陰謀の気配
留学生一行の馬車は満席なのに、アルドさんとエンリコさんを商会の馬車に移動させてまで、偉そうな男はこっちの馬車に乗りたいと駄々をこねた。
「どうしてこんな幼児の様に我儘なんですか?」
ウィルが従者の男に尋ねると、本当の王家の王子として王宮の奥に隠され育てられたからです、とある程度予想していた返答がきた。
帝国との戦争に負けた後の傀儡王朝が新たな結界を作り直すより、旧王家の人間に結界だけ維持させることを選んだのだろう。
アルドさんたちは自分たちが譲った方が早く街移動できる、という理由で商会の馬車に乗った。
偉そうな男の護衛たちは自分たちの馬で、壊れた馬車の御者が二頭の馬のうちの片方に乗り、もう片方の手綱を引いた。
手綱はもちろん商会の人が即席で作った手綱を売りつけた。
偉そうな男は洗礼式で魔力の質の高さが露見し、裏王家の王子として親兄弟から引き離され離宮の奥の間に隠されて成長したため、常識も無ければ体力も無く、乗馬の経験は全く無いので、鞍があっても馬には乗れないだろうという話だった。
旧王家の血筋の貴族の中から、礼拝室に入れる子供を見つけては裏王家の王子として世間と隔離し、魔力供給の為だけに飼いならされているのだろう。
受難の子のハンスより酷い目に遭っているわけではないが、まともな教育を受けていないという意味では虐待されて育ったと言えるのかもしれない。
「魔法学校はどうしたのですか?」
「離宮内に教師を呼びました。一応上級魔術師の資格は取得なされました」
「教師たちは、儂は素晴らしい魔術師だ、と皆大絶賛をしておったぞ!」
ふんぞり返って儂は優秀なんだ、と威張っているが規定の魔法陣を習得しただけで合格したエセ上級魔術師の匂いがする。
「あなたの知識はあてにならなかったじゃありませんか、何が正当な王族を示す証ですか。使い古して効果のない暗殺用の羽だったじゃないですか」
ウィルのツッコミにばつが悪そうに下を向いた。
怪鳥チーンに直接話を聞きに行ったキュアが精霊言語で中継してくれた内容は、この国の旧王族にかつて精霊使いがおり、興に乗って親しくしていた時期があったが、精霊使い狩りに遭い、亡くなってしまったとのことだった。
復讐のために呪いの羽を一枚子孫に授けたが、返り討ちに遭い失敗してしまったらしい。
家宝として使用済みの羽を所持しているのは知っていたが、ほっといていたらしい。
だけど、子孫たちがたびたび呪いの羽を入手すべく怪鳥チーンの住処に羽を取りに来るのが煩わしいけど、引っ越すのはもっと面倒だから子孫たちが近くに来るたびに少しだけ懲らしめていただけだったようだ。
しかも羽を拾って酒に浸しただけでは無味無臭の毒にはならないらしい。
今回も住処を荒らしに来たのかと警戒しておいたが、かつての遺品を手にしただけで帰るのならこれ以上深追いはしないということだった。
キュアは好奇心赴くままに質問しまくり、羽ばたくだけで耕作地を枯らすという噂の真相まで質問した。
事の真相は邪神の影響下のない時代に好き勝手に繁殖していたが、邪神が封じられてこの世界の魔力の均衡が崩れた時に猛禽類の食物連鎖の頂点にいた自分たちが低級中級魔獣を狩りつくして人間に嫌われたと怪鳥チーンは分析していた。
耕作物を枯らすなんて、大地の神に喧嘩を吹っ掛けるようなことをするはずない、冤罪だ、とキュアに熱く語っていた。
怪鳥チーンはキュアに飛竜の幼体の癖に魔力が計り知れないほどあるのはどうしているんだと、詰め寄ったり、飛竜の里の現状を聞いたりしていた。
怪鳥チーンは飛竜の里の魔獣も入れる温泉の話をたいそう喜んで聞いていたが、自分たちの評判の悪さに国境を越えたら害獣扱いされて駆除の対象になるのでは、と気にしていた。
