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怪鳥現る?

「なんて余計なことをしてくれたんだ!こんなに大勢の治療費など、儂は払わんぞ」

 回復した偉そうな男は、ベンさんやロブが治療を担当した人々を見て喚き散らした。

 冒険者ギルドに緊急依頼をしたのはこの男性だったようで、軽傷者にまで治癒を施したことに激高した。

「うるさい!依頼者に現場の指揮を遮る権限はない。怯えた馬の気配、負傷者の血の匂いが大型肉食魔獣をおびき寄せるんだ。だいたい軽傷者は傷を塞いで出血を止めただけで、完治していない。今この現状で出来る最善のことをしているだけだ」

 ギリギリまで治療せずに寝かせておいた方が万事円滑にいったかもしれん、と小声でベンさんが愚痴を言った。

「手綱の切れた二頭の馬が暴れたことで起こった事故なら、賠償責任があるのは……」

 手綱の切れた二頭の馬は同じ手綱なうえ、横転した馬車は二頭引きの馬車だ。御者台が粉々に破壊されているので確認できないが、馬がいない馬車は横転した馬車だけだ。

 軽傷者の中から二頭の馬に駆け寄って来た男性がいた。

 どうやら御者のようで、横転する前に落ちたお陰で幸運にも軽傷で済んでいたようだ。

 二頭の頭を撫でて、無事だったのか、と再会を喜んでいる。

「保障の問題は町に下がってからにしてくれよ。まずは壊れた馬車を一旦よけて、街道を通行できるようにしよう。みんな手を貸してくれ。うちの留学生たちにも手伝わせるから、もう馬車を襲うなよ!」

 ベンさんがそう声を張り上げると、聞きつけた留学生一行とマルコと商会の人たちも手伝いにやって来た。

 ぼくが街道脇に壊れた馬車を一時停車する駐車場を整備した。

 車軸の折れた壊れた馬車をみんなで押した。

 馬好きの留学生が土魔法で馬水槽を作り、馬たちを誘導して寛がせた。

 身体強化を使って、壊れた馬車を一人で牽引する強者もいる。

 壊れた馬車をどかすと渋滞はゆっくりと解消していき、この場に残るのは事故に巻き込まれた馬車の関係者とぼくたちだけになった。

 日没前に町に戻るためにどうしようか、と頭を抱える人たちに即席で直すから協力するように呼び掛けた。

 壊れた部品を土魔法で作ろうと考えていたら、商会の代表者に肩を叩かれて無言で止められた。

 ……施し過ぎてはいけない。

「魔術具を使えばいいじゃないか」

 ウィルが試験用の部品を作る魔術具の存在を指摘した。

 最近は畑づくりばかりしているので、耕運機の改良用の部品を試験使用するだけの目的で、一日で土に還る部品を製作する専用の魔術具を作っていたのだ。

 商会の代表者に相談すると、それなら安価で部品の制作を請け負うことが出来る、と価格を試算し始めた。

 日没までしか部品の強度を保証しない、という条件を飲んだ人にのみ販売することにした。

「壊れた部品の図面をかける人はいませんか?」

「この魔術具に魔力の提供をお願いします!」

 留学生たちはテキパキと一番近くの町まで辛うじて持つ程度の修復をすべく、自分たちの馬車が壊れた時用の修復の魔術具を持ち出して、魔力提供を募った。

 簡易魔法だから時間制限はあるが鋼鉄なみの強度のある部品が手に入るとあって、途方に暮れていた人たちが魔力を提供してくれた。

 馬車の部品に詳しい人がいて、淡々と図面を引く作業を請け負ってくれた。

 話の合う留学生たちと魔改造を始めようとすると、商会の人たちが、元の馬車より豪華にするな、とツッコミを入れた。

 壊れた馬車の部品をどんどん制作しては取り付けて、急がないと町に着く前に空中分解する、と言って送り出した。

「わしの馬車はどうして後回しになっているんだ!」

「馬が二頭もあるんだから馬に乗ればいいでしょう?」

「ここまで壊れてしまったら、もうほぼ車体を作り直すようなものですよ」

「土の馬車に乗るのですか?」

 横柄な男性に留学生たちと図面を引いていた男が容赦なく突っ込んだ。

 頭に血が上った偉そうな男性が、四台目の馬車を修理していた留学生に掴みかかっていこうとしたところで、遠巻きに様子を見ていた体格のいい男性二人が止めに入った。

 やっぱりあの男の護衛だったのか。

「なぜ止める!」

「「あなたに危険が及ばないようにするためです」」

 やっぱりプロは凄いな!

