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精霊使いは誰だ!

 鳩の魔術具で速達を飛ばすと、騎士団からも伝令の早馬が出た。

 王太子夫妻はぼくたち留学生一行の馬車に乗りたいと言い出して、アンナさんとエリックさんを商会の馬車に移動させた。

「ポニーのアリスの蹄鉄にも秘密はありますが、お察しの通り馬車も魔術具です。町を出るまではポニーが牽引しますが、高速移動の際には専用の座席に乗り込みます」

「ポニーは馬車が魔術具であるのを誤魔化しているのかい?」

「すべての動力をポニーに頼っていないように、魔力だけを動力にしていません」

 アルベルト殿下の問いにぼく答えると、魔力の余力を残しておくためか、と殿下が呟いた。

 カテリーナ妃はアリスが可愛い、素朴な内装が素晴らしい、とはしゃいで馬車が魔術具かどうかなんて気にしていなかった。

「両殿下にはこちらの馬車にご乗車いただくうえで、ご理解いただきたいことがございます」

 ウィルの言葉にこっちの馬車に乗車する気満々の両殿下は素直に頷いた。

 この無敵カップルには恐れるものなどないのだろう。

「実はガンガイル王国出身の留学生たちの多くが使役魔獣を携帯しています。馬車の中では魔獣たちも魔力供給に協力しています。彼らが馬車の中を自由に行動することをお許しいただけないでしょうか」

 使役魔獣という言葉にカテリーナ妃の目が輝いた。

「魔獣たちか。かまわないよ」

 アルベルト殿下の一声を聞いた魔獣たちが主人のポケットや鞄から飛び出した。

 色とりどりのスライムたちにカテリーナ妃は喜び、みぃちゃんの頭の上に乗ったウィルの砂鼠も可愛いと言ってもらえた。

 だが、両殿下を一番驚かせたのは、キュアが他の魔獣たちから少し遅れて鞄から出てきたことだ。

「……飛竜の幼体ですか」

「色々と訳ありなんですよ」

 ぼくはガンガイル王国国王陛下直筆の預かり証を見せて納得してもらった。

 この場でもシロは出て来なかった。


「ああ、魔力の余力なんて気にしていられないほど魔力を吸い取る魔術具なんだな!」

 馬車が町を抜けてポニーたちが座席におさまり、馬車が魔力だけで動き始めると、肘掛の魔法陣から魔力供給をしたアルベルト殿下が言った。

 カテリーナ妃は楽しそうに、乗車した人たちが魔力を供給するのね、とはしゃいでいる。

 自らの魔力を行使しない精霊使いはカテリーナ妃で、アルベルト殿下は違うのかな?

 それにしてもカテリーナ妃一人で一個連隊、アルベルト殿下とカテリーナ妃で旅団レベルなのに、アルベルト殿下の方が魔力が低いなんてあり得ないだろう。

「この魔術具は神々の祠の魔法陣のように、魔力に余裕のある人からたくさん魔力を引き出す仕組みになっています。ですから、殿下の負担がどうしても多くなってしまいます。お手をお放しになってください」

 ウィルがそう声をかけると、アルベルト殿下が首を横に振った。

「いや、大丈夫だ。この魔力量を十歳の子どもたちが負担しているのかと思い驚いただけだ」

 個人差があると知って安心したようだ。

「マリア様がそこまで魔力を負担していたわけではありません」

「ああ、王家の結界で経験している。これは王家の結界によく似ているから本当に驚いたよ」

 兄貴がマリアを気遣うと、アルベルト殿下はすでに違う事を気にしているようだった。

「この馬車の所有者はガンガイル王国ガンガイル領主様です」

 ウィルが辺境伯領を正式名称で呼んだ。

「ああ、ガンガイル王国の本家ですね。古い魔法陣を改良したのかな?護りの結界も組み込まれているようだね。カテリーナが乗車していると、まるで走る要塞だ」

 カテリーナ妃は完全に兵器扱いされている。

 馬車や魔獣たちに興奮したのに、カテリーナ妃の頭上に積乱雲は出現していない。

 ぼくたちの視線に気が付いたカテリーナ妃が、フフフ、と笑った。

「先ほどは可愛い姪のことで頭に血が上りやすくなっていたのですよ」

 カテリーナ妃は、オホホホホ、お恥ずかしい、と言って説明してくれた。

「マリアは早産で生まれた、小さい赤ん坊でしたの。わたくしが嫁ぐ頃は多少丈夫にはなっていたのですが、遠い国に嫁いでも心配していました。マリアの洗礼式に転移の魔術具を使用して里帰りしたところ、帝国はわたくしの帰郷をキリシア公国が武装強化をした、と表明して隣国に一個連隊を派遣したのです」

 帝国がカテリーナ妃を火炎武器扱いして軍を派遣する嫌がらせをしたのか。

「キリシア公国は帝国の友好国という立ち位置の独立国家だから、カテリーナの里帰りに因縁をつけて一気に攻め込もうとしたのでしょう。私が転移でキリシア公国に行くのなら旅団を派遣する、と帝国が重ねて表明したので、カテリーナはゆっくり里帰りを楽しむ予定だったのに、マリアの洗礼式に出席するだけで帰宅しなければいけなくなってしまったんだ」

