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飯は〆まで美味しく食べろ!

 三人はお好みや焼きそばに舌鼓を打ち、留学生が半熟の目玉焼きの黄身に焼きそばを絡めることを勧めると、ギョッとした顔になった。

 生でも食べられる特別な卵だけど気になるなら焼き直す、とベンさんが言うと、マルコは自分の皿の黄身を割って焼きそばに絡めた。

 フォークでくるくると麺を巻き取り口に入れると、にっこり笑った。

「こちらも大変美味しいですわ」

 ぼくが紅生姜をのせて焼きそばを頬張ると、それは何だ、とマルコは視線で尋ねた。

 ウィルが辛いよ、と忠告し少しだけ取り分けた。

 マルコは恐る恐る口に入れて顔をしかめたが、老人は気に入ったようで紅生姜の瓶に手を伸ばして自分の皿にこんもりのせた。

 ベンさんはミディアムレアに焼けたバイソンステーキを一口大にカットすると、留学生たちが茶わんを差し出した。

 白米の上にカットしたステーキをのせてもらい、その上に隠し味にオレンジの皮を使った特製ソースをかけるのだ。

 ぼくはおろし金で山ワサビをたっぷりすりおろし、自分の茶碗の上のステーキの上にのせた。

 完璧なステーキ丼。

 ぼくは茶碗を両手で持ち、ステーキ丼の匂いを楽しんだ。

 まずは肉を口に入れる。

 醤油ベースに玉葱が効いているソースに噛んだ肉から溢れる肉汁が口の中で混ぜ合わさる。

 山ワサビに鼻がツンとするが、この刺激が肉の脂を美味しく感じさせるのだ。

 口の中の幸せを最高潮にするために白米をかきこむ。

 そうするとまた脳が肉を頬張れ、と指令をだす。

 ちょっと待った。ここでもう一度山ワサビを……。

「だから、辛いって言ったでしょ」

 夢中でステーキ丼を堪能している間に、マルコがぼくと同じくらい山ワサビをのせたステーキを食べたようで、泣いていた。

 紅生姜の辛さより刺激が強いのに、なぜいけると思ったのだろう。


「お隣の町まで同乗させていただけるだけでもありがたいのに、こんなに美味しいお食事をこの金額でいただけるなんて感激です」

 男装の女性が変声の魔術具を低音設定にしすぎた渋い美声で言った。

「お代を頂いた方が、お互い遠慮せずにすむでしょう。こういうことは金銭で解決しましょう」

 商会の人たちは、お代次第で目的地の途中まで一緒に行ってもかまわない、と売り込み始めた。

 お金の話になるとどこまで同乗するのか現実的な話になり、老人が打ち明けられる範囲を選んで話し始めた。

「私たちはマルコの帝国留学前に親族の領地を訪問する予定で北上しています。マルコに旅をさせるために入念に準備したはずなのに、雇った御者に裏切られ、馬車を盗まれてしまったのです」

 代わりの馬車を手配しようにもこの領地にはろくな馬がいなく、ならば徒歩で先を進みながら調達しようということになったようだ。

「食料不足が深刻すぎて、家畜も最低限しか養えないようでした。うちの領地も年々厳しくなっているは実感していましたが、これほど外国が厳しいとは思っても居ませんでした」

 男装の女性がそう言うと、ウィルが渋い顔をした。

 新しい神の誕生の魔力のご褒美が世界中に影響したはずなのに、護りの結界が浮いているなら兎も角、歴史ある領地が年々苦しくなるなんておかしい。

「……未曾有の蝗害の危機感がします」

「飯が不味くなる話題は後にしな、〆は大蒜バター焼きめしだ」

 ベンさんがそう言うと、バターの塊を鉄板に落とし、刻み大蒜を入れるとジュと良い音がした。

 バターと大蒜の香りが辺りに漂うと、お腹が満たされていたはずのぼくたちの満腹中枢を破壊した。

 ベンさんが大蒜バターの海に刻んだタンポポの若葉を落とした。

 ジュっとタンポポの若葉が美味しい脂の海で香ばしい匂いを発すると、大きなへらでサッと掬った。

 脂の残った鉄板に卵を割って目玉焼きを作ると思いきやヘラの角で崩して白米をぶち込んだ。

 はい。美味しいです。間違いなく美味しいやつです。

 隣で焼いているバイソンステーキを混ぜなくても間違いなく美味しい。

 ぼくたちは唾液をゴクンと飲み込んだ。

 ベンさんは二本の大きなへらで白米と卵と美味しい脂をタンタンとリズムを刻みながら混ぜ合わせた。

 塩胡椒と秘伝の旨味調味料を投じ、満を持したタイミングで刻んだ焼きたてのバイソンステーキを投入した。

 熱い鉄板の縁に一滴垂らした瞬間から醤油の香りが立ち、ぼくたちは食べる前から昇天するかと思えるほどの多幸感に襲われた。

 この香りはマルコの不幸の事情を聞こうしていたことを完全に忘れさせた。

 ぼくたちは箸を捨ててスプーンを手にした。

 これは、スプーンでかっ食らいたい飯だ。

 ベンさんは仕上げにタンポポのソテーを焼きめしに混ぜ、ぼくたちの鉄板の前に取り分けた。

 誰も取り皿に取り分けることはしなかった。マイスプーンを各自持って目の前に盛られた鉄板の上の焼きめしをかっ食らった。

 ぼくたちが満面の笑みになると、ベンさんはガッツポーズをとった。

 美味しいとぼくたちが大絶賛すると、当たり前だとベンさんが力こぶをつくってみせた。

 スプーンで焼きめしを掬って一口食べるなり、黙り込んでいたマルコがガクッと首を下げた。

「わたくしたちに無かったのはこの関係です。わたくしは馬車を盗んだ御者たちが何を考えていたのかわかりませんでした。この米の一粒一粒に美味しくなっていった過程があり、この調理過程を見なければ、わたくしには何もわからないでしょう。義憤を持って行動する我こそは正義だと思い込んでいたから、馬車を盗んで逃走しなければいけなかった御者の気持ちがわからないそう思っていました。……わたくしには何も見えていなかっただけかもしれません」