そんな怪鳥チーンにキュアは、怪鳥チーンの存在を人間たちは忘れてしまっているからちょっと大きな鷲のふりをしていたら誰にもバレない、と笑い飛ばした。
良い地脈があったら温泉くらいぼくが作る(勝手にキュアが言っただけ)かもしれないけれど飛竜の里に遊びにおいで、と世間話で締めくくってぼくたちの元に帰ってきた。
兄貴が馬語を話していてくれたおかげで、キュアがクルックーと鳴いて、ぼくがうんうん、と頷けばすべてを理解できたかのように見えたので、説明するのが楽だった。
「それでもこの羽があなたの一族の家宝であることは変わらないので大切にしてくださいね」
ぼくがそう言うと、偉そうな男の目尻がキラッと光った。
使い古しとは言いつつも、怪鳥チーンはこの地に愛着があるようで、呪いの他にもうひとつ祝福の魔法をかけてある。
大事に引き継いでいく価値のある羽だ。
ぼくの言葉に従者が鼻を啜った。
ウィルがぼくに目で合図した。
死の寸前で蘇ったこの従者が前世の記憶を思い出したか、気になって仕方ないのだろう。
天命って何だろう。
前世の記憶を思い出したのではなく、精霊たちが何か吹き込んだのだろうか?
「城の礼拝室に入れる人物がその地の主で間違いないけれど、それが歪んでいることはこの馬車の外では公言できませんが、みんな理解しています。貴方の影響力は国土全体に行き渡らなければいけないはずなのに、実際は王宮内でしかない、ということが今回の問題の根源だと推測しますね」
ウィルの言いまわしは絶妙だ。
ぼくもまだ祠に魔力奉納をしていないので、この国の護りの結界の全容を掴んではいないが、隣国と比較してお世辞にもうまくいっているとは思えない。
「この国では護りの魔力を担当する一族と政治全般を司る者が別だ、ということをみなさんはなぜ簡単に受け入れるのでしょうか?」
ハハハハハ、と留学生一行の反応にマルコが少し遅れたが同じ反応が出来た。
機能不全に陥っているのがどことは言わないけれど、国外に出てみたらそういうこともあるもんだと認識している、と留学生たちが言うと、従者が頭を抱えた。
「どうにもこうにも、どうしようもないとしか言いようがないですね。大事な国の護り手を小さな箱庭の中に押し込めていたら、向上心の限界が箱庭の中で完結してしまうから、限界突破を知らないで育ってしまうでしょうに」
ウィルの言葉に、偉そうにふんぞり返っていた男が肩を震わせた。
「それでも、この国に儂を越える完全なる魔力を持つ者はいない」
留学生たちは残念そうにため息をついた。
「この人数の護衛で外出した時点で、洗礼式で新たな魔力供給者が見つかって、面倒なあなたが野垂れ死んでも代わりがいると判断されたのだろうね」
この一言に肩が揺れたのはマルコだった。
「ぼくたちから言える忠告は怪鳥チーンの羽はなかった、として帰るほうがいいかな。貴方以外礼拝室に入れる人がいないということは、貴方以外が礼拝室に入れるようになったら貴方はどういう扱いになるのか、考えてみたらどうでしょう」
偉そうにしていた男が力なく項垂れた。
「何も説明していないのにほぼ正確に現状を推測されています」
本当の王家の証を持ち出さなくてはいけないほど追い詰められている、ということは代わりの人間がいると考えるのが普通だろう。
「離宮に新たな部屋が用意された。かつて儂に魔法を教えた人物の部屋だ。彼は儂が成人すると離宮から居なくなっていた。本当の王家の証を儂が手にしていれば、消えてしまうのは儂じゃない」
「そもそも、そこがおかしいからこの地域がこんなに魔力が少ないのですよ」
兄貴が窓の外を示して森が枯れているじゃないか、と言った。
留学生たちは頷いた。
「王族の人数が多いのは、代替えする人が確実にいる状態にしておくことも大事だけれど、魔力奉納者を確保する一面もありますよ」
