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お肉を求めて

 街道沿いで焼肉をする冒険者たちに往来する人々の耳目を集めさせて、ぼくたちは馬車の裏で焼肉を楽しんだ。

 さっきの光は何だったのか、その旨そうな肉は何だ、販売しているのか、といった質問は冒険者たちが進んで説明してくれた。

 商会の人たちは商売に精を出し、大きなバイソンのお肉は飛ぶように売れていった。

「町までバイソンを運ぶ手間が省けて利益が上がるなんて、商売上手だなぁ」

「冒険者たちは現金払いで、一般市民が市民カード決済なのは何でだろう?」

 物陰に隠れていても会話の内容から、現金取引ではないのがわかる。

 ウィルがぼくも気になっていた質問をベンさんにした。

「冒険者ギルドではカード決済だから、通常は現金をあまり持ち歩かない。だがな、ギルドを通さない依頼を受ける冒険者は現金決済を好むんだ。金の流れで闇営業をしているのをギルドに把握されたくない場合によくあることだ。自分のランク以上の仕事を受けるくらいならマシだが、道徳上の問題でギルドを通さない依頼の場合もある。あいつらの支払い具合から察するに、そこまであくどい闇営業ではなさそうだ。ガラは悪いが本物の悪じゃないだろう」

「懐具合でそんなことまでわかるのかぁ」

 凄いなぁ、とケニーが言うと、出し渋っているだけじゃないか、とウィルが言った。

「いや、この肉には懐にある現金を全て引きずり出す魅力がある。あの小柄で締まり屋な男でさえ追加の肉を注文したんだ」

 一番倹約家そうに見えた小柄な男も、結局二皿目のタンを頼んだんだ。

 ほかの冒険者たちなら有り金全部出していそうだ。

 ぼくたちは納得して顔を見合わせた。

「「「「「「「「「「勉強になります!」」」」」」」」」」

 ぼくたちはベンさんに頭を下げると、おもむろにタンを焼き始めた。

 美味しい魅力には逆らえない。

「それにしても、売り子を交代させてやりたいが、商業ギルドに登録していないお前たちに販売させるわけにはいかんしな。弁当でも作るか」

 ベンさんが商会の人たちのお弁当を作ろうとしたが、焼きたてを食べさせてあげたい。

「ぼくは商業ギルドに登録しているから代わってもいいかな?」

「ぼくも登録しています」

 ぼくが名乗りをあげると、意外なことにウィルも登録済みだった。

「三男なので自活の手段はたくさんあるにこしたことがないでしょう?」

 ウィルがケタケタと笑ったが、三大公爵家の子息にあるまじき行動力だ。

「うん。それなら大丈夫だろう。俺も手伝う」

 ベンさんはそう言うと、火の番を御者と助手に任せた。


 ぼくたちが手伝いに行くと、山のように積み上げてあったお肉のほとんどが売れており、冷蔵庫や冷凍庫に入る量だけ残ったので、売り切れののぼりをあげて、店じまいすることになった。


 ぼくとウィルは残っていたなめしの作業を錬金術で済ませていると、キュアとスライムたちが破棄する箇所をまる飲みしていた。

 頂いた命は無駄なく活用させてもらった。


 後片付けを済ませると、土魔法を解除して街道脇をしっかり原状回復させ、最寄りの町にむかった。


「お待ちしておりました。ガンガイル王国の留学生御一行様と専属商会様ですね」

 ぼくたちの馬車が町の門に着くと門番が丁寧に出迎えてくれた。

 特徴のある馬車なので、遠くにいた時から準備していたようだ。

 御者が応対していると、門の外にたくさんの人が集まって来ている気配がした。

 “……ご主人様。バイソンの肉を売っていた商会の人たちが目当てのようです。この後、教会に案内されるはずなので、心配いりません”

 外の気配を窺うと、肉、肉、肉、という思念で溢れている。

 どうやら、一足先に町に戻った冒険者たちが、神々の祝福を受けたバイソンの肉はこの世のものとは思えないほど旨かった、と大げさに吹聴したらしい。

 町の噂の原因は冒険者たちだが、門番たちは通行人から順次情報収集をしていたが、何がどうなっているのか聞いても理解できず、御者を質問攻めにしようとした。

 御者と助手は精霊たちの光が門から見えたかどうか、質問返しをして、巧みに話を聞きだした。


 精霊たちが光る川になって流れていく様子は城壁の櫓からも見えたので、何事かと大騒ぎになった。

 そこに、バイソンの群れに通行止めされていた行商人たちや旅人たちが門に到着し、ベンさんが緊急依頼を請け負った話を聞くことが出来た。

 光の流れを見ていたので、上級魔導士が神に祈ってバイソンの群れを森に導いたのか、と誤解したが、元上級騎士の護衛と八人の留学生たちが魔術具と使用した後、走ってバイソンの群れを追い立てたと、皆が一様に言うので、それでは、あの光は何なのか?という振出しの疑問が残った。

