次の国へ
マルコの叔母さんの嫁ぎ先の国に行くまで、ぼくたちはこの調子で、滞在先での教会で新しい神事を企画し信頼できる人を探して結界強化の魔術具の委託販売を続けることにした。
そうこうしていると、地中のぼくのスライム分身が、最初に売りつけた魔術具が五つとも予定地点に埋められた、と連絡してきた。
ぼくたちは馬車で移動中だったので、鳩の魔術具を飛ばして魔術具を発動させることを町長に知らせた。
鳩の魔術具の使用許可は結界強化の魔術具の有用性に着目した農業ギルドと商業ギルドが共同でこの国の王宮に直訴したことで、火急の決議でこの魔術具の発動の連絡に限り認められたのだ。
上手くいけば今期から税収アップが見込めるのだ。
もたもたしていたら収穫高に影響するとあって、ありえない速さで陳情が通ったらしい。
ここは国境の町の手前だ。
国境の町で仲介役になってくれそうな人が見つからなければ、次はこうはいかないだろう。
購入した農村は農業ギルドから借り入れして購入したらしいので、是非とも早めに成果を出してあげたい。
休憩で街道脇にそれた時に実行することにした。
ポニーのアリスたちが道端の草を食む。
留学生のスライムたちが周辺の土地の探索に出かけていき、マルコがオレンジの苗木の鉢を馬車から降ろして日差しを浴びる位置に並べている。
ハンスのオレンジの苗に、ハンスの国の魔力を整えてあげるからね、と挨拶すると、風を受けて葉を揺らしながら囁くように思念を送ってきた。
“……ありがとう”
ぼくはオレンジの生態系を越えたところに君たちを運ぶかもしれない。だけど、魔力の少ないところに移植はしない。
“……いいよ。つれていってよ。しんてんちにいくよ”
ああ、美味しくなった果物は鳥に食べられて種を運んでもらうように、運命をぼくに託してくれたんだ。
この子たちにふさわしい土地を用意してあげられたらいいな。
“……準備万端だから、始めようよ!”
ああ、始めよう。
ぼくのスライムがポケットから大地にドスンと飛び降りた。
ぼくは片膝を地面についてぼくのスライムを両手で触れた。
キュアがぼくの真上を飛び、犬型のシロはぼくの傍らで伏せた。
みぃちゃんがぼくの真似をして前足二本をぼくのスライムに触れた。
協力してくれるようだ。
ぼくのスライムの分身に魔力を流すと、地中にいるぼくのスライムに届き、地中から五つの魔術具に向けて世界の理から草の根が逆方向から成長していくように結界の根をのばした。
五つの魔術具に届くとそのまま村の結界に結び付いた。
役目を終えた魔術具たちはチビ土竜になり、あらたな魔法陣を描くのに丁度いい場所まで移動した。
魔術具の販売数に合わせて委託料の利率を上げたのは、最低でも三つ売れてほしかったからだ。
一つなら、世界の理とのつながりが一点の線でしかなく、不安定すぎる。
二つなら、二点を繋ぐ一筋の結界の線が地上に作用し、地中の世界の理にむけて三角の面を作用域として結界を補強するだけだ。
一つの時よりは確かに強固かもしれないが、それもまだ諸刃だろう。
三つで、ようやく三点の地上に繋ぐ面ができ、世界の理とその土地の結界を結び付けるだけでなく、地上には逆三角錐の立体的な結界で強化することが出来る。
浮かんでいた結界に根と共に、周囲の結界と連動しやすくなる。
五つも魔術具を仕込めたお蔭で、結界の面積が増え、より複雑な魔法陣を構成することが出来た。
この国の王家が張らなければいけない結界を、周辺の地域だけ強化した形になってしまった。
国の結界が崩れても世界の理と繋がっている地方の農村は結界を維持できるだろう。
ぼくとぼくの魔獣たちの周りを一陣の風が吹き抜けた。
良い位置に結界が張れたと、風の神の僕の精霊たちに褒められたようだ。
「上手くいったようだね」
風が去りぼくが立ち上がったことで、魔術具が上手く発動したことを察したウィルに声をかけられた。
「ああ。問題なく作動したよ」
“……あたいの分身は次の魔術具の発動位置まで地下で移動するつもりだよ”
結構な距離があるはずだけど大丈夫なのかな。
“……ご主人様。神々のご加護で分身のスライムは魔力枯渇を起こす心配はありません”
それならそのまま地中を移動しても大丈夫そうだ。
「何が起こったのかよくわからないのに、何か凄いことがあったように感じて胸がざわつくのです」
マルコがぼくに近づきながら言った。
「そうだね。凄いことは地下で起こっているだけだから、地上はなにも変わらないよ。変わっていくのはこれからだもん」
「上級魔法学校卒業相当まで学習済みだと聞きましたが、アルドもエンリコもそんなことできません。どうしたらそんな凄いことが出来るようになるのですか?」
マルコが信じられないものを見るような眼差しをぼくに向けた。
「じつはね、大事なのは初級魔法学校で学ぶ範囲なんだ。魔法の勉強がしたくてたまらなかった初級魔法学校入学当初、年齢制限で光と闇の神の魔法陣を学べなかった時に、ウィルから借りた魔法書に、基礎魔法を極めろ、と記載されていたんだ。魔法の極意が神々の記号配置なんだから、初級魔法を極めると効率のいい魔法の使い方が見えてくるよ」
ウィルが、ああ、あの本ね、と懐かしがった。
「おまえら、飯が出来たぞ!」
ベンさんの一声でぼくたちはみんなの元に急いだ。
チーズの焼けた匂いと石窯でわかる。
ピザは熱いうちに食べなくては!
