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友情の証

 七大神の祠巡りの後は大地の神の祠の参拝をした。

 ハンスが先回りをして城跡でぼくたちを待っていた。

 参拝者が多いので、ぼくたちは礼拝室の裏に回り、飛竜の魔術具が配達したオーレンハイム卿の手紙を代読してから手渡した。

 ガンガイル王国への連絡は商会を通すことが安全だと伝えた。

「学ぶ機会を得られたことは、すごく嬉しいけれど、半面すごく怖いんだ。意気地なしだよね」

「一歩踏み出す勇気がないことは恥じることじゃないよ。ぼくは王都の魔法学校に進学する気なんてさらさらなかったのに、最先端の研究に触れてこいと言われて王都にのこのこ出てきたら、年頃の子は留学試験を受けるもんだと騙されて、今ここに居るもん。一歩踏む出す時は追い風が吹くんだ。だから、頼れる人がいるのなら冒険してみるのも良いものだよ」

 留学生一行の中で唯一冒険者登録していないケニーの言葉にみんなが笑った。

「オーレンハイム卿は変人だけど、信頼できる人だよ。この町が安定したら、辺境伯領で会おうね」

 ぼくの一言にハンスがいきなり泣き出した。

「受難の子は、耐えるために生まれてきたんだと思っていた。どんなに痛く辛くても、受難の子の話を司祭から聞いた後は、こんな病弱なぼくでも生きているだけで、両親や妹や領民たちの助けになっていると思ったら、神様は耐えられない試練を人に与えない、と信じて頑張れたんだ」

 領主一族の先祖が勝手に、旧領主一族が反旗を翻すかもしれないと下衆の勘繰りをして呪ったのだ。

 この世界の神々は楽しいことや、美味しいものが大好きで、自己犠牲を強いるようなことはないはずだ。

「……自己犠牲では駄目なんだよ。受難の子として生まれてくることがどんなに辛いことか、ハンスが一番わかっているはずだ。……そんな受難を、誰か一人で背負う宿命なら、ハンスの妹の子どもが受け継ぐかもしれないんだよ」

 妹のいるウィルは潤んだ瞳で、ハンスに問い詰めた。

「……ああ、自己犠牲は駄目だ」

 ハンスは深く息を吐いて言った。

「遠い昔、ぼくのご先祖様も、領民たちの未来のために自己犠牲の塊のような行動をしたんだ。その行動は無駄ではなかったけれど、最近文献の検証が進んで、どうやら精霊たちは自己犠牲を嫌っているようなんだ。精霊たちの恩恵を十分に受け損なっていたんだ」

 ウィルは数百年にわたって火山口の亜空間に閉じ込められていたクレメント氏の例を持ち出して、諸悪の根源を断たない限り自己犠牲では解決しないことをハンスに説いた。

「ずっと虐げられていた人は、自分が幸せになることに罪悪感を持つことがあると聞いたことがある。ハンスと知り合ってまだ一日と経っていないけれど、これだけは言わせてくれ」

 留学生一行の中で本当は最年長のロブが言った。

「人は幸せになるために足掻いて良いんだ。君が受けた呪いは一個人の浅はかな願望から発生しただけで、神々の意向なんかじゃない。君が幸せになるために精いっぱい努力することは、人として当然なことなんだ。君は自由で、どこにでも行ける。やりたいことをこれから見つけるためにも上級魔法を学ぶべきだ」

 幸せになるために足掻け、という言葉は、おそらく遺伝で低身長であるロブに家族がかけた言葉なのだろう。

 胸にグッとくる説得力があった。

「……自分が幸せになるために足掻いて良いのか……」

 こぶしを握り締めたハンスに、ロブが肩を叩いた。

「ほとんどの人がそうやって生きているよ。世間には他人を不幸に陥れて、自分たちだけが幸福になろうとしている人がいるだけだ。世知辛い世の中なのに、良い人たちもちゃんといる。人を頼るのも大事だよ。だけど、人を頼り過ぎないで、やっぱり自分に何ができるかを、常に考えなくてはいけないんだ」

 ロブの言葉に留学生たちは頷いた。

「時に、自分には何もできないと思える時でも、土を耕すことや、こうやって魔力奉納をする事なら出来る。そうやって出来ることをやりながら、自分の周りの人たちが何をしてくれているのかを知ることで、ぼくたちは学んでるんだ」

 いつも留学生代表として折衝に当たってくれているウィルが、何も出来なくて悩んだ時期がある、と打ち明けた。

 ぼくたちは時に悩んで時に打ちのめされて育っていくのだ。

「ガンガイル王国の領都に立ち寄ることがあったら、この魔術具をイザークというハンスより二つ年下の貴族に見せて欲しいんだ。これはイザークが暗澹としていた時に作った魔術具の改良品なんだ」

