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ホットケーキ

「お城に帰らなくていいんですか?」

 ハルトおじさんは昼食も食べていくようで、食堂に当たり前のようにいる。イシマールさんもいるけど、それはぼくが誘ったからだ。

「お仕事はたくさんあるんだけど、新作があるからどうぞって、ジェニエさんからお誘いを受けたんだ」

 お婆が誘ったんなら仕方がない。今日はお婆にベーキングパウダーを作ってもらったから、ホットケーキにするんだ。砂糖は商業ギルドの差し入れだ。砂糖はかなり高価だから、甘いのと甘みを抑えてチーズとベーコンを挟むのと二種類作るのだ。

 ホットプレートはぼくでもご飯支度ができるように提案したらすぐ試作品を作ってくれた。熱伝導にこだわりがあるようで、ここでもお婆が張り切って金属を練成していた。自慢の一品のお披露目会になってしまった。後で父さんが、自分がいなかったことで拗ねるやつだ。毎度のことだけど、正直面倒くさい。

 母さんが種を少し流して温度を確認すると、おもむろに菜箸に種をつけて絵を描いていく。少し時間を置いてからお玉で種をまあるく流し込む。ちょっと説明しただけで、簡単に再現してしまう、うちの母さんは本当に器用で、すごい。

「こうして、生地の表面に小さいあわがたってきて崩れにくくなったところをこうやってひっくり返すと…」

「うわぁ…。かわいい!」

 先に菜箸で描いた絵が茶色く焦げてみぃちゃんの絵になっている。

「食べてしまうのが、もったいないですね」

 イシマールさんも感心している。

「大人には甘くない方がいいかしら」

「私は両方食べたいです。絵もかいてみたい」

「じゃあラインハルト様に焼いてもらいましょう」

 母さんもハルトおじさんに遠慮がない。そもそもうちに来過ぎていて、領の重鎮感が全くない。ハルトおじさんが立ち上がって作業をはじめると、イシマールさんも座っていられなくなる。

「何かお手伝いはありませんか?」

 ああ、イシマールさんは力がありそうだからもう一種類作りたくなった。

「お婆、みんなたくさん食べそうだからもう一種類作ってもいい?」

「そうだね。どんなのにするんだい?」

「卵白を泡立ててそれが崩れないように小麦粉を混ぜ合わせるやつがいい」

「この前ジュエルに頼んだやつね。イシマールさんなら簡単に泡立てられそうね」

 かあさんの妊娠が発覚して以来、父さんが張りきって家事を手伝うようになった。ぼくやお婆では面倒な仕事をということで卵白ホットケーキとかマヨネーズみたいに力仕事を頼んでいる。イシマールさんはハルトおじさんの隣の席は気疲れするだろうから、台所仕事も頼んでしまおう。

「なんだかよくわかりませんが、できることならお手伝いしますよ」

 お婆とイシマールさんが新たな種を作りに行っても、ハルトおじさんと母さんは競うようにホットケーキに絵を描いている。ケインは待ちきれなくて木苺のジャムをすくって盗み食いしている。これって、ハルトおじさんが焼いている限り、全部焼き終わるまで食べられないじゃないか。



 結局、卵白のホットケーキは焼き時間が長いので待っている間に焼きあがっている二種類のホットケーキを食べることができた。

 甘いホットケーキには、蜂蜜、木苺のジャム、ホイップクリーム、カスタードクリーム、甘くない方には、卵サラダ、カッティングチーズ、ベーコン、ソーセージを用意した。

 ぼくの家族はもう何度かホットケーキを食べているので、好みのトッピングは決まってきているのだが、新しい物好きのハルトおじさんは全種類組み合わせを変えて試している。イシマールさんはもともとたくさん食べるようだからつられて全種類制覇した。

「この、甘いのと、しょっぱいのを交互に食べると無限に繰り返して食べられそうな気がします」

「いや、このしょっぱいベーコンに蜂蜜をかけると、一見合わない組み合わせに思える二つの味が口の中に広がって、そこにこのベーコンの燻味やら蜂蜜の香りやらが絡んで深みもある。何て美味しいんだ。新しい味覚の発見にわくわくが止まらないね」

 ハルトおじさんは食レポがうまい。ぼくも蜂蜜ベーコンは意外といけるくちだ。

 うろ覚えの知識で、適当に養蜂用の木箱を作ってもらって放置していたら蜜蜂が住み着いていた。イシマールさんが見つけた時には木箱から蜂蜜がこぼれ出るほど入っていた。慌てて巣箱を増やしたのだがそっちにも蜜蜂が定住してしまった。だからうちは今売れるほど蜂蜜があるので、みんな気兼ねなく使える。

「この卵サラダも美味しいですね。この白身のぷりぷりした食感に絡む黄身と……何でしょうな、この酸味とまろやかな…癖になる味です、初めてだ」

 イシマールさんならサラダボール一つ分ぐらい食べられそうだ。

「毎日新鮮な卵が手に入るようになりましたから、こういうのはお手の物なんですよ。あと、その味の秘密、マヨネーズは卵白を泡立てるくらい手間がかかるから、時々しか作りませんよ」

