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空飛ぶ馬車

「町長にお伺いいたしますが、この手紙はいつこの町に届きましたか?」

「つい先ほどです。大至急直接手渡しするように、と騎士団の早馬の伝令から言い渡されました」

 ウィルはこめかみに人差し指を当てて何か考え込んだ。

「この町の町長は古からの伝統で任期が決まった輪番制ですよね」

「ええ、よくご存じですね」

 町長は驚いたようにウィルを見た。

「ええ。勉強してきましたから」

 ぼくたちは馬車の中で次に行く場所の歴史を、普通の本のふりをした魔本で学習しているので、知っていただけだ。

 この町は規模の小さい辺境伯領のような土地で、とても歴史が古い。

 飛竜の居ない飛竜の里のような存在で、飛竜の里ほど独立自治ではないが、所属する国は時代によって変遷するし法も領主にしばられてる。ただ、町長の輪番制を認められている程度だ。

 五つの家系で五年おきにその時魔力が一番多い人が町長に選出される。ただし、同じ家系から二期連続しない、という規則だけはある。

 小さな規模の町で、これといった特産品も無く、宿場町とは言っても隣町の方が大きく、あまり魅力のない地だからこそ認められているようだ。

 留学生のみんなと共有していない魔本情報としては、教会や貴族たちが台頭してくる前の時代の地方の小規模な町や村では、結界を維持する魔力を確保するために当たり前のようにあった制度だったらしい。

「ガンガイル王国の貴族としての発言ではなく、一留学生としての見解ですが、非常に合理的な制度だと思います。ですが、現在一般的ではないため、貴族階級ではない町長は軽んじられて、こんな扱いをされてしまうわけですね」

 ウィルも独自の情報があったようでそう言うと、町長はご理解いただけて幸いです、と頭を下げた。

「ですが、この招待の内容ですと、どうも、ここの領主は我々に喧嘩を売っているようです」

 手紙の内容は、この手紙を受け取ってから一両日中に登城せよ、というものだった。

「その喧嘩は買いましょう。商人として、とても美味しい喧嘩です」

 商会の代表者は目を細めて笑顔で言った。

「騎士団の早馬でも三日かかるのですよ。一両日中なんて無理ですよ」

「いえ、可能ですよ。手段を択ばず、という文言が明記されていますから、何をやっても許されるはずです」

 ウィルの発言に居合わせた教会関係者一同が、ギョッとした。

「……転移の魔法陣」

 魔力消費量が半端ないので、使用途中で魔力枯渇死を迎えてしまう、といういわくつきの禁忌魔法があるのだ。

「そんな物騒なものは使いませんよ。うちのポニーたちの蹄鉄は魔術具なのです。今回はあの子たちに活躍してもらうだけです」

 ウィルはそう誤魔化した。本当の秘密は馬車にある。

 一両日中なら時間はまだあるが、ぼくたちは急遽出発することになった。


 こんなに急にお別れするなんて、とボビーは子どもたちと一緒になって泣いた。

 初対面から一日でここまで極端に印象が変わる人はそういない。

 いい歳した大男が号泣する姿に、子どもたちがドン引きしていた。

 お蔭で、悲しい雰囲気のお別れではなく、笑いながらみんなで手を振って出発することが出来た。


 町の門を出ると、ぼくとみぃちゃんのスライムがポニーたちを包み込んでペガサスのような羽を生やした。

 ぼくが留学生の馬車、兄貴が商会の馬車の御者と交代すると、馬車を変形させるボタンを押した。

 馬車の上部から翼がせり出して、その両先端が大きな回転翼に変形した。

 後方も尾翼に変形した。

 イメージとしてはオスプレイだ。

 ポニーの翼が羽ばたくと、回転翼が回り出したように見えるように、スライムたちとタイミングを合わせた。

 準備が整うまで時間がかかるのが欠点だが、見たことも無い魔術具に恐れをなした人々が近づいてこないことが利点だ。

 いや、ホントのところは、猛烈に吹き付ける土埃のために後退しただけかもしれない。

 結果オーライ!準備万端!離陸開始!

 精霊言語で合図すると、ポニーたちに負担をかけないためにゆっくりと上昇した。

 二頭は、飛んだ、飛べるの最高!と喜んでいる。

 高速で飛行すると二頭のポニーに負担がかかるだろうから、上昇の途中で全身に薄く広がっているスライムが発光し、目くらましをしている間にポニー専用席に乗り込ませた。

 そこから馬車は加速仕様にさらに変形した。

 正式な飛行許可はないが、手段を択ばず、と明記された書類を持っているのだ。

 来いと言われたのだから、飛んで行ってやるだけだ。

 後部座席の留学生全員が手を叩いて喜んでいる。


 後日、司祭から地上からどう見えていたかを詳細に書いた手紙をもらい、知ることになるのだが、ぼくたちの馬車は上空に精霊たちが光の天井を作り、馬車の行方を攪乱したようだった。

