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見せつける子ども

「ユゴー様は私の光でした。洗礼式前から身体強化を使いこなし、かくれんぼの達人でユゴー様に憧れて密かに身体強化の真似事をしていました」

 従者エリックがそう言うと、辺境伯領出身者がぼくを見てうんうんと頷いた。

「二つ年上のユゴー様は領主一族の三男でみなさん優秀なご兄弟でしたから、領の子どもたちの憧れの存在でした。でも、私にはユゴー様だけ特別に輝いて見えました」

「ああ、エリック。それはまやかしだ。儂は見せつける子どもだったのだよ」

 涙目の従者エリックに、裏国王ユゴーが首を横に振った。

「旧王家の傍系一族たちには秘密の持ち回りがあるんだ。子どもたちはみな洗礼式には魔力を阻害する魔術具を身につけさせ能力を隠し、王宮に召されるのを避けさせるのだが、誰も王宮に上がらなければ国が亡ぶ。だから順番に子どもを差し出しているのだ。持ち回りで回しているのがバレないように差し出される予定の子は幼いころから魔力を隠さず、あえて魔力を使わせてはなから耳目を集めておいて、他の子どもたちから目をそらせる役目があったんだ」

 おっと、ぼくの推測では魔力の多い子どもを教会が保護する名目で秘密結社のような組織が出来たのではないか、と考えていたのに自衛で子どもたちの魔力を隠していたのなら見当違いか。

「では、お兄様たちは魔術具で魔力量を誤魔化して洗礼式を受けたのですか?」

 ウィルもそこが気になったようで、ユゴーさんに尋ねた。

「ああ。長兄はそれで上手くいったが、次兄は魔法学校で行方不明になってしまった。一所に魔力が多くならないように調整されたんだろうな、消えてしまったよ。だが、その時儂はすでに見せつける子どもとして動いていた。次兄が失踪し、仮にこれから長兄に何かあってもエリックがいるから一族としては安泰だと思っていた。親族がそう期待していたからでなくエリックは頑張り屋だったから、兄上を支えられると本当に考えていたんだ」

 エリックさんの両目から止まっていた涙が再び溢れた。

「それでも侍従候補として離宮で再会したときは……嬉しかった。魔力奉納しかすることのない人生で、魔法を学ぶ意義などないと思っていたのに、どうやってお前を驚かせてやろうかと学ぶ意欲が湧いてきた。エリック、お前をもっと早く離宮から出してやるべきだった。ここまで引き留めたのは、儂の我儘だ。お願いだ、逃げて生き延びてくれ」

「いや、それ、美談でも何でもないよ。エリックさんが洗礼式で一族の思惑を裏切って己の魔力を披露したのは間違っていないよ。おかしいのは一族の方だよ」

 兄貴がそう言うとぼくとウィルが頷いた。

「「神様へのお披露目を誤魔化そうとしたら、ご利益が得られるわけないじゃないか!」」

 ユゴーさんとエリックさんがハッとしたようにぼくとウィルを見た。

「……神の前で謀ったものに、ご利益が与えられない……」

 王家の陰謀でユゴーさんたちの一族にだけ流行り病の致死率が高かったのは、ほぼ間違いはないだろう。

 だが、ユゴーさんたちのように馬車が転がるほどの事故に遭いながらも、ぼくたちと遭遇したような幸運がなかったのは、神のご加護がなかったせい、といえなくはない。

「洗礼式って神様への初めてのご挨拶なんですね。私も素敵なドレスを着て光の神の役を踊りまし……」

 男装設定を思い出したマルコが口を噤んだ。

「ああ、ぼくももっと楽しめばよかったのか!洗礼式ではカイルが闇の神役でぼくが光の神になったんだけど、ぼくは火の神役が本命だったし、女装することに抵抗があったから楽しめなかった。というか、途中の魔力奉納の際、カイルに魔力を引っ張られて、踊りの間に倒れないように、意識を保つのに精一杯だったよ」

