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人を呪わば穴二つ

 領主は首を激しく横に振ったが、否定の言葉は口にしなかった。

「領外まで呪いの効果が及ばないということは呪いの無効化がおこり、因果が元に戻る。でも、受難の子の呪いを領主一族がいつまでも解かないということは、受難の子が背負った厄災は受難の子の死後も魂が天界の門に連れて行ってしまうということなのかな」

 兄貴がぼくの話からさらに考察すると、ウィルが鋭い顔つきになった。

 厳しい言葉が飛び交うことを予測して、すかさず内緒話の結界を張った。

「ハンスが領外に出ようとしたらハンスを殺害してしまえば、領主一族には都合がいいわけだ。ハンスの受難は食中毒ばかりなのに、馬に蹴られた出来事だけがなんだか不自然だったんだ。領主一族に落馬して馬に蹴られた人物でもいそうだから、探してみるのも良いかもしれませんね。跡継ぎの長男に医師団が派遣された時期があるとすれば、まるで符丁が合うかのようですね」

 予定外に訪れた土地なのに、調査員を送り込んでいるかのように涼し気な顔でウィルが言った。

 ラウンドール公爵なら、隣国の荒廃の原因を探るために本当に調査員を派遣しているかも知れない。

「……呪いを、呪いを重ね掛けしただけだ」

 留学生たちは一瞬で激高したのか、みんなの顔が赤くなった。

 ぼくたちの剣呑な表情を見た領主は、年甲斐も無くガタガタ震えだした。

「し、仕方がないじゃないか。領主の息子のろっ骨が内臓に刺さっていたんだ。治癒魔法では手の施しようがなかったんだ。とっさに出た親心だ」

 怪我の内容が酷いほど、ぼくたちの怒りが増していった。

「領民の誰が死のうと息子さえ助かればいい、という親心ですか」

「上級精霊様のおっしゃった通りにハンスを特定していたから、個人対個人で怪我のすり替えをしたのか。……教会に内通者がいたようだね。ハンスが危ないじゃないか!」

 ウィルは祠の広場に行ってしまったハンスが今殺害されれば、領主の息子が助かる状況に気が付いた。

「キュアの鞄を預けているから、手出しは絶対に出来ないよ」

 住民たちの魔力枯渇を心配して、何かあればキュアが癒しをかければいい、と派遣したのだ。

「あなたにハンスは殺せない。ハンスがいなくなれば領地を支える結界の魔力が極端に不足する。あなたは自分たち一族の魔力に適性がないことを知っているはずだ。足りないながらも領地経営を続けていくためには、あなたが虫けらのように殺そうとしているハンスの魔力が必要なんだ。だから、あなたに依頼殺人は出来ない。……その尋常じゃない怯え方……もしかして、あなた自身が殺すことは呪いがあなたに返るから、なおさらできない」

 ぼくがそう言うとウィルが額に手を当てた。

「あちゃー。上級魔術師なんだよね。闇魔法の使い手の子孫なんだよね。光魔法の重ね掛けで自分に呪いが返って来ないようにするのが基本中の基本じゃないか」

 呪いの魔法が一般化しないのは倫理的な問題もあるけれど、人を呪わば穴二つになるからだ。

 闇魔法はとても強力で、呪い殺すような魔法を使えば相手が死ぬと呪いが反発して返ってくる。人一人殺害する魔法を使えば自分が死んでしまうのだ。

 ラウンドール公爵家の呪詛返しは、他人が行使した呪いを光魔法で軌道を変えているのだろう。

「ご、ご先祖様の呪いは完璧だ。天界の門に受難を流してしまうから、我が領は未来永劫安泰なんだ。……私が重ね掛けした魔法はとっさに行使したものだから反発呪詛対策が追いつかなかったけだ」

 追いつめられるとぺらぺらと手の内を話す領主に、初級闇魔法から学びなおした方がいい、なんで魔法学校を卒業できたんだ、と留学生たちは口々に言った。

「先祖の魔法が完璧なんだったら、受難の麦をつくって、燃やしてしまえばカビごと天界の門を潜ってくれるんじゃないのか!」

 ケニーがそう言うと、領主とウィルが首を横に振った。

 とっさじゃなくても、反発対策が出来ないのだろう。

 一族の秘伝の魔法が継承されていないのに呪いが残っているなんて悲惨な状況だ。

 小芝居の台本では、ここで領主に受難の子の呪いを解除させる予定だったのに、狂ってしまったことに留学生たちは頭を抱えた。

 ぼくはひとまず台本通り進めるよう兄貴に思念を送った。

「残念だったね。食料浄化を自らの手で行えたなら、足りないながらもあなたの魔力で領地経営が出来るように領民たちも手助けしただろうに。今頃、祠の広場で自分たちのみで浄化を始めた住民たちには領主の威光が通じなくなるだろうね」

