんに託すと糠漬けの隠し味に取り入れてくれた。
苦みのある漬物を子どもたちは残すだろうと心配したが、毎食二枚ついてくる美味しくない糠漬けを残す子どもはいなかった。
食べ物を残すなんて、もったいないことは出来ないのだろう。
“……美味しくなくても食べなきゃいけない気がするんだよ”
“……光る苔の雫はどうやったって絶対マズいんだけど、アレを摂取しなきゃって思いが止められないんだよねぇ”
スライムたちが言う通りに教会関係者たちも口を曲げながらも食べている。
教会関係者たちの魔力の底上げが出来ると、ぼくたちが七大神の祠での魔力奉納の負担が減った。
気付けば糠床は一日に一回祭壇に祀られていた。
みんなで必死に魔力奉納したけれど、光る苔の雫の希釈液が入った糠漬けの味は変わらなかった。
「気分の問題かもしれないけれど、祭壇に奉納して後は、なんとなく食べやすくなるんだよね」
ウィルがそう言うと教会関係者も頷いた。
「バケツで稲作もしようよ。米糠も沢山ほしいけど、まずはお米を育てる経験をしてもらおう」
ケニーが笑顔で準備を始めた。
上水の魔術具は農業ギルド長が一番乗りで購入し自宅で使い始めると、安全な水を求めて知人が押し寄せ、知らない人まで並びだし、バケツに泥のような水を汲んだ人たちの長蛇の列ができたらしい。
人が集まるのにお金も魔力も動かないなんてもったいない。
商業ギルドに働きかけ、領主に浄水器を六つ購入してもらい、七大神の祠の横に設置してもらった。
魔力奉納をしている間に汲んできた水を浄化し、行列ができる頃には広場に露店や屋台が出ていた。
町の経済も活性化して魔力が集まるなんて良いことずくめじゃないか。
領都の周辺の農村から土壌改良の魔術具と上水の魔術具が売れた。
この町の護りの結界は世界の理に繋がっていないけれど教会の結界は繋がっている。
周辺を強化しても問題ないことを確認すると、地中のスライムの分身が合図を送ってきたので、教会の中庭で土壌改良の魔術具を発動させ農村の護りの結界を強化した。
変化は教会の周辺から起こった。
井戸の水量が増え水も綺麗になってきたのだ。
冒険者ギルドに持ち込まれる終末の植物も少なくなってきた。
ぼくたちが移動しても、もうこの町は大丈夫だ。
孤児院の五歳以上の子どもたちは魔力奉納を熱心に頑張っているし、未満児たちも畑の手入れを手伝うことで畑に仕込んでいる魔法陣に微力ながら魔力を使っているから、この子たちが洗礼式を迎える頃には魔力の多い子に成長しているかもしれない。
司祭に子どもたちの話を持ち出すと、司祭も気にかけていたようで、孤児院だけでなくこの町の子どもたちの人数を把握しており、行方不明や不審死を出さないために、健康状態を含めて追跡調査をしているらしい。
教会が子どもたちの様子を窺えるのは三歳、五歳登録と洗礼式だけだったが、祠の広場のろ過装置の交換時に町の子どもたちの様子を聞くようにしているらしい。
誰が病弱で、誰が熱心に祠巡りをしているのか、そんな話を聞いて、地区ごとの子どもたちの健康状況を掲示板に貼りだし、流行り病の予兆を気にしつつ、町全体で子どもの様子を見守ることにしたそうだ。
「魔獣カード大会も検討している。あれは子どもだけでなく大人も楽しめるから、この町でも普及しそうな気がするんだ」
司祭の笑顔は基礎デッキ以外の魔獣カードも流通させてほしいと言っているように見える。
ユゴーさんの町で魔獣カード倶楽部と機関紙を発行する動きがあることを伝えると、詳細を知りたがった。
魔獣カードの販売を考慮するとぼくが説明するより、商会の人たちが適任なので交代してもらった。
この町では子どもたちの健康状況の把握から、不自然な失踪を無くそうと考えていたようだが、魔獣カード倶楽部を設立したら、子どもたち一人一人に目が届きそうだ。