 洗礼式の踊りの思い出話に辺境伯領出身者は爆笑した。

 暗く重たい話題の中で突如起こった爆笑に、それぞれが自分の洗礼式の記憶を語りあった。

 ガンガイル王国では教会の祭壇の間で子どもたち全員が踊るのは辺境伯領独特の風習で、マルコの国では教会前に特設会場を設置して選ばれた子どものみが披露する特別な踊りだった。

 この国では洗礼式の踊りは教会関係者が子どもたちに披露する踊りだった。

「ところ変われば習慣が変わるということがよくわかる例だと思います。辺境伯領出身者の優秀さを鑑みると、洗礼式できちんと神々にご挨拶して魔力奉納をした方が、その後の子どもたちの健やかな成長にはいいような気がいたしますね」

 我が子には間に合わなかったから孫に踊らせるとしよう、と商会の人たちが口々に言った。

「……一族の風習が神々のご加護を遠ざけていたのか。エリック、お前のせいじゃない。一族から短期間で魔力量の高い子が連続して排出されたことで、現王家に対抗できる魔力を有した一族として排除された可能性はある。……だが、隠していただけでは露見した時にやはり始末されてしまう。それでは駄目だったんだ。この歳になったからこそ、あの時前任者に言われた一言が心に重くのしかかる。……歪みを継続しているだけではこの国は弱体化していく」

 魔力の高い子が神々への挨拶を怠り、魔力の成長を見せれば間引きのように排除される。

 これを何世代も繰り返せばこの国の魔力が減っていくのは必然だ。

「ユゴー様。私は離宮に戻ります。私は簡単には死にません。ユゴー様より長生きして見せます」

 自信満々に答えたエリックさんは死にかけた時の夢で、これから仕掛けられる暗殺の手口を予習したので簡単には引っ掛からない、と自信満々に言った。

「ユゴーさん。こんなおじいさんを一人で生きて行けと、放り出すのはどうかと思いますよ」

 商会の人たちは離宮に閉じ込められていた世間知らずの青年が生きていくのも大変なのに、もはや身寄りのいないお年寄りを放り出しても辛い生活になるだけだから、離宮内で共に戦った方がいい、と説得した。

「……そうなのか?」

「ユゴーさんが離宮の外で一人でご飯を買ったり、洗濯したり、身分証がないのに宿をとったり出来ないように、エリックさんもユゴーさんと変わらない程度の社会性しかない気がしますよ」

 エリックは何でもできると思っていた、とユゴーさんは呟いた。

 宿が取れなかったから、スライムテントに一緒に居るのに、長年にわたり尽くしてくれた従者は完璧な人間だと思い込んでいたようだ。

 “……人形遣いの従者は戻った方がいい。離宮の中に前任者たちが足掻いた記録がいたるところにある。まだまだ学習が足りんよ”

 魔本はベッドの床下以外にも知識を継承するための記録が残されている、と知らせた。

 ユゴーさんのご先祖たちが足掻いてきた証が隠されているらしい。

「離宮の中からでも出来ることがありますよ。人形遣いの魔法をどうやって学んだのか知りませんが、魔法学校の派遣教師から学んだわけではないでしょう?あなた方の祖先はまだまだ離宮に何か隠しているかもしれませんよ」

 ぼくの言葉にユゴーさんは思い至ることがあったようで険しい顔をした。

「……儂は離宮の外に憧れて旅に出たのに、七十年以上住んでいた足元をよく見ていなかったということか。この旅は聖鳥チーンの羽も使用済みな上、エリックを解放する計画も儂の思い上がりでしかなく、何かを変える原動力はまだ離宮の中にあるなんて……」

「旅の成果はもう手にしているじゃないですか。家宝の怪鳥、聖鳥チーンの羽を取り戻し、離宮から出たことで国土の本当の姿を目に出来たではありませんか」

 肩を落とすユゴーさんに商会の代表者が、荒廃している国土を直接見た意義について語った。

「光の神の祠で結界を強化していましたよね。やはり領主一族が入れ代わったことで結界が弱くなっていたのですよね。それをユゴーさんが強化出来たことは旅をしたからこそ出来たことです」

