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マルコの悩み

 男装の二人を不自然に見せないために留学生たちの部屋割りは二人一部屋になっていた。

 ぼくは兄貴と同室でウィルはケニーと同室だ。

 商会の人たちは大部屋なのでそっちにぼくと兄貴とウィルで押し掛けて亜空間で仕上げた魔術具を披露した。

 ウズラの卵五つにしか見えない魔術具にみんなが大丈夫なのか?という微妙な表情になった。

「……販売価格を考えると、もう少しこう......豪勢な方がいいのですが」

「販売地域は農村ですよね。素朴な見た目の方が購入しやすいかもしれないですよ」

 商会の人たちは魔術具を手に取って矯めつ眇めつ検分した。

「とりあえずボリスたちが去年魔力の援助をしても向上しなかった農村用なので素朴にしてみました。これを農村の祠の地中に埋めるだけで結界の効果が出来るお手軽な魔術具ですよ。収穫高は村民たちの努力次第で変化するから、ありがたみが出るのは購入からずっと後になるので、簡素な見た目で十分でしょう」

 ぼくがそう言うと、なかなか売りにくい商品ですね、と商会の人たちが難しい顔をした。

「いらないなら売らなければ良いんじゃないかな」

 ウィルは、結界を強化して土地の魔力の循環を良くしても、村人たちが日々の労働のかたわら熱心に魔力奉納をしてくれなければ効果が出ないのだから、向上心のない農村にはいっそ販売しなければ良い、と言い切った。

「この町の町長に委託金つきで魔術具を預け、さらに販売価格の二割から五割程度を利益として町の収入に出来るようにすると、預かるだけでも利益が出るので、委託を受けてくれるでしょう?」

「委託料に幅があるのは多く売れたら委託料を上げるということかい?」

 売れば売れるほどもうかる仕組みなら、たくさん売りたくなるのが人の常だろう。

「全部売れた方がこちらの利益が少なくなるなんて納得できませんね」

 委託料の割合が多すぎる、とウィルの提案に商会の代表者は首を横に振った。

「物は考えようなんじゃないかな」

 ぼくは口を挟んだ。

「例えば五個で四十万ポイントの利益を得ることを前提として、販売価格を百万ポイントに設定すると、一個売るだけでは委託料二割だと町の収入は四万ポイントだけど、二つ売れば委託料二割五分にして十万ポイント、三つ売れば委託料三割にして町の利益が十八万ポイントで、これならたくさん売れば上がる利益が美味しいと感じるでしょう。でも三つ売った時点で、ぼくたちの利益も四十二万ポイントで目標達成なのです」

「利益幅が大きすぎるから買占めして転売するものが現れるでしょうね」

「それが、この魔術具は元々結界に問題ないところは効果がない上、単体では何にもならない魔術具なのです。地中に仕掛けがあるから、使用範囲は売りつける予定の村より遠いところでは発動するかどうかわからない上、起動させるのは五個まとめてするから、地上にある売れ残りはただの小石みたいなものになっちゃうんだよね」

「欲を出して予定地以外に転売すると、商品を無駄にする危険な行為になるのですね」

「委託販売はいいかと思いますが、委託料は今晩こちらで詰めますね」

 商会の代表者にもう少し現実的な数字にしますね、と笑顔で言われたので、ぼくたち子どもは頷いた。


 ぼくたちが部屋に戻るとドアの前にマルコがいた。

 中身が女の子なのだから、男の子の部屋に来てはいけないよ。

「あのう、相談事があって……」

「ぼくたちの部屋に秘密はないけれど、いたずらにアルドさんに心配かけてもいけないから、食堂でお茶でも飲もうか?」

 もじもじするマルコにそう声をかけると、ウィルが無言でついて行きたい、と目をキラキラさせてぼくたちを見た。

 いいかい?とマルコに聞くと頷いたので、兄貴とウィルを連れて食堂に向った。

 “……デート?”

 冷やかすなよ!兄貴。そんなわけないだろ!

 “……美少女と夜のお茶会……”

 “……男装の美少女だよ”

 “……あの子、面白いよね”

 まったくもう、キュアとみぃちゃんとスライムたちまですっかり面白がっている。


 トウモロコシ茶を飲みながら聞いたマルコの相談は、留学生たちの魔力量や知識に自分は全くついていけず、帝国留学が不安になった、という内容だった。

 “……ありがちな悩みだけど、本人には深刻なのよねぇ”

 ぼくのスライムが時折、相槌を打つように頷きながら、精霊言語で感想を垂れ流した。

「素直に相談に来るマルコは偉いよ。嫉妬で嫌味を言われるなんて、良くあることだもん」

 ウィルがそう言うと兄貴が苦笑した。

 ウィルは嫌味に嫌味返しが出来る皮肉の語彙が豊富で、いつも嫌味を言った相手をコテンパンにしていた。

「ガンガイル王国の留学生が優秀なのは、身近な優等生に嫉妬するんじゃなくて、積極的に一緒に学ぼうとするからなんだ」

 兄貴がそう言うと、ウィルは、自分がガンガイル王国の初級魔法学校に入学したときにマルコと同じ気持ちになったよ、と励ました。

「マルコも叔母さんの国に着くころにはすごく成長しているはずだよ」

 上級貴族の家庭に育つと極限まで魔力を使うことは推奨されない。

 いざという時安全に逃げられる魔力を残しておかなければいけないからだ。

 だからマルコは魔力を増やす訓練をしていないだけで、これから魔力量が増えないわけではない、とウィルが励ました。

「毎日目一杯、馬車に魔力を注いで滞在先の祠巡りをするだけでも十分鍛えられるよ。アルドさんもエンリコさんも、飛竜の幼体を連れているぼくたちに同行していれば安全だと考えたから、七大神の祠巡りも許可してくれたんだと思うよ。部屋に戻ったら……戻る前に本人に聞いてみたら?」

