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司祭の鬱憤

「古代魔法陣が解読できるのですか!?」

 ウィルが驚いてドルジさんに質問すると、深くため息をついて首を横に振った。

「俺にわかるのは、これが古代魔法陣を封じたものだということだけだ。使用不可能な文字があることを知っているかい?」

 ぼくたちが入学試験で見たことがある、と言うと、上級魔術師の基礎レベルを超えた範囲まで解いたのか!と驚いた。

「「年齢的な上限いっぱいまでガンガイル王国の魔法学校で学びました」」

 ぼくとウィルがそう答えると、自分たちは違う、と兄貴と他の留学生たちは首を横に振った。

「ああ、それなら話は早い。あの試験内容が変わらないのは、下手に改変して神罰が下るのを恐れているからだ。そこまで解答する生徒がいないこともあって放置されている。文献は声に出して読まなければ問題ないが、魔法陣はうっかり魔力が通ってしまうと、思いがけない時に発動してしまう。だから、魔法陣が発動しないように封じの魔法陣の開発が進んだんだ。この飾りの魔法陣が封じの魔法陣だ。こっちは見たことがないから、教会独自の封じの魔法陣だろう」

「ご明察です。教会独自のもので、現在これを解読できる人物はいません」

 司祭は書き順さえ解読されていない教会内部でも飾りとしか認識していない人も多いのに素晴らしい、と手放しでドルジさんを称賛した。

 ガンガイル王国では使用できない神の記号を封じず、魔法陣を重ね掛けして使用していたから、危険な巨大冷蔵庫のような魔術具になってしまっていた。

「これが光ったということは生きている魔法陣なのか?」

「いえ、これがまだどう作用する魔法陣なのか模索中です」

 司祭は満面の笑みでそう答えた。

 心当たりはあるようだ。

 祭壇前の魔力奉納で裏の礼拝室の護りの結界を追跡したところ、この教会の護りの結界は生きており世界の理まで深く繋がっていた。

 二度目の魔力奉納で封じられた魔法陣が魔力を震わせる影響力の範囲をたどった。

 この魔法陣はきちんと機能するのなら、この教会の教区内の農村にまで横に広く護りの力を増幅して魔力を行き渡らせる強力な魔法陣だ。

 残念なことに封じの魔法陣によって発動を抑えられてしまっている。

 教区の安寧を願って魔力奉納をした人間が死んでしまうような魔法陣なら、封じてしまうしかないのは致し方ない。

「解読して死んでしまっては取り返しがつかないから、留学生のみなさんは見なかったことにしようね」

 余計なことに首を突っ込むな、と司祭がぼくたちに釘を刺した。

 ぼくたちは元気よく、はい、返事をすると、精霊たちもそれが正解、というかのように点滅してから消えた。

 魔法陣の研究の話はここまでとなり、教会の中庭で野営をさせてもらえないか、商人の代表者が交渉に入った。

 司祭は快諾してくれた。

「ああ、良い良い。夕食は持ち寄って共同で作らないかい?辺境伯領の味が懐かしくてね」

 ベンさんが司祭から詳細を聞き取ると、辺境伯領ではお忍びで騎士団の食堂に通い、饂飩の味に感銘を受け、後に出来たラーメンの屋台にも私服で並んで食べたようだ。

「ラーメンの出汁は、今からでは夕食に間に合いません。変則的ではありますが朝食用にさっぱりしたラーメン出汁をとりましょう」

 夕食はバイソンの肉のおさがりを調理することにして、明日は朝ラーをすることになった。

 朝ラーか……。豚骨は出汁をとる時点で臭すぎる。

 鶏ガラベースに煮干しをブレンドした海鮮出汁も捨てがたい。

「何をそんなに真剣に悩んでいるんだ?」

 訝しがるドルジさんに、豚骨出汁は匂うからどうしようか悩んでいるだけですよ、と精霊言語を取得していないウィルに、ぼくの本心を代弁されてしまった。


 教会の夕食の豆のスープはバイソンシチューに、固いパンはバインミーに変身した料理は大好評だった。

 カテリーナ妃の国で入国手続きをする前に飲み干されたはずのビールは、飛竜に運ばれて帝国に入国する緊張感の漂っていた馬車の中で、発酵の神の魔法陣が刻まれた特製の魔術具で再び醸造されていたようだ。

 発酵期間がだんだん短くなっているのは、商会の人たちの魔力が上がったからなのか、発酵の神のご加護が篤いからなのか……どっちもありそうな気がする。

 税関の目をくぐり抜けた密造酒なのに、祭壇に奉納してから発酵した神のお酒ということになり、夕食時に大人たちのお腹におさまった。

 中庭にテーブルを出して孤児院の子どもたちも魔獣たちとみんなでワイワイ食べる様子に、教会関係者たちは目をキョロキョロさせていたが、ビールの杯数が進むにつれて誰も気にしなくなった。

 薄暗くなると精霊たちがフワフワと漂いだした。

 司祭は喜んで祝詞を唱えると、精霊たちも喜ぶかのように数を増やし、酒宴の席を優しい光で照らした。

 神のお酒ということで、教会の密造酒の醸造に繋がりそうな気配を感じたが、口にするのは野暮だろう。

 食後に留学生一行は孤児院の子どもたちと魔獣カードで遊んでいると、司祭は自分もカードを数枚買った、と懐かしがった。

 基本デッキでの勝負なのでガンガイル王国からついてきている精霊たちは落ち着いていたが、娯楽に飢えていたのかこの国の精霊たちが一勝負ごとに興奮して激しく点滅した。

「これがガンガイル王国での通常なのか?」

 唯々驚くドルジさんに、ビールで口の軽くなった司祭が、誰もが言いたくても言えなかった核心をついた。

「精霊たちが出現するのは領主の力量の違いなんだ」

 司祭はガンガイル国ガンガイル領主エドモンドが、突如起こった王都にまで被害を及ぼした魔獣暴走の復興の立役者である平民ジュエルをいち早く確保し、ジュエル一家が冷遇されれば直ちに解決し、貴族階級以外の魔力奉納を奨励したことで、精霊神の誕生の地で伝説の精霊たちとの邂逅を果たし、神事や吉事だけでなく、人々が心揺るがす出来事で、精霊たちが現れて祝福するようになった、ここまで庶民の力を信じたガンガイル領主の手腕のなせる(わざ)、と熱く語った。

