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飛竜たちといっしょ

 山脈の頂をまたぎ国境を越えるとシロがぼくの足元に現れた。

「うわぁ、シロじゃないか。どこに行っていたんだい?」

 驚いたウィルが問いかけてもシロはそっぽを向いた。

 “……ご主人様。あの妖精が探りを入れていたので、南方のディーのところに行っていました”

 ぼくたちの空飛ぶ馬車に中級以上の精霊の関与を確信したあの妖精は、兄貴を上級精霊と勘違いして土下座までしていたよ。

 “……カテリーナ妃もアルベルト殿下も精霊言語取得手前まで到達されています。私がウロウロすることでお二人を刺激しないように配慮いたしました。ガンガイル王国からついてきた精霊たちに任せておいて大丈夫だと判断いたしました”

 それにしたって消える前に説明してくれてもいいじゃないか。

 “……ご主人様は好奇心旺盛すぎですから、お二人が精霊言語取得間近だと知れば、何かと手を貸してしまいます。自力で精霊言語を取得しなければ妖精はカテリーナ妃の実力と判断しません。ご主人様の親切心でカテリーナ妃が妖精使いになる機会を逸してしまうことになったら、ご主人様が一番残念がるでしょうから、何も申し上げませんでした”

 それはシロが正解だ。

 精霊言語取得間近だと聞けば、自力で取得しなくては駄目だと聞いていても、つい態度に出てしまっただろう。

 緑の一族の族長のカカシとの初対面の時のように、泰然自若としていなければならない。

 ……できるかな?いや、顔に出るだろうな。

 何も知らなかったからこそあの妖精を捕まえたんだ。

「たまにはシロものんびりしたかったんだろう……いや、情報収集に行っていたみたいだ」

 シロに一睨みされたので、サボっていたわけではないと、真実をぼかしてウィルに伝えた。

 国境を越えたということはここからが帝国本土だ。

「……これは酷いな」

 雲の隙間から見える地上の緑の少なさに、しばし魔力の多い土地に滞在した後の留学生たちからため息が出た。

 広げるだけ領土を広げて、土地の魔力を維持できないないなんて、世界を破壊したいのかと疑われるのも当然だ。

「領土拡張後の帝国の統治方針に問題があるよね」

 ウィルの言葉に留学生たちが頷いた。

 帝国は征服後の統治を武勲をたてた上位貴族の三男四男に任せることで、軍門に下り武勲をたてれば独立できる、という出世街道を敷いた。

 だが、三男四男では礼拝室の本来の意味を知らず、征服地の城の礼拝室に入るなり即死する人物さえいたらしく、知らないと言えない貴族たちがあべこべな結界を張って取り繕っているのが現状だ。

 収穫量が下がれば次の戦争で武勲をたてたものに首がすげ替えられるだけで、前任者より収穫高を上げたと言っても元々の基準より低いのだ。

 領主は収穫高を上げることばかり目がいき、その土地独自の風習も、無益な慣習として禁止され、地方のお祭りさえ廃れ『画一的な文明化した社会』になっていったようだ。

「その土地その土地で七大神と並び称される神々がいたのに、為政者の交代のたびに土着信仰が消えて、均一化されてしまったように考察できるよね」

 教会は独立した組織のはずなのに、時の為政者を慮って声高に主張できずにいる間に、教会のトップの人事異動に伴って土着信仰も軽んじられるようになってしまっているようだ、とケニーは嘆いた。

 ……キュルル、キュルル。

 ぼくたちの勉強会が続く中、二匹の飛竜の声が聞こえた。

 ぼくの後ろにいたキュアが嬉しそうに首を伸ばした。

 今回ぼくたちの馬車が空から降りてくる筋書きは、魔獣も入れる露天風呂を作ったことで完成した台本だ。

 ぼくが温泉を掘るために地質を調査する気配を、ぼくたちの行く末を気にしていた飛竜の里出身の飛竜たちが察知して、喜び勇んでガンガイル王国側の山脈を越えようとしたのだ。

 強力な魔獣たちの襲来の気配に慌てたアルベルト殿下に、友だちが様子を見に来ただけだ、とキュアが言って話をつけてきたのだ。

 魔獣の露天風呂は飛竜も入れる大きさにすること。

 お礼としてぼくたちの馬車の山越えを手伝うことになったのだ。

 キュアの立案はとにかく雑だった。

 馬車が飛べることを帝国側に隠したいなら、馬車が飛ばされて飛んできたことにすればいい、という発想で、乗り心地や安全性なんて微塵も配慮されていなかった。

『こっちは搭乗員全員準備万端だよ』

 兄貴が無線で知らせてきた。

 後部座席で留学生一行もシートベルトを着用して汚物入れを握りしめた。

「こっちも準備万端だね」

 大丈夫だ、という声を聞に、二台の馬車が上空で待機していると、約束していた成体の飛竜二匹と合流した。

 お手柔らかにお願いします!