 もしかしたら、シロが干渉して人々の記憶を入れ替えたのかもしれない……。

 まあ、知ってしまったのが後日だから、時間をさかのぼれないシロには訂正できない事だから、取り敢えず放置することになるのだ。


 飛行は極めて快適だった。

 天気は良好で、高密度の魔力の塊である空飛ぶ馬車に挑んでくる魔鳥は一羽もいなかった。

 途中の町を見下ろしながら飛行するのは楽しかったが、この世界の荒廃を目の当たりにすることとなった。

 町や村の結界がある周辺だけ緑があるが、それ以外は砂漠の雨季より緑がなかった。

 住処を失った魔獣たちが移動せざるを得ない現状に、浮足立っていた留学生たちは次第に口数が少なくなった。

 これがガンガイル王国の外の世界の現実なんだ。

 神に祈ればたくさんの恩恵を受けられる世界で、どうしてここまで荒廃してしまうのだろう。

 “……ご主人様。ご主人様が居なかった世界はこの程度では済んでいません”

 コックピット、いや、御者台の助手席に座った犬型のシロが精霊言語で答えた。

 たらればの話は信憑性がないが、ぼくたちが大地の神を重点的に祈ったから、辛うじて緑が残ったのだろう。

 東西南北の砦を守る一族と緑の一族が懸命に護っているのに、少し結界から外れた地域ではこんなに荒れてしまっているのか……。

 “……ご主人様。古代の伝統を守る地を孤立させるために極端に狙い撃ちされています”

「帝国はガンガイル王国の近隣を狙って護りの結界を壊しているの?」

 ぼくとシロの間に座ったみぃちゃんがシロに質問した。

 “……自分の知らない国のことは、太陽柱の映像が過去か現在か未来かがわかりませんから、何とも言えないですね”

 自分には判断できない、とシロは答えた。

 世界全体の砂漠化はそこまで深刻に進んでいないのだろうか?

「飛竜たちも土地の魔力が低いところに行かないから、飛竜の里に遊びに来る飛竜たちも良く知らないんだよね」

「まあ、行ってみなければわからない、ということなんだよね」

 どうせ行くんだからいいじゃない、とぼくのスライムが呑気に言った。

 とりあえず目の前の問題を一つずつ解決していくだけだ。


 喫緊の問題は着陸地点だ。

 領都上空から東西南北のどの門を見ても、往来する馬車や人が途切れている場所がない。

 街道から離れた場所にヘリポートでも作るしかないだろう。

 目立たないように城壁から離れた場所にしたところで、枯れた原野では見晴らしが良すぎる。

 “……どうせ飛んできたことを説明しなければいけないんだから、あそこの広いところに見せつけるように着陸しても良いんじゃないかな?”

 兄貴が精霊言語で大胆な提案をした。

 城壁内に翼を広げた二台の馬車が並んで着陸できる広さがある場所が見えるけれど、あそこはおそらく騎士団の訓練場だろう。

 “……ご主人様。あそこに着陸したら。騎士団員に囲まれて一斉攻撃を受ける可能性があります”

 それはそうだろう。

 “……駄目かな”

 駄目に決まっている。騎士団に負ける気はしないけれど、無駄な争いはしたくない。

 “……ご主人様。街道脇でしたら、どこででも大丈夫でしょう”

 でしょう?

 シロにしては不確かな情報の出し方だ。

 城壁の砦から見えることは気にせず、門に並ぶ馬車から見えない程度のところの街道脇を選んで、土魔法で着陸場所を整地した。

 ぼくの行動に賛同した精霊たちが光の円柱を作るかのように着陸地点に集まってきた。

 どこに着陸しても精霊たちが助けてくれる可能性が高い、ということだったようだ。

 シロが精霊たちを誘導したわけではないから、でしょう、という表現をしたんだな。

 突然出現した光の筒に、街道を往来する人々が足を止めた。

 二台の空飛ぶ馬車は誘導されるようにその光の筒に入ると、ゆっくりと降下し始めた。


 着陸すると馬車を元に戻し、ポニーたちを繋いで街道まで移動した。

 精霊たちの光の筒は街道を込みで二台の馬車を包む半円形になりぼくたちを隠した。

 街道まで移動してから土魔法を解除し、着陸地点の原状回復を図った。

 全てが恙なく終わると精霊たちは消えていった。

 ありがとう。精霊たち!

「これは大地の神に感謝すればいいのかな」

 消えていく精霊たちを見ながらウィルが呟いた。

「領都の祠に魔力奉納をしようか」

 留学生たちも精霊たちの出現に慣れているから、大地の神の祠が無ければ即席で祭壇を作ろう、と言い出した。

 突然出現した大きな光が消えると奇矯な二台の馬車が現れたことに、驚く思念があちこちで飛び交っていたが、ぼくたちの馬車は何事もなかったかのように領都の門に続く街道を走り出した。


 門に着くと門番に領主からの手紙を見せた。

「ガンガイル王国留学生一行が到着したと、ご領主様にご注進してください」

 御者が門番にそう告げても、領主様?と首を傾げるだけだった。

 門番は申し送りを受けていないのか全く話にならなかった。

「手紙はご領主様直筆で、騎士団の伝令によって届けられたものです。ご注進していただけないようですが、我々は領城には向かわせていただきます」

 御者が語気を強めて言うと、門番が騎士団に問い合わせる、とぼくたちを足止めした。


 しばらく馬車で待たされそうな気配したが、そう待たされることも無く、騎士団に連絡がいったようで十人の騎士が迎えに来た。

 呑気にお弁当を食べていたぼくたちは移動中もそのまま食べ続けたが、御者と助手はすっかり食べそびれてしまった。

 領主の話が短ければいいけれど、わざわざ呼び出すのだから何か面倒なことが起こるんだろうな。

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