表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
251/809

領主の素質と素養

「領主一族は領主一族に生まれたからと言って、領主になれるわけではないのですよ。資質が無ければ分家の子どもと取り換えることすらあるのです。国境の町はきわめて合理的に代表者を選定しています。その時一番魔力のあるものたちで輪番制にすれば一人に掛かる負担も軽減されるでしょう」

 ウィルがトコトコ歩きながら言った。

「ああ、この辺りがラウンドール公爵領だ。美しいでしょうこの魔法陣の重ね掛け。適性が無いとこの魔法陣を全て光らせることが出来ないのです。まあ、結界を護るための仕掛けは各領主の秘密ですから、首をすげ替えたところで結界に魔力を注げない。付け焼刃な魔法陣で誤魔化してもしょせん領土全体まで守ることは出来ない、ということですね」

 ウィルは見えない上級精霊に語り掛けていたのだ。

 “……ああ、そうだよ。聡い子は好ましいね。君のご先祖様は素晴らしい英断をした。負け戦をいつまでも続けていたら確実に後継者を失っていただろう”

「お前は時代が違えば王子様だった、と言いたいのか。だからどうした、公爵子息と言っても所詮三男。せいぜい騎士になるか、適当な家の婿養子にでもなって、俺の領規模の領地経営をするのが関の山だ」

 遠くで領主が地団太を踏んで喚き散らしている。

「エセ領主ごときに下衆の勘繰りをされたくないね。ぼくは神の祝福を受けし世界に生まれた、己の役割を果たすだけだ」

「ウィル、そいつに何を言っても伝わらないよ。神々の目の止まるような魔力も善行も、とくにないやつだもん」

 兄貴はみぃちゃんを連れて、国境の町の小さいけれど根の深い魔法陣の上に移動しながらそう言った。

「孤児院の孤児たちより注目されていないだろうね」

 ぼくも賛同すると、ああ、やっぱりそうか、とウィルが言った。

「魔獣カードの基礎デッキの中になんか違和感のある砂鼠のカードがあったんだよね。発動条件がわからなかったから、遊んでみても普通のカードと変わらなかったんだよ」

 教会の子どもたちにあげたカードの中に隠れレアカードがあったのを、ウィルは見逃していなかった。

 現在確認されている隠れレアカードを孤児たちが所持しているということは、偶然ではないだろう。

 きっと運命の神様がこっそりご加護を与えているに違いない。

 “……ハハハハハ。お前たちのそういう考え方も、神々はお楽しみになっている。魔力量や素質は血縁者に左右されるが、人の行い次第でどうにでもなる。お前たちは対外的な配慮を除けば家柄なんか気にしていない。個人の資質と能力に着目し、自分自身の魔力を増やすことに余念なく努力し、授かった魔力の責任を果たそうとしている。本来魔力とはそうして獲得し、神に捧げるものなのだ”

 授かった魔力を神に奉納することで土地の魔量を高める。

 そして、土地の魔力が生き物を育み、高魔力保持者が再び神々に祈ることで土地に魔力を還元する。

 そうした魔力の循環を円滑に行う世界の理から外れた地域で魔法を使っても、世界の理から魔力の循環が来ない。少ないのにさらに魔力を使うから土地に魔力が極めて少なくなっていったのだろう。

 “……馬鹿にはまだわからないのか”

 上級精霊の嘆きに、領主は拳を振り上げて、バカバカ言うな!と怒りをあらわにした。

 もっと明確に見せつけないと理解できないか。

 “……あたしがジョシュアの代わりにするわ”

 みぃちゃんがニャァ、と一鳴きした。

 ぼくと兄貴の足元のみぃちゃんが、金色に輝く魔方陣に跪いて両手をつけて魔力を流した。

 ぼくのスライムもちゃっかり魔力を流している。

 ぼくたちの魔力は各々が注いだ魔法陣に沿って広がりゆっくりと地下の()に浸透していった。

 ウィルもすかさずぼくたちの真似をした。

 こういう時にちょっとしたいたずら心が湧き出てしまうのが、ぼくの癖みたいなもので世界の理にまで浸透した魔力が、分子レベルに細かくなり増幅して爆発的に拡散することを想像した。

 バーンと広がったらカッコいいだろうな。

 そんなことを考えながら、ぼくたちの魔力がキラキラと煌めく血液のように、地中奥深くへと浸透していくのを見守った。

 唐突に、ぼくの頭の中に大量の魔法陣が白い光で刻み込まれた。

 ぼくたちの魔力が世界の理へと、届いたことで世界の理の情報の一部を得ることが出来たんだ!

 上級精霊が模倣した魔法陣だと思っていたのに、本物の世界の理に繋がっていたんだ!!

 神の叡智の一部をいただいてしまったことに、ぼくは全身に鳥肌がたった。

 地下の奥底のぼくたちの魔力が温かい何かに囚われて、ギュッと圧縮された後、高エネルギーを得て爆発するように膨張した。

 ぼくたちの魔力が混ざり合って微細な粒子となり、地表に向って一気に放出された。

 真っ暗な暗黒世界を光の粒子が広範囲に一瞬で拡散した。

 基本的な光の流れは結界に沿って流れているが、結界の道筋がないところへもリンパ液が染みていくように地表の隅々まで微細な魔力は拡散していき、ガンガイル王国の結界の範囲を越えて魔力の粒子は届いていた。

