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夢と希望の大豆

「今日はこのくらいで止めておきますね。小さい頃にムキになって魔力を注いで魔力枯渇で死にかけたことがあるので気をつけています」

 精霊たちがもうやめるのかい、と名残惜しそうに大豆の苗の側で光っている。

 こんなことが可能なのか、精霊たちのお力なのか、と神官たちが囁き合った。

「ぼくたちが考えた実験計画書です。あの馬車が停車している辺りを畑として活用し、二年間に五作くらいで作付けする計画しています。連作障害を避けるためにトウモロコシなどの収穫量の多いものも間に挟みましょう……。精霊たちが集まる所は収穫が多い傾向にあるとガンガイル王国では報告されています……」

 ウィルがつらつらと司祭に説明したが、いまいちピンとこない顔をしていたのに、精霊たちが多い、という言葉に目が覚めたような表情になった。

「問題は、この教会は関係者全員が高齢で、慣れない畑仕事を頼むのはどうか、と思っていたのですが、良い働き手がいるようなので、大丈夫だと判断しました」

 兄貴が笑顔でボビーを見た。

「司祭の許可が出たら、三年間ここで農作業の仕事を請け負ってくれませんか?成果によっては報酬も二年目から上げます。冒険者として稼ぐより三年間安定した賃金を得るのも悪くないと思いますよ」

 ウィルはボビーに実験農場なので、記録の内容次第で報酬に上乗せをする、とボビーを口説いた。

「冒険者の仕事はここ数年で難しい依頼内容が増えて、俺のランクじゃ受けられない仕事ばかりになっていて正直きつかったんだ。力仕事は問題ないけれど、農作業の経験がないから上手くいかないかもしれない」

「収穫した大豆は教会のみなさんに寄進するので、収穫量に関係なく一定の報酬をぼくたちが支払います。記録の取り方はひな型を用意するので簡単ですよ」

 ぼくが記録の取り方を具体的に言うとボビーは眉間をひそめた。

 魔力量の問題ではなく勉強が嫌いで魔法学校を中退したのかもしれない。

「記録を取ることなら、私たちにも出来ます!」

 収穫物は教会の所有物とするという内容に、神官たちは前向きに検討しだした。

 司祭の落としどころは多分アレだ。

「こうやって育つ大豆はきっと精霊たちがいつも見守ってくださいますよ」

 同じことを察したウィルが司祭の興味を引く発言をした。

「精霊神の祭壇を畑に作ってみたらどうでしょう?」

「それは素晴らしい!是非とも始めよう」

 計画書に無かった思い付きを言うと、司祭は即座に賛成してくれた。

 日が暮れて宴会がおしまいになるまで、ぼくと司祭は精霊神の祭壇のデザインを相談していた。


 ぼくたちが顔を上げると辺りはすっかり暗くなっていて、コンロや七輪はすでに片付けられていた。

 夢中になり過ぎて気が付かなかった。

「今日は、本当にありがとう。人生が一変する喜びに出会えた。生涯を神の僕として身を捧げ、還俗して家族を持つことも無かったが、晩年にこうして孤児院の子どもたちが気さくに慕って戻って来るような田舎の教会で過ごすことが出来るだけでも幸せだと思っていた。だが、神に仕えるものとして本物の神の僕たる精霊の存在をこの目で見て、触れ合い、そして精霊と共に作物を育てる機会を恵んでもらえたんだ。この上ない幸せだ」

 司祭はぼくの手を両手で包んで感謝した。

 この人には長生きしてもらわなければいけないのだ。

 この地域の周辺は、こことガンガイル王国しか世界の理に繋がっている結界はない。

 それなのに、礼拝室の魔力からは司祭の魔力しか感知できなかった。

 副祭は礼拝室に入れる資格が足りないのだろう。

 万が一司祭の体調に異変があって、次の司祭が派遣されるまでの期間にバイソンの群れのような大型魔獣がこの町に襲来したら、ひとたまりもなく結界が破壊されてしまうだろう。

