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ささやかな親睦会

 国境警備の隊長が厳戒態勢を解いたのは領主からの伝令が来てからだった。

 けれど、その前に国境警備兵たちとの心の壁の瓦解があったので、ぼくたちは和やかに遅い昼食をとることができた。

 みぃちゃんがポーチから出て牛すじの煮込みを美味しそうに食べるのを国境警備兵たちが優しい眼差しで見守ったり、小さいキュアが猪の頭を丸ごと飲み込むのを見て仰天したりしていた。

 ポニーたちがのんびり道草を食むほどの草が無かったので備蓄牧草をのんびりと()んでいると、仕事を思い出した税関職員に馬車の荷物を調べられたりした。

「商品ごとに収納魔法を限定することで、省魔力で大容量の収納が出来るのですね」

「この魔術具は人気商品で現在品切れになっております。数年間の待ちが生じている商品です」

「収納の魔術具は抜け荷の温床になるので禁忌装備なのですが品目限定はその限りではない、となっております。ここまで大容量の申請はかつてなかったことなので判断に自信がありませんでしたが、昨年別のルートで入国されました留学生一行が同じ装備で認められていることが確認されました。問題ありません」

 公文書を共有できるような魔術具があるのだろうか?

 “……あるよ。広大な帝国全土を網羅する筆記伝達魔術具が存在しているよ”

 魔本が魔術具特許の書類を精霊言語で語りだした。

 チャットができるメモパッドのような魔術具で、保存機能がなく五分程度で消えてしまうので記録を取る専属の通信士がいるらしい。

 鳩の魔術具より便利そうだけど専属の人員が必要になるのは頂けない。

 “……ジュエルの弟の魔術具だぞ”

 ジェイ叔父さんの魔術具は痒い所に手が届く便利な魔術具なのに、今一歩使い勝手が悪く見えてしまう。

 大量殺戮兵器に繋がる軍事転用を避けようと考えているぼくには、この使いにくさにどこかしら親しみを感じてしまう魔術具だ。

「ずいぶん大量の食料を携帯している、と思いましたが、食べ盛りの子どもたちと魔獣たちが居たのでしたら、これでも足りないくらいでしょうね」

「ええ、今までの道中のように討伐依頼で魔獣や山菜を採取できればいいのですが。冒険者登録があるので、これまで通り冒険者ギルドの規定に沿った狩猟採取は認められるでしょうか?」

「ええ、それは問題ありませんが、この辺りには食用に適した山菜も魔獣もいませんね」

 それはこの地の荒廃ぶりを表していることに他ならないのに、躊躇なく言えるということはこの地域では長い間この状態が標準なのだろう。

「この地域の特産品は何でしょうか?」

 ぼくは無邪気を装って、旅路で遭遇したオレンジの味やラムの美味しさを例えに出してこの土地ならではの美味しい食材はないのかと尋ねた。

 国境警備兵たちは目をそらすように左下を向いた。

「これといった特産品は聞いたことがない」

「国境警備兵の出身地は様々でしょうから知らないこともあるでしょうね」

 気まずい空気を商会の代表者が払拭した。

「特産品という言い方が良くないんじゃないかな。地元の人たちが季節ごとに当たり前に食べているものがこの土地だけの恵みだなんて考えないでしょう?むしろ庶民が当たり前に口にしているありふれた粗食だと思えば国を守る軍人さんに提供するとは思えないな」

 自分も自領の庶民が普段口にしているものは全く知らずに育っていた、とウィルが言うと、ケニーも自嘲気味に苦笑した。

「この辺りの気候でしたら二毛作は無理ですか?」

「春まきを蕎麦にして、秋まき小麦くらいは出来そうじゃない?」

「山岳地帯を舐めてるね。雪解けの後も霜が降りるくらい冷える日があれば、せっかく植えた種が台無しだよ」

 留学生一行が本格的に農業の話を始めると、帝国軍人が笑い出した。

「帝都の噂は本当なんだな。ガンガイル王国の留学生たちは近隣農村で畑を借りて、授業そっちのけで作物を作っているらしいよ」

 驚く国境警備兵たちに商会の人たちがお肉の残りを具にしたおにぎりを配り出した。

「召し上がってみてください。この米はその留学生の少年が品種改良した米で作ったおにぎりです」

「さっきの米か、旨かったぞ。そのままでも噛みしめたら甘みが口に広がるんだ。それがな、肉汁の脂とあの旨いタレが絡むと極上の味になる。米なんて粥にして啜るものだと思っていたから、衝撃的な旨さだった」

 帝国軍人が力説したので、勤務中ですから、と断ろうとしていた国境警備の責任者の口が止まった。

「米の検閲として試食なさるのですから、これはみなさんのお仕事ですよ」

 商会代表者が言葉巧みに試食だと正当化した。

 これは仕事だ、と責任者が判断したことで国境警備兵も領主の伝令も、みんなでおにぎりを頬張った。

 うまい、うまい、とみんな涙を流さんばかりに喜んで口いっぱいに頬張った。

 たくさんお米を炊いたのでおかわりがありますよ、と商会の人たちが声をかけると、全員おかわりを希望した。

 試食の域を超えている。

「美味しい、収穫量の多い、作物を研究するとみんなが笑顔になるでしょう?この旅の途中でそこら辺に生えている草から肥料を作る研究をしていたので、ここらあたりの土地でも試してみたいのですが、領主様は許可してくださるでしょうか?」