「マリアに会うのはそれ以来でしたから、顔を見ただけですっかり興奮してしまったのです。その上、魔石だ、狩りだ、と驚くような内容の話が続くものですから……」

 オホホホホ、とカテリーナ妃が体から炎が出た言い訳をした。

「こういうやつですよね」

 ウィルは掌を上向きに広げて火の玉を出して、すぐに消した。

「あら、まあ。魔法陣なしの無詠唱魔法ではありませんか!」

 自身も魔法陣なしの無詠唱で炎を出すカテリーナ妃が驚いているが、留学生たちはぼくの魔法の杖を見慣れているせいで何か仕掛けがあるのだろう、と気にしてはいなかった。

「洗礼式前の子どもが親に内緒で試してみる簡単な魔法だそうですよ。ぼくも最近ご先祖様の手記を読んで出来るようになりました」

 ウィルはご先祖のクレメント氏の話を、文献で読んだと誤魔化した。

「洗礼式前の子どもが親に内緒で魔力の塊を生成して、魔獣のように魔法を使うのか!」

 アルベルト殿下が声を荒げると、ウィルは遠い昔の話ですよ、と昔話であることを強調した。

「ああ、ラウンドール王国が存在していた時代の話か」

「そうです。もしかしたら五歳で仮市民カードが発行されて魔力奉納が可能なのも、こういった奇特な子どもによる事故を防ぐ目的があるのかもしれませんね」

 ウィルの言葉にカテリーナ妃が頬を染めた。

 そんなカテリーナ妃を愛おしそうにアルベルト殿下が見つめている。

「わたくしは赤子の頃、乳母と添い寝をしなければ夜泣きでベッドを燃やしてしまいそうになるほど炎を出したと言われましたわ」

「本能で魔力を使用できたうえに、規格外の魔力でご誕生されたのですね」

「キリシア公国では時折、わたくしのような魔力の塊の赤子が生まれてくるので、小さいながらも独立国家としていられるのです」

 カテリーナ妃の言葉に、ぼくたちは一斉にマリアを見た。

 マリアは無言で首を横に振った。

「マリアは普通の魔力量ですけれども、隔世遺伝で魔力の塊のような赤子が生まれることもキリシア公国では珍しいことではありませんから、キリシア公国の女子は留学すると縁談が引きも切らず押し寄せますのよ」

「カテリーナの場合は見るからに魔力が多い状態だからそうだっただけで、実際はもっと控えめに事が運ぶよ」

 顔を引きつらせたマリアにアルベルト殿下が、キリシア公国の女性は帝国が嫁ぎ先に口を挟むことがあるからお父上が対策なされているはずだ、と安心させた。

「わたくしのように恋愛結婚できる例は稀ですけれど、良縁を探してくださるはずですよ」

 カテリーナ妃はのろけ話に交ぜて、アルベルト殿下との結婚の経緯を語ってくれた。

 北の世界の果てと呼ばれる山脈とぼくたちが越えてきた山脈に挟まれたこの国は、帝国の北進を地形が阻む独立国家だ。

 強力な魔力を持つカテリーナ妃の嫁入りに皇帝は難色を示したが、地政学的にこの国が帝国と敵対しないことを説明し、夫婦そろって国外に出ない、という密約をすることで認められたらしい。

「皇帝の第五夫人にと求められていたところを、卒業式の舞踏会で皇帝陛下の御前なのにもかかわらずアルベルト殿下が求婚してくださいましたのよ。それはまあ、大騒ぎになりました」

 カテリーナ妃の話にマリアは胸の前で両手を握りしめ、瞳を輝かせて聞き入った。

 みぃちゃんはカテリーナ妃の膝の上でみぃちゃんのスライムを頭の上に乗せて、ぼくの頭の上に止まったキュアと、ぼくの肩の上のスライムと共に、何度も頷いている。

 女の子たちは恋バナに夢中だ。

「アルベルト殿下は、周辺諸国から買い付けた羊百頭を宮殿に連れ込んで、わたくしの宮廷入りを阻止したのです」

「我が国では縁談の持ちあがっている女性の相手方に破談を申し入れるために、羊を送る習慣があるんだ。カテリーナの価値は羊百頭ではとても足りないけれど、その時、掻き集められる限界が百頭だったのだ」

 風習や価値観は国によって違うだろうが、目録ではなく実物だとしたら、宮殿に羊百頭を持ち込むのは有難迷惑なような気がする。

「予算を羊に使い過ぎて結婚式が質素になってしまったのは残念だった」

「国民に祝福された素敵な式でしたわ」

 両殿下は思い出話に花を咲かせた。

 若い美男美女が大恋愛の末結ばれる話の落ちを、羊百頭という見るからに衝撃的な和解方法で盛り上げたら皇帝も認めざる得なかったのだろう。


 二人の話からわかったことは、皇帝の第二夫人はガンガイル王国国王の姉なのに、自分の娘より若そうなキリシア公国の姫を第五夫人にしようとするほど魔力を求めている。

 カテリーナ妃は帝国軍一個連隊を本当に召喚するほどの武力になり得る。

 アルベルト殿下と二人合わせれば旅団を召喚するというのはただの脅し。


 カテリーナ妃が特別に魔力の多い人物なのか、生まれながらに精霊たちに愛されている人物なのかは不明だ。


 シロが姿を現さないのはシロなりの意図があってのことだろう。


 ぼくはカテリーナ妃の前で精霊言語を使うのを避けた。

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