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あざと可愛い?

 四阿(あずまや)を出ると両殿下は急ぎの用ができた、と外で待っていた従者たちに告げて、足早に下がっていった。

 四阿を取り囲んでいた精霊たちも消えていき、商会の代表者は何とかなったのですね、と頷いた。

 心配かけてしまったようだ。


「あああ、いいね。手足をゆっくり伸ばして入れる家族風呂と来客用に男女別にした大浴場にサウナを併設するのか」

「ガンガイル王国には魔獣も入れる男女混浴の露天風呂がある所もあって、飛竜たちには大好評だよ」

 内緒話の結界を張った晩餐の席でアルベルト殿下がぼくの大浴場計画に賛同してくれると、キュアがつぶらな瞳を輝かせて大浴場がいかに飛竜たちに人気かを熱く語った。

 堅苦しくないように料理は全て給仕されており、年少のヘルムートの席の両隣にはみぃちゃんとキュアの席まであった。

 スライムたちはテーブルの上に乗ることを許され、ラムチョップをもらってみんなご機嫌だ。

「魔獣露天風呂ができて飛竜たちが立ち寄る保養所になれば、商会の飛竜の魔術具も行き来しやすくなるかもしれないですね」

 ウィルが何気なく言った一言に両殿下が反応した。

「「飛竜の魔術具?!」」

 人間が乗り込むと体に負担がかかり過ぎるから荷物を載せた飛竜型の魔術具が、地上から目視出来ない高度で飛行して、ぼくたちの食糧を運搬していることをウィルが告げた。

「帰路ではこちらの特産品を購入できると、ご注文いただけた商品の送料を割引させていただきます」

 晩餐会には商会の人たちも招待されていたので、そこから少し商談になった。

「衛生関係の魔術具は購入したいですわ」

 マリアからトイレの話を聞いたであろうカテリーナ妃が即答した。

「うちで評判が良ければ王城でも欲しがるだろう。定期的な販売があるとありがたい」

 両殿下はガンガイル王国との取引に前向きに検討してくれたようだ。

 食後にヘルムートがぼくたちと遊びたがったが、また明日、と約束すると大人しく席を立った。

 すれ違いざまにカテリーナ妃が、我が家のもう一つの宝物は礼拝室に入るなり大人しくなりました、と小声でありがとうと言われた。

 カテリーナ妃に似た魔力の多い赤ちゃんが、礼拝室で神々のご加護を得て大人しくなったのかな?

 ぼくたちは王太子一家が退出されると共に自室に下がった。


「皇帝の人格が変わったかのようになるっていう妖精の証言が正しいなら、皇帝こそがクレメント大叔父上のおしゃっていた転生者じゃないかな」

 ぼくたちの部屋に押し掛けてきたウィルが魔獣たちと一緒にベッドに寝っ転がって、転生前の人格と現世の人格が入り乱れているのでは、と多重人格説を披露した。

「クレメント氏でさえ三度も生まれ変わっているんだから、あり得ないとは言い切れないよね」

 兄貴は自分のベッドに寝そべって控えめにウィルの説を支持した。

 クレメント氏もぼくも前世の人格なんて存在していない。

 だが、同じ転生者でもクレメント氏はこの世界で転生を繰り返しているが、ぼくは明らかに異世界転生だ。

 同じようでも違っている。

「クレメント氏は前世の記憶を時折思い出すだけで、人が変わったかのように人格が変わることはないでしょう?可能性がないとは言い切れないけれど、身分が高く常に重圧に晒されている人が、恋焦がれて駆け落ちしてまで結婚した夫人の前でだけ、赤ちゃんのように無防備になれるのかもしれないよ」

 ぼくの発言に、ないないないない、と全力でウィルが否定した。

「辺境伯領主様から婚約者を奪った逸話は聞いたことがあるけれど、外国から攫ってでも添い遂げた最愛の人の前で甘えることはあっても、赤ちゃんみたいになるなんて考えられないよ。むしろ赤ちゃんの時に前世の人格に体を乗っ取られたから現世の人格が成長しないで残っているのじゃないかな?」

