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祈願祭

 久しぶりの普通のベッドなのにキュアとみぃちゃんとスライムたちに囲まれて、ぎゅうぎゅうな状態で目覚めた。

 兄貴は実家からすでに帰ってきており、入浴剤をお土産に持ってきていた。

 大浴場があるうちに朝風呂をたのしみたい!

 身支度を手早く済ませると、自分で湯を沸かすから朝風呂に入って良いか宿の主人に尋ねた。

 快諾してくれた宿の主人が、一つ質問があるんだけど、と切り出した。

「留学生一行のみなさんが浴場を改装してくれてから、俺たちも宿の修繕や清掃、リネンなんかにも気を配るようにしているんだが、どうにも、みなさんはトイレだけは馬車まで戻っているようなんですが、トイレのどこを改善すればいいでしょうか?」

 それは仕方ない。

 改善というより、ものが違い過ぎる。

 早朝から宿屋の主人を宿の裏の停車場まで連れて行き、馬車のトイレに案内して違いを実感してもらった。

「販売できるかは、商会の方々に聞いてくださいね」

 絶対に欲しいと熱い眼差しをぼくに向けたが、交渉は商会の人たちに丸投げにした。

 宿に戻るとぼくがお風呂の準備をするつもりだったのに、留学生たちが朝食を作る班と別れて風呂の支度をしてくれていたので、することがなかった。

 出遅れてしまった。

 食堂に顔を出すとマルコが玉葱の皮を剥いていた。

「おはよう、カイル、ジョシュア。こっちは人手が足りているから、朝風呂でも行って来いよ」

 薄切りの牛肉を仕込んでいるベンさんに声をかけられた。

 朝からすき焼き……なんてはずはない。

「おはようございます。人手が足りているのなら、マルコに用事を頼んでいいかな?キュアの朝風呂に付き合ってあげて欲しいんだ。水汲みも湯沸かしもキュアが出来るから、お世話を頼んでいいかな?」

「キュアは女の子だったな」

 ガハハと笑いながらベンさんが、行って来い、と快く言ってくれた。

 キュアが鞄から飛び出すと、マルコが抱え込んでいたボールの中の葱の皮を風魔法で全て剥いてしまった。

「優秀な魔獣を持つと仕事が早いんだよ」

 兄貴がそう言うと、留学生たちのスライムが張り切り出した。

 食堂で手伝いをしていたアルドさんに合流して、入浴剤の使用方法を伝授した。

「何から何まで、ありがとうございます」

「旅の途中に大浴場はそうないから、堪能できるときに堪能しましょう」

 ぼくがそう言うと、宿の女将さんが女湯は一般開放していません、と小声でアルドさんに言った。

 男装しているのがバレバレじゃないか。

 “……ご主人様。遠目に男性に見えるだけで、厄介事を減らせる利点があります”

 女性が旅をするのは、面倒事を巻き起こしやすいのが現実なんだろう。

 ぼくの魔獣たちは女の子属性なので、みんなマルコとアルドさんについていった。

 男湯に行くとウィルが居た。

「おはよう!朝風呂なんて廃鉱の宿舎以来だよ」

「大きな風呂はありがたいよね」

 風呂班だったケニーとロブと一緒に、浴槽に炭酸入浴剤を入れると、シュワシュワと弾ける泡に大喜びしてくれた。

 中から河豚のフィギュアが出てくるとウィルも喜んだ。

 ウィルもまだ三つ子たちのお風呂の玩具ではしゃげる年齢だったんだ。

 女湯からもキャハハと笑い声が聞こえると、思春期真っただ中のロブが顔を赤らめて浴槽に潜ったことに、気が付かないふりをする分別がぼくたちにはあった。

 アルドさん美形なんだもん。

 想像したら赤くなるよね。


 朝食は具沢山味噌汁と牛丼とサラダだった。

 留学生たちの人気メニューの牛丼が朝から出たことに、みんな大喜びしてカッ食らった。

 出発前に祠巡りをもう一度した後、昨日教会で採取した土を腐葉土にしたから教会の裏庭の一角で畑を作りたい、とケニーが言いだすと、何を植えるかがみんなの話題の中心になった。