 ぼくはエンリコさんが隠れている柱の方を振り返って言った。

「気配を消していたのに見つかりましたか」

「気配を消しても心拍音と呼吸音を消すために結界を張れば歪みが出ます。その歪みを消せないと完璧に気配は消せませんよ」

 昔イシマールさんに教わった、なんとなく違和感がある時は必ず辺りを探れ、という教えを実行しただけだ。

 ぼくたちの魔獣たちだって見つけていたよ。

「おみそれいたしました。上級騎士さえ欺ける技を見抜かれてしまうとは、いやはや浅はかな私奴(わたくしめ)をお許しください」

「護衛の任務を全うされているだけでしょうから、そう、へりくだらないでください」

 ぼくの側に駆け寄って膝をついたエンリコさんに、両手を横に振って立ち上がるように促した。

「ガンガイル王国といえば、ご師匠は無敗の老師様なのでしょうか?」

 学習館で体術を教えてくれたのは確かに無敗の老師だが、魔力探査の極意を教えてくれたのは違う。

「老師様にも教えを請いましたが、これは元飛竜騎士団員イシマールさんの極意です」

 エンリコさんがゴール砂漠……、と言い出したので、本人がその異名を嫌っている、と伝えた。

 エンリコさんは思い当たる節があったようですぐに口を噤んだ。

「それはそれは、どちらも素晴らしい人物だと伝え聞いております」

 伝え聞くというわりにエンリコさんはイシマールさんと面識があるのか、左斜め上を見て懐かしい表情をした。

 兄貴とウィルがフフフ、と笑った。

 今のイシマールさんは王都と辺境伯領を行き来しながら、美味しいスイーツの開発に余念がない。

「従者に裏切られて気持ちが不安定になるのは理解できるけど、馬車が盗まれたからぼくたちと出会ったんだよね。ぼくが言える助言は、困難の後に奇妙な幸運が続くときは、精霊たちの介入を疑った方がいいよ」

 マルコとエンリコさんが驚くのは予想していたがウィルも驚いた顔をした。

 キュアとみぃちゃんが食堂の隅で床を叩いて笑っているし、テーブルの上のスライムたちも体をプルプルと震わせて、あいつらならやりかねない、と笑っている。

 ぼくの足元にいるシロが面白くなさそうに床に寝そべって、そっぽを向いた。

 精霊の存在を語るのに、悪いイメージを先に伝えたことを怒っているようだ。

「ごめんね、不貞腐れるなよ。……ああ、そうなんだ。ここにも精霊はいるよ。精霊たちは見えないけれどそこら中にいるんだよ。精霊たちが居ないところは不毛の大地になってしまう。精霊たちはこの世界に欠かせない存在で、人間や魔獣たちよりずっと長い間この世界を漂っている。だから、時折お気に入りの魔獣や人間たちに干渉することがあるんだ」

 なるほどね、とウィルが頷いた。

「マルコを気に入った精霊が御者に、蝗害を逃れるためにガンガイル王国を目指せ、と唆したなら、ガンガイル王国との国境付近で御者が馬車を奪って逃げるのも想像に難くないね」

 魔獣たちはこくこくと頷いて、シロがそっぽを向いたままということは、ウィルの推測もあながち間違いではないのだろう。

「精霊たちは自分が好む未来になるように、人間の精神に介入してくるんだ。だけど、それに悪意はなくて、例えば、マルコは新芽のサラダの辛みや苦みが苦手だっただろう?でも、薄く切った生ハムにチーズと香りづけ程度に新芽を添えて巻いた料理なら、チーズのコクと生ハムの塩気と旨味を助ける名脇役としてとても美味しいものかもしれない」

 エンリコさんの喉がゴクンと鳴った。

 お酒の肴に持ってこいなのは間違いない。

「だけど、マルコは新芽が苦手だと思い込んでいる精霊たちが、今日のご飯は嫌いなものが出るから、お腹が痛くなれば美味しいお粥があたるよ、と思考誘導したら、なんとなくお腹が痛くなっても不思議じゃないよね」

 マルコは素直に頷いた。

「ああ、なるほどね。仮病はみんなを心配させるから良くない事だ、という倫理観を優先すれば美味しい生ハム料理を食べれるけれど、精霊たちには苦手なものを我慢して食べているように見えるわけだ」

 ウィルの説明にマルコは目を見開いた。

「精霊たちは自分たちの解釈で行動するから、それが良いことだと信じているけれど、お粥より生ハムの前菜の方がマルコには美味しいかもしれない。でもそれはマルコ自身が決めることであって、精霊たちにはわからない事なんだよね」

「……己の行動は己で決めなくてはいけないのですね。それが一見自分に不利益に見えることでも……」

 マルコがそう言うと、易き道に行くか難き道を行くか、選ぶのは自分自身だ、とウィルが呟いた。

「わかりました。精霊が…というのはよくわかりませんが、自分の行動が感情に引きずられていないか、常に確認する必要があるのですね」

 マルコがそう言うとエンリコさんが嬉しそうに頷いた。

「そうだね。自分の行動をよく考えて決めるのが良いことだよ。でもね、精霊たちは本当にいるからね」

 ぼくがそう言うとマルコは頷いた。

 エンリコさんに送られて自室に戻るマルコの左肩にオレンジ色の小さな光が一瞬だけ輝いた。

「……精霊に好かれるって、こういうことなのか」

 従者を唆されて、旅の道中で馬車を失うなんて、ご加護というより災難だろ、とウィルが呟いた。

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