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飛竜たちの絆

「それで、こうして俺たちの胃袋に入ることになったんだ。処理の仕方が上手いから焼き過ぎなくても安全だ。このくらい焼けたら食べごろだよ」

 ベンさんは交代で非番の国境警備兵にそう言うとたっぷりタレに浸したカルビを取り分けてやった。

「なるほどねぇ。匂いでバイソンを森に導いたんだな。それだったら、この人数でもバイソンの群れを駆逐できるなぁ。……うまい!ああ、なんてうまい肉なんだ!!」

 ぼくたちの冒険譚に夢中になって耳を傾けていた、非番の帝国軍人は脂の滴るカルビにすっかり夢中になってしまった。

 勤務中の国境警備兵が羨ましそうに取り囲んでいる状況で、どんぶり飯を掻っ込むこの非番の帝国軍人は図太い精神の持ち主だ。

「しっかし、渡り飛竜の気配がしたと連絡が入ったときは、どうせ通過するだけだろうが一目飛竜を見てみよう、と野次馬根性を見せて駆けつけたら面白いもんが見れたよ」

 この非番の帝国軍人がぼくたちの危機を救ってくれたのだ。


 砂埃が去った後、ぼくたちの馬車を取り囲んだ国境警備兵たちが槍をかまえて近づいてくる中、ガンガイル王国の留学生一行は親善大使として旅をしている、と大声で止めに入ってくれたのがこの帝国軍人だった。

 帝国とガンガイル王国は友好関係にあり、軍の関係は現状極めて気遣いをしなければならないことを声高に主張した。

 長年帝国軍と協力関係にあったガンガイル王国が、近年派遣したガンガイル騎士団の扱いと保証金の未払いを理由に規模を縮小しており、飛竜騎士師団の派遣を拒否している現状で、親善大使の留学生一行を帝国軍が害することがあってはならないことらしい。

 国境警備兵が槍を下したので、ぼくたちは入国許可証を顔面に掲げて降車した。

 入国管理官が本物であると確認をしても、国境警備兵たちは警戒を解かず、ぼくたちを取り囲んだままだった。

 商会の人たちが、ユゴーさんたちと別れたのち出会った飛竜たちに珍しい馬車をからかうように突かれ、飛竜たちが馬車を掴んで飛び立ち山脈を越えて運ばれてしまったと、語った。

 荒唐無稽な説明に、落下したのに馬車の破損がないのはなぜだ、と警備責任者が指摘した。

 使役魔獣がとっさに活躍したから難を逃れた、とウィルが申し出て、ポケットからスライムを取り出した。

 見本を見せる許可を取り付けた後、ウィルは自分のスライムを放り投げると頂点でパラシュートに変身したスライムは馬車と同じようにゆらゆらと揺れながらゆっくりと降下した。

