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気遣い

「これはこれは、ガンガイル王国留学生御一行様。滞在地に我が町を選んでいただき、ありがとうございます」

 久しぶりに風呂に入りたい、という名目で、国外に出て始めて滞在先で宿をとった。

 男装の二人を気遣ってのことだが、湯につかりたいのも本音だ。

 ぼくたちの滞在を聞きつけた町長が即座に挨拶にやって来た。

「こちらこそお世話になります。日没前に七大神の祠に魔力奉納をさせていただきます」

 ウィルが留学生代表として挨拶すると、町長は満面の笑みになった。

 ぼくの隣に並んだマルコは、貴族然とした凛々しい笑顔でいたが、魔力奉納という言葉に肩がビクッと動いた。

「本当にありがたいことです。昨年もたっぷり魔力奉納していただいて、翌日から畑の作物もシャンとしたのです。町民たちも魔力奉納の大切さに気が付いて、皆、熱心に奉納するようになりました。お蔭さまで豊作に恵まれました」

 町長の言葉に、皆さんの努力あっての豊作です、とウィルは受け流し、地質調査の協力を求めた。

 町民たちには事前通達を出してあるのでどこの土を掘り返しても良い、と上機嫌で町長は簡単に許可を出してくれた。

 その後の町長への対応は商会の人たちが引き受けてくれた。

 ボリスたちはぼくたちよりゆっくり移動したから、滞在した町や村が多いのだ。

 それぞれの地の収穫高の違いをそれとなく聞き出す話術が素晴らしい。

 挨拶がてらの世間話の後、本格的な商売の話に移行したので、ぼくたちは祠巡りに行くことにした。

 馬車でのお昼寝を拒否したマルコはフラフラになっている。

 宿で休むように言ったが、ぼくたちについて行くというので、収納ポーチから回復薬を取り出すと顔色を変えた。

「買います!」

 あのマズい薬、という内心が読めるしかめっ面をしたのに、口から出た言葉は真逆だった。

 意固地になっているマルコを止めるようにアルドさんに視線を向けると、首を横に振った。

 言い出したら聞かないタイプのお嬢様なのか。

「マルコが某公国出身の……様なのは察しております。御身を労わることも貴人の務めです」

 ウィルがマルコの耳元で囁いた。

 蝗害の被害を防げないなんて、国の護りの結界の弱体化を公言するも同然だから、身元を隠さなくてはいけない事情を考慮していたのに、無理をさせないため、あえて推測でしかないマルコの本名を囁いたようだ。

「だからこそ、わたくしはやり遂げなくてはならないのです!」

 マルコの情熱の炎に油を注いでしまったようだ。

 下衆領主と気概が違うのは素晴らしいが、馬車の魔力奉納で日頃から鍛えている留学生たちと同程度の魔力を使ったのだ。

 とめろよ!そこの二人!

 お目付け役じゃないのか?

「やらせてあげたらいいじゃないか。祠巡りの魔力奉納は、神々が個人の体調を考慮して加減して下さるのだから、祠の広場で魔力枯渇を起こしてひっくり返ることはないと思うよ」

 ……兄貴がそう言うのだから大丈夫か。

 魔力は神々が加減してくださるだろうけれど、体力は自己管理の範疇だから、祠巡りの後、夕食前に休めるように宿を整えておくことをアルドさんに忠告した。

 祠巡りにはエンリコさんだけが同行した。

 スライムたちを含めた魔獣たちまで魔力奉納する様子に新参者の二人は仰天した。

 七大神の祠のすべてを意地で魔力奉納したマルコを留学生たちは褒めちぎった。

 宿に帰る班と、土のサンプルを集める班に分けることでマルコたちを納得させてた。

 宿に戻った班はマルコを部屋に閉じ込めて休憩させ、夕食の手伝いをする班と、昨年ボリスたちが男湯だけ作ったから大浴場の女湯をつくる班に、さらに分かれて活動したようだ。

 宿屋の要望を快諾したのは頑張るマルコたちを応援したかったのだろう。

 土を集める班はぼくと兄貴とウィルとケニーだ。

 七大神の祠の魔力奉納で探査した結果、この町の護りの結界は世界の理に繋がっていたが、周辺の収穫量が伸びなかった地域は繋がっている気配がしなかった。

 この領地も領都の護りの結界は世界の理に繋がっていないようで、七大神の祠の魔力奉納でたどることが出来なかった。

 他国の領主と渡り合うのは徒労が多いことを実感したので、周辺の結界を繋ぐだけでいいだろう。


 この町の教会に冷凍バイソンの肉を奉納して、祭壇から魔力奉納をさせてもらった。

 教会の結界もきちんと繋がっている。

 ぼくたちは裏庭の土を採取させてほしいと司祭に申し出ると、快諾してくれた。


「ここはしっかりと結界が機能しているから、このままで問題ないよ。周辺地域には難があるから交渉は商会の人たちに任せよう」

「あたいの分身を地下に待機させておけば、必要な時に対処できるよ。あの硬い岩盤まで到達できれば温かい魔力が迎えに来てくれるからあたいは頑張れるよ」

 ぼくのスライムが胸を張ってそう言うが、周辺の村との交渉が済むまで地中でぼくのスライムの分身を待機させていなければならないのは可哀相だ。

 潜水艇に一匹で乗り込むようなものだ。孤独すぎる。

「分身は本体と意識を共有できるから、まるっきり一人ぼっちっていうわけじゃないよ」

 “……ご主人様。何かあればすぐに迎えにいきます”

