やらかしたのは……
「あのフワフワと浮いていたのが精霊たちで、精霊たちが集まって進化したのが妖精で、妖精は中級精霊や上級精霊よりも格し……小さい、ということですのね」
カテリーナ妃が言いなおすと妖精は満足そうにうなずいた。
「現皇帝がマズいのは、魔力がとか他国との抗争がとか、なんてこと以上に、なんていったらいいのかな、とにかく変人なんだ」
妖精は漸く自分の話をまともに利いてくれる相手としてカテリーナ妃を選んだ。
「カテリーナやそこの男の子、ジョシュアみたいなのは個性的といった感じで済むんだけど、皇帝はともかく支離滅裂な変人ね。日によってまるで別人のような性格になるの」
妖精は帝国でカテリーナの縁談に皇帝の第五夫人の話が持ち上がった時点で、宮廷に忍び込み人柄を偵察したらしい。
「国政や軍を仕切る姿は、まあ、いかにも皇帝らしく威厳があるんだけど、第二夫人の前では赤ちゃんみたいになるのよ。気持ち悪いわ。ほかの夫人の元にも通うけれど、それぞれの夫人に対して別人のように振舞うわ。魔力量はあれでも帝国の結界を維持できているから、カテリーナと釣り合うとは思うけれど、夫人たちの実家が足を引っ張り合っている宮殿内で、小国出身のカテリーナが幸せになれるわけないじゃない。気持ち悪い」
この国が緑豊かで美味しいものがあるのは事実だけど、それだけでアルベルト殿下の肩を持ったわけではない、と妖精は主張した。
「独立国家で地理的に帝国の侵略もなさそうだし、キリシアの血がこっちに来るのは良いことだと思ったのよ。私が見通した未来だと、現皇帝の死後の帝国は分裂して抗争を始めるだろうから、山奥で他国の交流も少ないこの地が安全で良いところに見えたのよ」
最善策だった、と妖精は主張したが、それは自分の都合にとって、という意味だ。
「カテリーナ妃が嫁いだ後の、キリシア公国周辺地域の蝗害についてはどう予測していたんだい?」
「飛蝗は帝国軍が退治に大量の軍隊を派遣して収束させる方向に進んで、食糧難になった隣国の人々を帝国の諜報員が扇動して難民としてキリシア公国に移住させ、公国を混乱に陥れた後帝国軍が攻め込む……」
ちっとも穏便に解決しないじゃないか!
カテリーナ妃が怒りで再び輝きだすと、妖精は慌ててカテリーナとアルベルトが転移することで、にらみ合いに落ち着くから紛争は終わる、と主張した。
「両殿下が前線に向かうだけで帝国軍の侵攻を止められることは推測できるけれど、その前にたくさんの人の命が失われるよ」
ウィルがため息をついて妖精に説教をした。
「ご覧の通りに精霊や妖精は、まだ決まっていない未来を見通し、自分の都合の良い方に導く傾向があります。発生前に蝗害について知らせてくれたなら、対策も建てられるから、悪いことばかりではないのです。そういう大事なことを妖精が大事なことだと気付かなければ教えてくれません。注意深く問いただす必要があるのです」
ぼくの言葉に、隣国のユゴーさんたちを思い出したマリアが頷いた。
「そもそも、妖精がいると気付いていなければ思考誘導されていることがわかりません。注意深く自分の思考を疑ってかかることが必要なのですわ」
アルベルト殿下が唸った。
「なぜ、自分の都合の良いことばかりに目が行ってしまっているのか、疑問を持つことで思考の誘導から外れることができる、ということか」
「本来は悪いことばかりではないのですよ。街道沿いでマリア姫の一行に出会えたのも、マリア姫を好む精霊たちの導きがあったのかもしれません。ぼくたちだって知らず知らずのうちに精霊たちに影響されています」
マリアを好んでいた精霊もやらかしていたが兄貴が隠してそう言うと、妖精はいじけたように下を向いた。
「山脈から精霊たちの光の群れが見えた時からわかっていたわ。あんなにたくさんの精霊たちを集めているのに上位の精霊が居ないわけないもの。ああ、中級精霊か上級精霊がきたからお仕置きされるんだって」
「お仕置きされるようなことをした自覚があるんだ」
ウィルがボソッと呟くと、妖精は小さな足でぼくの掌を蹴飛ばした。
「南の砦が弱っているのに南の砦の一族の末裔を北に誘導したんだもん」
キリシア公国は南の砦を護る一族の末裔なのか。
わかっていたのに北にカテリーナ妃を誘導した確信犯か。