 大芝居で演じた、神託を授かり領地改革に乗り出した偉大な領主の印象操作に失敗していることを兄貴が指摘した。

「わ、私が領主だ。領民ごときに何ができる」

「「「「「「「「「「移動の自由があるじゃないか」」」」」」」」」」

 留学生一同が台本通りに突っ込んだ。

 この国では国内の移動が一般市民に制限されていない。

 帝国の属国なので帝国内での移動の自由さえある。

 住みやすい土地に引っ越せば良いだけだ。

「領民が誰も居ない領主も面白そうだね」

「そもそも南方からの移民に周辺領が苦労しているのに、この領に移民問題がない時点でかなりヤバい領地だと認識されているのにね」

 ケニーとロブまで口調に遠慮が無くなった。

「……私は一体どうすれば……」

「あなたは喉元を過ぎれば熱さを忘れるような気質がある方だから、次の一手をぼくたちが助言するためには新たな誓約が必要です」

 ぼくの台本にのって七大神に誓って窮地に陥った現に警戒しているが、領主が上手く立ち回れば回避できた窮地だ。

「……誓約」

「簡単なことだよ。受難の子の呪いを解くか、受難の子を害さないと誓えばいいんだ」

 この町の住人のほとんどが旧領主一族の遠戚だ。

 きっと農村部にも婚姻関係や開拓民として遠戚者はいるだろう。

 領民を虐げなければ何も問題がない内容だ。

 ただ誓約書に記名すればいいだけなのに、領主はぐったりと椅子に深く座りなおした。

「……極悪非道な領主一族扱いしやがって……いや、領主一族なんてこんなもんだろう?」

 開き直るかのように再び胸を反らせた領主に、留学生たちはため息をこぼした。

「そうですね。だから、権力をハッキリと区別しましょう」

 内政干渉はしたくなかったけれど、この領主一族に権力を持たせていてはいけない。

 ぼくは領地経営に必要な魔力を担保する市民のための議会を設置することを提案した。

 対外的には領主一族が領地経営を担っているように見えるが、内政は住民たちの代表の決議で決まる、なんちゃって民主制を説明した。

「対外的には私が領主であることは変わらないのに、内政は全て住民の代表たちがやってくれるのか!」

 うわぁ、明らかに認知の齟齬が起こっているのに、幸せそうな顔をしている領主が空恐ろしい。

 小芝居を続けている留学生たちは腹に一物思うところがあってもグッと奥歯をかみしめた。

 ウィルは、住民議会の設置と領主一族は領地の護りの結界を領主一族で維持できない間は住民議会を廃止できない、と誓約書に加筆した。

「私が正直に呪いは解けない、と告白したのだから、この一文を外してくれないか?」

 領主はこの期に及んでも呪いの解除を拒否した。

「出来ないことは出来ないでしょうが、あなたの子孫への努力義務を課しておかなければ、受難の子の呪いを放置するに決まっているでしょう」

 ウィルはそう言うと、誓約書に呪いを解く研究を続ける、と加筆した。

「私が何か言うたびに、誓約書の内容が増えていっているではないか!」

「釘を刺さなければ何もしないあなたの性格が露呈したからでしょうね」

 ケニーがそんなこともわからないのか、とため息をついた。

「そろそろ気付いてください。ここに居る留学生数名は、いつでも受難の呪いを全部あなたの一族に返す能力があると思わないのですか?」

 ロブがとどめの一撃を発言した。

「そんなこと帝国皇帝がお許しになるはずがない!」

 ぼくたちがすぐにバレるようなヘマをすると思い込んでいる領主の思考回路に、留学生一同うんざりした。

「自分の一族の呪詛が自分に返ってくるのは、陰謀論より先に技量不足を指摘されるだけだよ」

 未来永劫循環する呪いの魔法は後世に破綻するのはよくあることだ、とウィルが言うと、心当たりのあったであろう領主が黙り込んだ。

 そろそろ現実を見せてもいい頃合いだろう。

 “……ご主人様。祠の広場の市民たちは上手くいっています”

「誓約書に記名してくれたら呪詛返しはしない。期限付きで受難を受け流す魔法陣をハンスにかけるつもりだから、領民がカビた小麦を食べたら死んでしまうかもよ」

「や、やめてくれ、息子が死んでしまう!」

「ハンスが生きているのが不思議じゃないのですか?」

 治癒魔法が効かないほどの大怪我の呪いを受けて、騎士団や教会関係者から医者や治癒魔法の使い手を領城に集めておいて、ハンスが生きのこったことを不思議に思わない方がおかしい。

「受難の子には耐性がつくから死ににくいだけだ」

 精霊たちの存在を認識していないと、こういう解釈になるのか。

「内緒話の結界を解除するので、発言に気をつけてください」

 ぼくは領主に向ってそう言うと、結界を解いた。

「住民たちの行動に教会関係者が賛同して食料浄化を神々に祈っているはずです。視察に行きましょう」

 ぼくは大きな声でそう言うと留学生一行と領主を連れて祠の広場に転移した。


 ぼくたちは闇の神の祠裏側に転移した。

 布を取り囲む人々がしゃがみ込んでいたので、広場の真ん中に大布を広げ、その上に持ち込まれた食料が乗せられているのが見えた。

 魔法陣の中央には教会関係者が立ち、魔法陣の端を生活魔法の有資格者が両手を魔法陣に触れて魔力を流し、その背中を親族たちが触り、背中と触れている人の親族がまたその人の背中を触っている。

 薄暮の広場に魔法陣から垂直の光が立ち上がり、住民たちと教会関係者だけでこの儀式が成功しそうなことがはっきり示されていた。

「……これが領民の魔力……なのか……」

 領主の手が小刻みに震えていた。

 ぼくたちの気配に気が付いたキュアが鞄から飛び出し、ハンスもぼくたちに気付いて立ち上がって手を振った。

 ぼくたちもハンスに手を振り返すと、色とりどりの精霊たちがハンスや教会関係者の周りに集まり出した。

「……ああ……そうか、あれを私が行なっていれば、私が天啓を授かった領主らしく見えていたんだな」

 領主はようやく自分が大芝居の台本を台無しにしたことに気が付いたようだ。

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