王都病
お城の精霊神の祠の奉納後、ぼくは早朝に厩舎に行って、馬のお世話に来ているイシマールさんの手伝いをして、仲良くなる作戦をたてた。
ぼくが早起きをすれば、ケインもつられて早起きして、参加するようになった。そうなると、子どもたちが手伝い、というよりは足手まといにならないように、父さんが新たな魔術具を作ってくれた。そんなこんなでイシマールさんともすっかり打ち解け、ぼくはボリスの打ち明け話を相談してみた。
「ああ、それは、王都の魔法学校に入るとだれもが罹る王都病だ」
ボリスはまだ5才なんだから王都の騎士団を目指す方がいいとか、現実的な助言をもらったのだが、兄弟たちの当たりがきついという話になると謎のパワーワードがでた。
「王都病…ですか」
「うーん。カイルは賢いから簡単な歴史から話をしよう。この国の建国は初代領主様が精霊神のご加護を得て、この地を耕作のできる豊かな土地にした話は聞いているかい?」
「まあ、なんとなくという程度です」
ぼくたちは今、厩舎と鶏舎(いつの間にか鶏もいた)の掃除を済ませて、汚物を積んだ荷台を牽引するケインの乗り込み型三輪車(魔力アシスト付き)にあわせてゆっくり歩いている。お手伝いに大活躍する三輪車なのだが、とにかく遅くて、歩調を合わせてくれるイシマールさんがよくしびれを切らさないものだと思う。だって、幼児がゆっくり歩く程度なのだ。その分ゆっくりイシマールさんの話が聞けて、ぼくにはありがたい。
「この領が建国の地で間違いはないのだが、王国の成り立ちはまた別の話なんだ」
「この、ガンガイル王国の建国の歴史とは違うということですか?」
「全く違うとは、言い切れないな。歴史の一部といったところだ。要はこの領の建国が先で、その何代か後の領主様の弟が、吹っ掛けられた戦争に勝って領土を広げた際、王国を名乗って独立したんだ。でも、この領から見たらうちの領主様が本家で王国が分家となってしまっているんだ。当初は同盟国みたいな関係性だったんだけど、弟王が強すぎて、どんどん領土を広げてしまうし、そのたびに遷都してうちの領から王都が離れていってしまう。王国が大きくなると今までそれ程うちの領に興味のなかった他国が王国の弱点として狙ってくるようになってしまったんだ。それで、うちの領は王国側からの支援の代償に辺境伯を名乗ることとなったんだ」
「ガンガイル王国の建国の地は別のところにもあるということですか」
「そうなんだ。だけどうちの領のやつらは、この地こそ建国の地であり、王家の本家であると本気で信じてるんだ。だから結構そういう点では排他的なところがあって、商業ギルドのみたいに王都からきた人間をもっともらしい言い訳をして蔑ろにするきらいがある」
なんだか理解できる。地方都市らしいといえばそうなんだけど。
「この領の学校でも簡単な初級の基礎くらいの魔法は学べるし、7才で王都の初級魔法学校に入学しなくても途中から編入もできる。この領の子どもたちはわりとゆっくり教育を受けてから王都の学校に行くから、入学してから色々と衝撃を受けるんだ」
「それが王都病ですか」
「うん。そうだ。症状は個人差が大きいが、総じてみな、強烈な自己否定に陥いるか、領に残った人々を小馬鹿にするようになる。この辺境伯領を王家の本家なんて、王都で思っている奴は一人もいない。だから、ただの鼻持ちならない田舎者扱いしかされず、自慢の魔力量も王都の他の貴族たちと大差がない、おまけに歴史の常識がまるで違うんだ。夏休みに弟にきつく当たるのもある意味仕方がない。本当の常識を領では声高に言えないし、王都の学校のレベルから見たら弟の未来を悲観しがちになるだろう」
「イシマールさんも罹ったんですか?」
「ああ、軽く罹った。もともと家柄も平民出の騎士だったし、剣術に自信が一寸あったのがぽっきり折れたくらいで済んだ。歴史に至っては学校で学ぶまで興味がなかったのがよかった」
「完治するにはどうしたらいいんでしょうか?」
「自己研鑽しかないな。まあ、治らないまま帰って来る奴が多いんだ。故郷に帰ってきたことで癒されて自信を回復させ、他者にも寛容になることがある。領の騎士団にはそんなのがいっぱいいる」
「イシマールさんは王都の騎士団に入ったんですよね」
「学生のうちは夏休みに見習いとして領の騎士団に所属していたし、王都で採用試験に受かるまで第四師団に所属していた。王都の騎士団の飛竜部隊に受かったのは、まあほとんど運だな。受験者は俺より魔力のあるのも、熟練した剣技を持ったのもいたが、飛竜との相性も大切だから」
謙遜しているだけだと思う。運だけでは無理だろう。
「着いたぞ。お前たちはここまでで十分だ」
