教会の肉祭り
「いやはや、助かりました。ありがとう」
司祭は礼を言いつつも視線がぼくの魔法の杖に釘付けになっている。
「魔法陣を仕込んだ杖です。よく使う魔法陣を用意しておけば便利ですよ」
ぼくが魔法の杖を振るたびに、司祭の顔面すれすれに出現して驚かせた精霊が、杖の動きに合わせて輝きながらついてきた。
「精霊たちはどこにでも居て、気まぐれに姿を現します。この精霊はずいぶん好奇心旺盛なようですね」
「ああ、何ということだ!どこにでもいるのに今まで姿を現さなかったのか。死ぬ前に一度でいいから本物の精霊を見てみたいと願い祈ったから現れたのかと思った」
もう死ぬから現れたのかと思った、と司祭がそう言うと、いたずらっ子の精霊が驚かしてごめんね、と言うかのように点滅した。
「精霊のことはまだ研究もされていませんから、本当のところはわからないのですが、ガンガイル王国ではどこにでも居ます。きっとこの地域で魔力奉納が盛んになったから出現しやすくなったのでしょう。その子はきっと司祭様のことを気に入っているのでは?」
ぼくがそう言うと、点滅していた精霊が消えてしまった。
どうやら恥ずかしがり屋なようだ。
「お供えしたお肉のおさがりで作った料理をもう一度奉納すると、きっと精霊たちも喜びますよ」
そう言って、お肉を下げてもらい、カットしたサーロインを裏庭の七輪で炙り、特製大蒜マシマシ焼き肉のたれを添えて祭壇に再奉納した。
ぼくも再び祭壇で魔力奉納をさせてもらった。
司祭と打ち解けたせいか、祭壇から流れる魔力をたどると、祭壇裏の礼拝室の結界に簡単に侵入することが出来た。
その先まで魔力の流れをたどると、この教会の結界は世界の理に繋がっていた。
この町を守る結界も世界の理に繋がっていたからこそ、安定した土地を目指してバイソンの群れが集まってきたのかもしれない。
そう分析し、魔力奉納を終えると、祭壇に満員電車かと思うほどゴッソリと精霊たちがいた。
そうか、神々は焼肉の方をご所望だったのか。
“……ご主人様。大蒜マシマシ特製たれが賛否両論になっています”
そうだよね。美味しいけれど、臭いもん。
何事か、と留学生たちも集まってきたので、全員でもう一度魔力奉納をした。
司祭は目に涙が浮べて喜び、是非夕食を一緒に、と誘ってきたがもうベンさんが用意しているから、と逆に裏庭で一緒に食べましょうと誘った。
精霊たちがたくさん居るので、薄暮になっても明るいはずだ。
助祭に、みんなで食べた方が美味しいから、ぜひ教会関係者のみなさんもご一緒に、と声をかけると孤児院を併設しているので、人数が、と遠慮されてしまった。
「ベンさん、何人増えても大丈夫ですよね?」
「ああ、大丈夫だよ。子どもたちには別メニューを用意したら量だって問題ない。品数が増えるのは楽しいことだ」
「今日はこの地に初めて精霊たちが姿を現した日じゃありませんか。お祭りになって当然です。食材はたっぷりあるのでお気になさらないでください」
ウィルがベンさんに続いてそう言った。
……そんなことを言いだしたら、ぼくが訪れる地の滞在初日は、どこに行ってもお祭りになってしまうかもしれない。
「そうですね、今日はお祭りも同然ですね。孤児院でも夕食の支度を始めているでしょうから、孤児院長に相談しに行きます」
助祭はそう言うと、ベンさんと一緒に裏庭奥の離れに急いで行ってしまった。
そうか、子どもたちがいるのなら馬車を隔てた孤児院側に席を用意したら、子どもたちも焼肉のグリルや行儀を気にせず寛げそうだ。
何か甘いものも作りたいな……。
孤児院長に相談を済ませたベンさんは、孤児院の夕食のスープにバイソンの脊髄スープをブレンドして絶品スープに作り直した。
孤児院と言っても洗礼式前の子が九人しかいない小規模で、洗礼式を迎えた子たちは魔法学校を併設している領都の孤児院に行ってしまうらしい。
ぼくたちにお礼を言いに来た孤児院長の神官がそう説明してくれた。
「この規模の町なのに孤児が多いのは、ここ最近の傾向です。難民たちがなけなしの金で、子どもたちをガンガイル王国に向う行商人に託すのです。悪徳商人ならそのまま子どもを売り飛ばしますが、難民たちもなかなか知恵が回るようで、子どもを必ずガンガイル王国に近い孤児院に託すように、と二重誓約書で縛っているようです。ですから、ここまでたどり着いた子どもは、相当な金額を積まれていたはずで、元は裕福な家庭の子どもだろうと思われます」
孤児院長はびっくりするような新情報をサラッと言った。