「本家が存続しているんだったら、分家の末裔に出番はないはずだけど、そこまで南は大変なのかい?」
ウィルが突っ込むと妖精は首を横に振った。
「わからないわ。私は南の砦の出身じゃないもの南の情報には限界があるわ」
シロと同じように行ったことのないところの未来まではわからないのか。
「大陸の北に魔力が集まり過ぎていることが問題なのか」
アルベルト殿下の問いの答えを持ち合わせているものは誰もいなかった。
「……どちらかといえば南の魔力量の少なさが問題なんでしょうね」
ぼくは南洋からガンガイル王国まで魔力を求めたやって来たクラーケンの例を持ち出し、人はおろか大型魔獣まで災害級な影響力を振りまきながら魔力の多い土地に移動している、と説明した。
「魔力のバランスが狂えば南は魔力枯渇で危機に瀕し、北は魔獣の襲来が待ったなしになるのか」
怪鳥チーンを警戒して王都を離れがたい事情があるのにもかかわらず山側ルートまで偵察に来た、ということは日頃から大型魔獣の襲来は警戒していたのだろう。
「ねえ、皇帝はこの世界を破壊しようとしているかに見えるでしょう?」
妖精は自分の読みが正しかったと言わんがばかりに胸を張った。
「皇帝がわたくしたちをこの地に押し込めても、バイソンはこの山脈を越えてこないから、山脈の切れ間を縫うようにバイソンの通り道があるガンガイル王国への嫌がらせのようにも見えてしまいますわ」
北の砦を護る一族への重圧として十分機能している。
「精霊たちの導きなのか、ガンガイル王国から今後数年間、帝国に重圧をかけるような人物の留学が続くのですよ。これも神のお導きなのかと考えてしまいますね」
ウィルが自分は旧王家の末裔で、次年度はガンガイル王家の本家のお嬢様の留学が控えている、と続けた。
シロが完全に姿を現さないことで、魔力を遮断しているぼくたち留学生の中で、一番魔力が多いのがいったい誰なのか、この国の人たちにバレていない。
シロばかりか魔本も黙っていることを鑑みても、この地には帝国のスパイがいるのだろう。
マリアたちは執拗に追及されない限りぼくたちの話は当たり障りのないことしか話さないだろう、という何とも言えない信頼感がある。
「ガンガイル本家といえば長女のお姫様より、長男の不死鳥の貴公子の噂は聞いたことがあるよ」
ぼくと兄貴は苦虫を嚙み潰した表情になり、ぼくのスライムとみぃちゃんとキュアは遠慮なく爆笑した。
ウィルは凄いよ。左眉を上げただけで顔色を変えなかった。
「不死鳥の貴公子についての噂の内容はどういったものでしょうか?」
ぼくは遠い昔の父さんのやらかしを思い起こして、アルベルト殿下に尋ねた。
「精霊神誕生の地の申し子のように、公子の誕生に合わせて精霊たちが現れて不死鳥を象った、と聞いている」
概ね事実だ。
「精霊の存在を目撃していなかった頃の殿下は、この話をどう思われましたか?」
ウィルは率直な感想を殿下に求めた。
「ガンガイル王国の吉事を大げさに表現している……いや、率直な感想は箔をつけるために必死になってい……ふむ……どう言ったものか」
語尾を誤魔化したが、不死鳥の貴公子誕生の逸話が眉唾物だといわれるのは、精霊たちが目撃される前のガンガイル王国内でもあったことだ。
好事門を出でず悪事千里を走る、というが、不死鳥の貴公子は完全にネタとして扱われてしまったのだろう。
「精霊たちを見た後ではそんな吉事もあり得ることだと理解しています」
カテリーナ妃が殿下の言葉を継いだ。
「精霊たちはどこにでもいるし、きっかけさえあれば姿を現します。なぜ姿を現さないのか、と考察してみましたが、つまらない、ということに尽きるのかもしれません」
ウィルが思い切った切り口で精霊たちについて語った。
「緑の一族の族長はかなりの高齢者です。精霊たちと親しくしている一族でさえ、平均寿命を超えるほど修行をしてようやく精霊たちに認められるのです。厳格に人間の成長を見極めているにもかかわらず、思いがけないような突飛なことを神々に祈りながら始めたら、精霊たちが面白がるように姿を現したのです」
ウィルの視線の先では、ウィルのスライムと砂鼠が魔獣カードを使って対戦しているのをヘルムートがキャッキャとはしゃぎながら見ている。
「なつかしいねぇ。あたいもガンガイル領城の中庭の四阿でガンガイル領主様が難しい話をしている間、子どもたちに魔獣カードの技を披露していたわ」