 その考え方も一理あるが、ぼくの頭の中に浮かんだ単語は変態紳士だ。

 絶対にそう見えないような立派な人が涎掛けをつけて美女に哺乳瓶を咥えさせてもらっている映像が、どうしても浮かんでしまう。

 強烈な映像に思わず思念がこぼれると、兄貴は盛大に噴出し、スライムたちは触手でベッドを叩き、みぃちゃんはえずき、キュアは枕に顔をうずめた。

 なになに、と慌てるウィルに、絵面を想像してごらん、と耳元で囁いた。

 あ〝っと奇声を上げたウィルも耳を赤くしてベッドにうつ伏せになった。

 お爺さんの年齢の皇帝が赤ちゃんプレイをしている姿は絵面で想像するとえげつないよね。

 皇帝が転生者かどうかはわからないが普通の人間とも思えない、ということでその晩はお開きになった。


 兄貴と朝食前に散歩がてら山の神の祠に参拝に行くと、朝露に濡れた青い芥子の中に妖精がいた。

 おはようと挨拶して祠に魔力奉納しに行くと妖精もついて来た。

 みぃちゃんとキュアとぼくのスライムが魔力奉納をすると、妖精は感心するように頷いた。

 兄貴がぼくと交代でみぃちゃんのスライムを連れて祠に入ると、妖精はぼくの正面に回り込んだ。

 昨日、上級精霊と勘違いをした兄貴に土下座をしたから、ばつが悪いとでも思っているのかな?

「おはよう。昨晩カテリーナとたくさん話したわ。……話せてよかったよ。カテリーナとは契約できないけれど、こうやってお喋りするのはよかったわ」

 妖精はそこからマシンガントークで自分語りを始めた。

 大昔に妖精仲間と蜂蜜酒で酔っぱらい次に自分が見えた人間と契約する、とうっかり言ってしまい、それでも誰でもいいわけじゃないから、魔力の多い女の子に狙いをつけて観察していたらしい。

 カテリーナ妃は魔力量も多く正義感の強い子で、何かと事を大きくする性格も好みだったようだ。

「結局カイルに見つかってしまったから、契約するのはカイ……」

 "……痴れ者が!”

 シロが激怒した思念を、魔力奉納を終えて祠から出てきた兄貴の方角から妖精にぶつけた。

「じょっ!じょ……じょ、上級精霊様!」

「落ち着きなよ。だから上級精霊じゃないって。ぼくのもっと後ろから思念が飛んで来ただろう」

 兄貴がそう言うと、兄貴の背後は山の神の祠しかないので、妖精は飛び上がって震えた。

「あのねぇ。あんたはその約束はとっくに破っていると思うよ」

 ぼくのスライムの言葉にみぃちゃんとキュアまで頷いた。

 昨日、ヘルムートは確実に姿を現す前の妖精を見ていたことを持ち出して、あんたは自分の都合の良い人間が気付くまで他の人が目撃したことを無視していただけで、絶対にもう誰かに姿を見られている、とぼくのスライムが指摘した。

「それじゃあ私は……」

「自分が契約したい人間と契約したらいいじゃない」

 みぃちゃんがそう言うと、妖精はぼくをじっと見つめた後おそるおそる兄貴を見た。

「カテリーナ妃の赤ちゃんは可愛いかい?」

 ぼくがそう声をかけると妖精は頷いた。

「自分の心は決まっているでしょう?太陽柱にぼくと一緒に居る未来はなかっただろう?」

 妖精は素直に頷いた。

 羊百頭も搔き集めさせるくらいアルベルト殿下のことも気に入っていたはずだ。

 二人の子どもたちを含めてみんなのことが気がかりでならないだろう。

 妖精の決心がついたところで、ぼくは皇帝の追加情報を妖精から仕入れた。

 ぼくたちが祠の前で立ち話をしていると留学生たちも参拝にやって来た。

 妖精はパッと消えたが、思い立ったようにウィルの眼前にスッと現れた。

「昨日はありがとう。カテリーナと仲良くなれたわ」

「よかったね。今日はマリア姫がアイスクリームを作るんだって、張り切っているから甘くておいしいものが食べられるよ」

 妖精がやったー!と喜ぶと、妖精の周りでフワフワと精霊がいくつか光った。

 この妖精はこの地の精霊たちに慕われている。

 ここに残るのが正解だ。

「おはよう。早朝から魔力奉納ありがとう」

 アルベルト殿下も早朝から精力的に庭師に指示を出していたようで、ぼくたちに気付いてわざわざ挨拶してくれた。

「おはようございます殿下。早朝からどうかされたのですか?」

「オレンジの苗木の温室と、露天風呂の候補地を見繕っていたんだ」

 ぼくはアルベルト殿下の登場に姿を消してしまった妖精の方を見て声をかけた。

「オレンジは甘酸っぱくて美味しいよ。自分の希望があるのなら、殿下に自分で申し上げたらいいんだよ」

 “……昨晩カテリーナにさようならの挨拶をしたんだもん。カテリーナはアルベルトに相談しているし、どの面下げて会えばいいのよ”

 ここに残ることは自分で伝えた方がいいよ。

 “……もどかしいなあ。背中を押してほしいのなら光りなよ”