「……オレンジの種を植えたら芽が出たんだよね」

 盛り上がるみんなにケニーが控えめに声をかけた。

「な、苗木になるまで育ててみたいです」

 マルコが名乗りを上げると、帝国のガンガイル王国寮に植えたい、オレンジは自分たち縁の地に植えたい、とみんなも賛成した。

 教会に植える作物は教会関係者に相談しよう、と意見がまとまった。

 ……オレンジはハンスとの思い出の植物だ。


 食後、片付けを済ませると腐葉土を持って教会へ赴き、教会で採取した土から腐葉土を作ったことを報告すると、教会関係者が大喜びして司祭に報告に行った。

「この町は大地の神を祀る町なので、教会の土を腐葉土にするなんて、とても素晴らしい発想です!」

 ウィルは町の大地の神の祠の位置を聞き出して、そっちにも魔力奉納をする、と言うと司祭はたいそう喜んだ。

「大地の神に腐葉土を奉納する祭壇を急ぎで作りますから、出来ましたら神事もご一緒にしていただけませんか?」

 お祭りっぽくて良いな。

「それでしたらぼくも何か奉納がしたいので、甘いものを作ってきます。皆さんに食べていただきたいので教会前で屋台を出してもいいでしょうか?」

 乾燥ヨモギの備蓄があるから道草団子と銘打ってお団子でも販売したら、米と小豆の栽培も始めてくれるかもしれない。

 司祭は快諾してくれたので、魔力の奉納の後、教会の中庭に畑を作る班と、お団子作成の班に分かれることにした。

「砂糖の原価が高いのにどうするんだい?」

 ウィルが小声で聞いてきた。

「今回は辺境伯領原価で値段設定をするけれど、町長が委託販売を受けてくれれば、お金の問題は解決するよ。味を憶えた町人たちが、来年のお祭りにも団子が欲しいとなれば砂糖を買ってくれるだろうからね」

 儲けさせたお金を消費させるのか、と兄貴が呟いた。

 経済は回さないといけないよ。

 ぼくたちが祠巡りに出かけると、付添できていた商会の人が宿へと急いで帰った。

 団子の販売価格を決めるのだろう。


 七大神の祠巡りを終えて大地の神の祠に向かうと、祠は町長の屋敷の中庭だった。

 早朝から商会の代表者が魔術具の委託販売の話を持ち掛けていたようで、完全に乗り気になっている町長は、魔術具の製作者のぼくに会うなり大歓迎をしてくれた。

「商会の方から話は伺いました。バイソンの群れの襲撃や蝗害を避けるためにも、周辺地域の安定は欠かせないのですね。いやはや、そこまでお考えでこの魔術具を旅の道中お作りになられるなんて、感謝、感激です」

