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小芝居

 領城は辺境伯領城より小規模で、尖がり屋根が可愛らしい城だった。

 謁見の間に通されたのは留学生一行と商会の代表者とベンさんのみで、後の人たちは控室で待たされることになった。

 商会の人たちには用心棒としてキュアの鞄を預け、お目付け役としてみぃちゃんのスライムを待機させた。

 謁見の間への入室前の身体検査でベルトにつけた収納ポーチやみぃちゃんのポーチを没収されるかと思ったが、ガンガイル王国の高位貴族の子息たちに敬意を示さない扱いをするようなら、今すぐ父上に知らせるぞ、と子どもっぽくウィルが叱責してくれたお蔭で、蓋を開けて見せるだけで終わった。


 謁見の間に領主が入ってきたが、ウィルとの打ち合わせ済みのぼくたちは起立し目礼しただけで済ませた。

 領主も家令たちも皆、ぼくたちの態度に眉をひそめたが、どちらが上位者なのかを出合頭にバシッと知らしめる方が良い、とウィルが強く主張したのだ。

「ご挨拶よりまず先に、ガンガイル王国、国王陛下より勅命受けし、帝国留学諸国漫遊親善大使、ラウンドール公爵子息一行を、国境の町より一両日中にと領城に呼びつけた火急の要件を伺いましょう」

「城壁の外の荒廃から察するに大変なことが起こっているようですが、大事な結界に何か異変が起こっているのでしょうか!?ガンガイル王国では考えられないほどの荒廃ぶりです」

「もしかして、領主様はご病気なのでしょうか!」

 領主にぼくたちが紹介される前に、無作法だが、ウィルとぼくと兄貴が、畳みかけるように真実と疑惑を投げつけた。

「いや、なに……」

 言い澱む領主を尻目に、ぼくたちは小芝居を続けた。

「ああ、失礼いたしました。大きな声でこのようなことを!ですが、道中の荒廃ぶりに我々はすっかり動転してしまったのです」

 ベンさんが大人らしく、子どもたちの無礼を詫びたが、荒れ果てた領地にぼくたちがすっかり動揺したからだ、と弁明した。

「このような状態でしたから、近年、食物関連の輸出量が増加していらしたのですね」

 商会の代表者が具体的な数字を列挙しながら、食糧や衣料品の輸出量と、高騰している運搬費についてつらつらと報告した。

「緊急食糧援助が必要なのでしたら、ガンガイル王国へ大至急、手紙を届けることが出来ます」

「ああ、それでしたらガンガイル王国側の国境の町に、先日、大量の食糧を卸したばかりです。それこそ一両日中にお届けすることも可能です!そうですね……」

 商会の代表者は、卸値に、特急の輸送費を加算した金額を計算してすぐさま提案した。

「ああ、いや、なに……」

「駄目ですよ。こんなに荒廃した領地ではその金額は高すぎです。今、飢えている人を助けることは火急でしょうが、現実的な金額でないと話になりませんよ」

「宰相はどなたですか?喫緊で必要な麦の量は、如何許りでございましょうか?小麦の代用穀物であれば価格を抑えることが出来ます」

「ああ、でしたら蕎麦粉はどうでしょうか?茹で汁でさえ栄養価が高く、貧民たちへの炊き出しにすれば、それで繋がる命がたくさんあるでしょう」

「急がなくては失われてしまう命があるのですよ」

「そ、其方たち、勝手なことを……」

「あああああ、父上からの返信です!」

 窓ガラスをコンコンと叩く音がするや否や、ウィルが窓に駆け寄って鳩の魔術具を中に入れた。

 今まで呆気に取られるようにぼくたちを見ていた領主の護衛騎士たちが、即座に槍をウィルに向けたが、ぼくが魔法の杖を一振りし、ウィルに向けられた五本の槍を風魔法で一気に振り払った。