 この説明で概ね間違ってはいない。

 辺境伯領主を主人公にした物語ならこうなるだろうという筋書きだ。

「不死鳥の貴公子の逸話は誇張ではない、ということか」

「ああ、あれは素晴らしい光景だったね。それを上回る量の精霊たちが現れたと言われているのが、私は目撃できなかったが、ガンガイル王国王都での魔獣カード大会だったらしい。魔獣たちと精霊たちが乱舞する驚異的な大会になったようだ」

 基礎デッキでの勝負にただ眺めていたぼくの魔獣たちは、ガンガイル王国王都の魔獣カード大会の話を聞きつけて司祭のそばに寄ってきた。

 孤児院の子どもたちはもう就寝の支度をする時間でお開きするのにはちょうどいい。


「おお、可愛い魔獣たちよ」

 司祭はスライムたちに囲まれて、足元に寄ってきたみぃちゃんを撫でまわした。

「不死鳥の貴公子の五歳児登録の精霊たちの祝福の後、私の神事が精霊たちを召喚するのかと誤解されて帝都の洗礼式を任されたのだが、私の考察では、あれは不死鳥の貴公子と同い年の子どもたちは魔力が多い子どもたちが多かったから、精霊たちが挨拶に来たのだろう、と考えている。私が移動したってガンガイル王国の精霊たちの数は変わらないし、帝都に精霊たちが現れることもない。それより、三歳児登録や、五歳児登録の後、洗礼式を迎える子どもの数が少なすぎるのが問題なんだ。衛生的な水が入手困難な貧民街の子どもたちの死亡率が高くなるのは理解できるが、教会の衛生状況はそこまで悪くない。それなのに教会所属の孤児院まで死亡率が高いことを調査しようとしたら、こんな田舎に任期の途中なのにもかかわらず飛ばされてしまった……」

 後半は司祭の愚痴になっているが、帝都では洗礼式前の子どもが消えることが数字に表れるほど頻発しているようだ。

 司祭の話にドルジさんは顔色を変えず、身にまとう気配が変わった。

 笑顔で話を聞く姿は変わらないのに、闘志をグッと抑え込んだかのように魔力の漏れが消えた。

「子どもの人口減少は将来の働き手の不足に繋がります。衛生環境を整える魔術具の研究を帝都の魔法学校でしたいですね」

「生活に魔術具を使えるほど市民に魔力がないのが問題なんだ」

 ウィルが帝国批判から話題を逸らすと司祭も乗った。

「新しい井戸を掘っても土壌が良くなければすぐに汚染されそうな気がするよ」

 ケニーが頭を抱えると、やっぱりそれは為政者の仕事、という雰囲気になってしまった。

「一般市民の魔力で使える浄水の魔術具の欠点は、ろ過装置の手入れ次第ですぐ駄目になってしまうことなんだよね」

「一般市民の魔力で使える魔術具が既にあるのか!これで助かる命が……」

 助祭がぼくの話に目を見開いて言った。

「検証は出来ていません。現状の予測では、その魔術具は一年もたずに壊れてしまうかもしれません」

 まだ実用品ではない、と先走り気味な助祭にウィルが釘を刺した。

 ろ過装置の手入れが簡単にできるようになれば……。

 考え込み始めたぼくに、しばらくのこの地に滞在できるか兄貴が商会の人たちと相談し始めた。

 人命救助を優先しろということだろう。

 これは亜空間を使ってでも魔術具を仕上げてしまわなくてはならないな。

「教会の方々が地方に神事で回られる際に持ち込めるような小さな魔術具にしてよ」

 ウィルがぼくにそう言うと、ぼくが魔術具を製作していることに気が付いた教会関係者たちが熱い視線でぼくを見た。

 帝国民たちの苦労を日々目の当たりにしている教会関係者たちは、何とか現状を打破したいのだろう。

 ぼくは出来る限り頑張ること約束した。

「俺は明日帝都に戻るから見届けられないのが残念だ」

 ドルジさんが悔しがったが、ぼくたちは就寝の時間だから、と後片付けを始めた。

 精霊たちはそんなぼくたちを応援するかのように手元を照らしてくれた。


 スライムのテントに朝日が差し込む前に豚骨の強烈なにおいで目が覚めた。

 昨晩はウィルがぼくのテントにまで来て、亜空間で実験しよう、と催促した。

 素材に心当たりも在庫もたっぷりあったので、兄貴とウィルと三人で実験しまくり、睡眠も亜空間で取っていたので、早朝から目覚めても体は辛くなかった。


「おはようございます」

 身支度を済ませて、一人で仕込みをしているベンさんに挨拶すると、司祭の思い出の味に負けないためには豚骨は諦めきれなかった、とベンさんがぼやいた。

 司祭を泣かせるスープを作るんだ、と息巻いている。

 屋台のおっちゃんに負けない味かぁ。

 ベンさんは難しいことに挑戦しているよ。

 思い出補正があるのかもしれないが、ぼくは屋台のおっちゃんのラーメンが世界一美味しいと思っているもん。

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