 誰も光源を見ておらず、光ったから振り返ると、光は川のように森へと流れていき森全体が光った、と櫓の見張りと同じ発言しかしなかった。

 その後、町にやって来る人々は皆バイソンの切り身を嬉しそうに抱えており、高かったけれどその価値ある肉だ、と言い切った。

 詳細を聞けば、道端でバイソンを解体して小さなコンロで焼いた肉を一口味見させてもらったから知っている、と、光のことより肉のことばかり興奮して話した。

 バイソンの狩猟は群れを森に誘導したものに一頭だけ許されている。

 帝国からの留学生一行がバイソンの群れを追い払い、狩りまでしたのは本当のようだ。

 バイソンの群れを追い払いに行った冒険者たちが、旨そうな匂いを漂わせながら上機嫌で戻ってきた。

 冒険者たちもバイソンの肉を大事そうに抱えており、一口どころかたらふく食べたのが明白な状態だったため、別室に呼んで詳細を詰問したところ、光の発生源を目撃していた。

 話を聞いても訳がわからずに、こうして御者に尋ねているとのことだった。


「そうですね、狩りの成果を供物として捧げ神々に祈るという風習は、この国にはないのでしょうか?」

 御者が民間神事でもガンガイル王国では時折、精霊たちが現れますよ、と何でもない事のようにサラッと言った。

「せっ、精霊!?民間神事?聞いたことがありません。ああ、そうだ、教会からあなた方が到着したら案内してほしいと通達が来ています。宿泊先を探す前にお立ち寄り頂けないでしょうか?」

 門番はようやく自分の仕事を思い出したらしく、引き留めていた要件を言った。

「私どもは滞在先で、必ず祠巡りをいたしますから教会にも伺わせていただきます」

 御者がそう請け合うと、門番はぼくたちの人数を確認するだけで門を通過させてくれた。


 門を出るなり待ち受けていた住人たちに感謝の声をかけられた。

 ガンカイル王国との交易の宿場町として栄えているこの町で、バイソンの群れが街道を占拠していることは死活問題だったようだ。

 バイソンの肉を譲ってほしいと言われたが、御者が売り切れです、ときっぱりと断った。

 商会の人たちが冒険者ギルドに卸すから直売はもうしない、と宣言したことでみんな納得して引き下がった。

 教会の関係者が迎えに来ていた馬車について行くと、商会の人たちも含めて全員祭壇の前に案内された。

「わざわざお呼び立てして申し訳ない。昨年、ガンガイル王国の留学生たちが祠巡りをしてくれたおかげでこの町での祭事が大変やりやすくなりました」

 高齢の司祭が優しい笑顔でぼくたちに感謝の言葉を述べた。

 神事で奉納する魔力量が格段に減り、高齢者ばかりの教会でたいそう助かった、と喜んでいた。

 それは去年のボリスたちで、ぼくたちはまだこの町の祠巡りをしていない。

「私たちはまだ到着したばかりで祠巡りを致しておりません。もちろん滞在中に回りたいと考えておりますが、滞在させていただくお礼なので、お気遣いなさらないでください」

 ウィルが留学生代表として返答した。

「いえいえ、この地に着くなり民間神事を行ってくださったではありませんか。ガンガイル王国王都の教会より手紙を頂いておりますから、民間神事で精霊たちが現れることも伺っております。この地に精霊が出現するなど夢のような出来事です。重ね重ね感謝しております」

 司祭はそう言うと、街道が閉鎖していた影響でまだ町の宿屋が取りにくいはずだから、教会に宿泊しないかと招待してくれた。

 ぼくたちは田舎の教会のベッドより馬車のベッドの方が寝心地が良いだろう、とつい考えてしまう。

「ありがたいお言葉ですが、私どもは使役魔獣を連れております。教会でお世話になるのにはご迷惑をおかけいたしますので、教会の庭の片隅をお借りさせていただけましたら、そこで宿泊できます」

