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思い出の味

 町に到着したぼくたちは、馬車の事故で街道を塞いでいた影響でこの町の宿が埋まっていることが想像できたので、便乗している偉そうだった男と従者に、町長の家に泊めさせてもらえるように交渉した方がいい、と助言をしたら二人とも表情を硬くした。

「正式な称号も無く市民カードさえないので身元を証明できないのです」

 ああ、監禁生活とはこういうことか。

 身分証が無ければ、国外逃亡はおろか宿一つとれないのか。

「今日中に離宮に帰る予定だったのですか?」

「いいえ。ここから三つ離れた町の護衛の男の実家に泊めてもらう予定でした」

 みなさんはどちらにご宿泊で?という声にならない従者の言葉が聞こえたが、気にしないことにした。

 去年ボリスたちが取った宿の裏庭の一角を借りて野営する手筈を商会の代表者がしてくれている間に、ベンさんと留学生一行は冒険者ギルドで清算をしに行くと、従者がついて来た。


 依頼者としての清算を市民カード無しでどうするのかと思ったら、小切手帳を出した。

「やんごとなき方の冒険者ギルドでの清算方法としてよくあることだ」

 市民カードで決済すると各ギルド長クラスだとポイントを追跡できてしまうので、秘密にしたい取引の決算方法として王家や領主が発行する小切手決済を使うこともあるらしい。

 王家の裏口座を使ってあの偉そうだった男の生活費が決済されているのだろう。

「こうやって、戸籍上は居ないことにされている非嫡出子がいるのかもしれない、と考えるとむかむかするよ」

 上位貴族の愛人の子まで心配するのは魔法学校でイザークと親しくなったからだろう。

 ウィルも立場の違う相手のことを想像して憤ることができるようになったんだ。

 ベンさんは今回の決算を終わらせると、蝗害対策の魔術具を複数持ち込んだ。

 蝗害対策にぼくたちは魔術具を提供し、この魔術具を使用して飛蝗の立ち向かう冒険者を募集することにして、旅を進めるのを優先することになったのだ。

 細かい交渉をベンさんに任せて、ぼくたちが冒険者ギルドを出ると、偉そうにしていた男が護衛を従えて待ち構えていた。

「君たちは祠巡りをするはずだから、一緒に回った方が勉強になると送り出されてしまった」

「それより宿泊先は確保できたのですか?」

 ウィルが問いただすと、二台の馬車の間にテントを張れば絶対に安全だと護衛たちが太鼓判を押したらしい。

 テントで寝れるかはさておいて、この厄介な人物は、ぼくたちがこの国に入国する時期を見計らったかのように隔離されていた離宮からの大脱出を図った時点で、この土地の精霊たちがぼくに託したのは間違いなさそうだ。

 仕方がない。少し付きあおう。

 光と闇の神の祠に移動するとケニーとマルコが先に魔力奉納を済ませていた。

 ぼくも光の神の祠に魔力奉納をすると、この土地の結界は世界の理に繋がっているとは言い切れないような細く弱い結界の根だった。

「馬車に魔力を使用して、なお滞在地の祠で魔量奉納をするのですか!」

 従者と護衛たちは驚いていたが、偉そうにしていた男は、若いうちに頑張るのは良いことだ、と言った。

 幼いころから礼拝室で魔力奉納をしていたからだろう発言に、ウィルが左眉をあげた。

 偉そうにしていた男が光の神の祠に魔力奉納する前に、奉納した魔力が結界に縦にも横にも広がっていくのを意識するように、と助言した。

 無言で頷いて祠に入った男が魔力奉納を終えると、ふらつく足で祠から出ると従者が抱え込んだ。

 一つの祠の魔力奉納にしてはダメージが大きすぎる。

 ぼくは男を気にしつつも、闇の神の祠で魔力奉納をして、驚いた。

 結界の根が伸びていたのだ!

 細く千切れそうに脆かった結界の根が、世界の理までまっすぐ伸び、細かく横に伸びる根のように横の繋がりも広がっていたのだ。

 ……本物の国王の底力を見せつけられてしまった。

 ぼくが闇の神の祠から出ると、従者が笑顔で回復薬を譲ってください、と言った。

 すべての祠を回る覚悟のある目で二人の男はぼくを見た。

 この国はこの男たちが生きている間は大丈夫だ、と思わせるほど瞳の輝きが別人のようになっていた。

 回復薬を飲んだ後はふらつくこともなく、すべての祠に魔力奉納した。


「教会の登録は三歳、五歳、七歳、成人登録、と不自然な人口減少は確認できませんでした。魔法学校への進学率も人口規模からみても通常です」

 商会の代表者は商業ギルドの人口統計資料から子どもたちが消えている気配はない、と分析した。

「この町の教会の孤児院に魔力の高い子が普通に暮らしているようでしたら、心配ないかと思われます」

 真偽を確認すべく教会に向った。

 バイソンの冷凍肉を奉納し、祭壇での魔力奉納しても、教会の結界は世界の理に繋がっており、しっかりと結界を維持する司祭が運営するまともな教会に見えた。

 ぼくたちの土壌研究にも理解を示してくれて、裏庭の土の採取にも快く許可をくれた。

 教会裏の孤児院の子どもたちも焼き菓子を手土産に訪問すると、みんな笑顔で健康そうだった。

 “……ご主人様。十年単位で一人二人いなくなる程度ですと、数字上は問題ありません”

 町の規模が小さすぎて、数字に表れにくいのか。

 そもそも魔力の多い子が生まれてこなければ、失踪だって起こらないだろう。

 ぼくたちは教会を後にして間借りした宿の裏庭に戻った。


 カレーの匂いがする。

 バイソンカレーの大鍋と、ラムシチューの小鍋があった。

 ラムシチューは宿の夕食を差し入れしてもらったようだ。

 この国の裏国王?と従者たちが、二台の馬車の間にシーツでもたらしたようなテントを張ろうとしていたので、さすがにぼくも気の毒になった。

 横柄な態度をするのはそういう環境で育っただけだったし、魔力奉納するだけで結界が強化できるのはこの国の結界を維持する知識を受け継いでいるからだ。

 結界を維持するための王族教育は受けているのに、それしか教育されていない、結界を維持するためだけに生かされていた人なんだ。

 “……あたいが大きなテントを張ろうかい?”