 ぼくは収納ポーチから自動筆記の魔術具を取り出した。

 領主から一両日中に領城に来いと言われた後に、ウィルが小芝居をしたときに使った魔術具を、今朝、亜空間でさらに改良したものだ。

「イザークの発想が面白かったから、机が無くても手紙が書けるように改良したんだけど、思い付きでもう一工夫加えたんだ」

 ぼくはハンスに手渡した手紙を広げてもらい、文鎮型の魔術具を紙にあてた。

『まだ見ぬ私の遠い親戚、ハンスよ。彼の地の初夏の寒暖差の厳しさはご先祖様より伝え聞いて……』

 文鎮型の魔術具にスキャン機能を付けて、読み上げのスピーカーを搭載させたのだ。

 ハンスは膝から崩れ落ち地面に両手をついた。

 この魔術具があればハンスは一人で教科書が読める。

 ハンスは文字が読みにくいだけで、理解力が劣っているわけではないのだ。

「これは良いね、読み書きは魔術具が補佐してくれるから、後は魔法陣を綺麗に描ければ問題ないよ」

 ウィルがハンスの手を取って、良かったね、と言うと、ハンスは首を横に振った。

「ぼくはもう十分もらい過ぎている……」

 キュアのぬいぐるみをポケットから取り出していった。

「これは、ハンスに預ける魔術具だよ。いつかイザークに会った時に見せびらかしてほしいんだ。イザークの発想の魔術具はそのままでも十分有効だけど、ぼくの魔術具の新機能が凄いんだ、と自慢してほしいんだ。何年か時間が経った後ならなお良いかもしれない。イザークは時間の経過に、ぼくがこの魔術具をもっと改良しているだろうと察して地団駄を踏むだろう。そしたら、いきり立ってもっと突拍子も無い魔術具を開発してくれるかもしれないだろう?」

 ぼくがそう言うと、兄貴とウィルが、ケタケタと笑った。

「ああ、イザークは静かに奮起するだろうね」

「忙しいときの方が何か作りたくなるんだよね」

 イザーク先輩は自前の亜空間があるのかと思うほど働いているのに魔獣カードも強いんだ、時間の経過がおかしい人だ、と留学生たちも口々に言った。

 ほくがキュアのぬいぐるみを握るハンスの手に文鎮型の魔術具を差しだした。

「こっちはぼくたちとハンスの友情の証、そしてこっちは、ぼくとイザークの友情の証。ハンスはぼくとイザークを繋ぐ役目を果たしてもらうだけだよ」

 ハンスは差し出された魔術具を躊躇いながらも握ってくれた。

「たくさん使って、使いこなせる状態でイザークに見せびらかしてね」

「……ありがとう。使いこなして見せるよ」

 ハンスが笑顔でそう言うと、頑張れよ、と留学生たちがみんな声をかけた。

「ぼくはこの魔術具を預かって、使いこなし、イザークという少年に見せびらかして、カイルに返すんだよね。だから……ぼくたちは、また会えるんだ」

「うん。また会おう。その時まで預かっていてくれたらいいんだ。ほくたちは、ずっと友だちだから」

 次に会う時にはハンスは成人しているだろう。

 この町もオレンジの香りのする魔力に満ちた土地になっていることだろう。


 祠の広場に戻ると、飛竜便の商品は各ギルド長が立て替えたことで話がついていた。

「土地が回復して、オレンジが実るまでに二年近くかかるから、当面の特産品を考えてくださいね」

 商会の代表者は、飛竜の魔術具に帰路の便の荷の品質次第で送料を安くできる、と各ギルド長に発破をかけた。

「昨晩の会議でみなさんへのお礼をどうするのかと話し合ったのですが、留学生のみなさんは魔術具を作製されるとのことなので、こちらの土を少量ですがお分けしたいのです」

 出荷制限がかかっているので少量ですが、と見せてくれた土は良質な珪砂がたっぷり含まれていた。

「ありがとうございます!」

 ぼくたちは満面の笑みで受け取った。

 この町にはかつてガラス工房がたくさんあったのだが、炉に使う燃料が高騰して廃業した工房がたくさんあるから、今後はガラス製品も輸出したい、とギルド長たちは意気込んだ。

「これからの旅に有益な情報を、冒険者ギルドからお知らせします」

 この町の冒険者ギルドのギルド長が一歩前に進み出て、南東地方に蝗害の発生が確認されていることを知らせてくれた。

「空を真っ黒な飛蝗が埋め尽くし、緑を求めて物凄い速さで北上しているようです。冒険者ギルドにはアヒルやカモの貸し出しの依頼が来ていますが、うちの領ではアヒルを使役している冒険者は居ないのです」

 いや、空を埋め尽くす規模の蝗害に対抗するアヒルやカモなんて、とてもじゃないが集められるわけがない。

 猫の手でも借りたい状況のたとえ話だろう。

「その噂は昨年から出ていましたが、私たちの旅程には重ならないはずです。ですが魔力の多い土地に飛蝗が移動しているのは間違いないでしょうから、最新の出現箇所を教えてもらえますか?」

 商会の代表者は冒険者ギルド長に地図を差し出して、蝗害の移動ルートを確認した。

 被害に遭った地域の方々は大変だろうけれど、虫の集合体が得意ではない、ぼくは遭遇したくない。

 空を埋め尽くす飛蝗を想像して両腕を擦ったら、蜂の巣は平気な癖に、と兄貴が笑った。

「蜂の巣には蜂蜜がたっぷり詰まっているし、蜂は作物の受粉を助けてくれるけど、飛蝗は雑草だけ選んで食べるわけでもなく、作物すべてを食べつくすんだよ。そんなのがたくさんいるかと思うと、ザワッとするよ」

 ぼくの発言にケニーも腕を擦った。

「次の町には影響がなさそうですが、十分注意します。情報提供ありがとうございます」

「こちらこそ継続的な取引をご検討ください」

 ぼくたちはギルド長たちに別れを告げて、この町を出発した。


 飛竜便の最終請求は領主の元に行くそうだから、ちゃんと払ってくれると良いな。

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