ボリスみたいにここに落ちるのは嫌だけど、この荷台はダンプ仕様なのだ。
ぼくはケインと運転を交代して荷台を投函場所に後ろ側からピタリとつけて荷台をダンプアップして見事に積載物を滑り落とした。
「こいつは凄いな」
「毎日する作業だから、少しでも楽にできたらいいでしょう」
「少しどころかかなり楽だ。俺が乗るには小さすぎるし、速度が遅すぎるが、これはいいものだ」
「まいにちぼくがてつだうよ」
ケインが胸を張って宣言する。
「ハハハ。ありがたいけど、子どもはそんなにも働くものじゃないよ」
「毎日働けるほど体力がないよ。雨降りの日もあるんだ。できるだけで手伝おう」
「ああ、こっちもその方が助かるよ」
子どもの相手をしていては仕事が滞るだろう。イシマールさんは面倒見のいい人だ。
「かえりもぼくが乗っていい?」
「いいよ」
ケインが嬉しそうにキコキコ漕ぎだした。ぼくもイシマールさんとゆっくり話せて嬉しい。
「家の改装はだいぶんかかるのかい?」
「下水工事は今日で終わります。新しいトイレを頼んだので楽しみです」
家じゅうのトイレを改装することになったのだが、代用に個人個人でおまるを使うことになったのだ。不便極まりない。
だが、ぼくには野心があった。お尻を洗うトイレが欲しいのだ。父さんは必要性を感じていなかったが、産後の母さんにはあった方が便利だと力説したら、お婆が張り切って作ってくれた。
「うちの改装が済んだら、厩舎のトイレも改装するそうです。楽しみにしていてください。きっと気に入りますよ」
「なんだかわからないが、ジュエルのつくる魔術具は面白いものが多いから楽しみにしておくよ」
「今回はお婆が作っています」
「お前の家族は多才だな」
「それはぼくも思います。みんななんでもできてしまうから、自分に将来何ができるのかわからなくなってしまいます」
「カイルは体力はともかくとして、叡智の女神のご加護があるから、文官辺りが妥当何だろうな。でもまだ四才なんだから鍛えれば何にでもなれるぞ」
「体力と魔力は期待していません」
「いやいや、カイル。ケインもそうだが、お前たちの魔力は多いよ。無意識に毎日使っているから。魔術具を使いこなすだけじゃなく、部分的に身体強化もかけているし。誘拐事件の後、常に大人が付き添っているのは、過保護になっただけではなく、魔力枯渇を起こさないか見張っているんだぞ」
身体強化って、黒いのがサポートしてくれているだけじゃないのか?自分で魔力を使っている自覚が全くない。
「いつ魔力を使っているのかさっぱりわかりません」
「やっぱり自覚がなかったか。ケインは部分的に、例えば足だけに身体強化をよく使っている。カイルも時々やっているぞ。だが、お前さんは魔力探査を常時使っているな。気配を探るのが当たり前になり過ぎていて、自分の魔力を薄く伸ばしている自覚がないんだ。だからやめさせようにもどうにもならないから、様子を見ているんだよ」
「そうなんだ。お世話おかけします」
「まあ、子どもは大人に面倒を見てもらう生き物なんだ。気にするな。でも、こうやって魔力を毎日動かしていると魔力は筋肉みたいに増えていくぞ」
「鍛えれば増える筋肉みたいに、魔力も使えば増えるということですか?」
「ああ。極端な話、魔力は使い切っても寝て起きれば戻っているだろう?前日より少しだけ総量が増えている。筋肉も鍛えた分だけ増えるが、適切に動くためにはもりもりだけでは動きが鈍くなる。両方無理せず、適切に鍛えていかなくてはいけない」
「鍛えても性格的に騎士は無理かな。戦争も魔獣討伐もビビり過ぎてできなさそうだ」
「俺も戦争はきつかったな」
「えっ!近年戦争があったんですか?」
「帝国がな、いつもどっかこっかで紛争を起こしているんだ。うちの国は帝国の属国だから要請があれば出兵させなくてはいけないんだ」
「あれ?独立国家じゃないの?」
「うーん。100年ほど前に戦争に勝ってうちの国の領土は海までつながったんだけど、対戦国が帝国の属国で、対帝国戦になるより属国になることを時の王が選んだんだ。ガンガイル王国としては、見た目は領土が増えた戦勝国で、帝国側としても負けたのは消失した属国で帝国の支配領域が増えていることになったんだ。帝国の魔法学校に進学したら実感するよ、『ガンガイル王国は帝国の属国で北方の僻地の国』だって」
「なんだかさっきそういう話を聞いた気がします。風土病でしょうか」
「俺も話した記憶がある。カイルは賢いから帝国の魔法学校に推薦されるかもしれないから、そういうもんだって頭の片隅に入れておけばいい」
そんなこんな話を聞きながら厩舎に戻ってきた時にはこの国の概要を学習していた。