 原理を理解した国境警備兵たちも馬車とスライムを見比べて大きさが、と言いかけたところでスライムたちがそれぞれの主人のポケットから飛び出した。

 全員のスライムが二台の馬車の上に飛び乗って共同で大きなパラシュートに変身すると、質問の声が止まった。

 沈黙を破ったのは、ぐう~、というぼくたちの腹の虫の合唱だった。

 長時間馬車に閉じ込められていた設定のぼくたちは、ご飯の支度をしても良いか、と国境警備兵たちに許可を求めると、渋々ながらも認められてこうなった。


 上空を旋回する(つがい)の飛竜に冷凍庫から取り出したバイソンの肉の塊を身体強化したベンさんが天高く放り投げると、飛竜が上空でまる飲みした。

 あまりの腕力に呆気にとられる国境警備兵たちを尻目に、負けじとウィルがもう一つ肉の塊を放り投げた。

 高さはベンさんには負けたけれど、もう一匹の飛竜は難なくまる飲みした。

「まだまだ修行が必要だな」

「ぼくは騎士になるつもりはないので、ほどほどで良いのです」

 ウィルがそう言うと、帝国軍人が驚いた表情をした。

「お名前から察するにラウンドール公爵家のご三男でいらっしゃるのではないですか?」

「北の端のガンガイル王国のことなのに、よくご存じですね」

「そりゃあね、帝国軍人としても、個人的にも、飛竜騎士師団を保有するガンガイル王国は一目置いていますよ」

 配膳されるのを待ちきれなくて自分で焼き始めた帝国軍人は旋回する飛竜を見やって言った。

 番の飛竜はもはや警戒して、というよりは、ベンさんが投げるお肉を待っているだけのような気がする。

「現実問題として、飛竜騎士師団はゴール砂漠の戦い以来、飛竜も騎士も足りていない状態だなぁ。いや、飛竜騎士志願者はたくさんいるし、彼らの力量が足りないわけではないが、飛竜不足ではまともな訓練も出来ないんだ。以前の規模になるには俺が生きている間では無理だろう」

 ベンさんは元王立騎士団員として情報攪乱の任務でもあるのか、訳知り顔で統一されている情報を小出しに出した。

「その辺にいる飛竜を捕まえて、ってな訳に行かないことは重々知っている。というか、そこらへんに飛竜なんかいないもんだ。飛竜騎士師団以外の飛竜に遭遇する機会なんて、一生に一度だってあるかないかなんだ。飛竜らしい魔力の気配、という情報を聞いた時には飛び上がるほど驚いたよ」

 なるほど、帝国軍には空から飛来する魔力を探査する能力があるのか。

「魔力の塊の移動を探知しているから、蝗害の被害拡大を追って軍を派遣できるのですね」

 ウィルは道中に蝗害被害による難民たちがいないルートを選んで旅をしたから、予定外のルートになった、と滞在地が留学申請書からずれてしまった言い訳をした。

 そこから、バイソンの群れに遭遇して冒険者登録をしたこと、行き当たりばったりで緊急依頼を引き受けるものだから騎士志望者以外も成り行きで冒険者登録をしてしまったこと、とユゴーさんたちの事故も鳥の糞に驚いた馬が引き起こした、ただの笑い話にしてしまった。

「出国してからの冒険譚がすでに突拍子も無いな。それにしたって……信じられないな。皇帝陛下が飛竜をご所望しているのは有名で飛竜を献上すべく画策している上位貴族も多いのに、ことごとく失敗している。ガンガイル王国では飛竜騎士師団があるくらいだから飛竜を使役した民間人がいるのかと思ったが、からかわれて運ばれてきたなんて本来あり得ないけど、あったんだなぁ」

 冷凍猪の肉を投げても飛竜たちは見向きもしない。落ちてきた肉をスライムたちがジャンプして取り合っている風景に国境警備兵たちの顔が引きつっている。

 ぼくのスライムたちは、ぼくの取り皿から美味しいおこぼれをもらっているので、お肉争奪戦には参加していない。

 帝国軍人は頭を抱えながら、自分がこの報告書を書く立場じゃなくて良かった、とぼやいた。

「ガンガイル王国には飛竜を育む飛竜の里がありますから、あの飛竜たちもきっと飛竜の里の出身なんでしょうね。ぼくたちは傷付いた飛竜の赤ん坊を飛竜の里で保護した経緯があるので、帝国行きを察した飛竜たちがからかって、というより親切心で運んでくれたのではないか、と考えています」

 二回目のご飯のおかわりをしながらウィルがそう言うと、商会の代表者がガンガイル国王陛下から幼体飛竜の保護許可証を所持しているので飛竜の幼体が随行している、と説明した。

