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東方の言い伝え

 豚骨鶏ガラの合わせ出汁のスープはあっさりとコッテリの両方の味わいがあり、朝ラーとしてなかなか満足いく出来だった。

 味玉とチャーチューをぼくのスライムが凄く欲しそうにしていたので半分こにした。

 ぼくのスライムはみぃちゃんのスライムに分けている。

 普段ならベンさんにもらいに行くスライムは、孤児院の子どもたちが小さなラーメンどんぶりを抱え込んで夢中で食べているので、おかわりを考慮して遠慮しているようだ。

 久しぶりのラーメンに司祭の目には涙が浮かび、この味はもう二度と食べられないと思っていた、と言ってベンさんを喜ばせた。

 箸で啜るのに抵抗があった教会関係者たちも、レンゲにラーメンを乗せて一口食べると、無言で啜りだした。

「美味しいものが持つ魅力は魔力を使わない魔法だね」

 ウィルが楽しそうに言った。

 兄貴はギリギリまで実家で父さんたちと相談してきたから、朝食の時間の終盤に中庭の簡易食卓に合流した。

 スライムたちにラーメンを分けながら、家族みんなの浄水の魔術具への助言を精霊言語で一気に伝えてきた。

 頭がくらくらする情報量だったが、母さんとお婆が発案した、魔術具本体を貸し出しとして、ろ過装置を販売、回収する、置き薬型の販売方法なら貧困地域に浄水器の魔術具を普及させられそうだ。

「豚の骨と鳥の骨を煮出しただけのスープがなんでこんなに旨いんだ」

 空になったどんぶりを切なそうに見つめながらドルジさんが呟いた。

「ここに至るまでの手間暇と、主役を引き立たせる他の食材があってこの味になります。帝都に戻っても自宅待機が続くようでしたら、研究してみるのも一興ですよ」

 商会の代表者が他にも食材を多用している、と匂わせると、俺はこのままクビになっても良いからラーメンの研究をしたい!と絶叫した。

「お前さんはまだ軍人を辞めたい人間の目じゃない。軍でやり残したと思っていることがあるうちは、辞め時ではないはずだ」

 ベンさんがそう言うと、ドルジさんはグッと顎を引いた。

「ああ、親の七光りの待遇を期待して軍に入ったわけじゃない。東方民族の期待を背負って軍に入った。俺は戦火が東方に及ばないようにするために入隊した。まだ何も出来ちゃいない」

 東方出身家系じゃなく、まだ東方に縁があるのか!

 ぼくと兄貴とウィルが目を輝かせてドルジさんの肩を叩いた。

「やったー!帝国入国後にこんなに早く東方出身者に会えるとは思っていいなかったよ!」

 冷笑の貴公子なんて異名を持つウィルが嬉しそうにドルジさんの肩を叩き続けた。

 現在ほとんど情報のない東の砦の一族の状況を知りたい。

「北を護るガンガイル王国の連中が期待している情報は、東の砦を護る一族の安否だろう?大丈夫だよ、あの連中は」

 良い澱むドルジさんの口を割るために内緒話の結界を張った。

「気が利き過ぎだな……お前たちは優秀過ぎる」

 軍にかかわることは話せないが、と前置きした後、ドルジさんは東方の事情を話しだした。


 この世界の東方地域の食事に使うカトラリーは箸らしい。

 小麦や蕎麦粉米粉を麵にする食文化もあり、ラーメンは初めて食べる新しい味なのにどこか懐かしく、涙をこらえて食べた、とドルジさんは言った。

「こんな美味いもんじゃなかったよ。母方はもっと南東の出身でそら豆を発酵させたとにかく辛い調味料を多用するから……」

 豆板醤だ!

 麻婆豆腐!担々麺!夢が広がる……!

 ぼくが涎を啜ると、兄貴とウィルが苦笑した。

「カイルは新しい調味料に興味津々で後半部分を聞いていないようだよ」

 兄貴の言葉にスライムたちがウンウンと頷いた。

「ああ、調味料の話は後にしよう。東方は発酵調味料の宝庫だぞ」

 ぼくは食い気味にウンウンと頷いた。

「東方は昔から大国が台頭して征服されようが属国になろうが、護りの結界を維持することを優先して諸王家も諸侯たちも立ち回ってきた。誰の治世であろうと傍系になろうが、護りを維持し繋ぐことを目的とした、表立って明言していない連合のようなものなんだ」

 現状帝国に侵略された地域も、属国になった地域も、すべて東方連合に帰属している意識を保ち続けているらしい。

「俺の出身地は帝国に併合されて祖父の代から帝国軍に所属している」

 現皇帝がどうしたこうしたではなく、新皇帝が即位する際に開戦して領土を増やすという儀式を熟すために、東方地域は属国、併合、独立という循環で帝国と長年付き合ってきたらしい。

 だが、現皇帝はそんな不文律を無視して、即位の際の侵攻を南方戦線にしてしまったらしい。

 帝国の東方戦線が輪番制なのは知らなかったが、現皇帝の南方侵略の情報はぼくたちも知っている。

 ディーが南方の秘境に派遣されているせいで、邪神の欠片を探して南方戦線を拡大させた可能性を視野に入れてシロが探りに行っていた。

「東の砦の護りの一族は、帝国の影響もなく護りを続けている。外側からそれを護るのが俺の一族の務めだ。まだ帝国軍で、すべきことがある。軍でヘマした俺は間違ったことはしていない。それでも処罰が下るなら甘んじて受けるだけだ」