簡易のテーブルの上にはたくさんのピザの大皿が並んでいた。ラザニアまである。
張り切り過ぎだよ、ベンさん!大歓迎だ!!
薄い生地はマルゲリータだ。バジルの香りが食欲を掻き立てる……。
お腹に溜るもっちり生地には、照り焼きチキンマヨコーン!コッテリの王道……!
誰だ!ピザの上にナポリタンとチーズをたっぷり載せたやつは!!
これは……間違いなく美味しいやつだ……!にしても、どうやって切るんだ。
……麺がピザからこぼれ落ちるじゃないか!
ぼくたちは口の周りをケチャップやらマヨやらでべとべとにしながら、美味しいピザを行儀なんて一切気にすることなく堪能した。
「魔法をこんなに便利に使うなんて、なかなかなれませんね」
後片付けで石窯まで解体してしまい、粗熱を取った灰をホクホク笑顔で回収するケニーを見ながら、エンリコさんが言った。
「人数が多いから魔力に余裕ができるんだよ。人口比率で考えてみろよ。上級貴族並みの魔力持ち14人対、頭脳明晰な平民5人のパーティーで省魔力の魔術具が使い放題なんだ。おのずと自分のために使える余剰魔力が生まれるよ」
エンリコさんはハッとしたように表情の後、左手で口元を覆った。
「マルコもすっかりなじんで、一日馬車に魔力を供給しても回復薬なしに過ごせるようになりました。みんなが当たり前に魔力を行使する中にいることで、みんなにつられてかなり成長したようです」
「ああ、集団生活は子どもを鍛えるにはもってこいだな。マルコも馴染んだことだし、次の国境門では、子どもたちの集団の中に入れておけば、十人の留学生としてまとめて数えられるはずだ。エンリコとアルドは商会の馬車に便乗した旅人とした方が、出入国の手続きが楽になるぞ」
「国境門の門番を誤魔化すのですか!」
「子どもたちに任せておけば、一人頭を引っ込めるだけで通過できるさ」
ガハハ、とベンさんはぼくの顔を見て笑った。
一流の元上級騎士の直感で、ぼくたちの誰かが気配を消せると踏んだのだろう。
兄貴が夜間いなくなっていることに一人足りない、という漠然とした違和感を持ったのだろう。
「ぼくは存在感を消せるから、きっと大丈夫ですよ」
兄貴は自分が時折いなくなっていると、やんわりと暴露した。
ベンさんは、お前だったのか、という表情をしたあとククク、と笑った。
「ああ、頼んだぞ」
「「よろしくお願いします」」
エンリコさんとアルドさんは商会の人たちの馬車に乗り込んだ。
国境に近い町では鳩の魔術具を経由させられるほど信頼できる人には出会えなかった。
連絡方法を考え直さななければいけないな。
国境門はハルトおじさんの根回しが済んでいたので、ぼくたちの馬車は人数を確認されただけで通過することが出来た。
兄貴がすっと姿を消しても、みんなは事前に聞いていたので、誰も慌てず、何事もないように振舞った。
亜空間に何度も連れて行かれたことのある留学生たちは、兄貴が姿を消せるくらいで驚いたりはしないが、マルコも留学生たちと遜色ない冷静な振る舞いが出来た。
商会の馬車も難なく通過したが、門番たちの手に棒付きの飴細工がある。
あれはきっと袖の下ではなく、商品の紹介だろう。
「甘いものは魅惑的な上に、芸術的に美しい商品だからね」
ウィルは得意気に言った。
ウィルはあれから飴細工にすっかりはまって、砂糖の種類を変えると練り上げた飴の輝きが変わることを知ってから、錬金術による人工甘味料の研究を空き時間に始めてしまった。
「ぼくはカイルの猫の飴が好きです」
マルコの言葉にみぃちゃんがすっかり気を良くしてマルコの膝に飛び乗った。
「砂糖の在庫は大丈夫なの?」
高価な砂糖をふんだんに使う飴細工に、デザートが飴ばかりになってしまうのを心配したケニーが言った。
「辺境伯領で砂糖の原材料が豊作だから問題ないよ。この国も飛竜便の許可が取れているから在庫の補給も出来るよ」
いつの間にか姿を現した兄貴の言葉に、やったー、とみんなは素直に喜んだ。
「とても楽しい旅だけど、今までの常識が崩壊していきます。砂糖の原材料は南方地域が主要産出地だと学んでいました」
「食べ物を研究すると、思いがけない発見があるみたいだよ」
砂糖の主原料を突き止めていないラウンドール公爵家の二人が、ガンガイル王国でもまだ謎なんだよ、と言った。
ハハハ、と辺境伯領出身者が虚ろに笑った。
輪作の中に紛れ込んでいる甜菜糖は葉っぱを家畜の飼料として栽培していることになっているから、砂糖工場関係者以外には知られていないのだ。
もうしばらく辺境伯領の優位が続いても良いだろう。
そんな話を和やかにしていると、馬車が次第に低速になった。
ぼくたちは顔を見合わせた。
前回、国境を越えて馬車が低速になった時はバイソンの群れが街道を占拠していた。
今度は一体何があるのだろう。
“……ご主人様。前方に怪我人がいるようです”
面倒事はいつも先回りで待ち受けているような気がするよ。