 留学生一行は悪意を持って暴力を振るう相手に力を跳ね返す魔術具を携帯している。

「お前たちなんてただの役立たずじゃないか!馬の暴走も止められなかったくせに」

 危機回避行動が素早いのに、馬たちの異常行動を察知できなかったようだ。

 “……あんなくさいのがふってくるなんて、びっくりしたよ”

 “……たづながきれるくらいのどくなんて、あばれたくなるよ”

 二頭の馬は道草を食べながら言い訳のような思念をよこした。

 臭い?劇薬か何かが降ってきたのか?

 “……怪鳥チーンが現れただけだろう。吐く息は臭く、糞は猛毒であらゆるものを溶かし、大繁殖したら世界を滅ぼすと言われている伝説の怪鳥で……”

 うだうだと魔本が解説を始めた。

 猛毒をまき散らす怪鳥で思いつくのは、飛べば耕作物を枯らし、糞で石が砕けたとい古代中国の怪鳥、(ちん)だけど、毒は無臭だったはずだ。

 “……ご主人様。人間には無臭でも魔獣たちにはキツイ匂いがあります。私は怪鳥チーンを存じ上げていないので、太陽柱で見た鳥が怪鳥チーンだとは断定できません”

 転生前の伝説では羽を酒に浸して皇帝に飲ませて毒殺する猛毒だったような……。

「上空に鷲のような鳥がいたのは確認していましたが、鳥の糞であんなに馬が取り乱すなんて危険予知の範疇を越えています」

 ぼくはなんだか嫌な感じがして魔力探査をもう一度した。

 さっきは逃げた馬を探すことしか考えていなかったから、今度はきちんと上空に意識を集中した。

 ……いた。

 二羽の番の鳥の気配がぼくたちを警戒するように茂みの向こうで待機している。

 繁殖したら世界が滅びる怪鳥……裏を返せばなかなか繁殖しない希少な野鳥なのかもしれない。

 “……まあ、どんなことをして世界を滅ぼしたか記録がない時点で眉唾物だな。飛竜のように人間社会と接点がないから、忌み嫌われているか、土地の魔力が少ないときに人里に現れるから滅びの怪鳥と言われるのかもしれない、と考察した記述もある”

 滅多に繁殖しない怪鳥の卵泥棒なんてしたら猛毒の糞をかける以上の攻撃をしてくるだろう。

 何より、護衛が鳥を危険視していなかったことからも、怪鳥の巣を襲撃したわけではないだろう。

 “……あいつ、左胸ポケットに何か隠している”

 魔本とシロの精霊言語を聞いていた兄貴が、偉そうな男の胸元を見て伝えてきた。

 ウィルは切れた馬の手綱を検分して、溶けるように劣化して引き千切られているようだ、と言った。

「鳥の糞が手綱を溶かすほどの毒性を持っていたら、その鳥の内臓が溶けそうな気がする」

 鶏糞の研究もしているケニーが呟いた。

 ぼくは溶かすと言えば強い酸性を思い浮かべるのだが、尿酸は結晶化して体内で悪さをするイメージしかない。

 鳥の糞は車の塗装と相性が悪かったような気がするから、やっぱり酸性かな。

 “……わたしが直接訊いてこようかい?”

 キュアが外に出たくてうずうずしているのか、怪鳥を見たいだけなのか、今にも飛び出そうとしたが、目立っても面倒なことになりそうだ。

 町までついて来るなら訊いてみようかな。

 今は取り敢えず関わり合いにならないでおこうよ。

 ぼくの意見に、そうだそうだ、ほっとこう、とみぃちゃんとスライムたちが賛成した。

 偉そうな男は、救護の騎士団が来ない、冒険者ギルドは役立たずだ、と罵っている。

「騎士団は知らんが、冒険者たちは街道の通行が復旧したのを見ただけで、もう金にならんと判断して引き返すだろうね」

 図面引きを請け負ってくれた男が、そんな常識も知らないのか、と言いたげな強い口調で言った。

「騎士団の派遣が遅いのは、貴方がどうにかなった方が都合の良い方がおられるからですよ」

 護衛の一人がボソッと言った。

 嫌われていそうだもんね。

「私たちに出来るのはここまでです。貴方の馬車が起こした事故による怪我人の救護、街道の通行を復旧させたので、緊急依頼は達成しています。支払いは町の冒険者ギルドで済ませますから、これにて我々は退散します」