 帝国軍のことは詳しく語らないが、軍内部で何かやらかしたから自宅待機になっているのだろう。

「南方戦線のきついところに派遣されそうだな」

「もう勘弁だな、そこから帰ってきたばかりだ。しばらく帝都に滞在したいな。司祭の話も気になるし」

 ベンさんと軽口を叩きあったドルジさんは、子どもが七歳になる前に消える現象が帝都でも起こっていることに興味を持ったようだ。

「東方の端っこの島々に伝わる古い言い伝えがあって、子どもの七つのお祝いは行きと帰りで人数が違う、海を渡る船から目を離すな、と言われている。伝説では海竜となっているが、俺の地元ではシーンと呼ばれていてな、竜じゃなく、二枚貝の巨大な魔貝だとされている。地域によって少しずつ伝承は違うが、概要はどれも一緒だ。海上に幻影を出現させ、魔力の多い人間を船から誘い出し、海中に引きずり込む魔獣がいるらしい。小さい島々には教会がないから子どもたちは船に乗って教会のある大島に向かう。そこに司祭服を着た老人の幻影が現れ、子どもたちを誘い出して海中に沈めてしまう。抵抗すると船を転覆させるらしい」

 二枚貝の妖怪と言えば古代中国の妖怪、(しん)に近い。蜃は海で灯台の蜃気楼を見せる妖怪だったかな?後半に出てくる司祭服の老人は海座頭にそっくりだ。

 海座頭は琵琶法師の格好で海を渡り、船上の人を手招きしたり、船を転覆させたり、時には船ごとのみ込んだりするような荒っぽい妖怪だったはずだ。

 なんだかアジアンな妖怪の要素が色々交ざっている伝承だな。

 海竜という言葉にキュアが首を伸ばした。

 “……あいつらは竜というよりウミヘビっぽいって聞いてるよ”

 “……魔貝シーンと海竜は別物だし、海竜とウミヘビは別物だよ。魔貝シーンは海中で作業する人間を惑わせ襲うことはあっても、海上に幻影を出現させることはない。海竜が海鳥を誘い出すために魚影を出現させることがあっても、司祭の幻影を出す記録はない。東方の伝承は教会関係者による誘拐を示唆しているだろうな”

 魔本の解説に魔獣たちが頷いた。

「司祭服の老人って言うのが小国では介入できない大きな権力を意味しているのかと思っていたが、司祭の話を聞いたら、三歳や五歳の登録時に目を付けていた子どもを洗礼式前に拐かす連中が司祭服を着ているだけなのかもしれない。帝都でもそんなことがあるのなら魔力の高い子どもたちはどこに行ったんだ?」

 ドルジさんは教会内部の犯行だとはまだ疑っていないようだ。

「長年そんなことが起こっているのでしたら、かなり強力な魔力を持った子どもたちを集団で育成しているということでしょうか?」

 ウィルは帝国内の孤児院の幾つかをぼくが破壊したことを知っているにもかかわらず、子どもたちが居なくなり、秘密の軍隊を作っているかもしれない、と今知って驚いたように言った。

 こういう時のぼくはボロを出さないように黙って、兄貴やウィルに任せておこう。

「素朴な疑問なんですけれど、いなくなった子どもたちがどこかに集められているのだとしたら、不自然に魔力の高い地域が出来上がりますよね」

 兄貴の質問にドルジさんとベンさんが頷いた。

「建物や土地に魔力封じの魔法陣を使っても、不自然さが出てしまうだろうな」

「騎士団級に魔力が集まっている場所なら、心当たりがあるぞ」

「「「魔法学校!」」」

 ベンさんの一言にぼくたちが声をそろえた。

「俺は一足先に帝都に向かうが、お前たちが魔法学校入学してからも連絡を取らせてくれ」

 ドルジさんがそう言うと、ガンガイル王国寮に遊びに来てほしい、とぼくたちも快諾した。


 内緒話の結界を解くと、司祭に何の話をしていたのか訊かれたので、東方の調味料の話と、子どもたちが聞いたら怖がりそうな東方の海の魔獣の話だ、と答えた。

「新しい魔獣カードにするのかい?」

「希少カードとして販売するかもしれませんが、あまり発行枚数を少なくすると魔獣カード大会で使用禁止になってしまうかもしれないですね」

「おお、不死鳥のカードを使用したものでもいたのかい?」

 ぼくたちはキャロお嬢様が魔法学校の魔獣カード大会で不死鳥のカードを使用して圧勝してしまい、ガンガイル王国公式の魔獣カード大会で使用禁止になった逸話を披露した。

 そこから、後片付けを終えた子どもたちも話に参加して、どんな希少カードがあって大会でどう使用されたかを留学生一行が説明する和やかな時間になった。


 ベンさんにラーメン出汁に昆布が使われていたことを知ったドルジさんは、商会の人たちに帝都で豆板醤と昆布を交換する約束を取り付けていた。

 お昼にとろろ昆布のおにぎりでもご馳走したいところだが、ドルジさんは朝食後すぐに帝都へと旅立った。

 きっと帝都で会えるからその時ご馳走して、甜麺醤があるか聞いてみよう。

 甜麺醤と言えば回鍋肉がいいな。

 涎を飲み込むと、ウィルにまた食べ物のことを考えている、とからかわれた。

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