大芝居
「領民たちを生殺しにしていたのか……」
「信じられない。最低だ!」
留学生たちも侮蔑の言葉と眼差しを領主にむけた。
「いや、帝国の穀物税が……」
「調べればわかることで嘘をついたら、ぼくたちの心証は悪くなるばかりですよ」
魔本が人口統計と税率を精霊言語で読み上げるので、それを聞いた兄貴があきれて口を挟んだ。
「何が悪いって、受難の子の苦しみを増やしているばかりか、受難の子が死亡したら領民たちは生きるために仕方なく食べているカビた小麦で命を落とすのです。毒に耐性がついたのではなく、受難の子が厄災を引き受けていただけなのに、領民たちにはカビた小麦が毒だと認識することなく毒を食べるんですよ!」
「領民は私の所有物だ!所有物をどう扱おうと勝手だろう!!」
ぼくの言葉に領主は開き直って、またしても下衆な思考を暴露した。
「領主の仕事を放棄しておいて領民を所有物扱いするなんて……」
ウィルが領主に説教を始めると、領主がガタガタと震えだした。
変だな、ぼくも兄貴もウィルも威圧はしていない。
背後から強烈な怒りを放っていたのは、ロブから受難の子の説明を受けたハンスだった。
人目につくここでは不味い。
シロに頼んで一旦亜空間に避難することにした。
ぼくのスライムが地中から、まだ時間がかかるのねぇ、と嘆いたが納得しないで結界を強化することは出来ない。
後から説明するのが面倒なので、留学生全員とハンスと領主も真っ白な亜空間に招待した。
「ここは魔力を暴走させても、どこにも被害が及ばないから、死なない程度にぶちのめしても……」
「ごめんなさい!何でもします!そればかりは勘弁してください!!」
ぼくがハンスに言い終わる前に、領主は勢いよく土下座して謝り倒した。
「上級精霊様の亜空間でこっぴどく懲らしめられたことを思い出したようだね」
ウィルがそう言うと領主は上級精霊、という言葉にヒェッ、と悲鳴を上げた。
「上級精霊でなくても、これぐらいは出来るんだよ」
ぼくはわざとらしく右手を領主の前に差し出して、指パッチンをした。
パチン、と亜空間の音が響くと領主が消えていた。
「消えた!」
怒りの対象を失ったハンスがぼくを見て言った。
「ハンスの人生を追体験させているだけだよ。受難を受ける本人になってみなければ、どんな謝罪も口先だけで言う人物に見えたからね」
ぼくはこの領の実態をハンスに話し始めた。
「現領主一族は領地を護る結界を構築できないどころか、ぼくが厄災を引き受けていることでなんとかギリギリ持ちこたえているのですか。……ぼくは事故に遭いやすい胃腸の弱い子ではなく、領主一族や領民たちに降りかかる災いを一人で引き受けていた……どうして僕は生きていられるのでしょうか?」
ハンスは詳細を知った後、領民全員の不幸を一身に背負って生きているなんてあり得ない、と言った。
「普通の人間なら、何回も死んでいるんだよね。ということは、受難の子として生まれたハンスに、神々のご加護があったんだろうね。ぼくもそうやって生きのこったことがあるよ。多分今生きているのは奇跡なんだ」
ぼくはどう説明したらいいのかよくわからなくて、ウィルのご先祖様のクレメント氏が実演した自分の魔力の塊だけで火の玉を出した。
ハンスはもちろん留学生たちも息をのんだ。
「魔力とそれをどう活用したいかしっかりと思い浮かべるだけで、魔法は行使できるんだ。だけどこれはとてもとても効率の悪い魔力の使い方で、野生の魔獣たちの最後の一撃のようなもので魔力枯渇を起こしやすい危険な魔法なんだ。でもね、人間も使えるんだ。じゃないとぼくはとっくに三歳の時に死んでいた」
ぼくがそう言うとみぃちゃんとキュアとみぃちゃんのスライムがぼくにべったりと寄り掛かった。
みぃちゃんもキュアも母の愛で生き延びた仲間だ。