 遠く離れた領主の結界まで微細な魔力は到達した。

 キラキラと輝く微細な魔力は、真っ暗だった亜空間に地平線の存在を明確にした。

 暗黒世界は地上と空の境界を得た。

 神々の箱庭の世界にぼくたちが生きていることを実感した。


「ななななな、なぜなんだ!何故に光の粒が我が領地に届かない!」

 喚き散らす領主の結界の中には微細な魔力の粒子は入り込まず、結界の周囲に光の粒子が堆積して層をなしていた。

 ウィルは領主の声を無視して、なるほどねぇ、と唸った。

「これが魔獣暴走の引き金になるのですね!」

 “……ああ、そうだよ。こういう微細な魔力だまりの層に魔獣たちは集まる。だが、ガンガイル王国の王都を襲った魔獣暴走はこれとは種類が違う。王都を襲撃した魔獣たちは、集団狂乱した状態で本能的に一番魔力が多いガンガイル王国の領都に暴走しただけだ。国境の町のバイソンの群れのように、ただ単純に周囲の環境下で一番魔力が高いところに魔獣たちが集まって来るだけなら、まだそれほどの問題ではない。今あの愚か者の領地の周囲に堆積している魔力の粒子を求めて集まって来る魔獣たちは昼夜を問わずに集まって来る”

 ぼくのスライムが自分の出番だとばかりに得意気に言った。

「死霊系魔獣が襲来しやすい土地になるんですよね」

 憧れの上級精霊を前に、ぼくのスライムは嬉しそうに体を震わせた。

 “……ああ、そうだよ。さすがスライムは同族をよくわかっている。絶望しかない地ではスライムは増殖しない。よって、すでに死霊系魔獣が多く居る状態なんだ”

 死霊系魔獣の魔獣暴走なんて想像したくない最悪な事態だ。

「っま、まっ……まっ、ま……魔獣暴走の寸前だというのか!それも死霊系の!!」

 “……うるさい。体験してこ……”

 上級精霊の思念が伝わりきる直前に喚いていた領主が消えた。

 想定される最悪な未来が再現された亜空間へ送り込まれたのだろう。

 シロには過去しか再現できない。とても高度な技術なんだろう。

 “……ご主人様。私も精進いたしますからしばしお待ちください”

 姿を消しているシロが、思念だけを送ってきた。

 ぼくたちは日々学習するしかない子どもなんだ。これから頑張ろう!

 うるさい領主が別の亜空間へ飛ばされると、暗黒世界が一転し、いつもの真っ白い亜空間の茶会の席にいた。


「自己紹介がまだだったね。ガンガイル王国ラウンドール公爵三男ウィリアム君。私はカイルが神々から依頼された各地の結界の補強作業を陰ながら補佐する役目を申し付かったしがない上級精霊だ」

 そう言いながら優雅にお茶を勧める上級精霊の姿を、自分の好みの角度から見えるポジションに居座ったぼくのスライムが、うっとりと見つめる不思議な茶会が始まった。

 上級精霊と初対面のウィルはシロの亜空間と違う静謐な空間に圧倒されていた。

「あの馬鹿領主はどこへ行ったのですか?」

 席に着いているのは上級精霊とぼくと兄貴とウィルとみぃちゃんだけだ。ウィルは一人足りないことを指摘した。

「もしもを再現した亜空間に送っただけだ。もしも、ガンカイル王国から魔力の支援がなかったなら、砂漠化した領地への責任を取らされて、物理的に首が跳ぶ事態になるだろう。その後、もう一つのもしもが再現される。カイルが何の援助もせずに、あいつの領地を立ち去った状況を再現する。城壁の外に死霊系魔獣が徘徊し、物流が止まり、市民に餓死者が現れ、火葬することもままならなくなり、死者が死霊系魔獣に吸収され巨大化し、領都が死霊系魔獣の巣窟になるが、あいつ自身も死霊系魔獣に吸収されてしまう」

 ……それはえげつない。

 精神的に耐えられないだろう。

 ぼくと兄貴とウィルが想像して顔色を変えると、上級精霊はハハハハハ、と笑うだけだった。

 精霊に人間の情を求めてはいけないのだろうが、いくら馬鹿領主とはいえ、精神的にオーバーキル過ぎる。

「まあ、そんな顔をしなくても、惨劇の寸前で止めるよ。あいつはわかっているのに思考を止めている。自分自身の魔力が足りていないことも、一族から受け継いだ魔法陣が不完全なことも、自領にこの領地を支える魔力の素質を持つものが存在していることも、本当はわかっている。今、行動に移さなければ限界が来ているということをわかっていないだけだ」

「領主に代われる魔力の持ち主が、この領に存在しているのですか!?」

「その割に町全体の護りの結界が弱いのはどうしてなんだろう?」

「祠参りが出来ない状況下に置かれているのかな?」

 ぼくたちはあまりに脆弱な護りの結界に、城下町に足を踏みいれた時から心配していたのだ。

「教会の下働きとして細々と祈っているだけだから、なかなか町全体には行き届かない。おまけに本人もあまり熱心ではない。己の立場が変われば、この地の精霊たちが自覚をするように促すだろう」

 精霊たちが夢で干渉し始めるのだろう。

「上級精霊様。どうせこのままこの地を放置するわけにもいかないでしょう。あたいが一足先に地下に潜って本物の護りの結界を世界の理と繋いできましょうか?」

 ぼくのスライムがそう提案した。

「ああ、そうしよう。神々もそうお望みだ」

 ぼくのスライムはバージョンアップした土竜型の魔術具に乗り込み、真っ白な亜空間から直接地下へと送り込まれた。

 不意に一つの魔法陣が頭に浮かんだ。

 真っ暗な亜空間で脳裏に刻み込まれた魔法陣の一つをぼくのスライムに精霊言語で伝えると、土竜の魔術具が地中に潜る速度が上がった。

 どうやら普通の魔法陣より強力な魔法陣を授かったようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