 ベンさんがそう宣言する、とぼくたちは使用した魔術具を抱えて自分たちの馬車に走った。

「ままま、待ってくれー!その馬車に儂ものせてくれ!」

「図面を引いてくれた男性は私たちの馬車に乗る予定で最後まで仕事をしてくれたのです。貴方は関係ありません!」

 商会の代表者が振り返って拒否した。

「ま、待てぇぃ。わ、儂はお前たちを国外追放に出来る権限を有しているんだ!」

 その言葉に全員が振り返ると、護衛たちと従者たちが、言ってしまった、という渋い顔をしていた。

「ご自分の顔を記念硬貨になさっているわりに、似ていませんね」

 商会の代表者は男の正体を察していたのに、あえて無視をしていたようだった。

「国外退去にするのなら、サッサと自分たちで出ていきますよ。この国のいくつかの地域で招待を受けていたけれど、ぼくたちは別に行かなくても都合が悪くはありませんからね」

 ウィルは歯に衣着せずに言った。

「素性を隠さなければいけない場合があるのは理解できますが、怒りっぽい人と同行したがる人はいませんよ」

「命の恩人に対して態度が悪すぎます」

「治療を後回しにしたということは命に別条がなかったからだろう!」

「治療しなければ歩けなくなっていたどころか、ウンチを踏ん張ることだって出来なかったかもしれないのに……」

 男が反論しても留学生たちが立て板に水とばかりにするすると苦言を言うと、さすがに自分の悪態に気が付いたようだ。

「申し訳ない。乗せてください。……儂は裸馬に乗ったことがないんだ」

「歩けばいいじゃないですか。最小限の護衛しかつけなかった時点で、最悪の事態を想定していないなんてことはないでしょう?」

 兄貴もなかなか辛辣だ。

 関わりたくないけれど、ぼくたちが馬車に乗ろうとした時に、怪鳥が茂みから飛び出していた。

「胸ポケットに入れているものを出してください。貴方が小走りしただけで、二羽の鷲っぽい鳥がまた上空を飛び始めましたよ」

 ぼくがそう言うと、男は顔色を変えて胸ポケットに手を置いた。

「これは儂が正当な王族であることを証明するためのもので、あの鳥たちから奪ったものではない」

「でも付きまとわれているということは、無関係でもないようですね」

「生態がハッキリしていない魔獣は人間より長生きしている可能性があります。貴方が関係ないと思っていても、あの鳥たちには関係があるんでしょうね」

「どういういわれで、それ入手したのか、なぜ自宅で保管していないのか、心当たりがないのですか?」

 子どもでもわかりそうなものなのに、と留学生たちが首を横に振った。

「聖鳥チーンは我が一族を象徴する鳥だ」

「怪鳥か、聖鳥かはどうでもいいけど、一族を象徴する鳥が番で襲ってくる時点でおかしいよね」

「襲われていない!手綱に糞をかけられただ……」

 偉そうな男が喚いたが、一番重傷だった従者が男の裾を引くと急に黙り込んだ。

「この方々は敵ではありません。そんなに山荒の様に棘をたてなくてもあなたが結界の護り手である限りそれなりに扱ってもらえます」

 従者はぼくの前に歩み寄ると、跪いた。

「あなたの治療のお蔭で、一命をとりとめたどころか、私の天命を知ることが出来ました。伝説の緑の一族の貴公子に命を救われるなんて、運命の神に感謝いたします」

 緑の一族へのお礼の言葉に、神々へに感謝を述べるということは、以前緑の一族に救われた人々の末裔の中でもかなり正確に情報が伝わっているのだろう。

 カカシは礼に金品は求めないが、神々への祈りを怠るな、と伝言を残している。

「……真の国王陛下は貴方なのですね」

 ぼくがそう言うと、その男は否定も肯定もしなかった。

「称号に意味はないのです。ただ守るべき結界があるだけです。私はそれを守り続ける一介の人間に過ぎないのです」

 商会の代表者は観念したようにため息をついた。

「馬車にお乗りください。お話は町についてから伺いましょう」

「ちょっと待った!馬車に乗せる前に怪鳥チーンの話を聞かないと安心できないよ」

 ぼくがそう言うと、鞄の中でじれったい思いをしていたキュアが飛び出して、怪鳥に向って一直線に飛び立った。

 飛竜の幼体!と驚かれるのは毎度のことだ。

「緑の一族の貴公子の前では王家だ、王族だなんて意味のないことですよ」

 従者だと思っていた男の言葉に、なぜか全員頷いた。

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