「ぼくが生き延びたのは死んだ母が死後の魔力を全てぼくに託してくれたからだと思っている。ハンスが生きのこったのも家族の愛と、この土地の魔力を使って生き延びたんだと思うよ」
ハンスは家族の愛、という言葉には頷いたが、土地の魔力というところで首を傾げた。
精霊魔法という言葉を使わずに説明するのは難しい。
ぼくが考察した精霊魔法を説明した。
1+1=2だけど、魔法の世界はそこに魔法陣が媒介するだけでx(1+1)になるのではないか、そしてその未知数xは魔法陣の種類で変わるけれど、魔法陣を媒介しないx´が存在しているかもしれない、メモパッドに絵と文字を駆使して書きなぐって、精霊魔法の存在を臭わせた。
「ハンスは現在認識されている魔法学とは別の存在に守られて生き延びたということかい?」
ケニーが驚いて頭を抱えたが、王都で魔獣カード大会を精霊たちを目撃したロブやそもそも見慣れている辺境伯領生たちは、精霊の干渉か、と口々に言った。
「精霊って、教典の中に存在する神々の本物の僕……」
「「「「「「「「「「ああああ、ぼくたちは何も聞いていません!」」」」」」」」」」
神籍に入っていないハンスが教典を読んでいるはずがない(口伝でも聞いていないことにしておかなければいけない)ので、ぼくたちは銘々勝手に鼻歌を歌って誤魔化した。
ハンスが神籍に入りたいのなら止めないが、未成年でまだ選択の自由があるのに教典をそらんじてしまったらほかの選択肢が無くなってしまう。
「知っていても口に出してはいけないことがあるのが、この世界の規則だよ」
「辺境伯領に留学するためにはまだ神籍に入らない方が良いよ」
「教会を悪し様に言うつもりはないんだ。ただ神籍に入ると行動が制限されてしまうから、個人旅行を楽しんでからでもいいのじゃないかな」
「呪いを解くために領地を出る必要があるんだから、旅に出ないと……」
「それは出来ないよ」
ハンスは思いつめた顔で言った。
「ぼくの呪いが解けてしまったら、食糧危機のこの領地で危険な食べ物を食べざる得ない人たちが死んでしまうかもしれない……」
「その状態がおかしいんだ。どうして個人が集団の災難を引き受けなくてはいけないんだ?ハンスは領主のように贅沢な服を着て贅沢な食事をすることも無いのに、どうして重責を背負わなければいけないんだ?人々はハンスに施されてばかりでは駄目なんだ。食の安全に対する知識が失われていくなんて、人々の怠慢なんだよ」
ウィルが語気を強めてハンスに言った。
この状態は確かにおかしいし、ハンスの呪いが解けたとたん孤児院の子どもたちが苦しみだしたら、と考えたらこのままでいい、と思ってしまうハンスの気持ちもわかる。
みぃちゃんとキュアが浄化の魔法陣を町中に張るのかい?と精霊言語で聞いてきたがそれでは根本的な解決にはならない。
ちょっと腐ったものを食べてもいい、というゆるい衛生観念を捨ててほしいのだ。
「責任を取るべき人間に責任を取ってもらおうよ」
ぼくがそう言うと、呪詛返しをするかい、とウィルが言い出した。
「領主の子どもや孫の代のことまで考えたら、呪詛返しより呪いを解除すべきだよ」
「そろそろ、領主を戻してみるかい?」
兄貴の言葉を受けて、ぼくは現状認識を済ませた領主にすべての責任を取ってもらうことを提案した。
ハンスはそんなことが出来るのか、と驚いたが留学生たちは賛成してくれた。
「まあ、やってみようよ。死にたくなければちゃんとやってくれるよ」
ウィルは左口角を少し上げて、任せてくれ、と言った。
「私は間違っていました。親がやって来たように領地運営をすれば問題ないと頑なに信じていました。ハンス君も、他の受難の子たちもこんな悲惨な目に合ういわれはなかったのです。この町の誰もが、受難の子になる可能性があったのです」
領主はぼくたちに土下座しながら、先に口にしたのは言い訳だった。