 ぼくの言葉に伝令の瞳が輝いた。

「早速伺ってまいります!」

 こうしてぼくたちはこの領地で移動制限なく農業指導という名目で各地に回り土壌改良に協力する許可を取り付けることになった。


 帝国本土でも神々の依頼をこなす足掛かりができそうだ。


「あった。カイル!この種でいいのかい?」

「ああ、この魔力で間違いない」

 ぼくたちは検問所脇の土地を掘りおこし、魔本の知識をフル活用して魔力が少なくなった時に繁殖する草の種を採取した。

 この草の種は土地に魔力がある間は発芽せず休眠しているが、周囲の魔力が少なくなると発芽し、土地の魔力を根こそぎ奪って大繁殖し、種をばら撒き周辺を不毛の大地とし、また休眠期間に入るのだ。

 神々が世界を創り変える前に大繁殖し、生息地域を広げて永い眠りにつく終末の植物として魔本に記載されている。

 土を掘り起こしてすぐに見つかるということは、すでに発芽の予兆を見せており、発芽してしまえば周囲の植物を枯らして繁殖してしまう。

 見つけ次第駆除しなければいけないことを留学生一行で共有すると、ぼくたちは競って魔力探査の練習として種を探し始めたのだ。

 掘り起こしてしまった土地を試験農地にしていいか検問所所長に聞くと、非番の職員が今後の面倒を見るのなら、と条件を出した。

 食糧不足の国境警備兵たちがすかさず志願したので、さっそく腐葉土の作り方を教えた。

 そんなこんなで今日はここで野営することになった。

 帝国軍関係者に馬車の変形を見せてしまった方が、後々宿をとらずに野営することになった時に、どうやったか説明せずに済むだろうという打算があってのことだ。

 開墾した畑を含めて簡易の護りの魔法陣を張り、馬車の天井部分から各部屋を引き出し、快適な寝床を確保すると、夕食のカレーの準備を始めた。

 馬車の変形に帝国軍人や国境警備兵たちが驚いたのに、サラダにする野菜をその場で発芽させたことで更に驚愕させてしまった。

「新鮮な野菜が手に入らなければ自分たちで育てればいいのです」

 ウィルがそう言うと、旧王族の魔力はすさまじいな、と帝国軍人が呟いた。

 ドルジと名のった帝国軍人はあと三日ほど自由行動ができるから、ぼくたちの旅に同行したい、と申し出た。

「必要経費は頂いて宜しいでしょうか?」

 商会の代表者が即座に必要経費を計算し始めた。

「この価格でこの飯の美味さなら破格値だ。ありがたい」

「宿泊費は一部屋お貸ししますから、このくらいでいかがでしょう?」

「うわぁ。この商会は宿泊業ギルドにも登録しているのか!」

 ガンガイル王国領都で民泊を進めた時にすでに宿泊業ギルドに加盟していたから、マリアたちやユゴーさんたちから宿泊料を請求出来たのだ。

「思い付いたことを商売にするためには手数料を払ってでも多くのギルドに登録しておく必要があるのですよ」

 ここの商会はさぞ儲かっているんだろうな、俺より給料が良さそうだ、とドルジさんが嘆いた。

「国を守る軍人さん方には年金があるじゃないですか。私たちは個人で積み立てていないと、死ぬまで働くだけですよ」

 商会の人たちが笑顔で受け流した。


 カレーの香りにつられて交代した国境警備兵や検問所職員がわらわらと集まってきたので、夕食を持ち寄って一緒に食べよう、ということになった。

 国境警備所の寮の食事は豆のスープと鳥ハムとパンしかなかったが、ぼくたちは味見をさせてもらい、カレーライスを分け合った。

 袖の下を渡さないで親交を深めることができたので、多めに作ったカレーは接待交際費扱いになるようだ。

 上空を旋回していた飛竜の(つがい)はぼくたちが親睦を深めたことを確認してから山の向こうに飛んで行った。


「すげえ結界だな。こんな安心して星空を見上げているなんて、信じられないよ」

 ドルジさんは光と闇の神に捧げる聖なるキャンプファイヤーの揺れる光を浴びた顔を上に向けて言った。

「戦地での炎は命を奪う炎だ。夜に炎を眺めてこんなに穏やかになることはあり得ない……」

 遠い戦地に思いを馳せて涙を溢さないように上を向いているかのようなドルジさんの言葉にグッときた。

「亡くなった人たちの魂は天界の門に誘われて魂の練成を受けるそうですよ。ぼくの実の両親も魂の練成を受けて、どこかに生まれ変わっているかもしれないです。どこかで何かになって幸せでいてくれたらと願っています」

「カイルは孤児なのかい?」

「孤児でした。養子にもらってくれた家庭がいい家族で幸せに暮らしています」

「病気か何かだったのかい?」

「押し入り強盗に惨殺されたんです。ぼくは死んだ母のスカートの中に隠れて生き残ってしまった」

 ドルジさんだけでなく、留学生一行にもぼくの実の両親の死因を語ったことはなかったから、みんな驚いている。

「それでいいんだよ。両親たちはカイルを生かすためにとっさに隠したんだ。戦って犬死するくらいなら隠れて凌ぐことは恥じゃない」

「お前たち子どもは出来ないことは恥じゃない。経験で学びこれから強くなるんだ」

 ドルジさんとベンさんの言葉にぼくたちは力強く頷いた。

「世界平和を神々に祈って恒例の一芸披露を始めるかい?」

 キャンプファイヤーの初日に何も芸ができなかったケニーは道中オカリナを練習していたので、新入りのドルジさんに披露したいのだろう。


 ぼくたちが歌うと魔獣たちが踊り、時折精霊たちが控えめに光ったが、張り切ったロブがファイアーダンスを始めて、スライムたちが喜んで真似をし始めたので、帝国の人たちは精霊たちに気が付いた様子はなかった。

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