「二重契約書を作れる知識と魔力があり、商人に託す資金力がある、ということですか」
「ええ、どういった事情で国を捨てることになったのか、漏れ聞こえてきませんが、おそらく南方の国々の貴族が国に居られない事情があるのでしょう。この数年でガンガイル王国の魔力が極端に増えて豊かになっていることが、商人たちから伝わっております。帝国の属国のわが国では、押し寄せる移民を拒否することも出来ず、食料品や日用品の高騰が続いております。こんな大きなお肉の塊なんて久しぶりに見ました」
肉はともかくとして、裏庭に大豆を植えたら植物性たんぱく質を補えるだろう。
子どもたちに栄養のあるものを毎日食べさせてあげたいものだ……。
「何を企んでいるんだい?」
「ぼくたちの馬車を置いているところを畑にして大豆を植えたら、肉の代わりとは言わないけれど子どもたちを育むのに良質な栄養になるかなって思ってね」
ウィルは、豆腐かい?と良い合いの手が入った。
「豆腐を作りたいのはやまやまだけど、取り敢えず豆乳で良いかな。鶏舎を作って絞りかすを餌にしても良いし、卵を産んでくれるようになったらおからでハンバーグを作っても美味しいし、良いことずくめなんだよね」
「せっかく精霊たちが出現したんだし、実験農場として協力してくれないか司祭様に相談してみても良いかもしれないよ」
兄貴がそう言うと、ウィルが実験農場ならやりたいことがあると言い始めた。
農場、という言葉に子どもたち用のイスとテーブルを土魔法で作ったいたケニーがこっちを向いた。
入念な計画書を作成して夕食の席で司祭に見せることに決まった。
料理の手伝いはスライムたちに任せ、留学生一行は『ぼくたちが考える最強の魔法農園』の計画書を作成した。
孤児院の子どもたちには野菜スープと俵おにぎりと大人のオードブルの中から子供向けを数品。
キャンプ仕様に広げた二体の馬車を隔てた先に、大きなグリルと五台の七輪を並べた焼肉スペース。
教会紹介上位者をおもてなしする少しだけ豪華なテーブルは教会裏口に近いところに設置した。
準備の段階からいたるところに精霊たちが居るので、精霊たちに魅せられた司祭が手持無沙汰にウロウロしているので、テーブルナフキンを白鳥型に折ってもらった。
司祭が手伝うと教会関係者の全員が手伝うことになり、晩餐の準備は教会総出で行う、お祭りらしいものになった。
肉の焼ける匂いと煙は町中で立ち上がっていたので、教会の裏庭の肉祭りは住民たちに知られることなく行われた。
司祭が長々と演説を始めたが、料理の神様が肉を焼き過ぎるなんてお許しになるはずがない、とベンさんが主張して中央の焼肉ゾーンではひたすら肉を焼き続けていた。
ベンさんは大きなグリルでスペアリブを管理しながら、七輪部隊に指示を出していた。
焼き過ぎはスライムたちが震えて抗議するので、どの七輪にも炭化している肉はなかった。
ぼくは簡易のオーブンでピザを焼き続けた。
そんな働く人たちを応援するように精霊たちが分散して、手元を照らした。
「……ああ、この姿を神々が望んでおられたのか。人々は他者のために働き、幸せな空間を作り上げる。そうしてこの恵みを神々に捧げることで、私たち人間は安寧に暮らしていけるのだ!」
司祭はそう言うと、テーブルに並べられた料理を一切れずつ豪華なお皿に取り分け、恭しく天に掲げて教会内に入っていった。
祭壇に祀って祝詞を上げるのだろう。
助祭たちが慌てて後を追いかけていった。
今のうちにと、孤児たちを中央グリルエリアに呼んで神々に感謝するように教会の祭壇の方角に向かって祈るように神官たちが促した。
頭を下げて祈る子どもたちに神官たちが微笑んでいる。
小さな教会で、ここで暮らす人たちが一つの家族のように温かく孤児たちに接している一面を見ることが出来た。
キュアとみぃちゃんが子どもたちが七輪やグリルに近づき過ぎないように見守っているが、祈りを終えた子どもたちはキュアとみぃちゃんに興味津々で、火の側に近づくどころではなかった。
触って良いかわからずにもじもじしている姿が可愛らしい。
「……なんだぁ。みんな裏庭に居たのか」
大柄な冒険者がお土産に持たせた肉を持参して、なんだ、お前たちも来ていたのか、とぼくたちを見てがっかりしたように言った。
「ボビー。もうとっくに成人したんだから、裏口から入ってくるんじゃありません。まったく十六になっても大きな子供のままじゃありませんか!」
孤児院長がそう言うと、だって表に誰も居ないじゃないか、とボビーと呼ばれた冒険者が言った。