ぼくのスライムがそう懐かしむと、なにこれ!凄く楽しそう!捕縛されたままの妖精の瞳が輝いた。
「精霊たちは魔力の多い人間や地道に働く庶民にも、心を動かされたらお気に入りにするようで、人間の身分は気にしていません。そんな中で飛び切り楽しそうなことを始めたら一家もろとも精霊たちに愛されることになるんです」
「それが君たち一家なのか」
アルベルト殿下の言葉に兄貴が頷きながら言った。
「面白いことや楽しいことは、こうやって自然と伝播していくじゃないですか。気が付けば、ぼくたちの周りは精霊たちに愛されている人たちばかりになりました」
マリアがこくこくと頷いた。
第一印象が最悪だったユゴーさんたちも、己の願望をかなえるための旅から国を護るための旅へと目的意識が変わっていた。
「国民全員で楽しめるような新しいお祭りの時は、精霊たちも喜んでいたような気がします」
「オムライス祭りも魔獣カード大会も精霊たちがいっぱい集まってきたよね」
ウィルの言葉にキュアが真っ先に反応した。
「新しいお祭りなら何だって精霊たちは興味津々じゃないの。バイソンの町だってオレンジの町だってみんな神事になったじゃない」
みぃちゃんがそう言うと、何でも神事になったね、とウィルが笑った。
「……あのう。あのオレンジの苗木を一本頂けないでしょうか?この離宮に一本植樹したいのです」
道中マリアも大事に育てていた苗木もこの地でマリアと別れてしまえば、マリアとの絆がここで終わってしまう。
マリアの旅の記念にこの地にオレンジを植えるのも良いかもしれない。
「他の留学生たちと相談しないと何とも言えないけれど、マリア姫が大事に育てたぼくの友人のオレンジの苗木がこの地で育つのなら感慨深いな」
ぼくは具体的な場所と出自を誤魔化しながらハンスの半生とハンスのオレンジについて語った。
この場の全員が涙した。
ぼくも語りながら泣いたし、みぃちゃんとキュアも泣いた。
「南国の植物をこの地で栽培するには、ほかの植物よりとりわけ注意も魔力に必要になります」
「わたくしの居住している離宮で魔力不足はあり得ません」
カテリーナ妃が力強く言ったが、それよりぼくを安心させる要素は、この庭園の庭師が研究熱心で任せても大丈夫な人物に見えることだ。
「新しい祭りならわたしに任せてください。神々に奉納できるレベルのアイスクリームを作ってみせます!」
マリアが鼻息を荒くして、ユゴーさんの国では安定して砂糖が手に入らないでしょうがこの国では茶色くても甘い蜜があります、と主張した。
アイスクリーム?と首を傾げる両殿下にマリアがオープンキッチンを設置して実演する気満々だったので、それは今日明日ではなく追々実演しよう、ウィルが持ちかけた。
「夕飯はもう厨房で調理に取り掛かっているだろうから、急な変更はよそうよ」
あれ?ぼくも何か大掛かりなものを作ろうとしていたような……。
「そうだ!ぼくは両殿下にご相談したいことがあったのです」
ぼくはマリアが熱望しているであろう、大浴場と最新型トイレの設置を早急に検討してくれないかと両殿下に申し出た。
両殿下は最新型というところに興味を抱き、熱心に話を聞いてくれたが、ぼくのスライムとみぃちゃんとキュアが残念な子を見るような目でぼくを見た。
マリアが熱望しているかと思ったのに、外れだったのだろうか?
だけど、ここで旅路が別れるマリアだって、しばらく滞在する離宮のトイレとお風呂は快適な方がいいだろう。
ぼくの推測は間違っていないはずなのに、兄貴とウィルまで腹筋を揺らさず静かに笑っているのがわかった。
ぼくは何か見当違いをしているのだろうか?
「もう放してくれてもいいよね」
妖精がぼくのスライムに寄りかかって寛ぎながら言った。
「カテリーナ妃が呼びかけたら姿を現して、ちゃんとお喋りした方がいいよ。他人の夢を操って自分の都合の良い方に導かないって約束してくれる?」
ぼくのスライムがしっかり者のお姉さんのように妖精に色々と説教をして、ぼくたちに思考誘導をかけないように約束を取り付けた。
妖精が約束したのでぼくのスライムが捕縛を解くと、カテリーナ妃の方に飛んで行って妃の胸元で消えた。
「これが妖精の生態なのですね」
カテリーナ妃が唖然として言った。