 シロが保証してくれたので、ぼくのスライムの分身を送り込むことに決めた。

 分裂したぼくのスライムが土竜の魔術具に乗り込むのを、常識を捨てなければ理解できない、と言いたげな表情をしてケニーが見ていた。

「地下のスライムに応える魔術具を購入すれば結界の強化を発動するようにするから、ここの領主との交渉はハルトおじさんやハロハロに任せよう」

 兄貴がそう言うと、ハルトおじさん、ハロハロ、と呟いたケニーが、誰のことを意味しているかに気付くと両手で口を押えた。

「結界を強化すると言っても結界の根っこに接ぎ木をするだけのようなものだから、各地域の住民たちが努力しないと数年で千切れてしまうかもしれない」

 神々からの依頼内容は出来る範囲で結界を強化することだ。

 先方が受け入れてくれないところまで結界を強化する必要はないだろう。

「いいんじゃないかな。ぼくたちに手に負えないことまでは考えなくていいよ。キャンバスに咲く花が一輪なのか花束くらいになるのか、はたまた隅々まで満開の咲くのかは、子どもたちが考えることじゃないよ」

 兄貴がそう言うと、キュアとみぃちゃんとスライムたちが、そうだそうだ、と賛成した。

 魔獣たちには人間のしがらみがまどろっこしいのだろう。

「いってきます!」

 ぼくのスライムの分身が乗り込んだ土竜の魔術具が教会の中庭から地下に潜ると、地上にいる本体が触手を振って見送った。

「周辺の村に売る魔術具ってどんなものなんだい?」

 潜ってしまった魔術具に興味津々で周辺の土を集めているケニーを、気にすることないウィルは、販売する魔術具の方に興味の対象が移っていた。

「まだ作っていないけれど、ウズラの卵くらいの大きさにするつもりだよ。詳しい説明は夕食の席で商会の人に説明する時でいいかな」

 同じことを何度も説明するのは面倒だもん。

 ケニーが満足するまで土を集めると、教会関係者たちに礼を言って宿に帰った。


 少し休んだマルコは大浴場が出来たと聞いて喜んだ。

 出来たてほやほやで認知されていない女湯は、調整中の立札をかければ男装の二人が入浴しても問題ない。

 国によって入浴の文化が違うかもしれないので、手順だけ確認して二人を送り出した。

 うっかり男性が侵入しないように、お風呂に興味のないみぃちゃんが入り口を見張り、キュアとぼくとみぃちゃんのスライムが二人と一緒に入浴することになった。


 ボリスたちの作った男湯は大浴場といっても、男子十人が入るとイモ洗い状態になるので、順番を決めて入浴することになった。

 じゃんけんで入浴順を決めたのに、ぼくとウィルと兄貴が一番風呂になった。

 微妙に後出しにされた気がするが、ありがたく一番風呂を堪能することにした。

 石造りの浴槽はピカピカに磨かれていて、大事に使ってもらっているのがわかった。

 いつもの洗浄魔法も快適だが石鹸で体を洗うとさっぱりする。

 ザブンと三人で浴槽に浸かると、壁の薄い女湯からキャピキャピした女の子と女性らしい声がした。

 お風呂では変声の魔術具を外すから、これがあの二人の素の声だろう。

 お湯に浮かぶスライムやキュアを可愛い、と連呼している。

「ゆったり足を伸ばせる風呂はいいね」

「行く先々に風呂を作るわけにはいかないから、ボリスたちももてなしの良かった町にだけお風呂を作ったみたいだね」

 頭に手ぬぐいをのせてお湯を堪能しているウィルに、旅の途中に大浴場のある宿が他にもあることを伝えた。

「ああ、それは楽しみだ」

「土壌改良の魔術具が広範囲に売れる販路が出来れば、小さな町や村に滞在しなくても済むから、お風呂のある町で優先的に逗留したいね」

「あああああ!そうか、だから魔術具販売なのか!」

 合点がいったウィルがザザーと音を立てて浴槽で立ち上がった。

「土地の魔力に問題がある所は、そもそも政治的にも上手くいっていない地域だから、魔術具を販売するだけにして、ぼくたちは出来るだけ関わらないようにするんだね」

「そういうことだよ。面倒ごとに巻き込まれないためには問題ありそうな地域に近づかなければいいんだ」

「わかった。販路について商会の人たちと話してくる」

 ウィルはそのまま湯から上がって、浴室を出ていった。

 もっとゆっくり浸かっていたかったけれど、後に待っている人がいるから、ぼくたちも上がることにした。


 次の入浴のメンバーと交代すると、ウィルが商会の人たちと話している間に、亜空間で結界を繋ぐきっかけになる魔術具をサッサと作ってしまうことにした。


 夕飯の席に着くとマルコが暗い顔をしていた。

「みなさんを面倒ごとに巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」

 マルコが頭を下げた。

 旅の道連れが増えることも、蝗害対策の魔術具を考えることも、楽しいから面倒ごとではない。

 何か誤解させるようなこと……。

 “……ご主人様。女湯から声が聞こえたということは、男湯でウィルが大声で言ったことも聞こえています”

 そうか、面倒ごとの内容が神々からの依頼に由来することだと知らないマルコたちは、自分たちのことだと思ってしまったのか。

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