孤児院長と気さくに話すボビーは、会話の内容から察するに、七才までここの孤児院で育ち、領都の魔法学校に進学するものの中退して冒険者になり、バイソンの肉を手土産にし、さも自分が活躍したかのような姿を孤児院長に見せに来たようだった。
「もういろんな方からお話は伺っていますよ。貴方はベンさんに状況を確認もしないで食って掛かって、一発バシッと反撃を受けたそうですね。人の話は最後まで聞きなさいと、何度も言い聞かせてきたのに……。もう少し頭の方も成長しましょうね」
孤児院長はボビーにきつい言い方をしながらも、よく顔を見せなさい、と言って抱擁した。
「手土産なんていらないから、近くに来たら顔を見せてくださいね」
神官たちも口々に似たようなことを言いながら、ボビーを抱擁した。
バイソンみたいな顎髭を生やしたおっさんそのもののボビーは、童顔スパイのロブと同い年なのか。
成人したとはいえ、ぼくの感覚では十六才はまだまだ子どもだ。
ぼくがまじまじとボビーとロブを見比べていたら兄貴に無言で首を固定された。
ロブが十六才なのは秘密にしなければいけないのだった。
迂闊なぼくを見て、事情を知っているウィルが左手の薬指だけ微かに震わせ、すました顔で笑っている気配がした。
このぐらい感情を押さえられるようにならなければ、神々の使命を果たす前にトラブルに巻き込まれてしまうだろうな。
ぼくも大人にならなければいけない。
司祭たちが戻って来てから本格的な宴となった。
焼肉も大好評で、ピザも美味しく焼けて、ベンさんは俺が生地を仕込んだんだ、と、得意気に言った。
「魅惑の味だと言われていたお肉は本当に噂通りです。今まで食べたどんなお肉より臭みがなく、サッと炙るだけで安心して食べられるなんて衝撃です」
「下処理が全然違うからな、他の肉はしっかり焼かないと危ないぞ」
ベンさんが解体途中で三回も洗浄魔法をかけたことを、神官たちに念を押した。
この先、老人と子どもに危ないものを食べさせるわけにはいかない。
「神々の力で魔法を行使できるのですから、神々のお蔭で美味しくなったのです」
ぼくがそう言うと司祭は喜んだ。
「このタレがまた美味しいです。青菜のサラダにつけても美味しくて、食欲が止まりません」
西日の中の焼肉は、精霊たちが照明代わりになってくれたので、いつまでも楽しく過ごせそうだった。
宴会の途中でボビーが司祭にコッソリと挨拶に行くと、いつまで大きく育つんだ、と司祭は目を細めて言った。
この教会の温かい雰囲気を精霊たちも気に入っていたのだろう……。
それにしても精霊が多すぎだ。
“……ご主人様。バイソンの群れのように精霊たちも周辺の地域からここに集まって来ています”
精霊たちも、魔獣たちも、破綻した国の訳アリの子どもたちも、世界の理に繋がっているこの地に集まって来ているということか。
「難しい顔してどうしたの?」
ウィルに声をかけられてハッとした。
今できることを今すれば良いだけなんだ。
ぼくは子どもたちが早めに下がってしまうだろうから、デザートのプリンを配ってみんなに味見を促した。
「これは、滑らかな舌触りで甘くておいしい!」
「下の茶色いソースが香ばしくてほろ苦くて甘くて……とにかく、口の中が幸せです」
神官たちが口々に褒めると、初めて見る謎のデザートに気が引けていた司祭も口に入れた。
「これは……絶品だ!」
ぼくは喜ぶみんなの反応を見てから、トレーに乗せて布巾をかけてあった原材料を見せた。
「ガンガイル王国では牛乳で作っていましたが、ここでは人口が急増して家畜の頭数からみると満足な乳製品や肉が入手しがたいようなので、豆で代用してみました」
トレーの上には大豆と卵と砂糖しか乗っていなかった。
「これだけで、こんなに美味しいデザートが出来るのか!」
驚くみんなをさらに驚かそうと、実験を開始した。
ぼくは実験用のお皿に芽吹きの神の魔法陣を描き、麻布の端切れをお皿に置き、たっぷりのお水を注ぎ、三粒の大豆を置いた。
「通常は発芽までに七日から十日程度かかり、気温等条件もあります。皿に魔法陣を描いたように、麻布の端切れにも魔法陣を仕込んであります。こうして神々に祈って魔力を注ぐと……」
ぼくが実験用のお皿に魔力を注ぐと、精霊たちが面白がってお皿の周りに集まって、力を貸してくれた。
見る見るうちに芽を出して双葉の後の本葉も出て、五枚六枚と葉を増やした。
「こうやって魔力で促進栽培をして、お肉の代わりになる豆を育てて美味しいものを作りませんか?」
ぼくの提案に、信じられない、と神官たちは口をあんぐりと開けて、三株の大豆の苗を見つめていた。