 宙を舞った五本の槍はシャンデリアに当たることも無く、クルクルと回転しながら護衛騎士の手に戻った。

 狼狽える護衛騎士たちを気にすることなく、ウィルはラウンドール公爵の手紙を読み上げた。

 内容は、ガンガイル王国の隣接領の一大事に馳せ参じる息子を誇らしく思う、出来る限りの支援を行うので、早急に詳細を知らせよ、というものだった。

「無作法をお許しください。緊急事態故、取り急ぎ返信をさせてください」

 ぼくが魔法の杖を一振りすると、ガンガイル王国上級魔法学校生徒会長イザークの中級学校卒業制作の自動筆記の魔術具に、悪ノリしてぼくが魔改造した文鎮のような魔術具を取り出した。

 どんな魔改造かというと、机が無くても空中に紙と共に宙に浮かび、音声をそのまま記述できるタイプしないタイプライターのようなものだ。

「前略、父上様。ガンガイル王国の隣国の領地は凄まじい荒廃ぶりで、町や村の結界の及ばぬ土地は、まるで砂漠かというほどの荒廃ぶりです。人々はそれでも魔獣狩りの制限をかたくなに守り、ぼくたちが捕獲したバイソンの肉を求めて町に入るなり群衆が押し寄せてきました。税率も高く、一年暮らすのにギリギリな食糧しか手に入らない人々はバイソンの肉に涙を流して喜んで購入していました。国境側の町はまだマシな有様で……」

 自動筆記の魔術具がウィルの言葉を、一字一句漏らさずカタカタと音をたてながら文字起こしした。

「ぬ……ぐぅ……っ!!やっ、やめんか!……やめろー!!」

 シー、とぼくたち全員が口の前に人差し指を差し出して、大声で制止に入った領主を止めた。

 ぼくは大口を開けて声を出さずに、全部記録されてしまいます、と唇の動きで伝えた。

「国境へ続く街道を、緑を求めて移動してきた百二十頭を超えるバイソンが占拠していたのを、元ガンガイル王国騎士団小隊長にして……留学生一行筆頭護衛の冒険者ベンジャミンと、ガンガイル王国、国王陛下勅命、帝国留学諸国漫遊親善大使である、我々騎士コース履修生たち八名が、周辺の森の魔力を回復させ、見事に駆逐いたしました。食糧難にあえぐこの地の物流を回復させたのです。ですか、火急の用で馳せ参じた領都周辺は……敬具」

 ウィルは正直にすべてを話すと、手紙を鳩の魔術具に託し窓辺に再び近づいた。

「や、やめてくれ。頼む。……申し訳なかった」

 領主がそう言うと、兄貴は護衛たちの魔力を使って軽くかけていた威圧を、領主だけ解いた。

 言いようのない重圧から突如解放された領主は身震いした。

「申し訳ない。火急の用などない。無茶な要求で国境の町を無法者に仕立て上げて、町長選出の権利を奪い取る手はずだったんだ」

 力なく項垂れた領主は、本意をあっさりと白状した。


「舐め切っていますね」

「ああ、どうして、千年近くあの町があの状態でいられたのか、何もわかっていませんね」

「歴史から学ぶことが出来ないのでしょうか?」

「出来ないからこうなっているんでしょうね」

「我が国と、あの町を舐め腐っていますよね」

「ガンガイル王国民、いや、ガンガイル辺境伯領民として、これがこの国の実体、これが帝国属国のなれの果てかと思うと、腹が立つより哀れに思いますね」

「ああ、ガンガイル王国併合国、ラウンドール領出身者から見ても哀れだね」

 内緒話の結界を張ったから、ぼくたちは遠慮なく次々と本音を口にした。

「城下町を辛うじて支える結界しか張れないくせに、千年続く町の結界を破壊しようとしているんだ。これが愚行でないのなら何が愚行かわからないね」

 ぼくたちの言葉に、領主は青ざめた顔で首を横に振った。

「……豊かな土地を手に入れなければ中央帝国に収める収穫税が足りず、致し方なく各地から搔き集めているのです。収穫量の多いあの町周辺の税率を上げるために町長の首をすげ替えるつもりで、留学生御一行様には道中迎えの騎士が手違いを説明する予定であったのです」

