旅は道連れ
ぼくたちが町を出る頃には城門は混みあう時間帯ではなかったので、門から離れると、すぐ飛行することを選択した。
町の人たちは良い人も多かったけれど、ここの領主一族の気が変わらないうちにサッサと離れることを選んだ。
村三つ通り過ぎ、馬では追いつけない距離まで離れたところで着陸予定地を探した。
“……馬車は居ないけど人がいるね。どうする?”
“……ご主人様。老人と女性と子どもの三人程度でしたら、記憶操作でごまかせます”
お爺さんと若い女性と女の子で歩いて旅するって、普通ではない気がする。
視力強化で着陸予定地(仮)を見ると、男装の若い女性と男装の女の子とお爺さんが歩いている。
男装をしている時点で馬車が強盗に奪われたとかの単純な理由ではないだろう。
「若い女性と子どもと年寄りを見捨てるわけにはいかなないねぇ」
ぼくのスライムは女の子が徒歩で旅をしている、という時点でほっとけないのだろう。
進行方向が同じだから、事情を聞くくらいはしてもいいけれど、面倒ごとは御免だな。
着陸時の記憶操作をシロが引き受けてくれるなら、そこの茂みの脇を整地してしまおう。
“……了解”
兄貴の返答を待たずに着陸地点を整地した。
なんだか精霊たちのせっかちがうつったようだ。
下草が育った街道脇に着陸するとポニーたちを出して御者と交代した。
「雑草の成長具合にこんなに感動するなんて、国外に出るまで考えられなかったよ」
領地の結界を世界の理に結んだ結果か緑が濃くなり、着陸地点を隠すだけの下草が茂っている。
急ぐ旅路ではないので少し休憩することにした。
ケニーは乙女のようにタンポポの花を摘んで感動しているから、花冠の作り方を教えた。
達人になれば精霊たちに気に入られて花冠を延々と作らなくては出られない亜空間に招待されるぞ。
ケニーはせっせとタンポポで花輪を作り、嫌がる留学生一行に被せていた。
ぼくたちは街道脇で馬を休ませながら寛いでいる世間知らずな留学生一行と言った状態で、街道脇でじゃれ合っていた。
徒歩で旅をする男装の三人組の話を商会の人にすると、やはり声をかけてみようということになった。
ポニーたちが道草を食べ、ケニーとのじゃんけんに負けた留学生たちが花冠を被る横を通りがかった三人組に、ごきげんよう、と商会の代表者が声をかけた。
三人は気さくに挨拶をかえしたが、男装の二人は小声だった。
男装の女の子は十歳前後で、男装の女性は二十歳前後、老人は六十代に見えた。
三人とも花冠を被るロブを見る目が笑っており、雑談に応じてくれそうだ。
「帝国留学と商会の一行のみなさんなのは見てわかるのですが、こんな大きな馬車なのにポニーが牽くなんて、馬車が魔術具なのか、ポニーが凄いのか、にわか信じられませんね」
老人がそう言うと、商会の代表者が朗らかに笑った。
「両方ですよ。馬車は加速が滑らかになる魔法を使っていますし、ポニーたちの蹄鉄に秘密があります」
「ほほう、やはりそうでしたか」
「どちらまで、行かれますか?隣町まで乗って行かれませんか?」
「いえいえ、滅相もない。便乗させてもらうつもりでお話を聞かせてもらったわけではありません」
話をするのは老人ばかりだが、男装の二人も無言で手を振って断った。
「帝都に直行で旅をしているわけではないので、方向が一緒のうちは、ぼくたちと一緒の方が安全ですよ。護衛は元ガンガイル王国王立騎士の冒険者兼料理人で、ぼくたちのほとんどが冒険者登録を済ませています」
男装の女性が頷くと、老人は隣町までお願いしたい、と遠慮がちに応じた。
男装の女の子は戸惑うそぶりを見せたが、好奇心に目がキラキラしていた。
ぼくたちの馬車の中は通路に補助椅子を出せば三人増えても大丈夫だ。
最後部にトイレがあるから、使用する時に立って椅子を畳めば問題ない、と車内を案内すると、手洗い場に鏡まであるトイレに感激していた。
便座の魔術具の仕掛けを説明すると、三人とも驚愕し、信じられない、と声を上げたのは老人だけだった。
まどろっこしい。
「何か事情があるのは察していますが、ぼくたちが知らない方がいいなら、訊きません。ですが、さすがに気軽にお喋りできないのは不便でしょう。声を変える魔術具を作りますからそれを使用しませんか?」
ぼくは男装していることを指摘しないで、お婆が愛用している魔術具を即席で作ることを提案した。
三人はものも言わず、項垂れた。
「なにも話していないのに、そんなに親切にしていただくのは……」
「旅は道連れ世は情け、という言葉を聞いたことはありませんか?」
三人は首を横に振った。
「旅は仲間がたくさん居た方が楽しい、という意味合いですよ。情けは人の為ならず、という言葉もあります。こっちは人に情けをかけると巡り巡って自分のためになる、という意味です。このトイレがガンガイル王国で普及したのも、そんなちょっとした親切心が巡り巡って起こっただけなんですよ」
三人は首を傾げた。
ぼくが魔術具を作りたい、と商会の人たちに持ちかけると賛成してくれた。
