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老齢の青年

「まあ、落ち着きなさいって、魔獣だって学習すれば魔法も使えるしお喋りだって出来るのよ」

「「姉さんのお茶は美味しいですよ」」

 テーブルの上の三匹のスライムに促されて、ユゴーさんは椅子を引いて優雅に座りなおし、お茶を口に含むなり顔を輝かせた。

 香りでわかる。

 ブランデーを数滴たらしてある、大人の紅茶だ。

 犬のシロはすました顔をしてぼくの横にいるが、父さんの工房の片隅に置いてあるお酒をくすねてきたのだろう。

 領主もお酒の香りに気が付いたようで鼻をひくひくさせてからカップに手をかけた。

「これは素晴らしく美味しいおさ…お茶ですね」

 二人の様子を見てエリックさんもおずおずとカップに口をつけた。

「……とても質の良い茶葉で発酵の加減も良くお酒の香りとよくあっています」

 ディーが南方でお礼にもらったお茶をおすそ分けしてもらったが、量が少なすぎてみんなに振る舞えなかった珍品だ。

「知人からの頂き物です。ああ、お酒は父の秘蔵酒を魔獣たちが拝借していたようですね」

 自分が飲むために隠し持っていたわけではない、と言い訳した。

「で、禁断の勅令って結局何なの?」

 みぃちゃんがテーブルに右前足を乗せてウィルに尋ねた。

「うん。これはあくまで、我が家の言い伝えだけどね……」

 ウィルはラウンドール公爵領がラウンドール王国だった頃の話だ、と前置きした。

「城の内部に礼拝室と呼ばれる国を護る結界に繋がる祈りの部屋あるのはなんとなくわかるよね」

「教会設営のお手伝いをしたときに入った礼拝室と似たようなものなんでしょう?」

 みぃちゃんの問いにウィルは、ハハハ、と笑った。

「ぼくも三男だから入ったことはないよ。イザークあたりだったら未成年でも魔力奉納していそうだよね」

「イザークは苦労人だかららねぇ。姐さん風を吹かせたくなっちゃうんだよねぇ」

 ぼくのスライムが頑張り屋さんは応援したくなるんだよ、と続けると、ぼくの魔獣たちが頷いた。

 話が逸れてる、と兄貴に突っ込まれている。

「ああ、言い伝えの『禁断の勅令』は国の結界に一番魔力を注いでいる国王が『国を護る者の勅命として』と発すればその言葉に国民は逆らうことが出来ず、絶対的な命令になるんだ」

 おおおおお、と魔獣たちは感心した。

 ユゴーさんとエリックさんは初耳だったらしく、それは凄い、と他人事のように言ったが、領主はカップを持つ手が震えた。

「凄いことは凄いんだけど、この勅命を発したラウンドール国王は史実ではいないんだ。だから、勅令がくだされたとしても公文書に残せないような事か、本来勅令をくだすような事をしてはいけないものではなのかと推測しているんだ」

 ウィルのご先祖様のクレメント氏が火山に飛び込むのを誰も制止できなかったのは、禁断の勅令によって止めることを禁じられていたのかもしれない。

「『禁断の勅令』という言葉ではないが『領主令』という領民に強制的に命令を聞かせるものがあるが……。これもそうだね、まずもって使用することはないね」

 領主は息子にもまだ教えていない事だが、と言いながらも詳細を教えてくれたのは、魔獣たちがお喋りをするこの亜空間を夢の中にいるようで現実感が伴わなかったからだろう。

「領民にしか効かないが、強烈な不快感を伴い、それをしなければ死んでしまうと思うほどの強い拘束力を持つらしい。簡単に使用できないことはわかってくれるだろう?」

 そんな命令はどんな内容でもされたくない。

 スライムたちは、いやだねぇ、そんな命令を出す領主様なんて最悪だねぇ、と口々に言ったが、キュアが首を傾げた。

「悪徳領主なら領民の気持ちなんて気にせず濫発しそうなのに、どうして誰も使わないの?」

「領にいるのは領民ばかりではないから、すべての住民に効力があるわけでもなく、強権を濫発する頭のおかしい領主とみられるからかなぁ。それでも、使用しない理由としては低そうだね」