 ぼくのスライムも気の毒に思ったのか、口の利き方に気をつけるのなら家みたいなテントを張ってもいい、と言い出した。

 どうせだったらみんなで雑魚寝できるような、遊牧民の移動住宅みたいなテントにしてもいいかな。

 女性たちは……。

「みんながテントに泊れば馬車の寝室が空くじゃないか」

 兄貴がそんなことも気が付かないのか、という呆れた顔をした。

 そっか、男子だけの合宿みたいにすればいいのか。

「何を企んでいるんだ……これはなんとも気の毒だね」

 ウィルがぼくと兄貴の視線の先を見て、同じことを考えたようだ。

「ぼくのスライムで大型テントを張って、今日はみんなで雑魚寝をするのはどうだろう?」

「希望者は馬車の寝室で寝るようにすれば、マルコたちも気まずくならずに済むだろうね」

 みんなに相談すると賛成してくれた。

 簡易の食卓テーブルや調理台を下げて馬車も幅寄せしてスペースをつくると、ぼくのスライムが丸くて大きなテントを張った。

 テントの天井に明り取りの窓もあるが、スライム自体が発光できるので中は明るく、みんなで食事が出来るようにイスとドーナッツ型のテーブルまで作り出していた。

 これは凄い、とみんな驚いたが、お腹が空いていた留学生たちは、せっせと出来上がったカレーをスライムのテントに運び込んでご飯の支度を済ませた。

 呆気にとられる裏王家の一同に商会の代表者が夕食への招待と、テントの宿泊料を交渉していた。

 金銭で清算する関係の方が気楽でいい。


 カレーライスにサラダとラムシチューという、ちょっとちぐはぐなメニューの夕食になった。

 いただきます!

 みんなで声をそろえて言うと、裏王家の一同も控えめに、いただきます、と言った。

 護衛の人たちは同席するのを当初断ったが、幼体の飛竜がいるテントは離宮より安全だというと、大人しく食卓についてくれた。

 いつもよりカレーのスパイスを控えめにしているのは、ベンさんがマルコを気遣ったのだろう。

 それでもマルコはヨーグルトドレッシングのサラダをおかわりしている。

 裏国王はスパイスの香りに鼻をひくひくさせたが、みんなが美味しそうに食べるのを見て意を決したようにスプーンでカレーを少しだけ掬って口に入れた。

「……美味しい!こんなに複雑な味がするものは初めて食べた」

 裏国王の言葉に従者は涙ぐんだ。

 生かされるためだけの食事は、味の考慮などされていなかったのだろう。

 裏国王のスプーンは止まることなくカレーを食べ続けた。

 皿を空にした後、サラダに気が付いたかのようにフォークに持ち替え、ヨーグルトのさっぱりとしたドレッシングにうんうん、と頷いている。

 従者や護衛たちも食事の味に驚きつつも、裏国王が美味しそうに食べているのを心から喜んでいるような表情をした。

 あんな我儘放題の人物なのに好かれているなんて、裏国王の生活環境がよほど酷いか、本当は部下を思いやれる人徳があるのだろうか。

 ……不思議な人物だ。

 ぼくがカレーライスのおかわりを勧めようかと考えていたら、ラムシチューの小さなお皿に手を付けた裏国王は、スプーンに掬ったスープの香りに泣きそうな表情をした。

 スープをそのまま口に含み、しばらく天を仰いだと思えば、両方の瞳から涙が溢れた。

「……うちの味だ。……子どもの頃家族で食べたシチューの味だ」

 洗礼式前の家族で暮らしていたころの懐かしい味に涙する裏国王を見て、ぼくの鼻も熱くなった。

「この地方の郷土料理だそうです。貴族の家庭でもお召し上がりになるのですね」

 商会の代表者がそういうと、裏国王は涙を拭って、ハハハ、と笑った。

「貴族とはいっても、旧王家の流れを汲む家が裕福ではなかったのは、今ならわかる。ただ、子どもの頃はラムがごろごろ入ったシチューは滅多に食べられない御馳走だった。自分の皿にお肉があると嬉しかったのを思い出したよ」

 裏国王がそう言うと従者が、うちもそうでした、と目尻を光らせて言った。

「金を払ってくれるなら、明日は朝からラムステーキを焼いても良いぜ。あんたら、この国の貴族があと数年頑張れば庶民でもラムが食えるくらい豊かな土地になるだろうよ」

 自分も貴族階級の癖にベンさんが乱暴に言った。

 知ってる。ベンさんは他人の苦労話に弱いんだ。

 人情に篤い人だから、子どもの頃に親から引き離されて、美味しい食事も与えられずに、ひたすら魔力を提供させられていた、この態度だけが悪かった裏国王に同情したことを誤魔化しているだけだ。

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