 兄貴が精霊言語で妖精に声掛けすると、妖精は即座に光った。

「殿下。妖精は朝のご挨拶がしたいようですよ」

 兄貴は精霊のふりをして光った妖精を、摘まんで殿下の前に差し出した。

 アルベルト殿下はごく自然に右手を出して掌で妖精を受け止めた。

「おはようアルベルト。カイルがカテリーナには私が必要だって言ったから、ここに残るわ。オレンジの木は南に面したあっちがいいわね。温泉は女湯の方から山を望めるあっちがいいわね……」

 アルベルト殿下の掌の上で、左手で右肘を握り、右拳の上に顎を載せて人差し指でふくらました頬をつつき、可愛らしく小首を傾げて、途切れることなく自分の要望を述べ続けた。

 “……あれはあざと可愛いポーズで間違いないね”

 “……腰をグッと傾けるのもいいね。あれは上級技よね”

 “……長い年月人間の前に姿を現していないとは信じられないほど研究されているわ”

 スライムたちやみぃちゃんは妖精のちょっとした仕草に女子力の高さを見出して感心していた。

 ぼくはカテリーナ妃に妖精が必要だなんて言ってない。

 太陽柱にぼくと一緒に居る未来が見えなかっただろうと訊いただけだ。

 嘘をつけない妖精がそう言うということは、妖精は自分の都合の良いように人の言葉を解釈するということか。

 せっかくの皇帝の情報も妖精が解釈した皇帝でしかないということだ。

「ああ、そんなに一度に言われてもどれも即決は出来ないよ。カテリーナの意見も聞こう。どうだい?」

「ええ、いいわ。カテリーナは私の意見に賛成するはずよ。だって私はカテリーナの好みを全部知っているんだもん」

「ああ、そうだね。それでも本人の気持ちは確認しなければいけないよ」

 アルベルト殿下はそう妖精に諭すと、カテリーナ妃の元へ向かった。

「妖精はおとぎ話通りに騒がしい精霊なんだね」

 ケニーの一言に全員頷いた。


 ぼくたちは三日間ほど離宮に滞在した。

 温室や露天風呂の設計設置を手伝ったり、王都内の祠巡りを兼ねて散策したり、マリアが張り切って作ったアイスクリームを教会に奉納したり、ヘルムートと魔獣カード対戦をしたりと楽しく過ごした。

 外国からの貴賓ということで王宮に招待されて国王陛下に謁見した。

 ぼくたちはガンガイル王国の留学生らしくガンガイル王国の魔法学校の制服で揃えたが、マリアは靴まで隠れるロングドレスの正装だった。

 ぼくのスライムはポケットの中からこっそり様子を窺い、素敵なドレスだよ、と控室で待っているみぃちゃんとキュアに精霊言語でマリアのドレス姿を伝えている。

 こんな美少女と旅をしていたんだな、と感慨にふけってしまった。

「キリシア公国マリア姫を無事に送り届けてくれてありがとう。この国の精霊たちの活動が活発になったのもそなたたちの魔力奉納がきっかけだと聞いている。重ね重ねありがとう」

 陛下の言葉に代表者として答えたのはウィルだった。

「この国とガンガイル王国、そしてキリシア公国との友好の懸け橋となれたら幸いでございます」

 謝礼にたくさんの貴重な素材を賜った。

 国王陛下は気さくな方で、ぼくたちの旅の思い出を質問なさり、和やかな謁見となった。

 ガンガイル王国で国王陛下に謁見した時の騒動をつい思い出してしまった。

 普通の謁見はこういうものなんだよな。


 出発前日にはベンさんと料理長が腕を振るった焼肉パーティーが開かれた。

 温室と露天風呂の完成披露パーティーも兼ねていたので、着飾ったパーティーではなく身内を招待した気さくなもので、山越えの登山口で焼肉の香りだけ嗅いだ騎士団長も招待されていたようだ。

 美味しい焼肉の後はヘルムートと露天風呂を堪能し、妹が元気になって良かった、とぼくたちに笑顔を見せた。

「君たちを見ていると、ヘルムートはもっと年の近い子どもたちと交流をもつべきだと感じたよ」

 辺境伯領領出身者たちが洗礼式前からの幼馴染だと聞いたアルベルト殿下がしみじみと言った。

「そうですね。ぼくも幼いころは親戚との交流も少なかったので彼らを見ていると羨ましく感じます」

 ウィルはガンガイル王国ガンガイル領には幼児を鍛える秘密の訓練所があるに違いない、と学習館の存在をアルベルト殿下に匂わせた。

「ハハハハハ、幼児を鍛える秘密の訓練所かい?面白そうだね」

 アルベルト殿下が冗談だと受け取ったので、辺境伯領出身者は楽しく遊んでいただけです、と受け流した。

 楽しく遊んで、楽しく鍛えただけだもん。

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