 ウィルも首を傾げると、領主だけでなく、ユゴーさんもエリックさんも心当たりがあったのか微妙な表情をした。

「……『領主令』は領主であれば出せるという訳ではない、ということかな」

 兄貴がそう言うと、領主は深く頷いた。

「この国のように、実際の国王と結界を護る影の国王がいる場合だと、わかりやすいですね。現国王が『禁断の勅令』をおくだしになっても、それは普通の勅令でしかなく、命をかけてでも成し遂げなければ、とは誰も思わないでしょうね」

 こんなこと、不敬すぎて夫婦の寝室でも言えませんよ、と苦笑しながら領主は言った。

「『領主令』は結界を満たす魔力のうち一番魔力量が多い人物が使用できますが、ハッキリ言えば護りの結界を一人の人間が維持しているわけではないので、領主だからといって発動できるわけではないのですよ。実際、私も息子二人の力を借りているし、領民たちの魔力奉納にも助けられています」

「じゃあ、領主令とやらを発動しようとしても、息子さんが礼拝室でたっぷり魔力奉納したら阻止できてしまうのねぇ」

 みぃちゃんがそう言うと、領主は頷いた。

「ああ、そうなんだ。それにね、発動した後も結界の護りの一番手でなくては効力が切れてしまう。強い強制力で人を縛り付けていたのに、命令が遂行される前にその強制力が解けてしまう。領主の命令としてその後も領民は努力してくれるだろうけれど、強い不快感を残すことになるだろうね」

 領民たちが一丸となって、不快な強制力を持つ命令を覆すべく、祠巡りを続ければ強制力から脱することが出来るんだ。

「将来的に領主一族の反感を買いそうな『領主令』は使用する利点がなさそうですね」

 ウィルがそう言うと、領主は頷いた。

「使用することがないに越したことはないが、使用する際は躊躇うな、と祖父や父から教わりました。『領地を放棄する時は躊躇うな』と」

 ウィルの顔が不意にクシャッと歪んだ。

「己の一族の保身のために領民を人質にするな、帝国に屈しても領民を売るな、領民に慕われてお前のために最後の一人まで戦い抜く、と言い出したら『領主令』を使用しろ、と。どんな状況でも、領民が生きのこるすべを模索して、全滅は避けろ、そう言われて『領主令』を教わったのです。私の祖先は帝国に屈する派閥を選びましたが、旧王家に遺恨があったわけではないのです。領民を生かす道を選んだのです」

 ユゴーさんは領主の肩を優しく叩いた。

「旧王家の血筋が残ったのも、降伏により一族全滅を避ける妥協や打算があってのことだった。……現国王家は護りの結界を維持できないことで、地方の反乱を警戒して高魔力の子どもの出現に警戒しすぎている。これでは国力を削ぐばかりだ。離宮に戻ったら現王族に限定して使用してみようかと思う」

「やったー!面白そうだね」

「離宮に至急参れ!くらいの軽いものにしておけば、長時間脅迫するわけじゃないからいいかもねぇ」

 軽いノリのキュアに、ぼくのスライムが具体的な台本を考え出した。

「それはいいですね。日頃からユゴー様の魔力を頼りにしつつ、金を出してやっているんだから文句を言うな、という態度でしたのに、今回の旅で中抜きされていることが発覚したのです。呼び出しの口実にして、ネチネチとやってやりましょう!」

 エリックさんが鼻息を荒くした。

「……儂は正直なところ年だし、もうどうでよいと考えていたところがあった。エリックを解放さえできたら、その後は現王家と刺し違えてでも対決する気でおった。それは、儂の人生の威信をかけた戦いだと考えていたが、この旅で現実を知った」