 だから精霊たちも司祭を気にかけているのかもしれない。

「先ほどの様子からしても、精霊たちもきっと楽しみにしているでしょうね。作付けしたら、毎日の変化がきっと楽しみになりますよ」

「ああ、そうだろうね」

 一つ二つと消えていく精霊たちを見送りながら、退席の挨拶をして司祭は下がっていった。


 ぼくたちは就寝前に馬車の中で明日の作戦会議をした後、各々の寝室に戻った。

 ぼくのスライムのテントでみぃちゃんのスライムのベッドに横になると、兄貴はバイソンのお肉を持参して実家に帰った。

 なんだかんだと疲れた一日だったので、みぃちゃんとキュアに挟まれて横になるとすぐに眠りに落ちた。


 日の出とともに起床したのは、スライムに起こされたからではなく、今日は張り切って自主的に起きた。

 身支度を済ませると兄貴も帰って来て、スライムたちが変形を解くと、外ではみんなが寝室を片付けて馬車に収納していた。

 朝食の支度の前に馬車を寄せて、半分先に耕してしまおうとしていたら、ボビーが荷物をまとめて孤児院に引っ越してきた。

 髭を剃ってさっぱりした顔になっている。

 どうやら、小汚い、と孤児院長に指摘されたようだ。

 他の冒険者たちとは長い付き合いだったわけではなく、バイソンの群れの討伐依頼を受注する時に組んだ即席パーティーだったので簡単に抜けることが出来たようだ。

「俺が地元で農家のまねごとをするって言ったら、連中、お似合いだって、言ったんだ。馬鹿にしているのかと思ったが、院長先生が人の話は最後まで聞け、と言ってたから、黙って最後まで聞いたんだよ」

 大きなガタイを小刻みに揺らして恥ずかしそうにボビーは言った。

「力が強いだけで俊敏さが足りない、とかいろいろ欠点があっても、今回のバイソンを仕留めたら運搬には必ず必要だった、年寄りだらけの教会では俺は必ず役に立つっていわれたよ。餞別までくれて送り出してくれたんだ。豆が出来たら食わせてくれ、なんて言うから魔力奉納したら教会で下げ渡しをもらえるかもしれないって言ってやったよ」

 機転の効く返しが出来るようだ。

 ボビーはこの先、成長の見込みがある青年なのかもしれない。

 “……ご主人様。司祭を好いている精霊が教会の用心棒を求めて干渉しているようです”

 喧嘩っ早いボビーを落ち着かせるように精霊たちが干渉するのは、本人にとっても悪くない事だ。

 馬車を寄せて空いた土地をボビーは鍬一本で耕し、ぼくたちの説明通りに畝を作った。

 早朝のお勤めを済ませた司祭がやって来ると、綺麗に耕された畑を見てボビーを褒めちぎった。

 髭を綺麗に剃った顎を引いて嬉しそうに頬を上げたボビーは、はにかみ屋さんの十六才の少年らしく見えた。

 若くして後ろ盾も無く世間にもまれ、少しでも年上に見られるように気を張って生活するうちにすれていったのだろう。

 孤児院長や司祭の前で取り繕うことなく笑っている姿がボビーの本来の姿なんだ。


 朝食は孤児院に招待されていたので、ベンさんが早朝から旨いパンを食わせてやる、と張り切っていた。

 バターロールと野菜スープとソーセージの朝食は、こういうのでいいんだよ、と思わせる美味しさだった。

 フワフワなパンだ、と子どもたちが喜んでいる。


 孤児院が併設されている教会に滞在しているというだけで、兄貴が実家からたくさんお土産をもらってきていた。

 魔獣カードの対戦用基礎デッキを子どもたちの人数分寄贈した。

 孤児院長は遊びながら文字や、魔獣の基礎知識を学べる、と喜んでくれた。

 魔獣カードの本来の目的を思い出してぼくと兄貴は笑った。

 留学生たちは基礎デッキの内容を知りたい一心で、孤児たちと一緒に開封して優しくルールを教えた。

 どうやらレアカードは混在していなかったようで、朝食後のレクリエーションは穏やかな時間になった。

 神官たちから、昨晩の話にあったトウモロコシを見てみたい、といわれたので、どんな目的で栽培するかによって品種が変わる、と伝えると毎日の食事の足しになる方が良いという返答だった。

 デントコーンでコーンフラワーにしようかスイートコーンにしようか、保存を考えたらデントコーンか。

 “……ご主人様。緑の一族のトウモロコシ研究者のハナから初心者でも育てやすい品種を頂いてきました”