 司祭様は渋ったが、ウィルは猫やスライムたちがいる、と実物を見せず、魔獣たちを口実に教会の裏庭に滞在する許可を取った。

 商会の人がバイソンの肉を供物として献上し、祭壇に祀ってもらった。

 民間神事で使った魔法陣を描いたメモパットを司祭に見せた後、祠巡りがてら冒険者ギルドに行く、と言って退出した。


 冒険者ギルドで時間を取られそうな気がしたので、冒険者ギルドは商会の人たちに任せ、ぼくたちは祠巡りに行こう、と提案するとベンさんに最後にギルドに立ち寄るように言われた。

「お前たちは冒険者ギルドに登録した方が良い。中級卒業相当の履修歴を見せれば優の冒険者として登録出来るぞ」

 冒険者登録しておけば、ベンさんに頼らなくても魔獣を討伐できる。

 まあ、自分が魔獣に襲われた時は資格に関係なく駆除して良いのだから、あえて登録しなくても良いのだが、緊急依頼を受けられるようにしておいた方が良いだろう。

 家族にはまたしても事後報告になってしまうが、兄貴が頷いてくれたということは、父さんに知らせたのだろう。

 騎士コースを受講した面々だけ冒険者登録をしよう、ということで話がまとまった。

 ケニーはこんなことなら騎士コースを受講しておけば良かったと嘆くと、兄貴が自分も登録しないから仲間だね、と慰めた。


 祠巡りでは住人たちに感謝の言葉をかけられた。

「毎年ありがとう。私たちも自分たちの町を守るために毎日お参りをするようになったよ」

 住民たちの意識が高まったのは何よりだ。

 毎日魔力奉納をしていれば、住民たちの魔力も多くなるから町はさらに安定するだろう。

 小さい町なので七大神の祠はすぐに回りきれた。

 その足でそのまま冒険者ギルドに向かうと、商会の人たちは商業ギルドに行ってしまっていたが、ベンさんは残って話を通してくれていた。

「この子たちがあのバイソンの群れを追い払った少年たちですか。素晴らしい連携と走り込みだったと聞いています」

 ギルド長自身が自室に招いて登録の対応をしてくれた。

「一人ずつこちらの板を触ってくれますか?」

 ぼくたちの履修歴の書類を確認した後、銅の板のような魔術具を差し出した。

 一人ずつ魔術具に触れると、それぞれ違う色に変わりながら光った。

 ぼくとウィルだけ光量が閃光かというほど多かった。

 魔力量判定の魔術具だと踏んで、ぼくだけ悪目立ちしないように、魔力ボディースーツからほんの少し汗が滲み出す程度の魔力が出るようにしたのだ。

「……いやはや、さすが上位貴族のみなさんだ。問題なく秀の魔力があります。ですが、規則上、中級魔法学校騎士コースの卒業相当の履修歴では冒険者の登録は優からになってしまいます。年齢的に単独で依頼を受けることもないでしょうし、ベンさんと共同で依頼を受ける場合は秀の依頼を受けることも出来ます。……こんな田舎で、こんなに光る登録板を見ることが出来るなんて大変光栄だ」

「別室に呼んで良かったろう」

 驚くギルド長に愉快そうに笑いながらベンさんが言った。

「公爵子息がいらっしゃるとはいえ、お貴族様の魔力量を思い知りました。冒険者になろうというお貴族様はほとんどいらっしゃらないから、初めて見ました」

 額の汗を拭いながらギルド長が言った。

「冒険者には貴族の身分より、冒険者のランクが物を言います。これだけの魔力量で優にしか登録できないのが本当に残念です」

 嘆くギルド長にウィルが気にしていません、ときっぱりと言った。

「冒険者として積極的に活動するために登録したわけではありません。今回のバイソンの件のように旅先で緊急依頼を受けた方が良いときのために登録しただけです」

 ウィルはいつもの右口角を上げる笑顔でギルド長に言った。


 教会の裏庭にもどって、馬車をキャンプ仕様に変形させていると、神官たちがバタバタと走ってきた。

「で、で、で、でました!」

 おじいさん神官たちは息も絶え絶えに、司祭が見た通りの魔法陣を描いて供物を捧げたら祭壇に精霊たちが現れたらしい。

「色とりどりの小さな光がふわふわと十個以上現れたのです!」

 どうやら、少しだけ精霊たちが顔見せをしただけのようだが、司祭が腰を抜かしたらしい。

 いたずらっ子な精霊が居たようだ。

 ぼくは祭壇まで行き、本当にぎっくり腰になっていた司祭に癒しの魔法をかけた。

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