「離宮から出て良かったですね」

「人形たちが留守番してくれるのなら、こうやって地方に赴いて結界を強化して回れば良いんじゃないでしょうか?」

「離宮の結界に魔力を注ぎながら地方の結界を強化して回るなんて、八十過ぎのおじいさんには辛すぎるでしょうね」

「人形が旅をした方が魔力の消費が少ないんじゃないでしょうか」

 留学生たちがてんでバラバラな意見を言うと、人形に旅をさせるなんて考えたことも無かった、とユゴーさんは楽しそうに笑った。

「いなくなった子どもたちが見つかれば人材不足も解消されるでしょうに」

 マルコがそう呟くとエリックさんは首を横に振った。

「私が見た夢では彼らは洗脳されておそらく戦士にされているでしょう。……この世界の歪みを正すための戦士、つまり正義のために戦っているのです。洗脳を解くことは難しいでしょう」

 精霊たちの見せた夢の情報ではぼくの情報と変わらない。

 もっと具体的な組織内部の情報が欲しいな。

 地方で活躍したディーは、より地方に送り込まれてスパイとしてあまり役に立っていない。

 “……ご主人様。南方の死霊系魔獣は確実に抑えられてきています。結果が出ているのでもう少しお待ちください”

「今すぐ人材不足を解消するためには洗礼式後の子どもたちの不審死や失踪を阻止することと、神様へのお披露目の機会を設けることじゃないかな」

 兄貴がそう言うと、それは絶対やらなければいけないことだ、とみんなが頷いた。

「子どもが活躍するのが不自然じゃなく、かつ、神々の目に留まりやすい……」

「「「「「「「「魔獣カード大会!」」」」」」」」」

 大会の上位に入るのは選手の魔力量は関係ないが、ガンガイル王国では神事を伴う決勝戦を行った。

 子どもたちみんなが神々の目にとまればいいのだから大会前に神々に祈る機会を設けるだけでいいだろう。

 娯楽として浸透したら、選手登録した子どもたちは注目を浴びるから誘拐しにくくなるだろう。

「魔法学校や孤児院に魔獣カードの基礎セットを二組寄贈し、基礎デッキの組み合わせだけで大会を開けば出場登録をするだけで手持ちのカードが無くて誰でも参加することができる!」

「注目選手の名簿を作り、大会への意気込みを選手たちに質問した機関紙を発行する魔獣カード倶楽部をつくれば選手たちの動向を追えますね」

「魔獣カード販売販促の為の鳩の郵便を商業ギルドに申請しておきましょう」

 ぼくたちが出来ることを提案すると、ユゴーさんたちは話についていけず、何のことだ、と混乱した。

 デザートの後片付けを終わらせると、基礎デッキ限定の魔獣カード大会を楽しんだ。


「荒唐無稽な話だと思ったのですが、これは子どもが夢中になること間違いなしですね」

 お開きになったスライムのテントの中で、丸く並んだスライムの寝袋にくるまったエリックさんが呟いた。

「儂も楽しかった。スライムにも、砂鼠にも負けたけど、楽しかった」

 ユゴーさんも呟いて、眠りについた。

 魔獣たちは新人にも手加減をしなかったから、護衛たちは辛うじて二、三勝したけれど、ユゴーさんとエリックさんはコテンパンにやられていた。

 今日は魔獣カードの夢を見るに違いない。


 日の出とともに目覚めたぼくは、みんなを起こさないようにそっとテントを出ると、商会の人たちはすでに起床しており、何故か国境を越えてきた鳩の魔術具を持っていた。

「おはようございます。ほかの村でも土壌改良の魔術具の設置が終わった知らせがきたので、ご相談しようと考えていたところでした」

 ぼくのスライムの分身から知らされていたので、早朝のうちに発動させてしまおうと、起床を早めたのだ。

「鳩の魔術具の国境越えが認められたのですか?!」

「この鳩の魔術具は国境門の門番の個人的な注文書を運んだだけですよ。飛竜の飴細工を十個ほどお買い上げになりたいようです」

 砂糖の販売数量の手紙が来たら追加の飴細工を販売できる、と門番に持ちかけて、国境を越えてきた鳩の魔術具に個人の手紙をつけて飛ばしたようだ。

 門番が個人的に使用するのならこの国の法的には問題ないらしい。

 蛇の道は蛇に任せるのが一番いいようだ。


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