 ハンドミキサーをお願いしたいところだが、うちの大人は全員忙しい。そのくせちょっとでも“あれが欲しい”なんて言ってしまったら、睡眠時間を削ってでも制作してしまう。最近はうかつなことを言わないように気をつけているのだ。

「にわとりってどこからもらってきたの?」

「最初の一羽目は近所の鶏舎から逃げてきたのよ。嘘みたいな本当の話なんだけど。毎日卵を産まなくなったから翌日も生まなかったら潰してしまう予定の鶏がうちの厩舎に夜のうちに入り込んでいたの。馬も気の優しい子だから、子猫たちにも優しいでしょう、黙ってかくまっていたのよ」

「俺の家もそこの養鶏家から卵を買っていたから一羽逃げた話は聞いていたんだ。ただ朝厩舎で見つけた時は驚いたよ」

「返しに行ってもらったら、命からがら逃げだして馬にかくまってもらうなんて珍しいから、うちでそのまま飼ってほしいって言われたから、ただで貰うわけにもいかないから、蜂蜜と交換したのよ。そしたら、うちの蜂蜜があまりにも美味しいからって、あんまり卵を産まない鶏をもう三羽と蜂蜜を交換することになったの。そしたらみんな毎日卵を産んでくれるから大助かりだわ」

「鶏舎は広いし飼料はうまいし、鶏にしてもここは天国ですよ」

「うちも鶏のおかげでマヨネーズもホットケーキにも卵がたくさん使えるわ」

「広い場所で飼う方が、結局は効率よく卵を産むもんなのか?」

「ラインハルト様、養鶏にご興味が?」

「いや、なに、動物の生態に興味があるだけだ。愛玩動物でも飼おうと思って。うちは子どもたちも独立してしまったから、夫婦二人の間の潤滑剤にでもなるかと思ってな」

 スライムじゃ、夫婦の会話は弾まないね。

「カイルは兎とか栗鼠をすすめてくるんだけど、低級魔獣もやっぱり捨てがたいね。ジュエルは子猫のために低級魔獣使役師を取ったじゃないか。家族のためになんかそういうのカッコイイでしょ。うちの奥さんに褒められたい」

「奥様の好みが大切ですが、自分は角を落とした一角兎がいいですね。低級魔獣にしては魔力が多いし、角を落とせば攻撃性が弱まります。自分の田舎では冬場のごちそうでしたが、妹がどうしても自分で面倒見るからと言って飼っていました。かなり可愛かったですよ。妹は魔獣使役師になって他の魔獣も飼いはじめましたが、兎はずっと可愛がっていました。魔力をあげると長生きするので多分まだ生きています」

 兎も可愛いだろうけど、これからうちには赤ちゃんも生まれるのに、新たな動物を増やさない方がいいだろうな。

「それはいいことを聞いた。さっそく奥さんに相談してみよう」

 イシマールさん、話題が子猫に移らないようにうまくそらしてくれたな。

「あら、そろそろこっちも焼けましたよ。これはふわふわで美味しそうよ」

「ぼくはもうお腹いっぱいだよ」

「ぼくもいっぱい」

「じゃあお客様に戴いてもらいましょう。この食感は衝撃的ですよ」

 食堂には香ばしく甘い香りが柔らかく満たされている。お婆は焼き目が均一に黄金色で美しい見た目の卵白ホットケーキにたっぷりとバターをかけて、二人に出した。お婆も母さんもお腹いっぱいだよね。

「「………」」

 ふたりとも口に含むなりかなり驚いている。

「「…消えました…嚙んでないのに……」」

「ふふふっ。私も初めて食べた時、口の中できえた!って思いましたわ」

「おいしいよねぇ」

 ケインはイシマールさんにいつの間にか一口貰っていて、ほっぺをまあるくして喜んでいる。ほっぺが落ちそうなのかな、ほっぺに手も当てちゃって………かわいい!

「これは素晴らしい。王都でもこんなすばらしいケーキを食べたことはない。うちの奥さんにお土産に出来ないかな?」

「時間がたつと食感がかわるから残念だけどお土産にはできません。奥様には蜜蜂の巣からつくった美容液があるのでそちらをお渡しいたしますよ。まだ試作品なので、手首あたりに試してみて問題ないようでしたらお使いください」

「ジェニエさんの軟膏は今人気なんだよね。美容目的専用なら商業ギルドの薬師部を通さなくていいから、あいつらに一泡吹かせてやる」

「私は気にしてはいませんよ。新参者なのは間違いないのですから」

「いや、あれを許しては、他の新規に始めようとする者たちが出鼻をくじかれ続けてしまう。買取で質を無視して基本価格でなんてありえない事です」

 あれ、ぼくが騎士団の事情聴取で愚痴ったから大事になった?

「後に続く人に迷惑にならないような明文化された規則ができれば十分です」

 なんかあったのかな?それで商業ギルドのひとが砂糖とか譲ってくれたんだ。こんど珍しい食品とかないか聞いてみよう。領土が海まで続いているなら海産物とか欲しいな。鰹節は無理でも昆布とか出汁になるものがいいな。

「あはははは、カイルは顔に出ているよ。なんか美味しいものくれないかなって思っていたろ」

 イシマールさんにはすっかりばれていた。

「美味しいものは、欲しいよな」

 ハルトおじさんは悪だくみしそうだ。

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