貸し出しと販売の価格を商会の人たちが具体的に提示すると、老人は買取を希望した。
路銀に困るような旅ではないようだ。
少し早いけれどお昼にしましょうか、と商会の人たちが提案したので、街道脇を再び魔法で整地した。
魔法の杖を一振りするだけで全てが整う様子に三人はまたしても驚愕した。
魔法の杖を出したついでに、タンポポの白い液体で汚れてしまった留学生一行を丸洗いした。
「ガンガイル王国の留学生たちは優秀ですし、今年はさらに凄い子たちですから、楽しい旅になりますよ。お昼も美味しい食事ですから、このくらいのお値段でどうでしょう?」
商会の人たちが料金を提示して昼食に誘った。
ぼくと兄貴は馬車に戻って座席をしまうと、一角を簡易工房に変身させた。
スパイ活動をするはずのロブには、便利な魔術具だからいくつか作っておこう。
ぼくと兄貴とスライムたちが作ったので四個もできた。
昼食は鉄板焼きだった。
タンポポの若葉入りのお好み焼きと、山菜入りの焼きそばと、バイソンステーキにお櫃に白いご飯もあった。
お好み焼きや、焼きそばがあってもステーキ丼にして食べたい人が、わざわざご飯を炊いたのだ。
ぼくは山ワサビを添えたくなり、みんなと合流するなり手を洗っておろし金と山ワサビを用意した。
「みなさん調理をなさるのですね。私たちは手伝うと足手まといになりますから、ほとんど何も出来ませんでした」
恐縮する老人に、商会の人たちが、見ていればできるようになるから、と言って、お好み焼きの具材を混ぜさせた。
人使いが上手いことも商会が発展する秘訣なのかもしれない。
老人の手元をじっと見ている二人に、ぼくは声をかけた。
「バイソンの皮で作ったチョーカーの銀細工のチャームが声を変える魔術具だから、チョーカーが気に入らなかったら好みのネックレスに取り付けてください」
キュアとみぃちゃんをモデルにした銀細工を収納ポーチからから取り出すと、ウィルが覗き込んできた。
「試しに使ってみたい」
ウィルがそう言ったので、みゃぁちゃんがモデルの予備の魔術具を手渡した。
ウィルがチョーカーを首に回すと、まだ発育していない喉仏あたりに銀細工の魔術具が当たった。
「似合っているよ。カッコいい」
自分が作った細工なので兄貴が満足そうに言った。
「みゃぁちゃんの首輪についている魔石を触れば声の高さを変えられるよ」
ウィルが長めに触れば声が高くなり、トントンと短く触ると声が低くなった。
みんなで爆笑しながら検証した。
「これはいい出来だね。二人はどっちのデザインを選ぶのかい?」
男装の女の子がみぃちゃんを選ぶと男装の女性がキュアに手を伸ばした。
先に自分が選ばれたのを喜んだみぃちゃんがポーチから飛び出した。
「まあ、なんて可愛らしい猫でしょう!」
声変わり前の子どもだから、男の子でも女の子でもあまり変わらないのだけど、口調が女の子そのもので、気が付いた本人が口を塞いだが、出た言葉は元には戻らない。
男装の女性と老人が顔を見合わせた。
「旅の安全を考えて男装されているのでしょう?ぼくたちは男装の麗人と呼ばれた公女様と魔法学校で一緒だったから男装の女の子には慣れていますよ。ぼくたちだって秘密があるのですから気にしないでください」
ぼくがそう言うと、鞄からキュアが飛び出した。
飛竜の幼体の登場に唖然とする三人にベンさんが声をかけた。
「魔術具を試すのは食後でいいだろう。お好み焼きが焼けたぞ」
ベンさんの一声でぼくたちは鉄板に向き合った。
それでも、男装の二人はチョーカーを付けあって、声の高さを調節した。
「マルコには必要なかったか」
老人の言葉に、魔術具の使用前とあまり声の変わらないマルコと呼ばれた女の子が、みぃちゃんのチャームを握りしめた。
気に入ってくれたようで良かった。
「わたくし、これが欲しいのです!」
ビックリするほど高い声がしたので、全員大爆笑になった。
赤面したマルコにぼくは謝った。
「ごめんごめん。操作方法を全部教えていなかったね。誤作動を止める場所は、猫の左後ろ足の肉球だよ」
マルコが慌てて調節していると、ベンさんが早く食べろ、とせかした。
いただきます、と元気な声が飛び交って、ぼくたちは食事に集中することにした。
お好み焼きや焼きそばを取り分けて目玉焼きも載せた皿を新参者の三人に渡した。
ぼくたちが箸を使うのを不思議そうに見ていたが、自分たちにはナイフとフォークが用意されているので安心した顔になった。
マルコは鰹節が踊るお好み焼きに一瞬ギョッとした表情をしたが、意を決したようにナイフで一口大に切り分けて口に含んだ。
「美味しいですわ!見た目よりフワフワとした食感とカリカリのベーコンの食感が相まって口の中が幸せです。ベーコンの塩味と脂が、タンポポの苦みを美味しく感じさせます。……信じられません。道端の草がこんなに美味しいなんて!!」
マルコは男の子のふりをすることをすっかり諦めて、うっとりした顔でお好み焼きの感想を語った。
髪の短い美少女はきっとお嬢様で、道端の草を食べたことがなかったのだろう。