 マルコは両目から涙をぽたぽたと垂らしながら焼きめしをかっ食らった。

 ベンさんは、食べろ、食べろ、と追加の焼きめしを作った。

 新参者の三人は目を潤ませながらベンさん特製の焼きめしを頬張った。

「信頼していた部下が、馬車を奪って逃走するほど領地に危機が迫っているのですね」

 本名と出身地を語らない新参者三人にウィルが言った。

 三人は固く口を噤んだままだったが、ケニーが蝗害、と呟くと三人とも右下を向いた。

 わかりやす過ぎる反応にぼくたち一同はため息をついた。

「詳しい話は片付けてから聞こう。俺たちも蝗害の話は他人事ではないかもしれない」

「穀物価格に影響するから他人事でいられる人はいませんよ」

 ベンさんの言葉を商会の代表者が強調した。


 スライムたちも手伝って全員で片付けたので手早く終わった。

 テーブルと椅子と七輪を一つだけ残して三人の事情を聞くことになった。

 暗い話になりそうだったので、少しでも気分を上げるためにタンポポの根を魔法で乾燥させて粉砕し、七輪に残した火種で焙煎した。

「何してるの?」

「話の続きをしていて良いよ。飲み物を用意しているだけだから」

 フライパンを覗き込んでくるウィルに、ぼくは右手を振ってシッシと追い払った。

 ぼくのスライムが焙煎を代わってくれたので、ぼくも話し合いの席に着いた。

「訳ありのようですから、具体的な場所はぼかした話でかまいません」

 商会の代表者はそう言うとテーブルに地図を広げた。

「蝗害の発生地点はおそらくここです」

 商会の代表者は自身の情報と冒険者ギルド長から聞いた情報を合わせて、南西から発生した蝗害が東に移動しながら北上していることを説明した。

「ガンガイル王国とは真逆な方向に被害が拡大しているので、私たちには他人事のような気がしていますが、ここの領地では税率が上がったうえに穀物税が現物納税になっているように、帝国内では深刻な状態です」

「中央山脈が西と東の間にあるから、飛蝗は越えられないと思うんだよね」

 ウィルが地図上で山脈の位置を指さすと、商会の人たちも、商人さえ迂回するのに飛蝗が山越えするとは思わない、と断言した。

「ええ、そうです。私たちの故郷はこの山脈の麓です」

 アルドと名のった男装の女性は中央山脈の麓の広い範囲を指さした。

 国が困難な状況なことを外国人に知られたくないのだろう。

「私たちが国を出た時には飛蝗はここまで北上していました」

 アルドさんは道中に魔力探査を駆使して飛蝗の群れに遭遇しないように避けて旅をしたが、被害地を通過するたびに、すべてを食べつくし茶色くなった大地や飛蝗に服まで食べられて穴だらけの服に継ぎ当てをして凌いでいる人たちを目にしたようだ。

「私たちは一族秘伝の保管食料を携帯していましたから旅を続けられました」

 エンリコと名のった老人が鞄から薪のように見える硬い茶色いものを取り出した。

「美味しくはありませんが栄養価は高く、この鞄一つで私たち三人の帝国までの食料として十分な量があります」

 ぼくたちは興味津々に薪のような非常食の匂いを嗅いだり叩いたりしてみた。

 商会の人たちも口々に初めて見るものだと言った。

 エンリコはぼくたちに秘密の非常食を見せてくれるほど信用してくれたようだった。

「私たちは遠目に砂嵐のように見える飛蝗の群れを見ました。あれが故郷を襲えば暮らしていけないことを感じた御者は薄明の頃に馬車を盗んでガンガイル王国を目指したのでしょう」

 蝗害の被害を目の当りにしたら心が折れるのは理解できるが、故郷の家族が心配にならなかったのだろうか?

「御者は独身で、両親を数年前に亡くし、兄妹もいなかったよ」

 口に出さなかったぼくたちの疑問にエンリコが答えた。

 ウィルが額に手を当てて、まさかとは思うけれど、と前置きしていった。

「冒険者ギルドにアヒルを集めるように依頼していたのはあなたたちですか?」

 マルコの顔が赤くなった。

 ぼくたちはため息をついただけで、アヒルについてはこれ以上追及しないことを暗黙に了解したように頷いた。

 “……焙煎できたよ”

 ぼくのスライムがタンポポコーヒーの焙煎が終わったことを精霊言語で伝えてきた。

「まあ、一休みしませんか?苦いお茶と甘いお茶のどちらにしますか?」

 タンポポコーヒーか、ゆず茶ならぬオレンジ茶のどちらがいいか個別に希望を聞いた。

「マルコは甘いお茶にした方がいいよ」

 ウィルが決定事項のように甘いお茶の人数にマルコを入れた。

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