旧領主一族は跡継ぎ以外の全員が一般市民になっていたので、町中に遠い親戚たちがたくさん居る状態だったのだ。
「ハンス君。ごめんなさい。許してください。どうか、呪詛返しだけは勘弁してください」
「だいぶん反省したようですけれど、口ではどうとでも言えるし、何よりあなたは短絡的で、喉元過ぎればまた領民を虐待し始めるかもしれない」
ウィルはそう言うと高速で領主の髪の毛を抜いた。
ギャー、と領主が悲鳴を上げて地面を転がりまわった。
そんな領主を気持ち悪い生き物でも見るような目で見ながらウィルが言った。
「これは、担保に過ぎません。貴方の先祖や貴方が、罪もない領民を虐待したように、行動を改めなければ貴方の子孫が同じ目に合うだけだ。護りの結界一つろくに作れない領主なんだから、領地の厄災くらい領主一族が担えばいいんだ」
「そうだね。領主らしい仕事をしなければ領地の厄災が全てあなた方一族に降りかかればいい」
「それなら、ぼくも許せそうです」
ハンスがそう言うと、駄々っ子のように横になっていた領主が起き上がった。
「そうか!許してくれるのか!!」
都合の良い言葉だけよく聞こえる耳の持ち主のようだ。
「「「「「「「「「「「領主の仕事を全うしないと許されないよ」」」」」」」」」」」
ぼくたちが声をそろえて念を押すと、領主は縮こまった。
「祠の広場に戻ってからすべきことと、近日中に成し遂げること、一年かけて成し遂げることは……これらが達成できないと呪詛返しの魔法が発動するかもしれないよ」
ウィルが涼し気な笑顔でそう言った。
ここから先は小芝居じゃなく大芝居を打って出なければいけない。
全員気合の入った顔つきになった。
祠の広場に戻るとぼくたちは領主を先頭に光の神の祠に魔力奉納をした。
「ああ、皆の魔力奉納のお蔭で、私が神々のご加護を代表して授かったようだ!魔力がみなぎっておる!!」
芝居がかった大きな声で領主がそう言うと、闇の神の祠に入った。
地下からぼくのスライムが精霊言語で語り掛けてきた。
“…………ようやく出番が回ってきたねぇ。こっちはいつでも大丈夫だよ”
ぼくは光の神の祠に入り、ぼくのスライムに今だ!と合図を送った。
地上の結界にぼくの魔力がいきわたるようにイメージして魔力奉納すると、地下から神々から魔力増幅を受けたぼくのスライムが放ったぼくの記号を組み込んだ魔法陣が爆発的に広がった。
神々もこの茶番を気に入ってくれたのか、ずいぶんサービスしてくれたようだ。
祠の中にいても外が光ったのがわかった。
祠の外に出ると広場に精霊たちが集まっており、ぼくたちを遠巻きに見ていた市民たちや警護の騎士たちがあれは何だ、と狼狽えていた。
領主がもったいつけたようにゆっくりとした動作で祠から出ると、両手を高らかに上げて、拡声魔法で大声を出した。
「ああ、私は天啓を授かった!神々は、人々の苦境を救えと、と私に伝えた!!」
精霊たちが飛び交う広場で両手を天に掲げた領主は、本当に天啓を授かったかのように見えた。
「私は宣言する。カビの生えた小麦や腐った食料を口にしてはいけない!カビた小麦を城に持参した者に、騎士団の安全な備蓄食料と交換する!浄化の魔術具を自ら行使し、人々の食糧を安全な物にすることを七大神に誓う!」
領主がそう宣誓すると、広場を取り囲んでいた人々から歓声が上がった。
そんな喜んでいる人々の奥に一筋の光が天に昇っているのが見えた。
「あそこには何があるのかな?」
領主が護衛騎士に止められながらも演説を続けているのを、冷めた目で見ていたハンスに聞いた。
「あれは、迷いの森だよ。入り込んだら出られなくなると言われている森で、町の人は絶対に入らないんだ」
ぼくと兄貴とウィルは頷きあった。
この領を護る結界の起点があそこにあるに違いない。