 町長はぼくの両手を包み込むように両手で握手し、満面の笑みを見せた。

 ウィルがやんわりとぼくと町長の間に割って入り、教会で土壌改良を大地の神に祈る祈願祭をするから大地の神の祠に魔力奉納させてほしい、と本題の交渉に入った。

 もちろん町長は快諾してくれた。


 大地の神の祠に魔力奉納をした後、団子は米粉から作ると聞いたケニーが、陸稲の実験がしたい、と企み始めた。

 教会の裏庭という魔力が豊富な土地で検証できることにワクワクしている。

 陸稲は草抜きの手間や乾燥対策の注意がいるけれど、狭い畑なら管理しやすいだろう。

 マルコは団子の作り方も気になるようだったが、畑を一からつくる事の方が興味深かったようで、エンリコさんと畑班になり、アルドさんが団子班になった。

 宿に戻るとベンさんが団子の材料をすでに用意していた。

 事前に教えてくれたら冷凍餡子じゃなく小豆を炊いたのに、と文句を言われたがさっき思いついたのだ。ごめんなさい。

 祭りに屋台が欲しいと思ってしまったのだ。

 ベンさんがテキパキと指示を出すので、またしてもぼくの出番がない。

 甘いものなら、と思い立って、厨房の片隅で澱粉から水飴をコッソリ作っていると、何やっているの?とウィルに突っ込まれた。

 水飴はぼくのスライムが亜空間に行って、時間のかかる作業を引き受けてくれたので、ウィルが鍋を覗き込んだ時には、鍋の中には出来上がった水飴が入っていた。

 あっという間に出来上がり、なんて、まるでお料理番組で鍋を入れ替えて撮影しているみたいだ。

 ウィルには屋台の組み立てを頼んで、厨房から追い出した。

 ぼくも亜空間で必要な道具を魔術具として制作すると、厨房に戻った。

 ベンさんにワインの澱を少し分けてもらい、すべての材料をそろえると、飴の仕込みを始めた。

 材料を練り上げる作業は、ぼくとみぃちゃんのスライムたちが活躍した。

 スライムたちが数種類の飴を練っている横で、ぼくがハサミで出来あがった飴をパチパチと切って手早く猫の形に仕上げた。

 みんなもやりたがったが、やけどをするから止めときな、と忠告すると魔法使うからやりたい、と挑戦し始めた。

 不細工な飴では売れ残るので、ぼくは固まる前に形を整えて品質を均一にする二度手間になったが、みんなでワイワイするのは楽しかった。

 屋台を作り終えて戻ってきたウィルは、飴細工の仲間外れにされた、と怒ったが、保管庫にたっぷり仕込んだ飴があるので屋台で実演してほしい、と言うと喜んで練習を始めた。

 キュアをモデルにした後は、成体の飛竜にも挑戦し、芸術に造詣が深いウィルの細工には手直しの必要は全く無かった。


 屋台を引いて教会に行くと神事の準備が整っており、団子と飴細工は七大神の祭壇に、腐葉土と種もみを大地の神と豊穣の神の祭壇に奉納し、司祭が儀式を行なった。

 儀式の最後にぼくたちが順番に魔力奉納をして陸稲の成功を祈願した。

 祭壇から降ろされた腐葉土をケニーたちが耕した畑にすき込み、種もみをまくと、司祭が再び祝詞を上げた。

 畑にはケニーが研究した大地の神と豊穣の神の魔法陣が仕込まれており、司祭の祝詞に合わせて一瞬魔法陣に沿って光り輝いた。

 いたずらな精霊が神事を荘厳にしようとして、ちょっぴり光ったようだ。

「……これが……精霊なのですね」

 マルコが呟くと、あっけに取られていた教会関係者たちが歓喜の声を上げた。

 精霊がご降臨された!

 ぼくたち留学生は、ほんの一瞬だったなぁ、と思ったが黙って拍手する分別があった。

 この流れでいったら、稲作が神事になりそうだ。

 ……美味しいものが普及するのは良いことだ。


 教会から光が立ち上がったため、様子を見に来た町人たちに魔力奉納を促した後、団子や飴細工をたくさん売った。

 ウィルの実演販売は人だかりができるほど人気を博し、超絶美少年の神業、という言葉も聞こえてきた。

 団子も飴細工もどちらも大好評で、特別な日の少し贅沢なおやつということで、少々高額な価格設定だったにもかかわらず、昼前には完売してしまった。


 販売終了と共にサッサと撤収して、次の町に旅立った。

 どうしてそんなに急いだかといえば、買えなかった町長が特別にまた作ってくれないか、と依頼してきたので、先を急ぐという名目で断ったからだ。

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ウィル、絵は下手なのに飴細工は得意なん…?
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