「飛竜の幼体だと!」

 帝国軍人は鼻から米粒を噴き出して立ち上がった。

 ぼくは背中に回していたキュアが入った鞄を撫でて、中で眠ったふりをしているキュアの存在を臭わせた。

「お腹が空いたら起きてきますよ。可愛いけれど大食漢なので食事代が凄いことになりますが、冒険者登録してからは害獣駆除の依頼で賄えるので助かりました」

 ぼくがそう言うとキュアが今起きました、という態で鞄から顔を出した。

 見慣れない帝国軍人を見つけると小首を傾げて、あなたはだあれ?と言いたげに目をぱちぱちさせた。

「可愛いな。飛竜の幼体♡」

 その一言に気を良くしたキュアは口角をゆっくり上げて微笑んだ。

 自分を可愛く見せる技術が上がっている。

 みぃちゃんはポーチから顔だけだし、シロは忠犬らしくぼくの足元に蹲っている。

「傷付いた飛竜の赤ん坊か……ああ、思い出した。この子の母親らしき飛竜を襲撃した連中は酷い目に遭ったらしいな。飛竜に手を出したんだから自業自得だ。飛竜に対抗できる神聖なる魔術具とやらを持ち出して母飛竜の魔法を封じたらしいが、二体の飛竜の応援が来て魔法じゃなくて物理的につぶされたらしい」

 キュアは唐突な母親の話題に、悲しげに顔を歪めてぼくの胸に顔をうずめた。

「悪かった、お前の母親の仇は二匹の飛竜……」

「この子が飛竜の里に保護されたということは、その飛竜たちは里にかかわりのある飛竜たちでしょう。飛竜の里の里長の見解ではこの子の母親は死んでいないし、この子を粗末に扱えばどこに居ても復讐に飛んで来るそうです。飛竜の聴力は素晴らしく、世界の端に居ても助けの悲鳴を聞きつけるということです。ぼくは偶々なつかれて預かっているだけですから、この子はぼくの死後に、また飛竜の里に預けられますよ」

 ぼくの発言に帝国軍人も取り囲んでいる国境警備兵たちも息をのんだ。

「まて、坊主が老衰する頃にはさすがに飛竜も巣立つころだろう?」

「飛竜の里では三世代の村人が飛竜の世話をして、ようやく巣立っていくらしいです。その時にお世話になった飛竜の里が所属しているガンガイル王国に暫しの間契約を結ぶだけらしいですよ。ぼくが老衰する頃でもこの子はまだまだ赤ちゃんですよ」

 キュアは先に死んじゃいいやだ、というように、ぼくの胸の中で顔を激しく横に振った。

「こうやって、愛情を一身に受けて育った飛竜が人間を害するはずがないのです。この子の母親飛竜を救った飛竜たちは仇を討って、人間を殺害したわけではないでしょう?」

 ウィルは誇張なく話すように帝国軍人に促した。

「ああ、死者は最初に飛竜に攻撃を仕掛けた連中だけで、その後援軍に来て二匹の飛竜たちに対峙したものたちには死者はいないようだ。羽の風圧で退けられただけだ」

「ああ、そうだろうさ。悠久の時を生きる飛竜たちにとってゴール砂漠の戦いは昨日のような出来事だ。あの戦いに参戦した飛竜たちには帝国軍は同胞だ。だからこそ帝国軍が飛竜を襲うことが許せなかっただろうし、死者を出さないように手加減もしただろう」

 ベンさんがイシマールの飛竜と嫁の飛竜の主人の逸話を披露すると、帝国軍人も国境警備兵たちも顔色を変えた。

「戦友をすべて失い、自身の左腕さえ失い故郷に帰ったイシマールさんは、厳しい冬には義手が痛むのにうちの厩舎で働いてくれていたんです。何かをしていなければ自分だけが生きのこってしまったことの後悔にさいなまれてしまう、ぼくたちのような子どもたちに教えることがあるだけで、自分が生きのこったことにささやかながらも意義が見いだせる、と語ってくれたことがありました」

 ぼくと兄貴が涙をこらえきれず俯いて瞼を抑えると、ぼくたちを囲んでいた国境警備兵たちから鼻を啜る音がした。

「ガンガイル王国とガンガイル王国騎士団の我が国への貢献を決して軽んじたり致しません。飛竜を襲った帝国を警戒するから、こうしてあの飛竜たちは私たちを見張っているのですね。そしてこの幼体の飛竜が助けを呼ぶ泣き声を上げたら、母親飛竜はおろか、退役した元飛竜騎士師団の飛竜たちが世界中から駆け付けるのですね」

 キュアの台本をここまで書き換えてくれたベンさんに感謝だ。

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