 犬型のシロが褒めてほしそうな笑顔で舌を出している。

 やっぱり犬型のシロはかわいい。

 存分にモフモフしてから収納ポーチに手を入れると、種苗用に薬を塗布されたトウモロコシが入った袋と初心者用の書付が入っていた。

 孤児たちと留学生一行が魔獣カードで遊んでいる間に、ベンさんや孤児院長や神官たちを交えて輪作する作物を検討した。

 商会の人たちが、この地を訪れる他の部隊に農業指導員を帯同させる、と支援の継続を約束した。

 帝国で味噌と醤油の醸造所を立ち上げた商会は、安定した大豆の供給が課題で、実験は投資になるらしい。

 輪作の重要性を語ったからか、畑の半分はトウモロコシにして半分を大豆にしたいと孤児院長が提案した。

 収穫時にどちらかだけでも成功させて子どもたちを喜ばせたい、という孤児院長の思念を読んで、もう半分はトウモロコシ畑とその他の野菜を育てることにした。

 魔獣カードを遊び終えた子どもたちにトウモロコシの発芽の過程を高速再現するのを見せたのは、ウィルや他の留学生たちだった。

 ぼくのスピードで植物を成長させたら、子どもたちが無理をして真似をする悪い見本になる、とシロに忠告されたのだ。

 留学生全員で協力して魔力を注いでも発芽させるだけで精いっぱいだった。

 すぐ植えるわけではないからこれで良し。

 ポニーのアリスたちの排せつ物に藁を混ぜて、発酵の神の魔法陣を応用して堆肥を即席で作った。

「教会で実験するのはとても理に適っていますね」

 神官たちはしみじみと言った。

 馬車を教会前に移動し、残りの予定地も耕し、こっち側だけ堆肥と焼肉で出た灰をすき込んだ。

 大豆は根粒菌のお蔭で肥料をあまり必要としないのだ。


 ボビーの活躍で教会の裏庭の半分が畑になった。

 養蜂箱を用意して裏口付近の庭は季節の花を植えるようにして、蜂蜜をあてにすることにした。

 ここに妖精が住み着いたらいいな。


 ぼくが司祭と精霊神の祭壇を錬金術で制作している間に、みんなそれぞれ活躍していた。

 商会の人たちは養鶏所から雌鶏五羽をバイソンのお肉と交換してきた。

 商会の人たちの迅速な行動で、留学生たちが魔法を駆使して急ぎで鶏舎を建てることになっていた。

 キュアとみぃちゃんは子どもたちと遊び、スライムたちは各々の主の補佐に回った。

「大豆は最初の作付けでは肥料はいりませんが裏作を始める前に土壌改良の必要があります。堆肥の生産も必ず並行して行ってください」

 土壌改良のデータが欲しいケニーが、ボビーではなく神官たちに念を押した。 


 花壇と畑の間に精霊神の祭壇を置き、司祭が祝詞をあげると精霊たちが集まってきた。

 ウィルが司祭に昨日育てた大豆の苗を一株手渡すと、ボビーが掘った畝に植えた。

 見守っていた子どもたちから拍手が起こり、全員がつられて拍手をした。

 精霊たちが畑に吸い込まれるように消えた。

 ここまでが全て神事なのかと思えるほど神秘的な移植になってしまった。


「ああ、表に馬車があるのに教会に誰も居ないから、どこに行ったのかと思ったら、皆さんこちらにいらっしゃったのですね」

 小綺麗な服装だが貴族ではなさそうなおじさんが、あちこち探しまわったためなのか、息を切らして裏庭にやって来た。

「町長、どうかしましたか?」

 助祭が心配そうに尋ねると、一通の手紙を差し出した。

「留学生御一行宛に早馬のお手紙をお預かりしております」

 町長はそう言うと迷わずウィルの前で立ち止まり恭しく礼をした。

「領主様からのお手紙をお渡しいたします。直ちに内容をご確認ください」

 ウィルは貴公子然とした凛々しい表情で受け取ると、その場で開封した。

「どうやら、ぼくたちは領城にご招待されたようだよ」

 ウィルの口調は至って穏やかだったが、左口角が少しだけ上がった。

 美しい笑顔だが、こういうウィルの表情は面白くないことがあった時の顔だ。

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