 取り繕うことを諦めた領主は、帝国が収穫税を現金ではなく穀物で徴収していること、年々取り立てが厳しくなっており、収穫量の多い地域を直轄地にしなければ今年の徴税は支払えないことを暴露した。

 領主は迎えに騎士団を隣町に待機させていたのに、ぼくたちの足取りが突然消え、領都にいきなり現れてしまったので、計画が狂ってしまった、巻き込んでしまって申し訳ない、と土下座せんばかりに頭を下げた。

「ガンガイル王国国王勅命親善大使にご無体を働くつもりは全く無かったのです」

 ぼくたちは顔を見合わせて、揃ってため息をついた。

「ぼくたちへの無茶振りについては、ひとまず棚に上げておこう。それよりも、馬鹿につける薬を考えなくては話にならないな」

 ウィルはそう言うと、ぼくと兄貴を見た。

「うん。思考回路を変えなくてはどうにもならないね」

 兄貴も頷いたところで、ふわっと浮くような感覚がきた。


 上級精霊の亜空間に招待されたのは、ぼくと兄貴とウィルと領主だけだった。

 いつもの真っ白な亜空間ではなく、砂漠の真ん中にポツンと置き去りにされている。

「どっ…どどっ……どど、どこなんだ!ここは!!」

 領主は辺りをキョロキョロと見まわした後、ウィルに掴みかからんばかりの勢いで言い寄った。

 “……タスケテ……”

 ここは……かつて夢枕に立った精霊の居た土地だ。

「数年前の自領の様子をもう忘れたんだ?」

 兄貴がボソッと呟くと、領主はハッとしたように辺りを再び見渡した。

 茶色く霞む向こうに領都の城壁が見える。

「あ……あれは乾季が長く続いて偶々埃っぽくなっただけだ」

 “……減らず口をきくな。時の覇者に媚びを売って領主一族を乗っ取った末裔どもが、護りの結界を破壊したくせに新たな結界をまともに築くことも出来ず、土地の魔力を吸い上げるだけ吸い上げた末路にすぎん”

 上級精霊は姿を見せずに、精霊言語で直接領主に語り掛けた。

 よし!

 ここから小芝居の第二幕だ。

「ああ、上級精霊様」

 ぼくがとっさに跪くと、ウィルと兄貴もすぐさま真似をした。

「じょ、じょ、じょ……」

 “……うるさい黙れ。この地に今、僅かに緑が蘇ったのは、ひとえにこの地がガンガイルの地に隣接しているからに過ぎない。ガンガイルの地からの祈りと魔力で何とかここまで回復したのだ。この子らのお蔭でお前は首の皮一枚で繋がっている状態なのに、何故にそうも威張り腐っておるのか!”

 上級精霊の言葉を理解できない領主は、跪くぼくたちにおろおろとした表情を見せたり、口をパクパクさせたりするばかりで、何もできずにいた。

 その瞬間、ぼくたちの居る亜空間が漆黒の亜空間に変わった。

 突然の暗転に領主の狼狽えたような、ヒェッ、という甲高い声がした。

 “……愚か者のために、結界を可視化させてやろう。これが、お前が自分の領土だと主張する土地の護りの結界だ”

 領主の足元で金色の魔法陣が円錐状に光を発し、胸の前で両手の拳を握りしめてへっぴり腰で震えている領主の姿が浮かび上がってしまった。

 例えにしても結界が小さすぎる。

 領主が一歩足を前に出せば結界から外れてしまう大きさだ。

 “……そしてこれが、ガンガイルの地の結界だ”

 上級精霊の言葉が頭に響くと、領主が自身の結界と共に暗闇のずっと奥に引っ張られるように遠くに行ってしまい、妖精型のシロくらい小さく見えた。

 そして、ぼくたちの足元には様々な結界が複雑に重ね掛けされ、サッカー場ほどの大きさに広がって、重なっているそれぞれの結界から草の根のように細く長く、地面の下に光が伸びていった。

 “……格が違うのに成りすましているから、こんな惨状になっているんだ”

 上級精霊は隅っこに縮こまっている領主にそう言い放った。

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