 ユゴーさんはテーブルの上のぼくのスライムを見て微笑んだ。

「礼拝室の中からも国土を感じることが出来たのに、儂は探ろうともしなかった。国土の荒廃をこの目で見るまで気が付かなかったのだ。現王家を責める前に儂には儂のすべきことがある。ただ浮いている地方の結界を繋ぐのは、老いさらばえた儂にはとても地方行脚はできないだろう。君たちの魔術具の力を借りたい」

 ユゴーさんは立ち上がってぼくたちに頭を下げた。

「私怨で王家を裁くのではなく、国土保全のために王家に協力を乞う形をとるのですね」

 ウィルがそう言うと、時々威圧ぐらい放ってもいいよ、とキュアは王家を脅す方針を諦めていなかった。

 ぼくのスライムがペシペシ、とユゴーさんの手を叩いた。

「あたいが協力してあげるから、頑張りなよ」

 顔を上げたユゴーさんはぼくのスライムに両手を差し出し、君だったのか、と震える声で言った。

「エリック、エリック!地下の魔術具から感じた魔力はこのスライムだ!!」

 ユゴーさんが興奮して目の前にいるエリックさんを大声で呼ぶと、ぼくのスライムはエリックさんの膝にポンと飛び乗った。

「ああ、これです。この魔力です。あんな地下深くまで潜れるのですか!」

 ぼくのスライムはポンポンと分裂して、テーブルの上で得意気にラインダンスを始めた。

 褒められてすっかり調子に乗っている。

「分身が魔術具で地下に潜っているんだよ。商会が販売する魔術具を地下から起動させているから、あの子も凄いけど、カイルがいるから出来るんだよね」

 みぃちゃんが呆れたように説明した。

「そうですか、それでは予算の都合で数年かけて補強しようと考えていましたが……」

 エリックさんは、ぼくが留学のための旅をしている今年しか結界の補強の機会がないのか、と残念がった。

「そうなんですが、補強する場所を考えなくては、魔力ずれによる地震が起きる可能性があるのでしたら気をつけなくてはいけませんよね」

 ぼくがそう言うと、ここから本格的にこの国の結界の補強の具体的な候補地と、周辺国の結界が脆そうな地域について地図を出して話し合うことになった。

 お茶のおかわりをみぃちゃんのスライムが注いでいるのだが、お酒の香りがきつくなっている。

 大事な話をしているのに飲ませて大丈夫なんだろうか?


 飲ませた効果は領主に出た。

 次男の孫が帝国留学中で、紛争の絶えない南方の事情を、東方の留学生たちはどう考えているのか探っているようだった。

 帝国は東西南北に領土を拡大しているが、南方の混乱が東方にも影響を及ぼし、東方各国はなるべくかかわり合いにならないように、どの国も支援に動いていないようだ。

 それどころか戦線を南方に留めておきたいばかりに、帝国に武器を提供する国もあるらしい。

 帝国北西部の属国であるこの国は武器も穀物も人員もこれ以上供出できないから、停戦の見通しが立たない現状に内心忸怩たるものがある、と愚痴っていた。

「まあ、他国はともかく、国力を安定させることが必須だ。明日王宮に戻ってからが勝負だ。ここの領に迷惑をかけないように上手く動くよ」

 ユゴーさんがそう言うと、領主は深く頭を下げた。

 明日からではなく、今晩も人形と入れ替わって離宮内を探索するのだろう。

 八十過ぎのお爺さんたちなのに全然寝ていない気がする。

「体を壊さないように気をつけてくださいね」

 ぼくがそう言うと、三人の老人が口をそろえて言った。

「「「自分たちに国の未来がかかっている!」」」

 やることをやらないうちに死んでたまるか、とユゴーさんが笑うと、エリックさんも領主も、そうだそうだ、と闘志を見せた。

 老いを感じさせないその姿は、青年たちが熱く語っている姿と遜色なかった。

 使命を持って活動する時に魔力が充実するのなら、この三人は今が青年期なのかもしれない。

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