大きな結界を一人の魔力で支えるなんて無謀だ、と留学生たちが口々に言うと、偉そうにしていた男の表情が固まった。
「……従者の方も礼拝室に入れるのですね」
偉そうにしていた男は無言で頷いた。
「あまりにもお帰りが遅い日がありまして、死を覚悟して扉に触れたら入れました」
「歴史のある旧家なら上流階級に広く親族がいるから不思議なことではないですよ。現為政者にとって旧王家の人数を少なくした方が扱いやすいから、洗礼式で見つかる子どもの数を絞っているのでしょう」
ウィルは言外に旧王家の血筋の子どもたちが間引きされているかもしれないと匂わせた。
帝国支配下の国々でこんなことが恒常的に行われているのだとしたら、洗礼式を担当する教会関係者が裏組織を作って子どもたちを保護しようとする動きになるのも理解できる。
表ざたに出来ない魔力豊富な子どもたちを教育する中で、多くの魔力を持つ人物たちがこの世界の矛盾を解消しようとして闇の組織が出来上がったのだろう。
世界の理に則った世界の樹立を目指す組織。
世界の理がこの世界を循環させる結界システムだという知識が失われてしまったから、頓珍漢な理念を掲げてしまったに違いない。
「緑の一族の貴公子様が子どもたちを保護されたのですよね」
飛竜の里の孤児たちのことは、ガンガイル王国でも秘密にされているから、留学生たちは従者の言葉にキョトンとした顔をした。
「教会関係者に秘密裏に育てられていた子どもたちが人体実験をされていたのを、巨大な飛竜を遣わして、孤児たちを救出し、さらに毒薬研究所を木っ端みじんに破壊したのですよね」
留学生たちは小さなキュアを見て大爆笑した。
「そんなヤバい孤児院があったらキュアなら破壊してくれそうだけど、この子はまだ赤ちゃんなんだ。飛竜の寿命は長いから、ぼくたちがお爺さんになってもキュアはまだ幼体だと思うよ」
ウィルも笑いながら誤魔化してくれた。
キュアが巨大化することをウィルは知らないから、とても自然に話を流した。
「しかし、何故そんな荒唐無稽な話が出てきたのですか?」
「緑の一族の貴公子様に治癒ま……」
「その呼び方、やめてください。ぼくはカイルといいます」
「ああ、お立場を隠されているのですね、カイル様」
「緑の一族の末裔なのは自慢してもいなければ隠してもいないし、……名前に様をつけないでください。カイルと呼んでください」
「話が進まないから、サッサとカイルって呼んであげてください」
兄貴が面倒くさそうに、先を促した。
「あ、はい。カイル……君が治癒魔法を施してくださった際、腹部から木材を引き抜く痛みに気絶した時に不思議な夢を見たのです。緑豊かな土地に育った少年が両親を惨殺された後、引き取られた家庭で新しい家族と不思議な魔術具をつくり楽しく暮らしながら、地域を豊かにしていくのです。少年は緑の一族の末裔で、滅多に誕生しない男児ながら精霊たちに愛されており、彼の行く先々で精霊たちが水辺の蛍のように集まって来るのです」
そこまではあながち間違っていない、と留学生たちが頷いた。
「そうですか。夢では私やご主人様の幼少期の自分たちが知らなかった事情もあり、緑の一族の貴公子、いえ、カイル君にあんなひどい孤児院を破壊してほしい、という願望を見たのかもしれません。夢の中でもこうして馬車に乗せていただいていましたから、つい現実と混同いたしてしまいました」
従者がそう言うと、それは精霊たちの暗示だ、精霊たちは自分たちに都合の良い未来を見せようとすることがある、と留学生たちが口々に言った。
ぼくと兄貴とウィルは顔を見合わせた。
どうやらこの従者は死にかけたけれど、前世の記憶を思い出したわけではなさそうだ。