 ぼくは精霊言語で出来るだけ揺らさずに運んでもらえるイメージ映像を二匹の飛竜に送った。


 当初のキュアの発案では、山越えルートに入る手前から飛竜の足に馬車を捕まえてもらい、帝国まで運んでもらえば、珍しい馬車に興味を持った飛竜に捕まって落とされた、と主張できるというものだった。

 そんな無謀な発案は一笑に付されると思ったのに、商会の人たちと留学生たちは積み荷が崩れない魔法陣を検討しだした。

 積み荷の心配より人間が馬車の中で潰れる未来しか想像できない、と主張したが、積み荷が崩れない魔法陣があれば人間も潰れない、と言い返された。

 馬車での飛行が快適だったのは、ぼくが人体に負担がかからないように気を付けて飛ばしていたからだ、と強く主張した。

 アルベルト殿下に許可を取り、温泉の工事をしている離宮の上空で魔法の絨毯に留学生たちを乗せて曲芸飛行を敢行して、重力と加速力が肉体に与える負担を経験させた。

 結果、魔法陣を強化する気運が高まった。

 騎士訓練を受けていない商会の人たちにも体験してもらったのに、この流れは変わらなかった。

 みんなマゾヒストなのだろうか。

 汚物入れを抱えたまま気を失ったくせに、なぜこの案を支持するのだろう?

 ぼくは知恵を振り絞って安全に飛竜に運んでもらえる方法を考えた。

 馬車の車内を二重構造にして、飛竜に捕まれて振り回されて馬車が傾いても、内側の座席は安定した姿勢に固定されるように設計した。

 魔法の絨毯で試行錯誤する間、みんなは露天風呂の施設を充実させることで新技術開発の邪魔をしないように気を使ってくれた。

 シロが不在だと亜空間が使えないのが不便だった。

 こうして、最新設備と急上昇急加速の負担を軽減する魔方陣を備えた馬車は試作品段階で実践されることになったのだ。


 “……良い風呂ができたお礼だよ。優しく運んでやるさ”

 “……あんたの優しくは信用ならないね。そうっと足で引っ掻けるんだよ。そこのクルクル回っているやつにひっかからないようにするんだよ”

 (つがい)の飛竜らしく片方が慎重な性格のようで、連れ合いに細かく指示を出している。

「なかなかいい飛竜たちでしょう?」

 キュアがぼくの座席の背後にしがみついてそう言った。

 飛竜たちの、ちょっとや、優しくという言葉の力加減を信用していないのはキュアも一緒のようだ。

 スライムたちが精霊言語で叫んだ。

 “……飛竜接近中。捕獲されるまで、5,4,……”

 ぼくもカウントした。

「衝撃にそなえよ!3,2,1……」

 ガツンという音は聞こえたが衝撃というより、少し揺れたかなという程度で済んだ。

 この作戦の要であるスライムたちが馬車全体を薄くなって覆っており、飛竜の爪による馬車の破損を防いだ。

 飛竜に捕獲された馬車は飛行形体から通常の馬車に車体を変形させた。

「成功したね!」

 ウィルは小さくガッツポーズをし、留学生たちは歓声を上げたが、ぼくは最初の難関を越えたことに安堵の吐息が漏れた。

 みぃちゃんとキュアは予想以上にいい結果だ、とスライムたちに精霊言語で伝えた。

 ああ、二匹のスライムはよくやった。


 二台の馬車は飛竜に運ばれて帝国側の登山口上空まで飛んできた。

 ここから安全に着陸することが今回最大の難所だ。

 “……ご主人様。私が広範囲に補佐いたします。スライムたちはやり遂げられます”

 足元にいたシロが消えた。

 “……人間ってのは面倒くさいなあ。こんなことしなくても、あんたがただったら、なんだってできるだろうに”

 “……細かい規則があるから仕方ないんだよ。選択を間違うと一族全員始末されることだってあるんだから”

 人間は大変だなぁ、とこぼしながら飛竜たちは掛け声も無く唐突に馬車をポイっと放した。

 自然落下する馬車の中では衝撃防止の魔法陣が働いても体にドンと落下の衝撃がきた。

 それでもスライムたちが即座に反応し、大きなパラシュートが開く二度目の衝撃がきた。

 シロが風を操り馬車の着陸地点の登山口の検問所まで導きながら、国境警備兵たちが放つ魔力を纏った矢を薙ぎ払った。

 地上までゆらゆらとパラシュートが下降していくと、ウィルが拡声魔法で叫んだ。

「我々はガンガイル王国の帝国魔法学校の留学生一行と追随する商会だ!攻撃をやめてくれ!!」

 ガンガイル王国の国旗を馬車の窓から掲げて、敵ではないことを主張した。

「着陸する場所を開けてください。押しつぶされてしまいますよ!」

 ぼくも拡声魔法で叫ぶと、シロが小さな竜巻を起こして強制的に警備兵たちを退けた。

 土埃が立ち込める中、二台の馬車がゆっくりと落下してドシンと着陸した。

 馬車が壊れなかったのはスライムたちが素早く着地面で膨らんでエアバックのように車体を保護してくれたからだ。

 国境警備兵たちがにわか雨を降らせる魔法を使用し土埃を沈めた時には、スライムたちはぼくのポケットに戻って来ていた。

 二台の馬車は国境警備兵にぐるりと取り囲まれ、上空には二匹の飛竜が心配そうに旋回していた。

 “……威嚇してやろうか!”

 穏便に済ませるためにこんな面倒な作戦に出たんだ。

 飛竜が帝国国境警備兵を威嚇したら大惨事になってしまうだろう。

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